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北へ向かって……

 ガタ、ゴト、ガタ、ゴト……。

 ん……このホワンホワンとした心地よい揺れは何だろうね……。

 ……って、私何してるんだっけ?

 段々意識がはっきりしてくる。

「ん……ん?」

「目が覚めましたか?」

 私が目を開くと、私の顔を覗き込むようにしているマリアちゃんと目が合う。

「ん……アレ?ここは……。」

「ここは楽園ですよ。私とミカゲさんだけの……。」

「ふわぁぁ……そうなんだぁ……はふぅ……。」

 私は一度身を起こした後、そのままマリアちゃんにもたれかかる。

「ミカゲさん……はぅ、可愛いですっ!」

 マリアちゃんが私を抱き寄せる。


「ミカゲぇー、起きたなら寝惚けてないで挨拶しときなよー。」

 外からミュウの声が聞こえる……けど、外?挨拶??

「ふわぁぁ……挨拶ぅ?」

「あ、あは、あはは……『暁の覇者』のユナよ。こっちはミナ、よろしくね。」

 対面に座っていた二人の女性が苦笑しながら挨拶をしてくる。

「えーっと……『暁の覇者』??」

 誰? 寝起きで頭が回らない。


 こういう時は……。

「ピュア・ホットウォーター。」

 私はとりあえずマグカップを取り出して、黒い粉を入れてからお湯を注ぐ。

 実は、これセシリアさんからもらったコーヒーの粉なのよ。

 この世界でコーヒーが飲めるなんて思いもよらなかったわ。

 まぁ、皆この苦みがダメみたいで私以外飲まないんだけどね。


「ふぅー……落ち着くねぇ。……で、誰?」

 コーヒーを飲んで、ようやく周りの状況を理解し始める。

 今は馬車の中で、私の横にマリアちゃんがニコニコしながら座っていて、向かいには見慣れない二人の女性が何とも言えない表情で私を見ている。

「ミカゲさん、こちらは『暁の覇者』のミナさんとユナさんですよ。」

 マリアちゃんが教えてくれると、対面の二人は軽く頭を下げてくる。


「ン?ん~……あ、そうか、護衛依頼の……。」

 ようやく意識がはっきりしてきた。

 どうやら私が寝ている間に、すでに顔合わせが済んで出発したらしい。

「ゴメンナサイ、ちょっと寝惚けてたみたいで……『妖精の幻夢』のミカゲです。宜しくね。」

 私は失礼したお詫びとお近づきのしるしに、とテーブルを取り出し、皆の分のお茶を入れる。 

 お茶請けはいつものクッキーだけど、『暁の覇者』の二人には珍しいものだったらしい。

「何、コレ、美味しい。」

 最初は大丈夫なのかと不安げな様子だったけど、一口食べた後は夢中で頬張っていた。


 私はクッキーに夢中になっている二人を観察する。

 ユナさんは、軽装鎧姿で傍らに槍を置いている所を見ると槍使いで、ミナさんは、マリアちゃんとよく似た雰囲気だからクレリックかな?

 二人とも私より少し年上っぽい感じだけど、クッキーに夢中になっている姿は私達と変わりなく好感が持てるのよ。


「ミカゲぇ、覚醒した?だったらこの先5km程探ってくれない?そろそろ休憩に入るらしいから。」

「ハイハイ、人使い荒いよ、ミュウ。」

 私はブツブツ言いながらも馬車から顔を出して辺りの気配を探る。

 この気配探知も大分慣れたもので、最近は風の流れとかも分かる様になって大体の地形まで掴める様になって来てるのよ。

「ミュウ、3km先に野営にぴったりの開けた場所があるわ。水場も近いし丁度いいと思うの。」

「周りの様子は?」

「周辺に危険な動物や魔物の気配はないわ。」

「OK!……クー、先頭に知らせてきてくれる?」

「ウン、分かった。」

 小さな馬に乗って並走していたクーちゃんが、元気よく返事して、前方へと駆けていく。

 クーちゃんの姿が見えないと思ったら、馬に乗ってたんだ。

 っていうか、クーちゃん馬に乗れたんだね。



「『暁の覇者』リーダーのザモンだ。改めてよろしく頼むぜ。」

「『白銀の翼』リーダーのリゥイだ。宜しく頼む、お嬢ちゃん。」

 商隊が休憩に入った所で、二人の男が傍に寄ってきてそう挨拶をする。

 二人が手を差し出してくるけど……これ握手しろって事だよね?


