砂塵の塔 その13
(相手は強化型ミノタウロスよ?今の貴女じゃ敵わないわよ。早くその扉から逃げたほうがいいわ。)
そう言う謎の声が少し焦ったように感じるが、それを無視して双剣を構える。
目の前のミノタウロスは、強化型と言うだけあって、通常のミノタウロスより二回りほど大きい。
(あなたはスピード重視の軽戦士型でしょ?機動力では勝っても、あの強靭な身体にダメージを与えるほどの決定的な火力は無いでしょ?なんで逃げないのよっ!)
その巨体に似合わぬスピードで大きな斧を振り下ろしてくるミノタウロス。
私はそれを躱しながら、カウンターの一撃をミノタウロスに叩きこもうとするが、リーチの差があり過ぎて、身体の表面を撫でるぐらいしかできなかった。
そのまますぐさま体勢を立て直し、真っ直ぐミノタウロスに向かう。
ミノタウロスの身長は約5M。その巨体が災いして、元にいる相手に対して、すぐに攻撃に移れずにいる。
その隙を狙い、私は相手の股下を駆け抜けざまに、その脚を斬り裂いていく。
しかし、私の今の力では表面にかすかな傷をつけただけに過ぎず、相手に何のダメージも与えていない。
(ほら、全然ダメージ与えられないじゃない。早く逃げようよ。)
「うるさいっ!」
一度斬り裂いただけでダメージが通っていない事くらいわかっている。だったらダメージを与えるまで繰り返すのみっ!
私は反転して、ミノタウロスの足元を潜り抜け、その際に足を切裂くのを何度も繰り返す。
何度目かに斬り裂いた時、その傷口から血が噴き出すのを見て、思わず「やった」と思ってしまう。
しかし、その一瞬が致命的な隙を生んでしまった。
「ガハっ!」
偶然か狙ってなのか分からないが、その斬り裂いた足が動き、私の身体を蹴り飛ばす。
勢い余って壁に叩きつけられ、私は一瞬呼吸が出来なくなった。
(ほらぁ、少し蹴られただけで、そのダメージだよ。勝ち目なんかないじゃん。だからにげよ?ねっ?)
「いやだ……。」
私はふらつきながらも立ち上がる。戦闘中動けなくなるのは、そのまま死を意味するからだ。死にたくなければ動くしかない。そして私はまだ死ぬわけにはいかない。
「ぐっ!」
再度斬りつけようとミノタウロスに向かう私の身体は、ミノタウロスの右足によって蹴り上げられる。
先程のダメージによって、動きが鈍っていた。ダメージさえ無ければ充分躱せたはずだった。
しかし、現実には蹴り飛ばされ、さらなるダメージを負ってしまう。
(もう、充分でしょ?ミカゲだってわかってくれるよ。だから逃げよ?ねっ?)
謎の声の焦りが広がる。
「ミカゲはバカだから、私が逃げたなんて思わずに、この塔を捜しまわるからね。」
(だったらっ、私が、ちゃんとミカゲに伝えるからっ!ミュウは無事に逃げ出して街にいるって伝えるからっ!)
「やめてよね。そんなカッコ悪い子と言いふらされたら困る。」
私は、体力の回復を優先し、最小限の動きで、ミノタウロスの斧を避け続ける。
ダメージはかなり負ったはずだけど、謎の声とこうして会話できるあたり、自分が思っている以上ぬ余裕があるのかも?
(余裕なんてないでしょっ!なんでそこまでするのっ!誰だって自分が大事なはずでしょっ!)
「ミカゲには命を救われたからね。」
ヒステリックに叫ぶ謎の声に、落ち着いた声でそう答える。
一呼吸、深く吸い込むと、少し落ち着いて周りを見る余裕が出来る。
……この謎の声のおかげで落ち着けた。ウン、余裕を持つのは大事。
私は、ミノタウロスが右足を引きずっているのを見て取ると、再度斬りつけるための隙を伺う。
(どうして……。何で……。)
謎の声がパニックを起こしたように、同じことを繰り返し呟いている。
「何でって言われてもねぇ。好きな人を護るのに理由は必要ないでしょ?その相手が命の恩人なら尚更ね。」
ミノタウロスが右足を踏み込んだ時に少しだけグラつくのを見て取った私は、その脚元に向けてダッシュする。
そして、先程与えた傷口をさらに深く斬り裂くように小剣を振り抜く。
上空から振り下ろされる拳を避けるようにそのまま駆け抜け、再度すきを窺う。
「はぁはぁはぁ……。」
……このままではジリ貧ね。
何度か叩きつけられたために、私の身体にはダメージが蓄積されている。
対してミノタウロスは足元に少しダメージがあると言っても、全体的に見て無傷に近い。
現状では、私の方が機敏さでは勝っているけど、それも時間の問題。このまま戦闘が長引けば、スタミナ切れを起こすのは私の方。いずれ捕まってあの圧倒的なパワーに押しつぶされるのは間違いない。
謎の声が言うように、今の私にはミノタウロスを倒すだけの力はない。
だとすれば、とにかく相手の攻撃をかわしつつ、出来る限りダメージを与えながら逃げ回る。後は、私のスタミナが尽きるか、その前に、私を探しているであろうミカゲがここに辿り着くかの勝負。
まぁ、奇跡が起きて、私の能力がパワーアップでもすれば、ミカゲを待つ前に倒すことも出来るかもしれないけどね。
「奇跡は、起きないから奇跡か……。」
以前訊いたことのあるフレーズを思い出す。
「よしっ!」
やる事さえ決まれば後は何も考えずに行動するだけ。元より覚悟は決まっている。
私はミノタウロスの攻撃をかわし、隙をついて足元を切裂くと追う行動を繰り返す。
「はぁはぁはぁ……。」
ポーチからスタミナポーションを取り出し、一気に煽る。
枯渇しかけていたスタミナが戻り、疲労が回復する。
ウン、大丈夫、まだ戦える。
戦いが始まってからどれほどの時間が過ぎたか分からない。
だけど、確実に言えることは、ミノタウロスはまだまだ元気で、私の方はポーションのストックがほぼ尽きかけている。このままでは、次のポーションを使ったら後はない。そのまま倒れるまで動き続けて、そして命運が尽きるだろう。
(ねぇ、本当にミカゲが来ると思ってるの?)
