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セルアン族の集落へ

「今日は有難うございました。」

 私は店先で見送りをしてくれたセシリアさんに頭を下げる。

「ミカゲちゃん達は明日この街を発つのよね?」

「えぇ、エルザードに戻って報告しなきゃいけませんからね。それと新店舗の件は大至急で処理してもらっていますから、近いうちに連絡が入ると思いますよ。」

 私がそう言うとセシリアさんが頭を下げる。

「本当に色々お世話をかけっぱなしね。」

「だったらメイリンちゃんを……。」

「ご指名くださればいつでもお貸しいたしますわ。」

 ニッコリと笑顔を向けるセシリアさん。


 女の子の精気はサキュバスたちの糧にならないって事を知っていて、そう言う事を言うんだからイケずよね。

 まぁ、サキュバスの中にはそう言うのが好きって言う人もいるみたいだけど、あくまでも嗜好品であって、生きる為には男性の精気が必要なのは変わらないんだよね。

「エルザードにカフェが出来たら毎日通うから。」

「いつでもお待ちしてますわ、お客様。」

「ミカ姉、いくよっ!」

 私とセシリアさんがそんな会話をしていると、焦れたクーちゃんが私の裾を引っ張る。

「ハイハイ……じゃぁ、セシリアさんまたね。」

 私は、そう挨拶をすると、店を後にした。



「しかし、北アセリア共和国ねぇ……ちょっと遠いんじゃない?」

「ん、でも言い伝えはしっかりしているみたいだし、行ってみる価値はあるんじゃないかなぁ?」

 宿に戻った私達は、お茶を飲みながらフォクシーさんに聞いた話を振り返る。


 フォクシーさんの話によれば、魔族にはそれぞれの種族ごとに古の口伝というものがあるんだって。

 口伝というだけあって、口頭で語り継がれるその内容は長い年月のうちに、所々あやふやになったり、口伝そのものが失われたりもしたそうなんだけど、セルアン族に伝わる口伝は、辛うじて残っていたらしく、フォクシーさんの一族が代々伝えているんだって。


 でも、一族の重大な機密に関わるかもしれないその口伝を、そう簡単に他種族、しかも人間族に教える事は出来ないらしく、とはいってもリカルドさん達が迷惑をかけたお詫びをしたいという願いもあって、困ってるんだって。

 色々悩んだ結果、私達が直接伺って話を聞くのなら問題ないだろうという結論になったという事で、いつでもいいから遊びに来てね、って誘われたのよ。


 セルアン族が暮らすその集落は、イスガニア王国の北に位置する、北アセリア共和国との国境にある深い森の中にあるらしく、領都エルザードからだと順調に行っても馬車で2週間以上かかるところなのよ。

