鉱山へ行こう
「ミカゲさん、この1週間良くしていただいてありがとうございました。」
ミリィが深々と頭を下げる。
今日はミリィのお勤めが終わる日だったので、朝からミリィの好物を用意してささやかなパーティを開いていたのよ。
そしてお別れの時……。
ミリィはこのまま、久しぶりのわが家へ帰り、私達は鉱山へと赴く。
当初の予定より、かなり長引いてしまったのは、全部ゼノンの所為、うん、そうに違いない。
「えっとね、色々辛い思いさせてゴメンね。でも、ミリィの毛並みは忘れないから、いつでも遊びに来てね。」
「はい、また来ます。皆さんもお気をつけて行ってきてくださいね。」
何度も頭を下げながら、去ってゆくミリィを見送っていると、クーちゃんがぎゅっとしがみついてくる。
どうしたのかな?と思っていると、ミュウが教えてくれる。
「1週間、ミリィにベッタリだったから、クーは寂しかったんだよ。」
「違うもん。」
そう言いながら離れようとしない。
「ごめんね、別にクーちゃんを蔑ろにしてた訳じゃないんだよ。あっちは1週間限定だったからつい……。」
「別に寂しくないもん。」
更に頭を埋めてくるので、しばらくそのままでいることにした。
◇
「いよいよだよ。準備はいい?」
私は鉱山の入口で、みんなに再度確認をする。
今更確認するまでもないのは分かっているけど、一応ね。
この鉱山については、この一週間で調べつくし、分かる範囲で全て対応済みなの。
決して1週間、ただ遊んでいた訳じゃないからね。
セルアン鉱山……セルアン族が管理していることから、いつしかこう呼ばれる様になったんだけど、ここは一風変わっていて、多種の鉱脈が存在しているとのこと。
現在5階層まで掘り進められているんだけど、浅い階層では銅鉱石や鉄鉱石が多く掘り出されていて、深い階層に行くほど、金や銀などの価値の高い鉱石や、ブルライト、グランツ、アガバイトなどの稀少鉱石が掘り出されていたんだって。
5階層の奥ではミスリル鉱石も見つかったと言うことなので、もっと掘り進めばオリハルコンも見つかるかも知れないと期待されているのよ。
だけど、ある日突然、鉱山内にゴーレムが異常発生して、鉱山を掘ることが出来なくなったのよ。
ゴーレムの数が多く、倒しても時間がたてば復活するので、どうしようもないのがセルアン鉱山の現状……と言うのが世間一般で知られている事情なのね。
でも、実は表沙汰に出来ない裏事情と言うのがあるのよ。
これは魔族であるセルアン族に深く関わる事なので、公には出来ないし、当初リカルドはそのことを隠して私達を誘導して、事に当たらせようと画策していたらしいのよ。
でも、それどころじゃ無くなったばかりか、ヘタすれば鉱山吹き飛ばして、去って行きかねない状況となった今では、私達に隠し事をするのは得策じゃないと判断して、話してくれたのよ。
くれぐれも内密に、と念を押されたけどね。
話は古代文明期まで遡るんだけどね、古代文明王国が滅びを迎えるとき、当時の人々は遺産として文明の欠片を遺すため、保存の魔法や周辺の偽装など様々な仕掛けを施したのよ。
そして、その仕掛けの一つとして、一部の種族に後を託したの。
それが、「守人の一族」と呼ばれる種族で、セルアン族もその「守人の一族」ってわけ。
守人の一族に託された役目は、「正しき継承者」が現れるまで、施設を護ること。
そして継承者を主として迎え入れ、正しき道へ進むように仕え導く事。
古代文明の成り立ちとその結末、継承者が成すべき事を末代まで語り伝える事、なんだって。
とはいっても、長い年月のうちに口伝は歪み途絶えていくもの。
長命な魔族とは言っても、年月の壁に敵うはずもなく、ただ言い伝え通りにこの場を守り続けて来ただけで、継承者が何を指すのか、継承者が成すべき事とは何か?とか、そもそもどうしたら継承者だと分かるのかなど、重要な事柄がすっぽりと抜け落ちているのよ。
リカルドやフォクシーさんに分かるのは、この鉱山の奥深くに、古代文明の遺産が隠されていることと、言い伝えに従って、その時が来るまで守り続けなければいけないってことだけなんだって。
その話を聞いた時にね、その時っていつよ?って聞いたんだけど、「その時になれば分かる。そして、たぶん今がその時だ。」って言うのよ。
なんでも、リカルドさんの勘がそう告げてるんだって。
それで鉱山の話に戻るんだけど、セルアン族の若者の中に、リカルドさんみたいに、「今がその時だ!」という人がいたらしいのね。
