砂塵の塔 その5
「くぉらぁっ!手が空いたなら、さっさと助けなさいよぉっ!」
ミュウがおこである。
かなり飲み込まれていて、今は肩から上しか見えない。
「えぇ〜。ミュウちゃんがそんな態度って、お姉さん悲しいよ。」
「誰がお姉さんよっ!いいから早く助けなさいよっ!」
「………。」
「な、何してんのよっ!」
私はミュウから視線をそらし、困り顔のクーちゃんを引き寄せて話しかける。
「い〜い、クーちゃん。人に物を頼むときにはね、頼み方って言うのがあるのよ。特に自分の立場が弱いときはね……。」
「あ~、もうゴメンナサイでした。私が悪かったわよ。お願いだから助けてよ。」
「私、最近もふもふが足りないと思うのよねぇ。」
私はチラ、チラッとミュウの頭の辺りに視線を向ける。
「………うぅー、ミミだけよッ!尻尾はダメだからねっ!」
「もう一声!」
「あ~、もぅ!わかったわよっ!今夜添い寝してあげるからっ。だから早く助けて!」
首のあたりまで飲み込まれ、さすがのミュウも余裕がなくなっているようだ。
「明日も明後日も添い寝してあげるからぁ………。」
あ、ヤバい。飲み込まれる。
『ロックバスター!』
巨石の塊をブルートードの腹にぶち込む。
その反動でミュウの身体が半分ほど飛び出す。
「クーちゃん、刃に魔法を纏わせて、思いっ切り突き刺して。」
ミュウが飲み込まれる心配が無くなったところで、折角なので、刃が通りにくい相手との戦い方をクーちゃんに教えることにする。
ビックトード系はその図体に見合わぬ機動力、強力な遠距離攻撃、物理耐性、特に斬撃に強い肉体、ついでにそれなりに高い魔法抵抗力、と剣士の天敵のように言われている。
実際、まともに戦えば、そこそこの剣士では全く歯が立たないけど、ビックトード系にはある弱点があり、それを知っていれば、駆け出しの剣士でも、安全に倒すことが出来るという、ある意味オイシイ相手なのだ。
「えっと、こうかな?」
クーちゃんは、言われたとおりに剣を突き立てる。
ザシュッ!
魔力を纏った刃は、今までのクミンの努力をあざ笑うかのように、深々とカエルの腹に突き刺さる。
「うん、クーちゃんその調子で倒してね。」
「でも……早くしないとミュウお姉ちゃんが……。」
クーちゃんがチラッとミュウを見上げるの。ほんと優しい子だよねぇ。
「大丈夫。ミュウを飲み込むまで、相手は動かないし、反撃もしてこないから。飲み込まれる前にクーちゃんがやっつけちゃえば問題なし。」
そう、ビックトード系は獲物を飲み込んでいる時はその動きを一切止める。
まぁ、攻撃手段が、口から吐く粘液と舌攻撃だから、口がふさがっていては攻撃できないよね?
だから早く呑み込んで攻撃態勢に入るためにも、飲み込み動作中は動かない、というのが一般的な説だけど、実際のところは分かってない……まぁ、私達には関係ない事だし。
重要なのは、獲物が飲まれている間は攻撃し放題、獲物が人の場合、飲み込むのに時間がかかる、という2点だけ。
これを知っているものは、囮……奴隷や新米冒険者ね……を使って、相手が動けない間に討伐するという方法を取ることもある。
まぁ、人道的に問題あり、とされているから、大っぴらには情報が出回ってないんだけどね。
「そういう事なら……。ミュウお姉ちゃん、今助けるからねっ!」
クーちゃんの目つきが変わって、エストリーファを両手で握る。
「エストリーファ、力を貸して。……『雷鳴閃』!」
クーちゃんの握るエストリーファが輝いたかと思うと、次の瞬間には、ブルートードの胴が斜めに切裂かれ二つになっていた。
落ちたブルートードの、口のある半身の方から、ミュウが這い出して来る。
「ミュウ、大丈夫だった?」
私が駆け寄ってミュウを抱き起したんだけど、なぜか睨まれた……助けてあげたのに、何で?
