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砂塵の塔 その8

「はぁ……。」


みんなで一斉にため息をつく。


もうこの塔の中の出鱈目さには慣れたつもりだった。


慣れたつもりだったけど、これは一体何なんだろう?


ここは15階層、そこにある、次の階層への階段の手前にある建物……いわゆるボス部屋にあたる部分だ。


先に進むためには、この建物を通り過ぎなければならない。


そして、当然、この建物の中には、ボスという邪魔する存在がいるという事は、今までの経験から分かっていたのだけど……。


建物の中は、一見してレストランだった……と言うよりレストラン以外の何ものでもない。


そして中央にどんと設置されたテーブル。その上座には豚の顔をした偉丈夫が、デンと座っていた。


「えっと、ここは……。」


「どうぞこちらへ。」


私が言葉を発するより早く、傍にいた執事風の男たちに、私達は席へと案内される。


「えっと……、えっ、あっ?」


席に着くと、椅子からベルトが出てきて、私たちの身体を拘束する。


「何をしておる、席に着いてソワソワと落ち着きがないのはマナー違反であるぞ。」


上座に座っている豚顔の男が、低く渋い声で言う。


声だけ聴いていれば中々のイケヴォだ。


「これは一体……。」


「私達をどうする気よっ!」


「まぁ待て、まずは食前酒を決めよう。みんなワインでよいか?」


落ち着いた豚の声に、皆は一様に頷いてしまう。


「まずは自己紹介といこうか。私はブターク=ト=テキカツ伯爵である。」


「……。」


「………どうした?自己紹介も出来んのでは、マナー以前の問題であるぞ?」


「ミカゲよ。」


「ミュウ。」


「クミンです。」


「マリアとお呼びください。」


私達は最低限の自己紹介をする。いったい何なんだろう?


「そうか、丁度前菜が来たところだ。話は食事をしながらしようではないか。」


ほんと一体何なのっ!?



「ちがうっ!スープを飲むときは手前から掬うのだ。……音は立てるのではないっ!」


「何度言えばわかるのだっ!ナイフを外側に向けるのではないっ!」


「ダメだっ!食事中の会話は楽しくっ!相手を不快にさせるような言動は慎めっ!」


……なんなのだろう。私たちの前に食事が運ばれ、豚にマナーについて語られている。


施設育ちで、マナーどころか、食事すら満足にできなかった私、人族とは違った習慣を持つ獣人のミュウ、生活環境が貧しくマナーどころではなかったクミン……こんな私達がいきなり食事のマナーと言われても困る。


唯一神殿育ちで貴族との関わりが多かったマリアだけは、所作もしっかりしていて、ブターク伯爵も満足していた。


私達は、ブターク伯爵からのマナー指導を受けながら食事を続ける。


デザートを食べ終わって、ようやく解放されるとホッとしたのだが、解放されたのはマリア一人だけだった。



「ふざけないでよっ!」


「ふざけてなどおらぬ。お主らが先に進みたいのであれば、私のマナーチェックに合格するがよい。」


そして第二ラウンドが始まる。


食事中の会話に疑問を差し込みながらなんとかまとめたところによると、このブターク伯爵は、魔族の中でも変わり者で、世界中を旅してまわっていたという。


しかし、旅する中で、人族の食事には美味しいものが多数あることを知ったが、それと同時に、それを食する人間のマナーの酷さが目に余るという。


それに嘆いたブターク伯爵は、長く考え、辿り付いた答えが「マナーが酷いのであれば教えればいいじゃないか」というものだった。


こうして、ブターク伯爵は、各地を転々として、このようなテーブルマナーを指導する場を設けているのだという。


……何よ、それっ!ふざけんじゃないわよっ!


そう叫びたかったけど、叫んでしまうとまた減点されるので、ぐっと我慢をする。


見るとミュウも同じようで、我慢しているのが、そのピクピクしている尻尾からよくうかがえる。


クーちゃんは……。あ、真面目にブターク伯爵の話を聞いて実践してる。ほんと、真面目さんなんだから。


……結局、私たち三人が解放されたのは、10時間後、食事回数にして3回繰り返した後だった。


うん、もうしばらく何も食べたくないよ。



「で、この後はあなたと戦えばいいの?」


ミュウが膨れたお腹をさすりながら、ブターク伯爵に声をかける。


「ん?なぜそんな事をせねばならぬ?そこの出口から出れば、次の階層にいけるぞ?」


「あ、そう。」


ミュウは、けだるげに、重くなった体を引きずりながら、私に視線を向ける。


早く行こうと言いたいのだろう。


「えっと、、あ、まぁ……いろいろご指導ありがとうございました。」


私は一応ブターク伯爵に頭を下げておく。


無理やりとはいえ、結果としてテーブルマナーが身についたことにあ間違いないのだから。


「ウム、魔族の我が領に来ることがあれば連絡をよこすがよい、晩餐に招いてやろう。」


ブターク伯爵はそう答えるとさっさと行けという様に店から追い出す仕草をする。


それを受けて執事たちが、丁寧だが有無を言わさない迫力で、「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」と頭を下げる。


私達は、その勢いの押されるようにして店を出て行くのだった。



「確か、最高到達回数がこの15階層だって話だったよね。」


上の階へ進む階段の前で、私達は座り込む。なんとなく先へ進む気力が湧かなかったので、休憩がてら少し話をすることにしたの。


「えぇ、確かボス部屋まで行って断念したパーティが3~4組あったという話で、そのどれもがその先に行けなかったと言います。」


「……まぁ、ボスがあんなんなら、普通の冒険者じゃ無理だよねぇ。」


私は先駆者に対し、深い同情を寄せる。


そもそも、マナーだ何だというものに無縁だからこそ、冒険者をやっているのであって、マナーを覚える前に満腹になって動けなくなるか、キレて暴れて、伯爵の執事につまみ出される光景がありありと目に浮かぶ。


「まぁ、取り敢えず、お腹がこなれるまで、ここで休んでましょ。」


流石のミュウも、マナー攻撃には耐えるので精いっぱいだったようだ。


「でも、すごく勉強になったよ。あの豚さん、顔はアレだけど、良い人だよね?」


……いやいや、クーちゃん、アレ豚顔だけど豚じゃないからね?


何気に酷い事を言うクーちゃんに注意をしておく。


大体、アレが豚だったら、メインディッシュのトンテキは共食いになるでしょうが。


それからしばらく、お腹がこなれるまでの間、私達はまったりとした時間を過ごすのだった。



「さぁ、前人未到の16階層よっ!」


ミュウがハイテンションで叫びながら飛び出していく。


私達は、その後に続いて、16階層に足を踏み入れた。










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