で、何を勘違いしたのか、「自分こそが継承者に違いない。だから遺跡を開放するのだ!」と言って、代表達の制止を振り切って鉱山の奥まで行っちゃったらしいのよ。
運悪く、というか、その若者はそれなりに腕も立ち、人望も厚かったらしくてね、賛同する若者が多かったのも不味かったの。
代表の中には、ひょっとしたら本当に遺跡を開放出来るんじゃないか?と、彼に期待する者もいたせいで、その若者の暴走を許すことになっちゃったのね。
まぁ、いい加減、訳分からない言い伝えに縛られるのに疲れちゃったんだろうけどね。
まぁ、その結果として、鉱山内にゴーレムが溢れることになったわけで……多分解放に失敗したんだろうね。
若者と取り巻き達は、未だに帰ってきていないから、事実確認が出来ないのよ。
助けに行こうにも、ゴーレムのせいで奥に行けないしね。
そして、鉱山に向かう私達にリカルドさん達が、ゴーレムの排除及び発生の原因究明と、出来れば解決。
先に入った若者達の捜索と救出。
この二つを依頼してきたのよ。
最初はね、遺跡に入るための交換条件だ、とかふざけた事を、リカルドと一緒にいた熊男が言ってきたんだけど、丁重にお話をしたら理解してもらえてね、依頼させて下さいってお願いされたのよ。
やっぱり、体中の体毛をアフロにしてあげたのが良かったのかな?泣いて喜んでくれたからね。
どちらにしても、奥に進むのに、ゴーレムは何とかしなければいけないし、色々調べるから、若者達も見つかるんじゃないのかな?……生きていれば、だけど。
だから、リカルドさん達の依頼は、私達が目的を達する上で必要なことでもあるから、特に問題ない……と言うより、わざわざ依頼するほどのものでもない気がするんだけどね。
まぁ、そう言う訳で、鉱山が現状のようになっている原因はセルアン族にあり、ある意味自業自得なんだけど、何とかしないとここでの生活が立ちゆかなくなるのは間違いないわけで、私達にはかなりの期待が寄せられてるの。
そんな時にあんな事件が起きたのなら……リカルドさん達が必死になって謝罪してきたのもよくわかるよね。
「じゃぁ開けるよ……。」
ミュウがゆっくりと鉱山の入口を開き、私達は辺りを伺いながら、鉱山の中へと入っていった。
「情報では、この辺りは大丈夫という話だけど、間違いないみたいね。」
ミュウが周りを見ながらそう言う。
この鉱山入口付近にはゴーレムは出ないという話で、次の階層への入り口付近からゴーレムが出ると聞いているのね。
だけど、この辺りは掘りつくされていて、ここが安全でも鉱山としては意味をなさないから、少なくとも第二階層ぐらいまでは安全を確保したいんだって。
「じゃぁ進むよ。」
気配探知が使える私を先頭に、クーちゃん、マリアちゃんと続く。
ミュウは殿を務めてもらっているのよ。
ミュウ位の素早さがあれば、後ろから奇襲されても何とかなるからね。
「あ、そうだ。クーちゃんエストリーファの力使った方が良くない?」
「そうだね、……アフェクション!」
私の勧めに従って、クーちゃんが変身する。
「にゃ、にゃんにゃのっ、コレっ!」
変身したクーちゃんが慌てる。
エストリーファの力を借りたクーちゃんの姿は、戦闘用の装備に切り替わるんだけど、いつもと少し違って、頭のヘッドドレスはネコミミカチューシャに、お尻からは可愛い尻尾が生えている。
先日購入したアイテムをエストリーファの力を借りて合成した結果なのよ。
「苦労した甲斐があったよぉ。クーちゃん可愛ぃ。」
「にゃんでこうなってるにゃん?……語尾がおかしいにゃん。」
「えっとね、やっぱりターミナルの補佐が無いと、色々難しくてね、その喋り方は副作用なの。でも可愛いからいいよね?」
「よくないにゃん!」
クーちゃんが怒って叫ぶけど、その姿と喋り方の所為で、可愛い以外の感想が出てこない。
「でもね、元のアイテムの能力が大幅に付与されているから、その姿の維持コストはかなり激減したし、探知能力に力、スピード、魔力が大幅にアップされてるんだよ。だから、今のクーちゃんなら激しい戦闘をしなかったら三日はその姿でいられるはずだよ。」
「ミカ姉のばかぁ、にゃん!」
私がどれだけパワーアップしたかという事を伝えても、クーちゃんには理解してもらえず、走って行ってしまう。
「ちょっと、クー、勝手に行ったら危ないって。」
「クーちゃん止まって!」
私達は慌てて追いかける。
「にゃんっ!」
前方でクーちゃんの悲鳴が上がる。
クーちゃんは襲い掛かってきたゴーレムの腕を、ギリギリのところで躱していた。
ガキッ!