 だからそう気軽に行けるようなところじゃないんだけど、だからこそ、そこにターミナルがあるのなら行ってみる価値もあるのよね。


「取りあえずはエルザードに戻って、アイちゃんにも確認してからかな?」

「そんなこと言ってるけど、ミカゲはもう行くって決めてるんだろ?」

「あ、わかる?」

「そんな顔してれば、誰でもね……はぁ。」

 ミュウが疲れた顔をして、ソファーに寝転がる。

「ミュウお姉ちゃんもお疲れだねぇ。」

 クーちゃんが、ミュウの頭をナデナデする。

 あ、ズルいなぁ……いいなぁ……。


「クーちゃん、私も……。」

「ミカ姉はメイリンちゃんを指名すればいいんだよ。」

 クーちゃんがそう言って、プイって顔を逸らす。

 よく分からないけど、クーちゃんが激おこになってるよ。


 結局、その晩はクーちゃんの機嫌が直る事もなく、私は一人寂しく眠る事になったのでした。



「うぅ~~~~、やっと着いたぁ!」

 エルザードの自分たちの家に着いた途端、思わず私の口から飛び出る。

 かなり放置したはずなのに、何事もなく草を食む、ユニフォーたち。

 私達が帰宅した途端、何処からともなく飛んでくるベガス。

 出かける前と変わらない光景がそこにはあった。


「ただいま~。」

『おかえりなさい、ミカゲ。』

 私の挨拶にアイちゃんが答えてくれる。

「あ、そうだ、アイちゃん、あのね……。」



『……解析完了。結論から申し上げます、該当地域にターミナルを含む施設が現存する可能性70%。』

「70%だって、……微妙ね。」

 アイちゃんのメッセージを聞いてミュウがそう言う。

「何万年も前の施設だよ?70%もある方がおかしいって事に、お姉ちゃん達は気づきべきだと思うの。」

 珍しく、クーちゃんが疲れたような声を上げる。


『尚、出来るのであれば該当地域の調査を推奨します。』

 アイちゃんが続けて喋り出す。

「理由を聞かせて?」

『ハイ、残されている資料から、該当地域の施設が現存していた場合、私とリンクすることにより『|ミッシング・テクノロジー《失われた技術》』が15%補完されます。私のアップデートの為にぜひお願いいたします。』

 自分の為って……、何かね、最近アイちゃんの考え方や喋り方が人間臭くなってきているのよね。

 そこまで進化する超古代のテクノロジーが凄いんだろうけど……何だかねぇ。


「まぁ、アイちゃんもこう言っている事だし、調査する方向で考えましょ。」

「そうだね……明日街に言ってギルドの報告した後、準備の為に買い出しだね。」

 明日以降の方針が決まった所で、私達は各自バラバラに部屋を出ていく。

 久しぶりに帰ってきたことと、また長期で留守にするから、色々やっておくことがあるのよ。

 


「はい、これで手続きは終了です。」

 メルシィさんから返されたギルド証をそれぞれ受け取る。

「それで、あの……少しだけ詳しくお話を伺いたいのですが……。」

 そう言ってメルシィさんは、チラッと奥の部屋へ視線を向ける。

 これは、アレだね、奥に来て洗いざらい吐けっ!ってやつだね。

 私は、はぁ……と大きくため息をつき、仕方がなくメルシィさんの後に続いて奥の部屋へ移動することにした。


「それで、報告にあった件ですが……。」

 私達が座ると同時にメルシィさんが切り出してくる。

「報告の通りよ、誇張も水増しもしてないわよ。」

 ミュウがきっぱりと言い放つ。

 まぁ、私たち自身報告書を読み返して、「なんだこれは?」と思ったんだから仕方がないよね。


「はぁ……ギルド員の報告に虚偽があり、それを正した。オーク達はゴブリンやコボルトを使役して近隣の村を襲わせていて、到着時にはかなり被害が広がっていた。オーク達は50頭以上いたので、現地のギルドの協力の下、数パーティで壊滅のための作戦を決行。更には、オーク達の裏にはオーガロード率いるオーガが数頭いた為、オーク共々これらを殲滅した……という事でいいのね?」

 メルシィさんが確認するように報告書の内容を読み上げると、私達はウンウンと頷く。

 告げられた内容に概ね間違いはない。


「あぁ~~~~~、もう、何なんですかぁ!何やってんですかぁ!オーク50頭以上って何ですかぁ!ゴブリン達含めると100頭以上の大規模な砦相手に、Dランクのパーティが殲滅戦をするってバカですかっ!後、オーガロードって何なんですかっ!Aランクのパーティでも苦戦する相手に立ち向かうってバカですかっ!」

