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メイドさん募集中

「……じゃぁ、そう言う事でお願いね。」

「ハッ、早急に!」

 眼の前にいた、いかつい体つきの虎の獣人……タイガラントの若者が、深々と頭を下げて部屋を出ていく。

「はぁ……もぅやだぁー。ミュウ代わってよぉ。」

 獣人が去って行ったのを確認すると、今までの厳めしい態度を崩す。

「何言ってんの、アンタの仕事でしょ。」

「もうやだぁ……おうち帰ってミリィをモフるぅ~。」

「仕事をすることを条件にミリィたちが来たんでしょ?今帰ってもモフれないわよ?」

 駄々をこねる私に対して、冷たく言うミュウ。

 私だってわかってるのよ、コレがただの我儘だって。

 だけどね……。


「何で、いつもいつも男の相手しなきゃいけないのよっ!私は女の子がいいのっ!」

「ミカゲ、言い方!落ち着きなさいよ……ったく。」

 叫ぶ私の口を慌てて終え合えるミュウ。

 ……まぁ、確かに今の所だけ聞いていると外聞はあまりよくないかも?

 「むぐっ、むぐぅ……。」

 ミュウの拘束から逃れようと、首を振る私の視界の隅に、入り口で佇む女の子の姿が入る。

 タンタンタン!

 私はミュウの腕をタップした後、入り口を指さす。

 ミュウもその子に気づき、私の拘束を解いて、入り口の女の子に声をかける。

「面会希望のナターシャさんだよね?入っていいわよ。」

 ミュウに促されて、おずおずと入ってくるナターシャ。

「あ、ハイ……あの……お初にお目にかかります……ラクルン族のナターシャと言います。」

 オドオドしながらも名乗るナターシャ。

 頭の上の特徴ある丸い耳が、ピクピクと小刻みに震えているのが、ナターシャの緊張を表している。

 私はナターシャの傍まで行くと、その頭を撫で、耳をモフりながら声をかける。

「緊張しなくていいんだよ?……私、そんなに怖い?」

 ナターシャは、ビクッと身体を震わせ、何かを言おうとして、何も言えず俯く。


 あの忠誠の儀から1週間。

 さっきのタイガラントの若者の様に、集落の変革に関する報告だけでなく、セルアン族の各種族の代表が次々と挨拶にやってくるようになった。

 ただ、その殆どが高齢の村長か、世代交代したばかりの若者で、ナターシャの様な可愛い女の子が来るのは大変珍しかった。


「ほらほら、怖がってるから離れて、離れて。」

 ミュウが私とナターシャを引き離す。

「怖がらせてないよぉ。」

 私はミュウに文句を言うけど、私が離れた後、ナターシャはあからさまに、ホッと力を抜いていたので、何の説得力もなかった。


「それで、今日は挨拶だけ?」

 上座に座り直してぶんむくれている私を無視して、ミュウがナターシャに問いかける。

「いえ、お屋敷に召し上げられる女性について確認したいことがございまして。」

 ナターシャは、チラッと私の方を見ながら、ミュウにそう答える。


 ナターシャが言っているのは昨日から募集を始めたメイドさん達の事だろう。

 私がセルアン族を統べる党首となった事で、形だけでも執政をする場所が必要といわれ、以前客人用としてあてがわれていたこの場所を仮の執務室として、こうして謁見に使ったりしているんだけど、今後の事を考えたら拠点は必要だと思うのよ。


 だから、ニコちゃんに命じて鉱山に近い場所に拠点となる建物を用意させたんだけど、ユースティアが少し悪ノリして、とんでもないお屋敷に仕上がったのよ。

 簡単に言えば悪の親玉のお屋敷……と言えば伝わるかな?