「えっと……。」

 私は少し下がって木の枝を差し出す。

「「えっと……。」」

 二人の男は困った表情をするけど、私だって困る。

 私は周りを見回して助けを求める。

「ミュウぅぅぅぅ~。」

「ハイハイ、そんな情けない声出さないの。」

 私は近くに来たミュウの背中に隠れる。


「ゴメンナサイね。見ての通りウチのリーダーはこんなんだから、最初に言ったように近くに寄らない様にしてね。

「あ、あぁ。」

「わ、わかった。」


「俺も挨拶したかったんだが……。」

「その人は?」

 私はミュウの影から顔だけを出して聞いてみる。

「あぁ、俺はこの商隊を指揮しているガイザックだ。道中の護衛よろしく頼む。」

 そう言って右手を差し出してくるので、私も木の枝を差し出す。

 ガイザックさんもやっぱり変な顔をした。

「アハッ、あはは……そういう事だから。」

 ミュウが無理矢理まとめる。

 私達を遠巻きに見てた人達も、それで解散となり、各自でそれぞれに休息を取り始める。


 休息と言っても、私達護衛は周りを常に警戒する必要があるので、気が抜けないんだけどね。

 まぁ、お仕事だから仕方がないよね。

 その後何度かの休憩を挟みつつ、北へ北へと進んで言ったんだけどね、休憩の度に話しかけようとして、でも近づけないから、と遠巻きに私を見る視線が多くてちっとも急速出来なかったのよ。


 ◇


「あ~、もう無理!護衛なんて二度とやらないっ。」

 私はそう言ってベットに倒れ込む。

「おいおい、まだ初日だよ。今から何言ってんだか。」

 ミュウが呆れた声を出すけど、無理なものは無理なのよ。


 護衛初日の夜は近くの街で宿をとった。

 なんでも長旅になるため、あまり無理な行程にならない様に配慮しているんだって。

 予定では明日も別の街で泊まれるらしいんだけど、その次からはしばらく野営が続くから、今のうちに英気を養っておいて、って事なんだろうけどね。

 実際、他のパーティや商人さん達から、親睦を深めるためにって誘われていたけど疲れているからって断ったのよ。

 誘いに来てくれたユナさんとミナさんには悪いことしたかなって思わなくもないけどね。


「ミカ姉!ミュウお姉ちゃんはミカ姉の負担にならない様に頑張ってるんだから、そんなわがまま言っちゃダメだよ。」

「でもぉ……。」

「でもじゃないのっ!」

「うぅ……ゴメンナサイ。」

 クーちゃんに叱られた私は素直に頭を下げる。

 でもね、無理は良くないと思うのよ。


「大丈夫、分かっているから。ミカゲがキレなければそれでいいからね。」

「うぅ…ミュウっ!大好きぃ~。」

 珍しく優しい言葉をかけてくれるミュウに思わず抱き着く。

「ウン、私頑張る。ミュウのために頑張るからね。」

「いや、頑張らなくていいから。出来ればそのまま大人しくしていてね。」

 ぶぅ……頑張るって言ったのに、その扱いは無いんじゃないかな?



 その後、隊商は順調に北へと向かい、私達も代わり映えの無い日々を過ごしていたある日の事、そろそろ野営場所を見つけて今日は休もうかと相談していた時だった。


「ミュウ、前方に魔獣の気配。」

 誰が先行して場所を探すか、などとミュウと、暁のリーダーザモンと、白銀のリーダーリゥイが話している所に声をかける。

「何?全然わからないぞ。」

「なんだって?」

「詳細はわかる?」

 突然の私の声に狼狽える二人を無視してミュウが聞いてくる。

「うん……数は4……どうやら3匹の魔獣が1匹を襲っているみたい。距離はそれほど遠くないけど、ここで止まっていればやり過ごせるかも。」


「何でそんなことわかるんだ?」

「ちょっと、待て……魔獣が4匹だと?」

「……魔獣の種類はわかる?」

 ヤッパリ他の二人は無視して、ミュウが訊ねてくる。

「ちょっと待って……ちょっとマズいかも?」

 私は気配感知で得た情報をミュウに伝える。

「襲っている3匹はグリフォンね。襲われている方はハッキリしないけど、かなりヤバそう。距離から考えて、グリフォンなら今の獲物を倒した後こっちに来る可能性が高いよ。だからちょっと行って来るね。あとお願い。」

