ミカゲMeets魔族
「それで、なにか分かったの?」
ここはミレイの街外れにあるカフェ「紗旧葉須」。
アンティークで落ち着いた雰囲気と、可愛いウェイトレスさんがいる人気のカフェなの。
噂では男性冒険者の間では凄く人気だって言うけど、今店内には冒険者の姿をしているお客さんは私達だけ。
私達がここにいるのは、ある依頼を受けての事なんだけど、簡単だと思っていたのが少し厄介になりそうで、実は困っていたりするのね。
その厄介な事っていうのが、さっきのミュウの答えにもなるんだけど……。
「みんな驚かないでね。クーちゃんは薄々感じているようだけど……魔族がいるわ。」
「なっ、まっ……。」
「シッ!」
私は慌ててミュウの口を塞ぐ。
「驚かないでって言ったでしょ。」
私はそう言いながら、ミュウの耳を撫で、尻尾の付け根を逆撫でする。
「きゃうっ……わ、分かったからソレ止めてぇ……ひゃんっ……。」
「大きな声上げちゃダメだからね。」
グッタリとして大人しくなったミュウを解放して、そう告げる。
「何処にいるのよ。」
一息ついて落ち着いたミュウが聞いてくる。
「あのね、あのウェイトレスさんとか……多分店員さんみんな魔族だよ。」
「そっかぁ、この変な感じが魔族の気配なんだね。」
クーちゃんは謎が解けてすっきりといった表情を見せる。
「だったらどうして……。」
「ウーン、一度話が出来るといいんだけど。」
私が感じる気配は10人以上。
相手の力量も分らないまま倍以上の戦力と戦うのは避けたいし、何よりここには一般のお客さんもいる。
さらに言えば、相手の目的も何も分かっていないのだから、今の段階では事を大袈裟にしたくない。
「出直そっか。」
色々考え、話し合った末に出た結論はそれだった。
私は伝票を持って席を立つ。
「御会計してくから、皆は先に外で待ってて。」
そう言ってみんなに声をかけ、一人でレジに向かう。
「ありがとうございましたぁ。お会計ですね……銅貨10枚になりまーす。」
「えっ?」
私は思わず聞き返す。
「どうかなされました?」
「いえ、あの、銅貨10枚?」
「はい、アフタヌーンセット4人前で銅貨10枚です。」
ニコニコしながらそう告げるウェイトレスさん。
「一人分じゃなくて?」
「えぇ、全部合わせて銅貨10枚です♪」
「私が言うのもなんだけど……安すぎない?」
私は銅貨10枚を手渡しながらそう言ってみる。
あの量とあの美味しさなら、一人分で銅貨8~10枚でも文句が出ないと思うのよ。
大体、この街の他のカフェでも、お茶だけで銅貨3枚が相場なのよ?
「まぁ、このお店はオーナーの趣味でやってますから♪……またのご利用をお待ちしてますね。」
私は元気で明るい声に見送られながらお店を後にする。
手の中には、そっと手渡された紙片……ホント、わけわからないわよ。
◇
「ハァ……どうするの、コレ?」
ミュウが私の持ち帰った紙片を指してそう言う。
「お呼ばれしてるからね、行かないわけにはいかないでしょ。」
『今夜零時にもう一度いらしてください』
そう書かれた紙片を眺める。
もう何度も検めたけど、他に隠されたメッセージとかもない。
「どう考えても罠でしょ。」
「そうかなぁ?」
「むしろ、罠以外の可能性を考える方が無理があるでしょ。」
「やっぱり?」
まぁ、私も100%罠だとは思うんだけどね。
「とりあえず、行かないと話が進まなそうだし、いくら何でもいきなり襲ってこないでしょ?」
……そう考えていた時期が私にもありました。
「ってなんなのよこれはっ!」
深夜零時の少し前、私達はお店の近くの路地で、30頭近い魔獣に囲まれていました。
「どうする?突破出来なくはないけど?」
ミュウが聞いてくる。
「うーん、考えている暇はないみたい。」
飛びかかってきた狼型の魔獣をエアロカノンで弾き飛ばす。
それが引き金になったのか、次々と襲いかかってくる魔獣達。
ミュウとクーちゃんの刃が煌めき、私とマリアちゃんの魔法が弾き飛ばす。
「クッ、キリがないわね……アナタの魔法で一気にケリをつける?」
時間なら稼ぐよ、ってミュウは言うんだけど……。
「ン……何かおかしいのよね。」
「おかしいって、何が?」
迫る豹型の魔獣の牙を、双剣で受け流しながらミュウが聞いてくる。
「この魔獣達から魔族の気配がするのよ。」
魔族が絡んでいるなら、何か企んでいるかも知れないのよ。
ヘタに誘いに乗って、思わぬカウンターアタックを受けるとも限らないしね。
そんな事をミュウに説明する。
その間にも魔獣達の攻撃は続いているんだけど、その単調な攻撃パターンが何かの罠かもしれないと考えると、下手に動けない。
「だからといって、このままじゃ……。」
「だよね~。」
私は広域魔法に切り替える事にする。