 廃墟ではないけど、いかにも、って感じで、何も知らない人が前を通りがかったら、恐怖で身体が竦んでしまうんじゃないかって思うぐらいの出来だったのね。

 流石にこれはって事で、やり直しを命じたんだけど、ユースティアが無駄にリソースを使いこんだせいで、全面改装は不可能だったのね。

 結局、一部の改装と認識魔法の併用で、明るい所で見れば、怖がられることはない程度まで改装できたのが二日前の事。


 外装が出来あがっても、まだ内装とかはこれから仕上げていくから、それを手伝ってくれる人を募集したのが昨日の事。

 拠点とはいっても、常にそこにいる訳じゃないから、今後の管理もお願いしたいから、住み込みOKな人を優先で、長く勤めてくれる人を募集したのよ。

 もし優秀な人が居たら、私の代わりに色々お願いしようと考えているのは、まだナイショなんだけどね。


 私が住む場所になるんだから、当然女性限定なんだけど、ナターシャが言うには、その募集の事であらぬ噂が流れてるんだって。

「噂?」

 ミュウも初耳だったらしく、詳しく話す様にナターシャを促す。

「ハイ、実は、その……召し上げられた女性は……その……ミカゲ様への……夜のご奉仕も強要されると……。」

 真っ赤になりながらそう告げるナターシャ。

 なんでも、ナターシャ達ラクルン族は、その見かけと性質から、獣人好きのヒューマン族からの人気が高いため、一族の中から容姿の優れたものを何人か私に差し出すように、セルアン族を統括する長達から命じられたらしい。

 要は、私のお気に入りを差し出して御機嫌を取れって事みたいなんだけど……。


 ガタッ……。

「むぐっ……ミュウ、離してよ……うぅ……。」

 私が立ち上がった途端、ミュウによって背後から拘束される。

「ダメ!アンタ、今何しにどこに行こうとしたの?」

「そんなの決まってるじゃない。ふざけた事を言ってるセルアン族に正義の鉄槌を!」

「……具体的には?」

「村長たちが集まってるところにメテオを墜とすのよ。」

「アホかっ!」

 パシッと後ろ頭を叩かれる。

 ミュウが手にしているのは、確か「ハリセン」とかいう奴で、アスカの街の雑貨屋で見かけたものだけど……いつのまに買ってたのよ?

