古代遺跡の謎-後編ー
「まずは、セルアン族の言ってた『護り人』について教えてくれる?」
私は、クーちゃんの膝の上にいるニコちゃんにそう訊ねる。
結局、ニコちゃんはクーちゃんの膝の上から動こうとしなかった。
仕方がないから、後でクーちゃんをたっぷり可愛がろうと心に決めて、話を先に進めることにしたのよ。
「護り人……ガーディアンの事ですね。封印されし施設『超巨大情報網接続装置』の番人……。」
ニコちゃんの話では、超古代文明を築いた古代人たちは、滅びの元凶となった終末戦争の時、戦況を覆す為に様々な兵器や装置を乱開発していたんだって。
だけど、戦いが長引き、敗色が濃厚になった時点で、秘かに開発をしていた秘密兵器を、後世に知識を残す為に改変することにしたらしいのね。
そして、後世の人間達に、敵の脅威を伝える為、また、同じ過ちを起こさない様に警告する為に、正しき者たちへ確実に伝える様に、信頼できる者たちに後の全てを託したの。
それが『ガーディアン』と呼ばれる護り人の種族なんだって。
「えーと、以前にアイちゃんから、魔族の反乱とか、龍の介入で古代人は滅びたって聞いたけど、終末戦争の相手って魔族だったの?でも、じゃぁ何で魔族のセルアン族がガーディアンなの?」
昔の事だから、多少の食い違いがあってもおかしくはないけど、それでもよく分からないよね。
「戦争の発端は、確かの魔族の反乱でした。しかし、その反乱の中心となっていたのは、魔王……。」
(そこまでです!)
ニコちゃんの言葉を遮る様に、室内に声が響く。
この声は……。
(人工精霊SN251700800135515、レフィーアが命じます。終末戦争に関する情報の開示を禁止します。)
「「「「レフィーア!」」」」
私達の声が重なる。
目の前に現れたのは、妖精の姿をしたレフィーア……だけど、少し影が薄い。
向こう側が……透けて見える!?
「レフィーアの幽霊?」
「ミカ姉、レフィーア、死んじゃったの?」
私の呟きに、クーちゃんが怯えた様に聞いてくる。
(バカね、ホログラフ……って言っても分んないか。魔法で姿を映しているだけよ。)
レフィーアが呆れた目で見てくる。
(っと、その話は後でね。……人工精霊SN251700800135515、シークレットコード00E38Aを実行。)
「……上位コード『レフィーア』確認。命令を処理します……終了しました。」
(OK、ここは私が引き受けるから、あなたは呼ぶまで人工精霊SN2785200021875とのコンタクトに専念して。)
「イエス、マム。」
ニコちゃんはレフィーアの指示を受けると、クーちゃんの膝から降りて部屋を出て行ってしまった。
(これでいいかな……皆、久しぶりね。元気してた?)
レフィーアはニコちゃんが部屋から出ていくのを見送った後、私達に振り返る。
「元気だけど……レフィーアこそ、本当に大丈夫?死んでないよね?」
(あはは、やだなぁ、ミカゲは。ボクがそう簡単に死ぬわけないでしょ?……まぁ、少しドジやっちゃったから、ソッチに帰るのに時間がかかりそうなんだけどね。)
「元気ならいいよ、それより……。」
「それよりどういう事ですの?」
私の言葉をマリアちゃんが引き継ぐ。
(何の事?)
「先程の事ですわ。どう見ても、私達への情報提供をあなたが邪魔したようにしか見えませんわ。」
マリアちゃんが珍しく怒っている。
さっきのレフィーアの行動は、余りにも胡散臭いからね……まぁ、何か訳があるとは思うんだけど。
(うーん、ぶっちゃけ、キミタチにはまだ教える事が出来ない情報が多いからね。禁則事項ってヤツ?)
レフィーアが飄々と答える。
(キミタチの言いたいことも分るけど、コッチにも事情ってのがあるから、分かってくれると嬉しいな。禁則事項に引っかからない事なら何でも教えてあげるからさ。)
「じゃぁ、私から一つ……あなたを含め、女神ユニットって何なんですの?私達が信仰する『女神様』は本当に存在するのですか?」
そう聞くマリアちゃんの顔は、心なしか、苦渋で歪んでいるように見えた。
マリアちゃんにしてみれば、女神は信仰の対象であり、教会を捨てて私達についてきたのも、レフィーアが見せた『奇跡』を見た為。
だけど、『女神』を名乗るエストリーファに、ユースティアの存在を「女神ユニット」と呼ぶアイちゃんやニコちゃん。
そしてユースティアが言う「ターミナルを守る存在」……。
マリアちゃんにしてみれば、信仰の根幹を揺るがす問題かもしれないと思うと、平静じゃいられないと思うのよ。
(うーん、そっかぁ、マリアにしてみれば大問題かもねぇ……。)
レフィーアが、どう説明しようかって悩んでいる。
その姿をじっと見つめるマリアちゃん。
(はぁ……禁則事項で話せないこともあるけどいい?)