と、その時魔獣の群の中から声がする。
中央にいる狼型の魔獣が喋っている。
「いい加減、引き下がってくれないかな。そうじゃないと、コッチも本気で行かなきゃならねぇ。ソッチも被害出したく無いだろ?」
「手加減してたって?ハンっ、言ってくれるじゃ無いの。」
魔獣の言葉にミュウがキレる。
双剣を構えて飛びかかろうとしたところで、熊の獣人が間に割って入る。
「ちょっと待ってくれっ!」
一触即発の状態で、ミュウと魔獣がその獣人を睨む。
「ドン、邪魔立てするのか?」
「そうじゃないって、少し時間をくれよ。」
ドンと呼ばれた熊の獣人がこっちを振り向いて声をかけてくる。
「姐さん達、こんな所で何やってんだよ。」
「あら、アナタは……。」
「……コッチのセリフだよ。アナタこそ何でここにいるのよ。」
どうやら熊の獣人はマリアちゃんとミュウの知り合いらしい。
「ミュウの知り合い?」
「……姐さん、そりゃあねぇぜよ……。」
私の言葉に、熊の獣人さんが、ガックリとうなだれる。
ミュウとマリアちゃんも微妙な目つきで私を見る。
「えっと……。」
なぜか居心地が悪かった。
◇
「あ、うん、憶えてる、憶えてる。」
「嘘付け!」
私の言葉に、ミュウがすかさずツッコミを入れる。
結局、あの後グダグダになったまま、魔獣達とは一時休戦と言うことで、熊の獣人さんを中心に話し合いをしている。
「だって、そんな些細な事、一々覚えてないわよっ!」
私は開き直ってみせる。
だってねぇ、この熊の獣人さん、マリアちゃんと初めて出会った時に助けた獣人さんだって言うけど、そんな行きずりの、しかも男の人の事なんて私が憶えてるわけ無いでしょ!
「些細な事って……一応俺たちに取っちゃ命の恩人なんだけど……。」
ガックリとうなだれる熊の獣人さんの肩を狼の魔獣がポンポンと叩いている。
グチグチ言いながらも話してくれた事をまとめると、この魔獣達は魔獣ではなくセルアン族って言う魔族さんなんだって。
その証拠にって、次々と人に変化した姿にはビックリしたよ。
セルアン族って言うのは元々、獣から進化した魔族で、見た目は直立歩行する獣そのもの。
とは言っても、手は普通に使えるし、言葉だって普通に喋れる。
人間以上の五感の鋭さと身体能力に加え、魔族所以の魔力は身体強化に特化された戦闘種族、それがセルアン族なんだって。
後、一番の特徴は「獣化」って呼ばれる魔獣形態に変化する事……さっきまでの姿ね。
魔獣形態はそれぞれの特徴に特化した身体能力が更に強化されるんだって。
どっちが本当の姿ってわけでもないらしく、その都度楽な方に使い分けてるらしい。
どちらにしても、あんまり相手にしたく無い相手よね。
「とにかく、だ。同朋の命を救ってくれ、尚且つ同朋と行動を共にするお前さん達とは、これ以上やり合いたくは無い。大人しく帰ってくれないか?」
狼型の魔獣だった男がそう言う。
獣人はセルアン族と人型の魔族や人間との混血が進み、適応していった種族らしく、セルアン族にとっては子孫と思えるらしい。
なので、彼等は獣人達を同朋と呼び、暖かく迎える。
「私達だってやりたくないけど、呼ばれてるのよね。」
私はそう言って紙片を見せる。
あの紙片は、私達をおびき寄せる為に用意されたのに間違いないはず。
そしてセルアン族は、店の魔族から私達を倒すようにお願いされている。
ただ、セルアン族は誇り高く一本気な性格の為、搦め手に滅法弱い。
だから、店の魔族も、私達をおびき寄せた、なんて事は言わずに、セルアン族の誇りをくすぐる様な感じで依頼したんじゃないかと、私は考えたのよ。
だったら、あの紙片を見せれば混乱するはず、という私の考えは大当たりだった。
紙片には、差出人の残り香がしっかりと残っているらしく、本物だと言うことは直ぐに認めてくれ、それだけに呼び出しておいて、排除してほしいという依頼の意味が分からないと頭を抱えている。
「だからね、私達を通して欲しいな。」
「いや、しかし……。」
「あなた達も一緒に来たらいいよ。それで本人に確認したらどう?」
「……ふむ、そうだな。」
狼のセルアン族はしばらく悩んでいたが、振り切るかのように頭を振った後、私の提案に乗ってきた。
そして、私は30人のセルアン族を引き連れて、カフェ「紗旧葉須」の店内へと足を踏み入れたのだった。
◇
「あらあら、大勢でどうなされたのかしら?」
店内に入ってしばらくすると、奥から妙齢の女性が出てくる。
この店のオーナーらしい。
(マリアちゃん……。)
(えぇ、すでに展開しておりますわ。)
私がマリアちゃんにフィールドをお願いしようと小声で話しかけると、マリアちゃんは既に心得ていたという様にフィールド展開を終えていた。
流石だね。
「あなたがここのオーナーね。私は……。」
何これ?