 私はクーちゃんから借りた馬に乗ったまま、前方に向けて駆け出す。


「グリフォンだとっ!」

「一体……何を勝手に……。」

「こらっ、ミカゲっ……ごめんなさい。でもこのままだと隊商が襲われるのも時間の問題なので、私も行きます。皆さんは万が一の事を考えてこのまま残っていてくださいね。」

「おい、こらっ、ちょっと……えぇぃ!リゥイ、この場は任せる。お前らはこの場で隊商を守れ。ミナ、ガンドルフ、俺と一緒に来いっ!」

 先行する私とミュウの後を、暁のリーダー他二人が追いかけてくる。



「……この辺りだけど……痛っ。」

「何勝手に先行してるのよっ。」

 いつの間にか追いついてきたミュウに叩かれる。

「だって、後手に回るのはマズいと思って……。」

 空が飛べるグリフォンに隊商が狙われた場合、初手の段階で被害が出る可能性が高い。

 なんといっても相手は空を飛べるので、空中から攻めて来る敵に対して、守る側はかなりの不利を強いられるのよ。


「……まぁ、そうなんだけどね。で、何処にいるの。」

「あそこ……襲われてるのは……ユニコーン?」

 私が指し示した先には身体中血塗れになった馬と、それに襲い掛かっている3頭のグリフォンの姿があった。

 襲われている馬は、ここからでは角は見えないけど、血塗れの隙間から覗く真っ白い身体と、グリフォンに対抗出来るだけの力がある事から考えて、ユニコーンだと思う。


「取りあえず排除するよ……エア・カッター!」

 私はグリフォンたちに向けて駆け出しながら魔法を放つ。

 グリフォンの翼を風の刃が斬り裂く。

 不意打ちを喰らったグリフォンたちは体勢を崩し、その隙に近づいたミュウがグリフォンの身体を斬り裂く。


 一頭がミュウに斬り裂かれている間に体勢を立て直したグリフォンが、ミュウに襲い掛からんと、上空からミュウ目掛けて飛び込んでくる。


「エア・スクリーン! アイシクルランス!」

 1頭はミュウの周りに展開された障壁によって弾き飛ばされ、もう一頭は無数の氷に体を貫かれて絶命する。


 1頭のグリフォンに止めを刺したミュウが、そのままはじかれたグリフォンに向って刃を振るうが、ギリギリのところで躱される。

 形勢不利と見たグリフォンはそのまま上空へと逃げようとするけど、私がそれを許さない。


「ソル・レイ!」

 光のレーザーがグリフォンの翼の付け根を貫く。

 バランスを崩したグリフォンの首をミュウが刎ねる。

 ドサッ……。

 グリフォンの巨体が地面に落ちたところで、その場に静寂が訪れる。


「ヒール! ヒール! ヒール!……。」

 私は血塗れのユニコーンを抱えて回復魔法を掛ける。

 最初、私の腕から逃げようと藻掻いていたが、体力が尽きたのかすぐに動かなくなる。

 私はユニコーンの生命をつなぎとめる為、必死にヒールを唱え続ける。


「こ、これは……。」

 遅れてやってきたザモンたちが、その場の光景に絶句しているのが目に入る。

「ミナさん、お願い、手伝って!」

 ザモンさんと一緒に来たシスター姿の女性に目をやると、私はそう叫んだ。

「手伝ってって……っ……メガ・ヒール!」

 ミナさんは最初戸惑っていたものの、私が抱きかかえるユニコーンの惨状を見て、即座に回復魔法を唱えてくれる。

 メガ・ヒールは、術者のレベルによっては部位欠損迄治せるという上位級の回復魔法なの。

 それだけに使える人は少ないんだけど……流石Bランクパーティの冒険者ってところね。


「良かったよぉ……。ミナさん、ありがとう。」

 私は傷が塞がり、今は安らかな寝息を立てているユニコーンを抱えたまま、ミナさんにお礼を言う。

 私だけでは、絶対助からなかった命だ。

「いいんですよ。役に立ててよかったです。」

 ミナさんはニッコリと微笑んでそう言ってくれた。


「なぁ、嬢ちゃん、落ち着いたなら少しいいか?」

 向こうからザモンさんがやってくる。

「何ですか?」

 私は体を強張らせながらそう答える。

「あー、そう怯えられると困るんだが……。」

 ザモンさんは困ったように頭を掻いているけど、こっちだって困る。

 現在の私はユニコーンを抱えている為、ろくに動く事が出来ないからね、万が一襲われることを考えると……。

「いや、な、あのグリフォンをどうするかって事と、隊商をどうしようかっていう相談なんだが?」

「んーと、隊商の人達にはここまで来てもらって、この辺りで野営でいいと思うの。今の所半径5kmにわたって、脅威になる魔物は存在していないわ。グリフォンはいらないから、勝手に処分してもらえると嬉しいんだけど?」


「マジかよ……あのなぁ、嬢ちゃんは知らないかもしれないけど、グリフォンの素材はかなりの高値が付くんだぞ?しかも見たところ綺麗に倒してくれているから、少なくとも金貨3枚にはなるぞ?」

「ん?高値で売れるならよかったじゃない?何か問題でも?」

「だからな、アンタらが倒したグリフォンだから、アンタらに権利があるって言ってるんだよ。」

「だから要らないからあげるって言ってるじゃない。何か問題あるの?」

「あー、もぅ!何でわからんかなぁ、この嬢ちゃんは!」

「それはこっちのセリフよ。あげるって言ってるんだから持って行けばいいじゃないっ。」


「ハイハイ、そこまで。」

「ミュウ……。」

 ザモンさんと言い合いになった所で、ようやくミュウが間に入ってくれた。

「えっと、ザモンさん、ミカゲもこう言っているので、そのまま納めてもらえませんか?」

「しかしだなぁ……。」

「ザモンさんの、その筋を通そうとするところは立派だと思います。今回は私達が先行したせいで、少なからず暁さんと白銀さんに迷惑かけたのでその迷惑料って事でどうでしょう?」

 要は勝手やった事を、グリフォンあげるからチャラにしてねって事なんだけどね。


「まぁ、そういう事なら……正直この素材は助かるしな。しかし俺達は何もしていないのに……。」

「じゃぁ、解体は全てお任せして、3頭のグリフォンの内1頭分の魔石を貰う、他はすべて暁さんと白銀さんで分けてもらうって事でどうですか?」

 まだグチグチ言っていたザモンさんだけど、この提案が落としどころだと見て、しぶしぶだけど頷いてくれた。

 


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