09-19 暗雲立ち込める……
「マグナス！ 行ったわよー！」
「おま、ムチャ言うなー！」
俺の遥か頭上を飛び越えて行くボールにどうにか飛びつくが、届く訳もなくボールはあえなく海面へと落ちる。
「ちょっとー！ 気合いで取りなさいよ！ 全然続かないじゃない！」
「お前のコントロールが壊滅的なんだよ！」
「なによ！ これ意外と難しいんだから！」
ホテルから借りてきた水に浮くバルーン状のボールを使って遊ぶ。
必死に泳いで、波間をプカプカと漂うボールを捕まえる。
風向きの関係で投げても届かなさそうなので、そのまま泳いでティンクの元に届けに行くが……いかんせん女子2人がノーコンなためボールは遥か彼方に飛んでいってばっかり。
その度に俺が泳いで拾って来る訳だが……これがかなりしんどい！ 地獄の反復運動をひたすら繰り返す特訓だ。
てか、むしろ投げたボールを下僕に拾わせて来る遊びになってないか！？
「カトレアー！ 次行くよー！」
「はーい！」
ティンクが打ち出したボールはフラフラと風に煽られ、カトレアではなく俺の方へと飛んでくる。
もうメチャクチャだな。
「うわっ、とと」
ボールを追うのに必死で周りが見えていないカトレア。
「――キャァ！」
海中で足がもつれたのか、派手に転んでしまう。
慌てて傍にいた俺にしがみ付く。
「ご、ごめんなさい！ 私あまり海とか入った事無くて」
ぐっと抱きつかれ、冷たい水の中でカトレアの暖かな体温が伝わってくる。
「だ、大丈夫大丈夫。俺もあんまり泳ぎは得意じゃないから」
ドキドキしながらも、平静を装って笑ってみせる。
「ちょっと、大丈夫？ コレ意外と難しいわね」
ボールを拾ったティンクが俺たちの元へとバシャバシャと駆け寄ってくる。
すぐ傍まで来たところで――
「――！？ キャーー！！」
突然大声を上げて、カトレアがしがみ付いている方と逆から俺に飛びついて来る。
「ど、どうした！？」
「足元に、何かが！！」
目を瞑ったまま肩をすくめるティンク。
「え、えぇ！？ 何ですか！」
カトレアも半ばパニックになりいっそ力を入れてぎゅーっと俺にしがみ付く。
落ち着いて足元に目を凝らすと、小さな魚が2匹泳ぎ去っていくのが見えた。
「落ち着け。小っちゃい魚だ」
「……ほ、ホント？」
「あぁ。今逃げてった」
それを聞いてようやく俺から離れる2人。
「……あははは！ 私達、海初心者丸出しね」
「ほんと、プライベートビーチで良かった」
顔を見合わせて可笑しそうに笑う。
「ふー、一旦休憩しましょ」
「そうね、しっかり水分補給するようにホテルの人にも言われてたし。飲み物飲んできましょ」
2人手を取り合ってバシャバシャとコテージへ向け歩いて行く。
「……？ ちょっと、あんたも行くわよ」
その場から動かない俺を見て、ティンクが手招きする。
「お、おぉ」
いや、そう言われましても……。
美女2人に両側から挟まれてラージスライムとノーマルスライムの押し相撲。
マグナスのマグナスも真夏の太陽に向けてライジング・サンな訳でありまして……つまり今は海から上がる訳にはいかん！
「お、俺はもう少し泳いでから行くよ」
「ちょっと。楽しいのは分かるけど子供じゃないんだから。熱中症で倒れるわよ？」
「わ、分かったから！ 大丈夫！ すぐ行くから！！」
「ちょ、何怒ってんのよ！？ 変なの」
何が何でもその場を動こうとしない俺に、不審な顔を向けながらも梯子を伝ってコテージのテラスへ上がる2人。
水中だとよく見えなかったが、改めて2人の水着姿を拝む。
――えぇ景色だ。
このままじゃ冗談抜きに海から上がれない。
心を落ち着かせるために、目を閉じて思いつく限りの錬金術の基礎公式を頭の中でひたすら暗唱してみる。
――そんな事をしてると、突然体が上下に揺れ動くのを感じた。
……何だ？
目を閉じて波に揺られたから酔ってきたのか？
目を開けてみるや否や――
周囲の豹変具合に驚く。
あれだけ晴れ渡っていたはずの空は一瞬のうちに真っ暗になり、遠くには雷雲が立ち込めている。ゴロゴロと雷の音が聞こえ、急激に波が荒立ち始めた。
次の瞬間――
バケツどころか風呂桶でもひっくり返したかのような激しい豪雨が海へと叩きつける！
「――マ、マグナス！」
慌ててコテージから飛び出して来るティンク。
俺を助けるために海に入ろうとする。
「待て！ 危ねぇから来るな！！」
さっきまでの穏やかな様子とは一変し、荒れ狂うように波立つ海面。
ギリギリ足は届くけれど、高波が来る度に体が浮かび上がり今にも溺れそうになる。
浮き輪に捕まってどうにか耐えられてはいるけれど、この波だと俺よりも泳げないティンクは確実に溺れる！
雨はさらに激しさを増し、もはや海面から顔を出していても水中と変わらないんじゃないかとさえ思える程。
波を1つ超えるる度にグイグイと沖に引き寄せられ、あっという間にコテージから遠ざかっていく。
ま、不味い――。
「マグナスーー！！」
「マグナスさん！！」
雨音に混ざり2人の声が聞こえてくるが、豪雨でもうその姿はまともに見えない。
「大丈夫だ！ 危ないから近づくな！ それより助けを呼んできてくれ！」
精一杯の大声を張り上げて答える！
「分かった！ 直ぐに戻るからそれまで頑張って！！」
どうにかティンクの返事が聞こえた直後――ふと体が斜めに傾き、一際勢いよく沖へ引っ張られる感覚に襲われる。
……何だ？
と思い振り返ると……見上げるような特大の波が！！
「や、ヤバ――！」
逃げる間も……そもそも逃げる場所すらなく、身長の倍以上はある大波に頭から呑まれ、海中へ引き込まれる！！
渦巻く海流に揉みくちゃにされどうにか足をつこうと海底を探すが、引き波で一気に沖へと引っ張られたのか全然海底に足が着かない。
浮き輪も何処かへ流れていってしまった。
まずい――！
このままだと、溺れる！
水中で何度もひっくり返されもうどっちが上か下かも分からない。
それでもどうにかもがいて海面に顔を出す。
大きく息を吸い呼吸を整えようとするが……何かに足を引っ張られて水中に引き摺り込まれる。
海藻でも足に絡まったのかと思い急いで解こうとして――ゾッとする。
俺の足を引っ張るのは……無数の“手”
肌が朽ち果て骨の見えた手が足首を掴んでいる。
ゾンビ！？
何で海中に？
いや……ゾンビならコズメズ密林で嫌という程見たが、それとは全然違う、もっと悍しく得体の知れないもの――！！
どうにか引き離そうと必死で足をバタつかせるが、次から次へと現れる手に絡みつかれ抜け出せない……！！
そうこうしているうちに、いよいよ呼吸が限界を迎え思わず息を大きく吐き出してしまう。
……薄れ行く意識の中で、今度は不気味な手とも海流とも違う何か強い力で思いっきり引っ張られた気がした。
その正体を確かめようとはしたが、そのまま目の前が真っ暗になり俺は意識を失った――