オーナーに見つめられた途端、一瞬身体が硬直し、何も考えられなくなる。
オーナーの魅惑的な唇、その肢体、潤んだ瞳……何も考えずにその身体に包まれたら……。
だけど、それは一瞬の事、すぐに頭の中がクリアになる。
そっと周りを見てみると、皆呆けたようにオーナーの顔を見つめている。
「無駄よ、魅了は私には聞かないわ。」
私は艶やかに微笑むオーナに向かって、そう言い放つ。
その時初めてオーナーの表情に動揺が走ったように見えた。
「なぜ……女性とは言え、私の魅了を打ち破れる人間がいるなんて。」
「この店内は既に聖域で封じてあるから、魔族は脱出できないわよ。」
「クッ……。」
オーナーは突然身を翻し、ナイフを投げてくる。
「危ないじゃないのっ!」
私は手にした杖でそれを弾き返し、オーナーに迫る。
彼女は素早い身のこなしで私の脇をすり抜けようとするけど、私の方が一瞬速かった。
交差した瞬間に、彼女のお腹に魔力の衝撃波を撃ちこむ。
「ぐぅっ……。」
たまらず床に転がるオーナー。
「大人しく……えっ?」
私が杖をオーナーに突き付けようとしたとき、どこからともなく現れたウェイトレスたちが、身を挺してオーナーを庇う。
「セシリアさんだけをやらせませんよっ。」
「死ぬときはみんな一緒ですっ!」
「セシリアさんの命、簡単に奪えると思わないでね。」
「あ、あなた達、なんで逃げないのよっ!折角私が……。」
「セシリアさんを犠牲にして私達が逃げ出せるわけないじゃないですかっ!」
目の前で繰り広げられる光景に、私は唖然とする。
何、コレ?……まるで私が悪者みたいじゃないの?
この店のオーナー……多分セシリアという名前の女性を庇う様に、取り囲むウェイトレスさん達。
セシリアさんと同年代と思われる妙齢の女性から、クーちゃんと同じくらいかそれより幼い顔立ちの女の子までが、それぞれ私を睨みつけてくる。
中には、昼間笑顔で会計をしてくれた子もいるけど、昼間とは違って、敵を見るような目で私を見ている。
……うぅ……何でみんなそんな顔で見るのよ。
「私はただ、話を聞きに来ただけなのにぃ、それだけなのにぃ……。」
私の身体から魔力が溢れてくる。
それを感じたのか、オーナー及びウェイトレスさん達の身体が強張る。
「何で苛めるのぉ!」
私は溢れ出す魔力を地面に叩きつける……ハッキリ言って八つ当たりだ。
「わっ、ばかっ!……マリアっ!」
「はいっ!……ディスパージョン!」
魔力が収束する瞬間、マリアちゃんの神聖魔法によって魔力が散らされる。
「落ち着きなさい、このバカッ!」
ミュウが私の頭を叩く。
「だって、だって、皆私が悪いみたいに……。」
私はミュウの胸に顔を埋め泣き出す。
「あぁ、分かった、分かったから落ち着いて。」
ミュウが私の頭を優しく撫でてくれる。
「あの……何か誤解があったようで……。」
おずおずとセシリアさんが声をかけてくる。
「えぇ、その様ですね。でも、ちょっとだけ時間をいただけませんか?何しろあのような状態なので。」
マリアちゃんが、セシリアさんにそう伝えると、張詰めていたその場の雰囲気が弛緩する。
「あ、あぁ、では、お茶でもご用意しましょうか。セルアン族の皆様にもご迷惑をおかけしましたし。」
そう言うセシリアさんの顔は、かなり引きつっていたんだって。