取りあえず、ヌルヌルべとべとは嫌だというミュウとクーちゃんの為に、その場に穴を掘って大きなお風呂を作った。
遮るものがなくて周りからは丸見えだけど、ここに他に人はいないからいいよね?
4人で一緒にお風呂に入る。
私は報酬の、ミュウの耳モフモフの権利を主張したんだけど、ミュウは「助けてくれたのはクミンでしょ?」と契約を保護にしようとするのよ。酷いと思わない?
「ぶぅ~。だったら今夜の晩御飯、ミュウだけ、カエルにするからねっ!」
「いいの?」
「えー、お姉ちゃんだけズルいよぉ。」
「ミカゲさん、流石にミュウさんだけというのはあまりにも……。私達だって食べたいです。」
……あれ?なんかみんなの反応が思っていたのと違う?
「えっと、カエルだよ?さっきまでいたブヨブヨネトネトの……。」
「わかってるわよ。本当に食べていいの?」
「ミカ姉、依怙贔屓は良くないよ。私達だって食べる権利はあると思う。」
いつになく、強く主張してくるクーちゃん。
えっ?カエルだよ?本当に食べたいの?
「あのぉ……、ミカゲさんは分かってないみたいですが、ビックトードのお肉は高級食材で、一般庶民ではなかなか口にすることが出来ないのです。その味も、大層美味という事で……。」
マリアちゃんの説明によれば、ビックトード系のお肉は重さ×5倍の銀貨と取引されるほどの高級食材で、1匹倒せば1年は遊んで暮らせると言われているらしい。
そんな高級食材なので、上級貴族でもないと食する機会がなく、一見蛋白だが、噛みしめるほどに濃厚で芳醇な味わいがあるという噂だけが先行しているらしい。
「……マジに食べるの?」
私がそう訊ねると、三人は期待に満ちた目で、コクコクと頷く。
どうやら今夜の食事はカエル料理らしい。
うぅー、こっちに来てまでカエル料理を作ることになるなんて……。
結局、その日の晩餐は、私の作ったカエル料理の数々……。
せめてもの抵抗……と言うか、半分自棄になって作った料理は、カエルのもも肉を使った唐揚げ、カエルの胸肉のカツ、カエルの一番やわらかい部位を使ったステーキ、余ったくず肉をミンチにして作ったカエル肉のハンバーグとミートボール等々、せめてカエルらしさを一切なくした料理にしようとして提供した数々。
みんなには好評だったけど、私には……。
えっとね、我慢して食べたよ?元がカエルだと知らなければそこそこおいしかったと思うのよ?
だけどね、カエルなのよ……。
まぁ、みんなのテンションが上がるぐらい喜んでいたからいいけどさ。
後、テンションが上がりまくったミュウが、私の横にきて、イチャイチャしてくれたことは良かった……また作ってあげよう。私は食べないけどね。
ひとしきり食べた後、私達は転送陣を使って上の階へと進むことにした。
11階層に着いたところで、ふと、お風呂そのままだったことを思い出す。
「……別に害があるわけじゃないからいっか。」
「何が?」
「ウウン、何でもない。」
私は怪訝そうな顔のミュウを促して11階層へと足を踏み入れる。
目の前には草原が広がっていた。
……ちなみに、10階層のボス部屋に放置された風呂は、リポップしたボストード達が使用することになる。
そんなところに水場があるとは思っていなかった冒険者たちは奇襲を受け、また、少しダメージを与えても、風呂に逃げ込めばダメージが回復するというように、ミカゲの妙な拘りが詰まった風呂場が出来たことにより、10階層のボス攻略の難度が跳ね上がるのだったが、そんなことを今のミカゲたちが知る由もなかった。
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