「あ、キレた。」

「キレましたねぇ。」

 突然叫び出し、ゼイゼィと肩で息をしているメルシィさん。


「と言っても、元と言えばギルドの情報が役に立ってないのが原因だし?」

「そうですよっ、ちっぽけなプライドを優先したバカの所為でご迷惑おかけしましたっ、ゴメンナサイっ!」

「抑えて、抑えて……ミュウお姉ちゃんも、本当の事だからって、そうハッキリと行っちゃだめだよ。」

 荒ぶるメルシィさんを宥めるクーちゃんだけど……あなたがトドメ刺してるからね。


「コホン、御見苦しい所をお見せして申し訳ありません。」

 キレて叫んだらすっきりしたのか、いまは落ち着いているメルシィさん。

「ニヒッ、私の苦労が分かってくれて嬉しいよ。」

 メルシィさんはニタニタと笑うミュウを一瞥すると、ハァ……と深いため息を一つ吐いて居住まいを正す。


「今回の事はギルドの不手際により、皆様に多大なご迷惑をおかけしたことを改めて謝罪申し上げます。」

 そう言って頭を下げるメルシィさん。

「や、やだなぁ、顔をあげてよぉ。」

「そうそう、もう済んだことだし。」

 私達がいくら言ってもメルシィさんは頭を下げ続けるばかりで、ようやく頭をあげてくれたのは10分ほどの時間が過ぎてからだった。


 結局、その後もメルシィさんの愚痴を聞き、メルシィさんがキレてはそれを落ち着かせ、メルシィさんが謝罪し頭を下げるのを宥め、落ち込むメルシィさんをあやす事を繰り返していたのよ……はぁ、疲れた。



