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砂塵の塔 その7

「馬、止まって!」


私は走り続ける馬に停止命令を出す。


「ミカゲ、いきなりどうしたの?」


怪訝そうに問いかけてくるミュウに対して、私は前方を指さす。


そこには数頭の熊に群がらる蜂の大群がいたのだ。


「アレは……ハニーベアとキラービー!?」


「ということは!」


ミュウとクーちゃんの声のトーンが上がる。


二人共、『王の蜂蜜(ハニークラウン)』の大ファンなのだ。


かなり大きい巣でも、採れるのは小樽1つ分がいい所なので、在庫が切らし気味なのだ。


「えーと、見た所上に行く階段が近くにあるんだけど?」


マリアちゃんが困ったように指差すのだが、誰も聞いていない。


ハニーベアとキラービーが戦っている場所の奥に、大きな巣がある。


そして、そこから少し離れた所に、上への階段が見える。


つまり、ハニーベアとキラービーが戦っている今であれば、安全に上へと行けるのだけど………。


「一応聞くけど、蜂蜜と上への移動、どっちが大事?」


「「蜂蜜!」」


……ダヨネ。わかってたよ。


ちなみに、マリアちゃんは黙っていたけど、その笑顔から察するに『王の蜂蜜(ハニークラウン)』を得ることには賛成のようだ。


蜂蜜をたっぷりパンにつけて食べてたもんねぇ。


ここだけの話だが、ウチの蜂蜜消費の約三割は、マリアちゃんによるものである。


そんな事を考えている間に、ミュウとクーちゃんは馬車から降りて、早くも戦闘態勢に入っている。


「ミカ姉、馬車はどうするの?」


「出口も近いし、一旦仕舞うよ。」


そう言って勇者の袋へ馬車をしまい込む。


「えっと、ミカ姉、アレはどうするの?」


クーちゃんの視線の先には、鍛え上げられた筋肉を魅せるようなポーズをとっている馬?がいる。


二人(二頭?)とも、やる気満々である。


「ん~、やる気みたいだし、戦力に数えておいてもいいんじゃない?」


「で、どうする?突っ込む?」


ミュウが早くも突入しそうなそぶりを見せながら聞いてくる。


「えーとね、取り敢えずは様子見で行きたいんだけど……。」


現在キラービーとハニーベアは互角の戦いを繰り広げている。よく見ればややハニーベアが有利っぽいけど、キラービーたちは、仲間がやられても怯まずに立ち向かい、近くの巣からは増援が飛び出してきているため、ハニーベアのスタミナが尽きるのが先か、キラービーの増援が尽きるのが先か、という状況だ。


出来れば、双方相討ちになってもらい、弱ったところを一気に叩いて漁夫の利を狙いたいところなんだけど……。


「そうもいかないみたいね。」


私たちの存在に気づいたキラービーの一群が、こちらに向かってきているのが見える。


「まずはあの一軍を撃破。そのままハニーベアと一緒にキラービーを叩くよ。兵隊バチが居なくなればクイーンビーが出てくるはずだから、それをハニーベアに押し付けて、その間に巣を壊して蜂蜜ゲット。後は一気に階段迄駆け抜けるよ!」


私は早口で作戦を伝える。

その間にもキラービーの群れがこちらに迫ってきている。

この距離なら、ファイアーボールである程度焼き尽すか……。


私は、手のひらに魔力を集める。


「あ、ミカ姉、あのお馬さん達……。」


私達より先んじて、飛び出していく二頭(二人?)の馬。


あっという間にキラービーに群がられて倒れてしまう。


「……弱いね。」


「うん……。」


瞬殺だった。足止めにもなりはしなかった。いったい何しに出て行ったのだろう?


私は何も言わずに、手のひらの魔力をキラービーに向けて放出する。


炎の爆風(ブラストファイア)


私の魔力は、キラービーの群れの中心で弾ける。


その衝撃により、無数のキラービーが身体を砕かれ周りに飛び散るが、それでも1/3は残ったようだ。


その生き残りに向かって、すでにクーちゃんをミュウが飛び込んでいき、手当たり次第に切り落としていく。


空が飛べるうえに数の有利がある筈のキラービーだが、私の魔法を受けて無傷でいられるはずもなく、その動きは緩慢で、あっという間に残っていたキラービーたちが切り落とされ、数分後にはミュウ達以外に動く物はなかった。


