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魔族との交友

「えーと、落ち着かれましたか?」

 セシリアさんが困った表情のまま訊ねてくる。

「あー、あはは……ゴメンナサイね。」

 私の代わりにミュウが答える。

 私は膝の上にクーちゃんと同じぐらいの年頃のウェイトレスさんを抱えている。

 例の、笑顔が可愛い会計をしてくれた子なのよ。

 何故こんな事になってるかって言うとね……。


 この店の人達と一触即発という状況から一転して、何か誤解が生じているのでは?と一度休戦となったのが今から30分ほど前の事。

 でもね、私が悪いって目で見られていたショックで私が落ち込んでいたら、この子、メイリンちゃんが、ゴメンナサイって言って、私にギュってしてきたのよ。

 その様子が余りにも可愛かったから、こうして抱きしめてるわけなんだけど……。


「ミカゲ、そろそろ、その子放してあげたら?」

「イヤ!……メイリンは……そう、人質なのよ。話し合いが終わるまでここにいてもらうわ。」

「たはは……私人質だったのです?」

 困ったように笑うメイリン。

「クーがやきもち焼いてるぞ?」

 ミュウが言うので、隣に座っているクーちゃんを見ると、ブンブンと、大きく首を横に振っているが、心なしか顔が赤く染まっている。

「クーちゃんゴメンね、帰ったら一杯ギュってしてあげるからね。」

 私がそう言うとクーちゃんは更に激しく首を振った。


「まぁ、取りあえずミカゲが落ち着いたのなら話を始めようか?」

 そう言ってミュウの仕切りで話し合いが行われることになった。


 ◇

 

 少し引きしまった雰囲気の中、私達の会談が始まったの。

 私の体面にはセシリアさんが座り、その両脇には補佐をしていると思われるウェイトレスさんが座り、更にその左側にセルアン族の代表のリカルドと熊の獣人のドンが座っている。

 他のセルアン族の皆さんは帰っていたんだって。

 まぁ、この店内にあれだけの人が詰めていたら話し合いどころじゃなくなるからね。


 そして私の右にはミュウが、左にはクーちゃんと、マリアちゃんが座っている。

 会談に臨むのはこの9人プラス、私の膝の上にいるメイリンちゃんだった。


「では、改めて私から自己紹介させていただきますわね。」

 少し重くなった空気を振り払うかのように、セシリアさんが口火を開く。

「私はセシリア。このカフェ「紗旧葉須」のオーナであり、この辺り一帯のサキュバス族の長でもあります。」

 魔族であることを明かして私達の反応を窺っているみたい。


「私はミカゲ、で、隣にいるのがミュウとクーちゃん、マリアちゃんよ。見ての通り冒険者をやってるわ。」

 私の腕の中で、ビクッと身体を強張らせるメイリンを優しく抱きしめながらそう告げる。

「それで、あなた方の目的は?私達が魔族だと気づいていたようですが、やはり討伐と?」

 その場の空気がグッと冷え込む。

 メイリンちゃんの身体も小刻みに震えているので、私は優しく頭を撫でる。

「目的って、この店の調査よ?」

「えっ?」

「だから店舗調査。あなた達エルザードに新規店舗出すんでしょ?それで問題の無い店かどうか調べに来ただけよ。」

「えっ、マジ?」

「マジ、マジ。」

 思いもよらなかったのか、セシリアさんの口調が崩れる。

「あー……そうならそうと早く言いなさいよっ!」

 セシリアさんが頭を抱えて呻いている。

 隣に座っているウェイトレスさん達が、必死になって宥めていた。


「ねぇ、ミュウ、今回は私悪くないよね?」

 なんとなく、隣に座るミュウに聞いてみる。

「う~ん、悪くはない筈なんだけどね、なぜか罪悪感を感じるのよね。」

 ミュウの言葉にクーちゃんとマリアちゃんがウンウンと頷く。


「「なんでぇっ!」」


 私とセシリアさんの叫びが室内に響いた。



 結局、私とセシリアさんが落ち着くのに30分の時間を要した。

 セシリアさんの方は、まぁ自業自得だと思うのよね。

 でも、それが私に返ってくるって言うのは、やっぱり解せないわよ。

 今、セシリアさんの膝の上にはメイリンが、私の膝の上にはクーちゃんが乗っている。

 お互いに癒しを求めた結果なんだけど、何か近親感を感じるね。

 ミュウなんか、「ミカゲが増えたみたいで頭が痛い」って言ってるけど、ちょっと酷いよね。


「それでこれからの事なんだけど……。」

 セシリアさんの話によれば、ここ「カフェ紗旧葉須」はサキュバス族たちの隠れ蓑として営業していたんだって。

 サキュバス族は、男性の精気を糧として生きているのは有名だけど、セシリアさんの話では、別に、その……えっちぃことをする必要性はないんだって。

 まぁ、それを好む人たちもいるから、世間一般的にはそう言うイメージが付いちゃっているらしいんだけどね。


 で、このお店は人間界の中で、サキュバスたちが隠れ住む拠点ってわけ。

 ここに来たお客さんと一夜限りの契約を結び、指名されたサキュバスは、その能力を使ってお客さんにいい夢を見せて満足させてあげる代わりに、有り余る精気をいただくんだって。