「そんなことしたら、また混乱が起きるでしょうがっ!」

「でもぉ……。」

「でもじゃないっ!見なさい、ナターシャも怖がってるでしょ!」

 ミュウの言葉に、ナターシャを見ると、確かに小さくなり震えている。

「えっとね……全部誤解だから……ね?」

 私は安心させようとナターシャに手を伸ばすが、彼女は『ヒッ!』と更に身体を強張らせて縮こまる。

「ふぇぇぇーん、ミュゥ、私恐怖の大王になっちゃってるぅ。」

 ナターシャの怖がりようにショックを受けた私は、そのままミュウにしがみつく。


「ハイハイ、だからこれ以上誤解を受けない様に、大人しくしてる事、分かった?」

 ミュウが私を優しく受け止め、頭や背中を優しく撫でてくれる。

「ウン、分かった。」

 私はミュウの言葉に小さく頷く。

「よしよし、ミカゲはいい子ね……ってちょっと、どこ触ってるのよっ!」

 私が尻尾の付け根をツーッと逆撫ですると、ミュウは驚いて私を突き放し、例のハリセンで頭を叩いてくる。

「痛ったぁーい……ミュウ、酷いよぉ。」

 私は頭を抱えながら、ミュウを睨む。

 ハリセンって、大きな音がするけど、実はそれほど痛くないのよね。ただ、ミュウの力で叩かれると、反動が大きくて、少し頭がクラクラするのよ。 


「まったく、油断も隙もあったもんじゃないわ。」

 ミュウは頬を紅く染めながら、自分の尻尾を隠すようにしている。

「それより、問題はその噂の方でしょ。……ナターシャ、一応言っておくけど、その噂は出鱈目だからね。」

「そうなんですか?でも、ミカゲ様は女の子が大好きだって……。」

「……それは否定しないけど。」

「否定してよっ!」

 ナターシャに同意するミュウにツッコむ。

 確かに好きか嫌いかって言えば好きだけどね、新しい誤解が生まれちゃうじゃないのよ。


 結局、ナターシャの誤解を解いて理解してもらうのに20分ほどの時間を要したのよ。

「誤解でよかったです。安心して一族の者たちに話が出来ますわ。」

「ウン、私も理解してもらえてよかったよ。」

 かなり打ち解けた感じで笑顔を向けてくれるナターシャに、私も頷く。

「主様のご命令には逆らえませんが、やはりご奉仕となると、その……。でも強要ではないと聞いて一安心です。」

 少し頬を染めながら、笑顔でそう言うナターシャから私は視線を逸らす。

「えっと、ナターシャ、その事なんだけどね……。」

 そんな私の様子を見て、ミュウが困ったようにナターシャに話しかける。

「はい?」

「えっとね、夜のご奉仕とかそう言うのじゃないんだけど……何と言っていいか……。」

 言い淀むミュウの顔を不思議そうに見つめるナターシャ。


「……まぁ、実際に体験してもらうのが早いか。」

 ミュウはどこか諦めたような口調でそう言うと、ナターシャを手招きする。

「取りあえずね、ここに座って。」

 ナターシャはミュウに言われるがまま、私の前に腰を下ろす。

「ミュウ、いいの?」

 私は一応確認をする。

「やり過ぎないようにね。」

「ウン、分かってる。」

「あの、何が……ひゃんっ。」

 ミュウの許可を得た私は、目の前のナターシャを抱き寄せ、その丸い耳を優しく撫でる。

「えっと、ミカゲ様?ミュウ様?」

 説明を求める様に視線を動かすナターシャだけど、ミュウは視線を逸らし、私は返事の代わりに、その耳を軽く甘噛みする。

「ひゃんっ!そ、それ、だ、ダメですぅ……。」

 はむはむと甘噛みを続けていると、腕の中のナターシャの身体から力が抜けていく。


 私は、甘噛みを続けながら、もう片方の耳を優しくモフりつつ、右手をお尻の付け根にある丸い尻尾の方へ移動させる。

 ほわっ……。

 すごくやわらかい毛並み……私は先から付け根に向かって逆撫でしてみる。

「ぁん……だ、ダメですぅ……。」

 さわさわさわ……。

「そ、そこは……。」

 付け根が弱点みたいで、ナターシャは無意識に腰を浮かすが、私はそれを許さず、更に撫で回す。

「だ、ダメですってば……ひゃんっ!」 

  甘噛みしている耳を少し強く噛んでみると、ナターシャの背筋がピンっとのけぞる。

 その背中を尻尾の付け根からツツーっと逆撫でしていく。

「ぁん……も、もぅ、だ、ダメぇ……。」

 ナターシャの身体から力が抜ける。

「可愛いね。」

 私はさらにナターシャの毛並みを堪能していく。

「……も、もう、ダメぇ……しゅ、しゅご…………。」

 ナターシャは完全に身体を私に預けて為すがままになっている。

 はぁ、ココでモフれるなんて思ってなかったから、サイコー。

 ネコミミもいいけど、クマ耳やタヌキ耳も甘噛みしやすくていいねぇ。

 それに、この尻尾の毛並みの気持ちよさと言ったら……このフワフワ癖になりそうよ。


「ねぇ、ミュウ、お持ち帰りしていい?」

「ダメ!」

「けちぃ。」

「ケチじゃないの。そろそろ離してあげなさい。」

「えぇー、もう?」

「一応、今は仕事中って事忘れてるでしょ?」

「はぁーい。」

 ミュウに言われて、しぶしぶとナターシャを解放する。

 ナターシャの眼は蕩けていて焦点が合ってなかったけど、ミュウが気付けを飲ましてしばらくすると、瞳に輝きが戻ってきた。


「まぁ、極偶にだけど、ミカゲがこのように暴走する事があるからね。そのこと言い含めて、決して無理強いしないようにね。」

 ミュウが、労わる様にそう告げると、ナターシャは小さく頷く。

「ハイ……あの……、いえ、ありがとうございました。」

 ナターシャはそれだけを言うと、部屋から出て行った。


「はぁ……まぁ仕方ないけど、ヘンな噂が広がるよりマシでしょ。」

 ミュウは疲れたように大きなため息を吐く。

「根も葉もない噂を流すのは誰なんだろうね?見つけたら怖い目にあわせようね。」

「……あながち間違ってないのが困るんだけどね。」

「ん?何か言った?」

 ミュウが何か呟いたようだけど、声が小さくて聞こえなかった。

「何でもない、さぁ、仕事続けるよ。今日は後3人と会う約束があるからね。」

「はぁーい。」


 結局、このあと数日は、この様な感じで、私はミュウの監視下でお仕事(・・・)をしながら過ごしたのだった。

 

 ちなみに、ナターシャさんと会った翌日に、彼女はメイドとして屋敷にやってきた事を付け加えておくね。


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