「構いませんわ。」
(えっとね、ボク達『女神』の存在を説明するのは難しいんだけどね、創世記神話の『女神』と同じ存在か?と問われれば、その答えはNo.だよ。)
「じゃぁ、あなた方は一体……。」
(慌てないでよ。創世記から見守ってきた存在、というなら、ボク達はまさしくソレなんだ。)
「えっと、レフィーア、もう少しわかりやすくお願い。そうじゃないとクーちゃんが寝ちゃうから。」
「寝ないよっ!ミカ姉酷いよ。」
私はレフィーアに分かりやすく、と伝えると、膝の上に乗っているクーちゃんが文句を言う。
そんなクーちゃんの頭を撫でながら、私はレフィーアに続きを促す。
ちなみにミュウは先程から詰まらなそうにしているから、もう少ししたら寝ちゃうんだろうなぁ、
(うーん、創世記まで遡ると、色々禁則事項に触れちゃうから端折るけど、とにかく、ボク達は世界がおかしな方へ歪まないように見守ってきたって事は確かなのよ。)
その言葉を聞いたところで、マリアちゃんの強張っていた身体から少し力が抜ける。
(それで、古代文明時代の事なんだけどね、簡単に言っちゃえば、自分たちの力に奢った古代文明人たちの暴走が終末戦争の引き金を引いたって事で自業自得って事なんだけど、それでこの世界がおかしな方へ向かうのは、ボク達としても撮っても困るんだよ。だから、当時の技術に介入して、ボク達が介入できるようにしたんだ。それが『女神ユニットシステム』ってわけ。当時の技術者たちは、人工精霊をサポートするアシスタントユニットという認識だったけど、実はボク達の力の一部を移し、時には依り代として機能させるためのものだったというわけなんだけど……分かる?)
レフィーアは、すでに眠ってしまったミュウとクーちゃんを見てから、マリアちゃんと私に目を向ける。
「……女神様方は確かに存在していて、現世で力を使うための手段として『女神ユニット』なるものを作らせた……って事ですの?」
(ウン、そう言う認識でいいよ。)
レフィーアの言葉に、得心がいったのか、ふぅーっと力を抜くマリアちゃん。
「じゃぁ、他の事も教えて貰おうかな?さっき中途半端になっちゃったけど、古代文明の遺跡を魔族のセルアン族が守っているのは何故?他の遺跡にも女神ユニットがあるって話だけど、皆レフィーア達みたいな力を使えるの?大体レフィーアは何なの?ユースティアたちとは違っているみたいだけど?それから……。」
(ちょ、ちょっと待ってよ、ミカゲ。そんなに一度に言われても困るよ。)
立て続けの質問に焦るレフィーア。
(ふぅ……まずはガーディアン達の事ね。今でこそ、人族は魔族の事を敵視しているけど、昔は別に魔族と人族が敵対してたわけじゃないんだよ。昔は、種族間の争いというより、地域での争いの方が主流だったからね。同じ地域に住む魔族は、敵というより頼もしい味方だったんだよ。)
「そうなんだ。」
(そうなの。だから当時この地域で一大勢力を築いていたセルアン族に、この地域の守りを任せたってわけ。そしてセルアン族だけじゃないけど、ガーディアンに任された使命は二つ。)
「二つ?」
(一つ目は、もちろん遺跡を守る事。如何なる相手でも、外部からの侵入を防ぐことが課せられているのよ。)
「もう一つは?」
(……後継者の選別と導きよ。)
「どゆ事?」
(そのままの意味よ。古代文明時代の知識と力を得るに相応しいと思う者が現れるまでこの地を守り、後継者に相応しいものが現れたのなら、その者の資質を見定め、この地へ導く。ガーディアン達は、後継者に総てを託すことでその任から解かれるのよ。……セルアン族から説明なかったの?)
ここで初めてレフィーアが不思議そうな顔をする。
「聞いてないよ……っていうか、セルアン族の人達、そんなこと知らないみたいだったよ?」
私はリカルドやフォクシーさんから聞いた話をこれまでの行動と共に説明する。
(うーん、長い年月で、歪み失われた伝承ねぇ……。でも、それだけの情報が残っているなら、少なくともミカゲが『解放者』だって事は伝わると思うんだけど……ちょっと、ユースティア?)
レフィーアがユースティアを呼ぶ。
(ボクが送った信号、しっかり処理したんでしょうね?)
(ニコが処理しておったが……セルアン属にはしっかり伝わっておったぞ?)