今まで黙り込んでいた謎の声が聞こえる。
「さぁね。どっちでもいいんだよそんな事は。ただ信じている。ミカゲが間に合うか間に合わないか、来るか来ないかは関係ない。」
(なんで、どうして……。分からないよっ!どうしてそこまでするのっ!)
「私が困っている時は、ミカゲはきっと助けに来てくれる。ミカゲが来れないってなら、それはミカゲが困ってるって事だから私が助けに行かないといけない。そこに理由も何もないよ。ただ私がそうしたいだけ。そして多分ミカゲもそう思ってくれている……たぶん。」
(……たぶんなんだ。)
少し呆れた感じになる謎の声。
しょうがないじゃない。ひょっとしたらミカゲは私の身体だけが目当てなのかもしれないし……。
そう考えると少しだけ落ち込む。
(……はぁ。もぅいいわ。私が力を貸してあげる。あなたが望むのは何?ミノタウロスを一刀両断できる力?あの攻撃をものともしない鉄壁の防御力?この場を支配するだけの圧倒的な魔導の力?)
急にトーンが変わった謎の声の問いかけに、私は疑問に思う事も悩むこともなく自然と答えを口にする。
「私の望みは機動力。目にもとまらぬ電光石火のスピード。この世の際果てまでも一瞬で超えることが出来る圧倒的なまでの速度……私の前を何人も走らせたりはしないっ!」
(……その願い、女神ユニットZ-prx0017……通称エアルリーゼが承りました。)
辺り一面が光りだしミュウの身体を包み込む。
(ミュウ、ワードを。)
「エアルリーゼ……ウン、『アクセラレーション』!」
心に浮かんだ力ある言葉を唱えると、自分を包み込む光が装身具に変わっていくのが分かる。……これは知っている。ミカゲやクミンたちが先頭モードに入る時と同じ現象だ……。
「滅・殺!」
力の使い方は分かる。私はその力を開放してミノタウロスへと向かう。
ミノタウロスが私に気付き、その斧を振り下ろすまでの間に50回以上も脚を斬り裂く。
流石にそれだけ斬りつければ、その巨体を支えることなどできない……はずだった。
しかし、強化種と言われるだけあって、そのミノタウロスはしぶとかった。
すでに脚の感覚はないはずなのに、もう片方の足に力を入れて、しっかりと立ちふさがっている。
そして、初めての女神ユニット装着のため、自分の力のコントロールが上手くいっていない私は、あと一回先程の攻撃をしたら倒れてしまうだろう。
そう考えると、脚を斬りつけるのではなく、心臓か延髄に攻撃をしなければ効果が薄いというのが分かる。
思い切ってミノタウロスの身体を駆け上がろうかと考えたその時……。
ドシャァァァン!
「グワァァァ………」
突然電に打たれ、その場に蹲るミノタウロス。
何が何だか分からないけど、チャンスには間違いない。
『アクセラレート!』
私は加速の呪文を唱えると、周りの動きが止まったかのようにスローモーになる。そんな世界の中で、一瞬にして間合いを詰めると、目の前の首元めがけて双剣を何度も振り下ろす。
やがて、周りの動きが段々と早くなり、元のスピードに戻る寸前に、双剣を突き立て、残りの全魔力を解き放つ。
『爆烈風』
その爆風の反動を利用して、ミノタウロスと距離を取る。
同時に、世界の時間が元に戻る。
私が離れたところに着地すると同時に、ミノタウロスの首が吹っ飛び、息絶えるのが分かった。
やがて、ミノタウロスの身体が光の粒子となって消え去り、後には拳大の魔石と、ミノタウロスが持っていた大きな斧が残される。
そしてその奥には今まで存在しなかった扉が現れた。
「あの先に行けばいいのね。」
私は、ドロップした斧と魔石をポーチに入れると、その扉に手をかけ、思い切り開いた。
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