激闘!?オーク砦 -後編-
「お姉ちゃん達、大丈夫かなぁ……。」
思わず口に出してしまいました。
「クミンさん、心配な気持ちはわかりますが、今はこっちに集中してください。」
私の呟きは、しっかりとマリアお姉さんに聞かれていたようで、そう注意をされました。
分かってます。
今はこの農村を襲いにくるゴブリン達を壊滅させることが大事なんです。でも……。
「ここが早く片付けば応援に行けます。その為にも今は集中ですよ。」
私の心の中を見透かしたかのようにマリアお姉さんがそう言ってきます。
私は軽く頷いて、前方を見つめます。
予定通りならそろそろ……来た!
前方からゴブリン達です。
作戦通りに行けばそう少し進んできたところで罠が発動するはず。
そして隠れている冒険者たちが飛び出して一当て、まだ罠にかかっていないゴブリン達をおびき寄せ、この先の落とし穴に誘導という2段構えのトラップ。
これで大半のゴブリン達は動けなくなるのであとは各個撃破……というのが作戦なのですが……何か嫌な予感がします。
予定通りにゴブリン達が罠にかかりますが……少ない?
冒険者たちが飛び出していきます。
「ダメっ!」
私は思わず声をあげました。
びっくりして足を止める冒険者たち。
そのすぐ目の前を矢が掠める様にして飛んでいきます。
ゴブリンアーチャーです。
ゴブリンアーチャーたちが隠れて冒険者たちを狙っていました。
情報ではゴブリンアーチャーが村を襲う集団の中にいた事は無い筈なのに。
しかしこうなってしまっては、作戦も何もなく乱戦になってしまいました。
CランクとDランクの冒険者の皆さんにとってはゴブリンはそれほど苦にする相手でもなく、奇襲さえ受けなければ十分対応が出来ます。
しかし、数が多いのと、どこからともなく飛来する矢によって、苦戦しています。
せめてゴブリンアーチャーさえ何とか出来れば……。
私は目の前に転がってきた弓矢を拾い、森の中の気配に集中します。
「自分の魔力の流れを感じる様に、外の魔力の流れを感じるんだよ。魔力と似た、別の流れが分かる?そう、それが分かれば気配探知が出来るようになるよ。」
ミカ姉が教えてくれた気配探知のやり方を思い出しながら集中します。
森の中で何かが動く感じがします……一つ……二つ……三つ……。
私は矢をつがえ、一番近い気配に向かって解き放ちます。
バシュッ! ドサッ!
何かにあたり、落ちる音がしました。
すると微かだった気配が大きく騒めくのが分かります。
ここまで大きければ集中する迄もなくそこに何かがいるのが大分かりです。
私は次の矢を番え、二つの気配に向けて次々と矢を放ちます。
バシュッ! ドサッ!
バシュッ! ドサッ!
森の中の気配が消えると、望遠者たちへ向けて放たれていた矢がやみました。
背後からの矢を気にしなくていいとなれば、後は数が多いとはいえ所詮ゴブリンです。
程なくしてその場に動いているゴブリンは1匹もいなくなりました。
「嬢ちゃん、助かったよ。あそこで声をかけてくれなかったらヤバかったぜ。」
Cランクパーティのリーダーさんが声をかけてくれます。
「いえ、そんな……それより向こうは大丈夫でしょうか?」
「そうだな、ヤバいかも知れん……お前らっ!動ける奴はすぐBルートへ急げっ!」
リーダーさんの指示に従って何人かの冒険者たちが駆け出していく。
私もマリアお姉さんに断ってから駆け出しました。
私が辿り着いた先は地獄絵図のようでした。
辺り一面に散らばるコボルトの死体に混じって何人かの冒険者さんが横たわっています。
まだ残っている冒険者さんも一人に対し5匹のコボルトたちに囲まれて苦戦しています。
しかし応援に駆け付けた冒険者さんのおかげで、余裕が出て来たのか、コボルトたちの数がどんどん減っていきます。
「わわっ!」
戦いに気を取られていたせいか、私の傍にコボルトが来た事に気づけませんでした。
私は慌てて剣を抜き、振り下ろされる剣を受け止めます。
危なかったぁ……。
さっきは急で吃驚したけれど、冷静になればコボルトは怖くありません。
だって、ミュウお姉ちゃんより遥かに遅いんですから。
「ミカ姉だって、もっと速いよっ!」
私はコボルトを斬り伏せます。
続けてその背後にいたコボルトも斬り伏せます。
ちょっと調子に乗ったのがいけなかったのでしょうか。
3匹目のコボルトを斬り伏せた時、物陰から飛び出してきたコボルトに気づきませんでした。
その剣を辛うじて受け止めた時、背後から迫る気配がしました。
「しまったっ!」
そのコボルトは囮で本命は背後のコボルトだったようです。
躱すにも、受け止めようにも、私の剣はさっきのコボルトの剣を受け止めたままで、この体勢からは間に合いません。
私は斬られることを覚悟しました。
せめて致命傷だけは避けようと身体を捩ります。
即死じゃなければ、マリアお姉さんの魔法で回復できるはず……でも斬られたら痛いよね。
覚悟を決めた私ですが、いつまで経っても、刃が私の身体に触れる事がありません。
どうしたのかと恐る恐る振り返ると、冒険者の方が背後のコボルトを斬り伏せる所でした。
「嬢ちゃん、ぼさっとしてねぇで、早くソイツを殺っちまいな!」
「あ、ありがとうございます。」
私は目の前のコボルトに止めを刺してから、改めてお礼を言います。
「もうここらは殆ど倒したからな、嬢ちゃんは姉ちゃんの所に行って治療の手伝いでもしてきな。」