(うーん、どういう事かな……人工精霊SN251700800135515、データログの開示……。)
「えっと、どうしたのかな?」
レフィーア達が集まって何やら話をしている。
いつの間にかエストリーファも加わって、傍目には妖精たちが集まって楽しくおしゃべりしているように見えなくもない。
……「排除」だの「処分」だのと言う、時折聞こえてくる物騒な単語を除けば、だけど。
(えっとね、ミカゲ。落ち着いて聞いて欲しいんだけど……。)
「なんか面倒事に巻き込まれそうだからヤダ。」
(あ、うん。それは間違いないけど、ミカゲが聞いてくれないと……セルアン族滅ぶよ?この施設ごと。)
レフィーアが物騒な事を言い出す。
「どういう事よ?」
(だからね、今のまま放っておくと、機密保持のセーフティが働いて、この施設を中心に半径3㎞が消滅することになるのよ。……バニッシャーの名に箔がついていいかも知れないけどね?)
「ちょっと、詳しく説明しなさいよ。」
寝てたはずのミュウが、起き上がってレフィーアを睨みつけている。
(だからね、この施設が吹き飛ぶの。そうなったら地上もただじゃ済まないって話なんだけど?)
「だから、なんでそうなるのよっ!」
(うむ、我が説明しよう。事の起こりは其方らが最初の施設を起動した事から始まっておるのじゃが……。)
レフィーアに変わってユースティアが説明を始める。
なんでも、アイちゃんを起動させた時、レフィーアが起動補助した事によって、私が『暫定的後継者』になったんだって。
それで、レフィーアがアイちゃんに命じて、各地のターミナル施設にその情報を流したらしいんだけど、何分年月が経ちすぎているから、殆どの施設と連絡が取れなかったんだって。
中には、信号を受け取った形跡はあるもののレスポンスが無かった施設もあったらしくて、その内の一つが、ここの施設だったらしいの。
(それで、ミカゲをここのマスターとして相応しいかどうかは、ガーディアンであるセルアン族に見極めさせようとしたのじゃが……。)
ニコちゃんから信号を受け取ったセルアン族の代表って言うのが、例の若者だったらしく、その信号を受けた事が、自分が解放者だと勘違いする要因になったのね。
(奴は後継者ではないからな、当然中に入れる訳も行かず、穏やかにご退場願ったわけだが、ちと奥深くまで入り過ぎててのう……。)
セルアンの若者がセーフティエリアの内部まで入り込んだことによって、後継者候補以外の部外者侵入とシステムが判断。
だけど私が来たことによって、現在はそのセーフティシステムがカウントダウンを一時的に止めている状態なんだって。
(じゃから、其方が正統後継者であるとセルアン族が認めなければ、システムのカウントダウンが進み、機密保持の為自爆するというわけじゃよ。)
「うーん……セルアン族が認めるって、どうすればいいのかな?」
(簡単よ、セルアン族に伝わる「忠誠の儀」を行って貰えばいいの。あなたはこれを持ってその儀を受ければいいわ。)
そう言ってレフィーアが宝玉をポンと投げてよこす。
「はぁ……放っておいても面倒な事になるのね。」
私はレフィーアの宝玉を嵌めたネックレスに、その宝玉を追加する。
「それで、レフィーアは手伝ってくれるの?」
(ゴメン、残念だけど、あまり時間が残ってないんだよ。)
「そうなんだ。」
私の声に残念そうな響きがあるのを感じたのか、明るい声でレフィーアが言ってくる。
(もう一つの施設が解放されたら、ボクは戻ってこられるから。だから今回の件が片付いたら、次の施設を探して。)
「ウン、分かった。……じゃぁレフィーアとはここでお別れかな?」
先程より影が薄くなっているレフィーアに聞いてみる。
(ウン、残念だけど、そろそろエネルギーが切れそうなのよね。だから残ったエネルギーはそれに充填しておくよ。)
そう言うとレフィーアは光の塊に姿を変え、私のペンダントの宝玉に吸い込まれていった。
「……ミュウ、マリアちゃん、クーちゃん、一度上に戻るよ。」
私は軽くペンダントを握りしめると、仲間たちに声をかける。
「ハイハイ、分かってるわよ。」
口調は呆れた感じだけど、笑顔でミュウが答える。
「ミカ姉が暴走しない様に見張ってないと。」
クーちゃんが、私の裾を引っ張りながらそう言う。
「ユースティアも手伝ってくれると言ってますわ。」
マリアちゃんは当たり前のような顔をして、すでに準備を終えていた。
「じゃぁ、ニコちゃん、入り口を鉱山の1階層につないでね。」
「Yes、マスター。」
ニコちゃんの声が聞こえると、少しだけ視界が歪んだ気がした。
「じゃぁ行くよ?」
私はそう声をかけて扉を潜り抜けると、少し前に見た鉱山の入り口付近に出る。
「取りあえずリカルドたちと話をしないとね。」
そう言いながら鉱山を出た私達を出迎えてくれたのは、手に様々な武器を構え、入り口を囲む様にして待ち構えていたセルアン族達だった。




