09-12 海に浮かぶコテージ
「ようこそ、カトレア・ファンフォシル様! 遠い所よくおいでくださいました!」
ホテルに到着すると、髭を蓄え立派なスーツを着込んだ、重役と思しき男性がカトレアの元に挨拶に訪れる。
「こちらこそ、ご招待感謝いたします」
スカートの裾を捲り艶やかにお辞儀をするカトレア。
ついさっきまでティンクとワイワイ騒いでいた年頃の女の子らしい姿とは打って変わり、貴族の誇りと気品に満ち溢れたその雰囲気に少し驚く。
これが“普段の”カトレアの姿なのか。
幼くして母を亡くし、厳しい父親に育てられ今では大貴族の当主。
これくらいの迫力がなければ周りの大人達と渡り合っていけないんだろう。
自信と気品に満ち溢れ、迫力さえ感じるその佇まいを見てると……これは中々同世代の一般人は近づきがたいのも分かるわ。
後から来た執事隊が合流し、ホテルの係員も交えて何やら話し合いが行われる。
暫くして話が終わると、カトレアが俺たちの元へと戻ってきた。
「夜までは自由に出来そうだから、一旦部屋に行きましょ!」
いつも俺たちに見せる愛くるしい笑顔で、待ちきれないといった様子ではしゃぐカトレア。
この切り替え、中々大変だと思うけど……これも貴族には必須のスキルの1つなのか。
案内に来てくれた従業員のお姉さんに連れられ、今日から数日泊まることになるコテージへと案内して貰う。
ホテルの本館を出て、白い砂浜を歩く。
「皆様、チュラ島は初めてですか?」
先頭を行くお姉さんが話を振ってくる。
「はい、3人共初めてです!」
気さくに答えるカトレア。
「そうですか! 今週は丁度“盆帰り”のお祭りがありますよ。宜しければ街に出てみてください!」
「“盆帰り”?」
楽しそうに話すお姉さんに対し、3人揃ってキョトンと返事を返す。
「ええ。チュラ島には、『年に一度、亡くなった人の魂が現世に帰ってくる』という信仰があるんです。その魂を迎えるため、街を飾り付けし、迎え火を焚いてお出迎えするのが“盆帰り”のお祭りです」
「へぇ……。魂が帰ってくるって――何だかちょっと怖いお祭りですね」
「そお? 昔の偉人とかの魂にに会えるなら色々と聞いてみたいけど」
それぞれに感想を述べるカトレアとティンク。
「ふふ、亡くした家族や友人、恋人などの霊を迎えるためのお祭りなので、残念ですが赤の他人の霊には逢えません」
「なんだ、そうなの」
少し残念そうに口を尖らせるティンク。
「実際には“魂”を迎えるとはどのような事なのですか? まさか本当に幽霊が出る……という訳ではないですよね?」
「えぇ。実際に心霊的な事が起きる訳ではありませんのでご安心ください。年に一度、故人を思い懐かしみ、また先祖に感謝するというチュラ島独自の宗教観に則ったお祭りです」
「成る程。何だか素敵ですね」
……死んだ人を現世に迎えるか。
こっちの錬金術は死者の蘇生や不老不死を扱う類の研究が盛んだと聞いたことがある。
もしかしたらこういう風習が根底にあるのかもしれないな。
そんな話をしながら歩いて行くと、一際大きな海上コテージの前に着いた。
「到着しました! こちらが皆様にご宿泊頂きますお部屋です。当ホテル自慢のスイートルームですよ!」
「……うわーー 凄い!」
「なにこれ!?」
「おぉ、こいつはすげーな!」
案内され中に入ると、その開放的な雰囲気に思わず一同揃って歓喜の声を上げる。
室内は白とブラウンで統一された落ち着きのある色調。
板張りの高い天井や、オシャレなキッチンカウンター、それに随所に置かれた木製のソファーなど木目調を散りばめ開放的な雰囲気を醸し出している。
そして何より凄いのは、大きなガラスドアで仕切られたテラスのすぐ向こうは――永遠と広がる海!
『海まで数分!』
とかいうレベルでは無く、即海!
というか海の上なので常に海、という状況だ。
起きてベッドから5秒で美しい海で水浴が可能。
こんな贅沢があるだろうか。
「お気に召して頂けましたか?」
はしゃぐ俺達を見て、係員のお姉さんも嬉しそうにニコニコと笑ってくれる。
――
一通り設備の説明を終ると、係のお姉さんは戻っていった。
「ねー! 凄いね、見渡す限り真っ青な海だよ!」
「ほんと、モリノじゃ想像も出来ない景色ね!」
「だなぁー。世界は広いな」
さっそくテラスに出て、並べられたハンモックに揺られながら海を眺める。
キッチンに歓迎用のフルーツの盛り合わせがあったのでティンクが剥いてくれた。
太陽を燦々と浴びた甘い南国のフルーツを堪能し、一休みした後改めて室内を物色する。
簡易的ではあるがオシャレなカウンターキッチンに、バスルーム。
部屋は寝室が2部屋とメインリビング、それと大きなテラス。
3人で過ごすには十分すぎる広さだ。
「休憩もしたし、それじゃさっそくお買い物行きましょ!」
「賛成ー!」
結局、モリノでは水着の品揃えが少なくティンクの豊満な胸に合うサイズの物が殆ど無かったそうだ。
それでこっちで水着を買うことになったんだとか。
さすがだぜ、ラージスライム。