更に振り下ろしてきた腕を、ミュウの双剣が受け止める。
その間にクーちゃんが体勢を立て直し、エストリーファの剣でゴーレムの脚を斬り裂く。
片足を失ったゴーレムはバランスを崩して崩れ落ちたところを、ミュウの双剣がゴーレムの頭を切り刻む。
クーちゃんも、もう片方の脚を斬り落とし、腕にも斬り付けていく。
あっという間に胴体だけになったゴーレムだけど、その動きは止まらず、ヒクヒクと動いている。
「うっ、キモいわね。」
「ミカ姉、まだ動いてるにゃん。」
「ミュウ、クーちゃん、ゴーレムの核を潰して。核がある限り、また再生するから。」
私の言葉を裏付けるかのように、ヒクヒクと動いているゴーレムの胴体に向って、周囲の岩が引き寄せられていく。
「核って言っても……、ミカ姉、何処にあるにゃん?」
「ちょっと待ってね……。」
私は魔力を探知するように感覚を研ぎ澄ます……あった。
「分かったわ。心臓にあたる部分よ。今のクーちゃんなら集中すれば分かる筈よ。」
「集中…………これかにゃん。」
私の言葉を受けて、クーちゃんが精神を集中し、そして剣を迷わずゴーレムの心臓部に突き刺す。
核になっていた魔石を砕かれたゴーレムは、そのまま動きを停止する。
「分かった?」
私はクーちゃんに聞いてみる。
「ウン、にゃんとにゃくだけど、わかるにゃん。」
「クーちゃん、偉いねー、可愛いねぇ。」
私はクーちゃんを抱き寄せ頭を撫でる。
……自分でやっておいてなんだけど、クーちゃんのお陰でシリアスな空気がキュートな雰囲気に一変するのはちょっとマズいかも知れないね。
「まぁ、ロックゴーレムぐらいなら余裕だけど、核の位置は固定なのか?」
ミュウが心配そうに尋ねてくる。
核の位置がバラバラだったら、数が来た時には、かなりの苦戦が予測できるからね。
「ウン、たぶんだけど、同じだと思うよ。大量に生産する場合、いちいち変化つけるのは効率が悪いからね。だからロックゴーレムの核は心臓の位置で間違いないと思うよ。」
次に遭遇すれば分かる筈、とミュウに告げる。
後、ゴーレムの材質が変わった場合、核の位置が変わってる可能性がある事も、伝えておく。
「新しいゴーレムが出たらその都度確認するからね。後、今のクーちゃんでも感知は出来る筈だから、数が出てもあわてないでね。」
私がそう言った途端、奥からロックゴーレムの団体が現れる。
「取りあえずは、あの団体さんの相手をしないとね。」
私はそう言いながら魔力感知を行う……やっぱり、心臓の辺りで核の反応がある。
「5体とも核は心臓よ。みんな油断しないでね。」
私はそう言ってからアイシクルランスを放つ。
狙いは違わず、氷の槍は先頭にいたゴーレムの心臓を貫き、核を破壊する。
先頭のゴーレムが崩れ落ちることによって後続のゴーレム達の動きが乱れ、その隙をついてクーちゃんとミュウが間合いを詰める。
マリアちゃんの加護の魔法が二人を包み込み、二人をゴーレムの猛攻から守っている。
二人の息のあったコンビネーションにより、ゴーレムの心臓は貫かれ、私の魔法がもう一体のゴーレムを倒す頃には、残りのゴーレムも動きを止めていた。
「ふぅ、何とかなるものね。」
ミュウがそう言って一息ついてるけど……。
「ゴメンね、ミュウ。休んでいる暇はないみたい。」
私は前方を指さす。
そこには、倍の数のロックゴーレムが、私達を目指してやってくる光景があった。