「また来ますわ。」


マリアちゃんが警告の声をあげる。


「ミュウ、クーちゃん、ハニーベアの方へっ!こっちは私とマリアちゃんで片付けるからっ!………ファイアーボール乱れ撃ちぃっ!」


私はミュウ達に指示を出すと迫り来るキラービーの群れに向かって魔法を放つ。


虫系の魔物には火属性の魔法がよく効くのだけど、ハニーベアのいるところは巣が近すぎて火属性の魔法は使いづらいのよ。


ここなら、延焼の心配もないし、こうして数を減らしていけば、そのうちキラービーの増援も尽きる筈。


私がファイアーボールを打つ傍ら、マリアちゃんは、打ち漏らして迫ってくるキラービーを手にしたメイスで叩き潰していく。

普段は聖女そのもののマリアちゃんなんだけど、メイスを振り回している時の笑顔のマリアちゃんは……ハッキリ言って怖いです。あの笑顔で迫られたら……。


「ミカゲさん、手がお留守のようですわ。」


「はいぃぃっ。いますぐっ!」


私は慌ててファイアーボールを乱打する。


うん、余計な事を考えるのはやめよう。マリアちゃんは聖女。それでいいのよ。


第二陣、第三陣と迫りくるキラービーの群れを、次々と叩き落としていくと、そのうちに目に見えて数が減ってきているのがわかる。


見ると、ハニーベアを襲っているキラービーも数を減らしていて、ハニーベアが優勢を誇っている。


「マリアちゃん、あっちと合流するよ。」


こっちいるキラービーたちを向こうに合流させれば、まだ、ハニーベアとの均衡は保てるだろう。

場合によっては、ハニーベアを叩いて弱らせてもいい。


漁夫の利を得るには、もう少しお互いに争ってもらわないとね。


……そう思ってたんだけどねぇ。



「ミカゲっ!なにしてくれるのよっ。」


ミュウがおこである。


「仕方がないじゃないっ。まさかあそこでハニーベアとキラービーがタッグを組むとは思わないでしょ?」


そうなのだ。キラービーの増援を引き連れて、ハニーベアのもとに向かい、キラービーたちの数を増やしたまではよかったが、そのままハニーベアと互角の戦いを繰り広げると思いきや、ハニーベアとキラービーがそれそれ、私達に向けて攻撃をしてきたのである。


これは完全に計算外だった。


「どうするのよっ!」


「ウン、恩知らずには鉄槌を!だね。ミュウ、クーちゃん、全速力で下がって。」


私は迫りくるキラービーたちに向き直ると、魔力を込めた手のひらを突き出す。


「いっけぇぇぇ。サイクロントルネードっ!」


変換された魔力が、私の前方で暴風となって吹き荒れる。


暴れ狂う風の渦に巻き込まれ、身体をズタズタにされながら飛び散るキラービーたち。


風の奔流に前後左右へと振り回され、碌に呼吸も出来ずに蹲るハニーベア。少しでも動くと、風が巻き起こしたことによってできた真空の刃に身体が切り刻まれる。


荒れ狂う風の舞が収まる頃、そこには私たち以外で生きているものは存在しなかった。



「ミカゲ、やり過ぎじゃない?」


これじゃぁ、毛皮が取れないわよ、とミュウが。ボロボロになったハニーベアを刺して言う。


「いいのよ、今はそんなものより蜂蜜でしょ?」


「それもそうね。」


私の言葉に、ミュウはあっさりと手にしたハニーベアを放り投げて頷く。


「じゃぁ、いくよっ!」


私は大きな巣の前に立つと、こういう時以外には使い道のない剣を冗談に構えて、一期に振り下ろす。



「あっ……。」


巣を斬ると、中にいたクインビーと目が合う。


クインビーも私と目を合わせたまま動けずにいる。


クインビーは、その、何と言うか……いたしている最中だったのだ。その、プリンスビーと……。


しかも、通常は1体しか存在しない筈のプリンスビーが2体存在している。


……気まずい。非常に気まずい……。


それはクインビーも同じだったようで、しばらくの硬直の後、不意に視線を逸らしたかと思うと、脱兎のごとく飛び出して何処かへと飛んで行ってしまった。


遺されたプリンスビーたちが、慌てて追いかけるように飛んでいく。


残ったのは主不在となった巣だけ……。


「何だったのかしら?」


「……さぁ、蜂蜜を集めましょ。」


マリアちゃんの疑問はスルーして、私は何事もなかったかのように蜂蜜の採集を始める。


繁殖中だったせいか、通常、この規模の巣であれば、小樽半分集まればいいところのハニークラウンが、小樽3つ分も集まった。

その分通常の蜂蜜が少なく、大滝1つ分しか採れなかったけど。


「これで、また飴が作れるね?」


クーちゃんが目を輝かせてそう言ってくる。ウン、可愛い。その可愛い笑顔を見る為なら、お姉さん、どんどん飴ちゃん創るからね。


私の野望を知ってか知らずか、マリアちゃんがハニークラウンの小樽を、自分用に確保してるのが、視界の端に映った。



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