「ふぅ~、疲れたよぉ。」

 私達はギルド併設の酒場の一角で、ぐったりしていた。

「まぁ、でもよかったじゃない。パーティランクも上がったし、これで遺跡調査の依頼も受けれるようになったんだし。」

「そうだよぉ。……まぁ依頼は無かったけど。」

 ミュウとクーちゃんの言葉に私も軽く頷く。


 キレて愚痴を言いつくしたメルシィさんだったけど、私達を呼び出した本当の理由は特例で私達のランクを上げる事を告げる事だったらしい。

 なんでも、オーガ達と対等に渡り合った冒険者がDランクだというのは、ギルド的に問題があるらしいんだって。

 特にオーガロードを倒した冒険者がDランクというのは絶対ありえないんだって。


 だから、今回の依頼の報酬として、私とミュウはCランクを飛び越してBランクへ、マリアちゃんはCランク、クーちゃんはDランクへと昇級したのよ。

 パーティランクもC+ランクになって、クーちゃんがCランクになり次第、Bランクになる事が決まってるんだって。

 いい事、なんだろうけど、なんか面倒事が増えそうな気がするんだよねぇ。


「でも、これでセルアン族の集落にも行きやすくなりましたよね。」

「そうだね、移動にギルドの支援がもらえるのは正直助かるからね。」

 Bランク以上になれば、依頼で長距離移動をする場合、各地の施設を無料もしくは格安で優先的に利用する事が出来るのよね。

 つまり、長旅でもギルドのある街なら、宿屋とか駅馬車とか使いたい放題ってわけ。

 大した事ではないけど、長旅になると地味に助かるのよね。

 特に宿が格安って言うのはすごく助かるのよ。

 夜襲を警戒して交代で寝る、なんてことしなくてもいいし、宿屋ならお風呂にも入れるしね。

 いくら洗浄の魔法があっても、やっぱりお風呂の魅力には負けるよね。


「取りあえず、北方面の依頼を適当に見繕って受けようか。依頼によって準備するものも変わってくるだろうし。」

「そうだね、あ、丁度メルシィさんも休憩終わったみたいだよ。」

 受付カウンターの方を見ると、メルシィさんが同僚らしき人と話をしている。

 しばらくして、その同僚らしき人は、奥へと引っ込んでいく。

「交代みたいね、丁度いいわ。」

 ミュウは果実水を飲み干すと、メルシィさんの下へと向かって言った。


「北方の依頼ですか?戻ってきたばかりなのに精力的に動きますね、何かあったのですか?」

 笑顔だけど、どこか探るような目つきで私達を見るメルシィさん。

 隠し事せず全て吐いてね?と言われているようで、なんとなく居心地が悪いのよ。

「ウン、実は前回の依頼の時、昔、命を助けた獣人に会ったのよ。それで、獣人たちの集落に招待されて、それが北アセリア共和国との国境付近にあるんだって。」

「だから北方なのですね。」

 私の説明に、メルシィさんは納得したというように、書類を探し始める。

 納得してくれてよかったよ。

 嘘は言って無いけど、流石に獣人の集落の住人殆どが魔族だなんて言えないもんね。


「えーと……うーん……。」

 メルシィさんが悩んでいる……北方面の依頼って少ないみたいね。

「あのぉ……北方方面の依頼は今の所1件しかないんですけど……あまりお勧めできないというか……。」

「取りあえずどんなの?見てから決めるよ。」

 珍しく歯切れの悪い言い方をするメルシィさんに、ミュウが先を促す。

「えぇ、皆様には向いていないと思いますが……商隊の護衛です。」


 メルシィさんの説明によれば、北の街アスカに向う隊商が道中の護衛を依頼してきているらしい。

 長期の旅路になる為、護衛は2~3パーティを希望で、護衛パーティは街に滞在している間は休暇扱いという事で、条件は中々いいと思うんだけどね。


 イスガニア王国北方に位置するアスカの街はエルザード領とウールス領の境にある大きな街で、国境にも近い為、貿易の拠点として栄えている大きな街なんだって。

 それだけに街の重要度も高く、領主や国王と言えども無碍に扱えず、その結果として自治区に近い商業としてして発展しているって話。


 なんでも『アスカに行けば何でも手に入る、アスカにないのは敬意だけだ。』と言われてるらしい。

 でも『敬意が無い』ってハッキリ言いきっちゃうところが、権力者との軋轢を生むんじゃないかと思うんだけどねぇ。

 実際、過去には近隣貴族によるアスカの街への弾圧があったらしいんだけど、その度にアスカは別派閥の貴族や領主、王族へ擦り寄る事で身を守ったんだって。

 そんな街なので、商人たちにとっては聖地と言っても過言ではなく、商人を目指す者たちの第一目標はアスカの街で商いをする事、なんだって。


 その街へ向かう商隊の護衛なので条件も破格な代わりにそれなりのパーティを希望しているのはわかるんだけど……。

「私達に向いてない?」

 どゆ事?とメルシィさんに詰め寄ろうとしたところで、ミュウが口を開く。

「あぁ、そうだね、私達には無理かも。」

「えぇ~っ!」

 ミュウに裏切られたぁ。

「うんうん、この依頼は無理だねぇ。」

「仕方がないですね。あきらめましょう。」

 クーちゃんもマリアちゃんもミュウの言葉を肯定して頷いている。

「え~、何で、たかが護衛だよ?ついて行って、何か危険があったら排除するだけでしょ?」

 ここからアスカまでの道中に、オーガロードより強い魔獣なんてでないだろうし、そんな難しいことないと思うんだけど?


「ミカ姉、それ本気で言ってるの?」

「うん、そうだけど?」

「「「「はぁ……」」」」

 私が答えると、皆が一斉に大きな溜息を吐き、がっくりと肩を落とす。


「あのね、ミカ姉……。」

 不思議そうな顔をしている私にクーちゃんが優しく声をかけてくる。

「護衛任務って言ったら、ずっと隊商の人達と行動を共にするんだよ?」

「うん、それで?」

「隊商の人達や他の護衛の冒険者って、殆ど男の人なんだけど……ミカ姉、ちゃんとコミュニケーションとれる?」

「ウン、無理。」

 私は即答する。

「だよねぇ、分かって貰えて嬉しいよ。」

 クーちゃんが呆れた感じでウンウンと頷く。


「まぁ、そういう事なんで、依頼の件は無しという事で。」

「仕方がないですわね。」

 ミュウがメルシィさんに断わると、メルシィさんもあっさりと受け入れる。

「依頼抜きで北に向かう事を考えましょうね。」

「ハイ、またいい依頼があれば捜しておきますね。

 メルシィさんに見送られ、今日の所は家に帰る事にする。


 まぁ、急いでいかなきゃいけないわけじゃないしね。

 そんな事を考えながら、日の沈む街を後にして、久しぶりのわが家への帰り道をみんなと一緒に歩いて行った。


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