09-10 南国リゾートの島
――翌朝。
まだ暗いうちに目が覚めた。
ボーッとベッドの中で見慣れない天井を見上げる。
頑張って目を閉じるが、全然眠くなる気配は無い。
……うん。こりゃもう一回寝るのは難しそうだな。
ベッドの上で体を起こす。
――昨日はクラーケンを見た後、特にやることもなく本を読んだり昼寝をして過ごした。
夕飯はティンク達の部屋で一緒に食べたが、船の中で作ってるとは思えない豪華なコース料理だった。
イリエのレストランに引けを取らない程新鮮な魚介や肉料理。スープにオードブルもあった。
ティンク達はお酒も堪能してたな。
食事の後は部屋に帰り、これまた船の上でありつけるとは思えなかったシャワーを浴びた。
まさか海水が出てくるんじゃないかと思ったけれど、ちゃんと温かいお湯が出た。
昔の航海では飲み水の確保が問題だったって聞くけど、今じゃシャワーまで浴びれるってか。
まぁ、シャワールームはさすがに一等客室だけらしいけど。
何からなにまで至れり尽くせりで、船は全く揺れないしベッドは豪華で寝心地も良くて最高だったんだけれど……海の上だっていう精神的な不安からか全然寝付けなかった。
ゴロゴロと寝返りを打ってる間にいつの間にか寝てはいたみたいだけれど、何だか全然寝た気がしない。多分俺船旅向いてないな。
ベッドから出て窓から外を眺めると、遠く水平線の向こうが薄らと明け始めていた。
上着を羽織り、甲板に出てみる。
夏だというのに外はほのかに肌寒い。
俺と同じ繊細さん達だろうか、他にも朝日を眺める乗客がちらほらと居る。
それとも単にこの絶景が見たかっただけか。
遮る物の何一つ無い水平線から昇る太陽。
その光に照らされて、漆黒だった海が徐々に輝きを取り戻していく。
こんな絶景、中々見る機会はないだろう。
その迫力に圧倒されながら暫く眺め、完全に日が昇り切った辺りで船内に戻る。
――
部屋の前の廊下で丁度ティンク達に会う。
「よぉ。おはよ」
「おはようございます」
「あら、おはよう。早いわね。ふぁ〜」
眠そうにあくびをするティンク。
「何だ、眠そうだな。あんまり寝れなかったのか?」
こいつも意外とデリケートなところあるんだな。
「ううん、グッスリよ。ベッド寝心地最高だったもん。――昨晩遅くまでカトレアとお喋り盛り上がっちゃって」
「ふふ、ついつい夜更かししちゃったね。でも楽しかった」
「ねー! 私も!」
ああ、そうですか。
俺って意外と繊細な方なのかもな。
朝食はせっかくなのでホールで食べる事に。
昨晩の豪華なディナーとは趣向が異なり、パンやサラダなど軽めの食事が並ぶ。
朝食を終え、食後のコーヒーとお茶をゆるりと飲み終えると3人で甲板へ。
すっかり日が昇り、昨日と全く変わらない真っ青な海と空がどこまでも広がる。
暫く甲板で話をしていると、船の進行方向に島影が見えてきた。
気付いたカトレアが声を上げる。
「あ! 見えてきましたよ! 多分あれがチュラ島諸島です!」
思ったよりも大きな島だ。
島というより陸地にすら見える。
あの大きなのが本島である"チュラ島"で、それに連なるいくつかの小島からなる列島を纏めて"チュラ島諸島"と言うらしい。
ちなみに、人が住んでるのはほぼ本島だけで、小島は無人島だったりどこかのホテルが島ごと丸々買い取って所有地にしたりしているそうだ。
船は順調に進み、それに従い島影もどんどん大きくなってくる。
近づくにつれて徐々に建物や街並みも見えてきた。
リゾート地と聞いていたので相当開発されているのかと思ったけれど、緑が多く残り……と言うか島の中央は殆どジャングルか? その中に共存するようにポツポツと建物が並んでいる感じだ。
カトレアの説明によると、その辺は複数の高級ホテルや海上コテージが並ぶエリアで、俺たちの宿泊先もその辺りだそうだ。
そこから少し離れた所を見ると海沿いに街並みが見えた。
地元の人達の住宅地や商店何かが並ぶのがその辺だそうだ。
見比べた所、こりゃ街よりホテルの占める割合の方がデカイんじゃないか? ……まぁそれだけ観光事業に賭けてるんだろう。
―――
――そうこうしているうちに船は島のすぐ傍で停船した。
水深が浅すぎて大型船はこれ以上近づけないそうで、小舟に乗り換えて島へと向かう。
港に着くと、カラフルな花柄のシャツに身を包んだ人達が手を振って迎えてくれる。
歓迎の印だとかで、綺麗なお姉さんが小さな貝殻を繋げて作った首飾りを首に掛けてくれた。
熱烈な歓迎ムードに少々気後れしつつ、少し歩くと大きなドーム状の建物に着く。
藁か椰子の葉のような植物を幾層にも積み上げた独特の天井の木造の建物。
ぱっと見かなり原始的な造りに思えるけれど、決して古い物なわけではなくチュラ島の伝統的な技法の建築物を真似て造った、旅行客の総合案内所らしい。
すっかり存在を忘れていたカトレア執事隊が現れて地元のスタッフと何やらやり取りをしている。
待っている間建物の外を見渡すと、モリノでは見ない背の高いヤシ科の植物がずらりと並ぶ景色が見えた。
木々の間ではいかにも南国といった原色の花々が燦々と照る太陽を浴びている。
一見手つかずなように見えて、実は相当な労力をかけて整備してあるんだろう。
あんなものほおっておいたらものの数週間で辺りを飲み込んで森になる。……モリノ育ちの俺から見ても見事な造園技術だ。
見た所、島の様子はイリエのような洗練された雰囲気ではなく、かと言って決して古臭い訳でもない。
自然と生活が融合したような、確かに“独特”という他ない雰囲気だった。