 必要以上に吸い取るわけでもないし、お客さんの男性冒険者も喜ぶし、街での性犯罪発生率が低下してるしで、どこから見てもWin-Winな関係だから見逃して欲しい、というのがセシリアさん、というかサキュバスさん達からのお願いなんだけどね。

 

「まぁ、別にいいんじゃない?」

「だよねぇ、特に問題なさそうだし。」

 ミュウの言葉に私も頷く。

「へっ?いいの?ホントに?」

 私達の言葉を聞いて、セシリアさんが驚いた声を上げる。

「だって、セシリアさん達は別に人間たちに害を成そうってわけじゃないでしょ?」

「まぁ、それはね。人間の男がいなくなると困るのは私達だし。」

 セシリアさんがそう頷く。

「それで、皆も喜んでるんでしょ?だったら私達がとやかくいう事じゃないよ。」

「それに、ここで取り潰したりしたら、男性冒険者さん達の恨みを買いそうで怖いですからね。」

 私の言葉にマリアちゃんが追従する。

「そうそう、世の中の男の面倒見てくれるなら、私は目一杯協力するわ。」

 エルザードにこの店が出来れば、私達に群がる男達も少なくなるんじゃないかという期待もあるしね。

「というわけで『特に問題なし』として、優先的に進める様に報告しておくからね。」

 私の言葉にセシリアさんは感動してくれたみたいで、目に涙を浮かべながら何度も何度も御礼を言ってくれた。


「ホントにありがとう。私達に出来る事があれば協力しますので何でも言ってくださいね。」

「あ、それじゃぁ、メイリンちゃんを……。」

「それはダメっ!」 

 あ、メイリンちゃんを持ってかれちゃった……。

「まぁ、エルザードに来たらご近所さんなわけだし、持ちつ持たれつって事ですよ。」

 ミュウがそう言ってその場をまとめる。

 そして、細かい事はまた後日、という事で話し合いは終わり、その場は解散という流れになったんだけど、そこでふと気づいた事を訊ねてみたのよ。


「ねぇ、そう言えば古い遺跡とかの情報って知らない?」

 本当に、何気ない思い付きだったんだけどね。

「う~ん、ごめんなさい。特に思い当たる事は無いわ。一応知り合いの魔族にもあたってみるけど、期待しないでね。」

「あ、うん、気にしないで。ふと思っただけだから。」

 私はそう言ってお店を出ようとしたところで、セルアン族のリーダーさんから声がかかる。

「ちょっと待ちな。俺の仲間でなんか言ってた気がするぜ。確認しておくから、明日の夜、またここに請てくれよ。」

「それホント?」

「あぁ、確かな話だ。明日、詳しい奴を連れて来る。」

「ウン、じゃぁ、明日の夜またお邪魔するね。」

 私はそう言って、今度こそ、本当に帰路についた。

 だから、私達が去った後に、セシリアさんとリーダーさんの間で意味深なやり取りが行われていたなんて事は全く知らなかったのよ。



「ねぇ、良かったの?」

「あぁ、見たところ悪い人間じゃないっていうのは分かったからな。お前さんもそう思ったんだろ?」

「そうね、出来れば今後とも仲良くやっていければと考えているわよ。」

「俺っちも同じさ。それに俺の野生のカンが告げてるんだよ、彼女たちに賭けろってな。」

「あら、あなたの野生のカンなら、まず間違いなさそうね。」

「あぁ、後は彼女たちが試練を乗り越えてくれることを願うよ。」

「そうね、その時は私達も……。」



「はふぅ、疲れたぁ。」

 私は宿に着くなりベッドに飛び込む。

「お疲れ、まぁ、何にしても誤解が解けて良かったよ。」

「そうねぇ、あの魅了はちょっとヤバかったもんね。」

「あぁ、流石はサキュバス族だったね。魅了の後に催淫を使われていたらちょっとどころじゃ済まなかったとおもうよ。」

「そこまでしなかったという事は、あちらも私達に本気で敵対するつもりではなかったという事でしょうね。」

「そうだと思うよ。セシリアさんは最初に皆を逃がそうとしてたわけだし。」

 私はマリアちゃんの言葉に頷く。


「でもこんな身近にまで魔族がいたとはねぇ……案外私等が知らないだけでもっと多くの魔族が入り込んでいるんじゃないか?」

「そうねぇ……実際、人化されたら魔族と人間って見分けがつかないからね。その人の魔力を深くまで探れば分かるかもしれないけど、普段そこまではしないからねぇ。」

 ミュウの言葉に頷きながらも、私の瞼が重くなってくる。


「どうした?クー、顔が赤いよ。」

「あ、うん、ちょっと……さっきまでの話を思い出しちゃって。」

 重い瞼を一生懸命開けながらクーちゃんを見ると、確かに真っ赤になっている。

「ふふ~ん、確かにお子様には刺激が強かったかもねぇ。」

 私はクーちゃんに腕を引っ張り、バランスが崩れたところを狙って引き寄せる。

「ちょ、ちょっと、ミカ姉……。」

「真っ赤になって可愛ぃ。どう、お姉ちゃんと大人の階段上ってみる?」

 ジタバタするクーちゃんを抱きしめながら私は囁く。

「ちょっ、待っ、何馬鹿な事を……ってあれ?」


「クー、どうした?」

「ミカ姉が寝ちゃった。」

「まぁ、色々あったから精神的に疲れたんだろ?ミカゲって結構おこちゃまだからなぁ。……そのまま寝かせておいてあげて。」

 うぅ、ミュウの言い方がひどい……私まだ寝てないからねっ。

 そう思ったけど、身体も口も思うように動かないのよね。


「ウン、それはいいんだけど……私動けない。」

「ははっ、まぁ今夜はそのまま頑張れっ。」

「笑ってないで助けてよっ。」

「じゃぁ、今から戻ってあのメイリンって子借りてこようか?」

「……それは、なんか嫌。」

「クスッ……素直に甘えておきなよ。」

「うぅ……。」

 その後もミュウとクーちゃんは何やら話していたようなんだけどね、私が覚えてるのはここまでなのよ。


 次に目が覚めた時は、何故か全裸のマリアちゃんに抱きしめられていたのには驚いたんだけどね。


 ◇


「おっそぉ~い。」

「まぁまぁ、ミカゲ様、こちらセシリア様からです。

 そう言ってメイリンちゃんがテーブルの上に置いてくれたのは、黄色い卵がまぶしいオムライスだった。

「……いて。」

「えっ、何ですか?」

「この上にケチャップでハートマーク書いて。」

「は、はぁ……何をおっしゃっていられるかサッパリ分かりませんが。」

 メイリンちゃんが困った顔をする。

 何でわからないのよ。

 オムライスって言ったらケチャップであんなことやこんな事を書くのがデフォでしょうがっ!


 私が憤っていると後ろからミュウに叩かれる。

「また馬鹿な事を言って……折角だから冷めないうちに頂きましょ。」

 そう言ってミュウがオムライスを口に運ぶ。

「あ、あ、まだ『美味しくなぁれ♡』の魔法がぁ……。」

「ん?何かあるの?このままでもすごくおいしいよ。」

「あのぉ……申し訳ないのですが、ミカゲ様のおっしゃることが分かりません。不勉強で申し訳ありません。」

 メイリンちゃんが頭を下げるけど、ミュウが後ろから「ミカゲの言う音は放っておけばいいのよ」などと酷い事を言っていた。

「ぶぅ……。」

 やっぱり異世界にオタク文化を広げるっていうのは難しいらしい。


 そんな感じで、私達が和気あいあいと食事を楽しみ、食後のデザートが出るころになってようやく彼が現れる。


「なんだ、早かったな。」

「アンタが遅いのよ。」

 私は不機嫌な顔を隠そうとしないままそう言った。

 だってね、美味しそうなケーキがデザートだったんだよ。

 どうせ遅れて来るなら食べ終わるまで待ってればいいじゃないのよ。

「あ、いや、その……悪かった。そのケーキゆっくり食べてからでいいから、な。」

 私の怒りが何に対してなのかを一瞬にして悟った彼は、そう言ってくれた。

 中々洞察力の高い、空気が読める人物だね、と私は彼の評価を高くしたのよ。


「改めて紹介させてもらうよ。俺っちはスターファングのリカルドだ。そしてこいつが……。」

「フォレックスのフォクシーです。どうぞお見知りおきを。」

 そう言って一礼する彼の瞳は切れ長のややツリ目がちで、その瞳の奥には知性の光が宿っていた。

 また、立ち居振る舞いには隙が無く、一見して紳士に見えるけど、私は油断が出来ないという印象を言受けたの。

 正直、こう言う人に理詰めで来られたら口では勝てないなぁって思うのよ。


「コイツが昨日言っていた奴だ。詳しい事はこいつに聞いてくれ。」

 そう言ってリカルドさんは、離れた席に座り、ウェイトレスさんにお酒を頼んでいた。

 直接かかわる気は無いらしい。


「さて、何から話せばいいですかね。」

 フォクシーさんの言葉に私は意識を切り替える。

 どれだけの事を知っているか分からないけど、出来るだけの情報を聞き出さないとね。


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