そう言って、次の獲物に向けて走り出す冒険者さんに、私は再度深く頭を下げます。
私を助けた上に気遣ってくれたのでしょう、口は悪いですがとっても優しい人です。
考えてみると、冒険者の皆さんはあの人のような方が多いです。
きっと不器用なんでしょうね。
ただ、そのせいでミカ姉に誤解されて吹き飛ばされるのは、ちょっと可哀想な気がします。
私は周りを警戒しながら、マリアお姉さんの元に戻る事にしました。
マリアお姉さんの元には多くのケガ人が運び込まれています。
予想以上の被害でした。
リーダーさん話によれば、ゴブリンリーダーが混じっていて、こちらの作戦の裏をかかれたとのことです。
まぁ、それでもゴブリン・コボルトの軍勢は全滅させましたし、後はミカ姉たちがオークの集落を潰せば、この村が襲われることは無いでしょう。
「あ、ミカ姉たち、大丈夫かなぁ。」
「そうね、ゴブリン達の動きが違ってたからもしかして向こうもイレギュラーな事が起きているかもしれないわね。」
私とマリアお姉さんが話していると、リーダーさんがやってきました。
「マリアさんのおかげで一命をとりとめた奴もいる。本当に助かった。後の事は俺に任せて、マリアさん達は向うの応援に行ってくれないか?こっちよりも回復役が必要なはずだ。」
私とマリアお姉さんは、顔を見合わせて頷きます。
「じゃぁ、お言葉に甘えて行ってきますね。」
「おう、向こうの奴等も助けてやってくれ。」
私とマリアお姉さんは、リーダーさんの声に見送られながら北の森を目指して走り出しました。
「クミンさん、乗ってください。」
マリアお姉さんは途中で馬車を見つけると、車を外して馬の上に乗り私に手を伸ばしてきます。
私はその手につかまりながらマリアお姉さんの前に座ります。
「ちょっと飛ばすからね、怖かったら目をつぶっていてね。」
マリアお姉さんはそう言うと馬に鞭を入れ、飛ばし始めました。
今までに経験した事の無い速さでしたが、馬上は安定していたのでそれ程怖くはありませんでした。
ただ、いつも落ち着いているマリアお姉さんが焦っているように見えるのが気になります。
「マリアお姉さん……。」
「少し黙っててね、舌噛むよ?」
そう言われて私は口をつぐみます。
いつもおっとりとして優しい雰囲気のマリアお姉さんですが、ミカ姉が絡むと豹変することが多々あるのを私は知っています。
今のその状態の一歩前なのでしょう。
私は「ミカ姉は大丈夫」と小さく呟きます。
背後で頷くような気配がしたのは、きっと気のせいじゃないと思います。
◇
私達がオーク砦に着いた時、眼前に広がるのはオークの死体の山でした。
その場には誰もいなくて、奥の方で剣戟の音が聞こえます。
きっと奥に戦場が移ったのでしょう。
私とマリアお姉さんは、馬を降りると、急いで奥へと向かいました。
「なっ、オーガ!?」
マリアお姉さんが絶句します。
無理もありません、目の前にはオークではなくオーガと戦う冒険者の皆さんがいました。
オーガ1体に対しCランクのパーティが二組でようやく五分五分といった感じでしょうか?
冒険者さん達が2体のオーガと、そして奥の方ではミュウお姉ちゃんが1体のオーガと戦っています。
……ミカ姉はどこ?
「ミカゲさんは!?」
マリアお姉さんも同じことを思ったのか必死になってミカ姉の姿を探しています。
「あ、あそこに!」
私が指さす方をマリアお姉さんが見ます。
かなり高速で移動しているのでしょう、ミカ姉とオーガの姿があっちへ、こっちへと目まぐるしく動き回っています。
ミカ姉が相対しているオーガは、他のオーガより一際大きいのですが、その大きさに似合わない敏捷さで、私も目で追うのがやっとでした。
「私もエリアヒールが使えたら……。」
マリアお姉さんが唇を強く噛み締めています。
私も気持ちが分かります。
今の状況、ヘンな意味で安定している為、私達がヘタな手出しが出来ないのです。
特にミカ姉の相手に関しては、あのスピードについて行けるのはミュウお姉ちゃんぐらいだと思います。
そのミュウお姉ちゃんも1体のオーガに苦戦中。
「あっ!」
ミュウお姉ちゃんがバランスを崩しました。
その機を逃さず金棒を振り下ろすオーガ。
危ないっ!
ミュウお姉ちゃんの頭が金棒に砕かれるかと思った瞬間、金棒が爆発し、弾き飛ばされました。
ミカ姉です。ミカ姉が、間一髪のところを魔法で救ってくれました。
ミュウお姉ちゃんはその隙をついて体勢を立て直し、オーガの背中を切り刻みます。
ホッとした私の顔は、次の瞬間恐怖に歪みました。
ミュウお姉ちゃんのサポートしたのが隙になったのか、ミカ姉が相手をしていたオーガの姿が見えません。
ミカ姉も見失ったのかキョロキョロしています。
そして次の瞬間、オーガの振るう金棒にミカ姉が弾き飛ばされました。
「ミカゲさんっ!」
「ミカ姉っ!」
私とマリアお姉さんの叫び声が重なります。
ミカ姉は弾き飛ばされた先で体を起こそうとしていますが、追い打ちをかけるようにオーガが迫ります。
「ミカ姉!これ使って!」
この時の私は何も考えていませんでした。
ただミカ姉を助けなきゃ、とそればかり考えていました。
その結果起こした行動が、腰の剣をミカ姉に向かって投げる事でした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
もうどれだけ撃ち合っているか分からなくなってきたよ。
というより余計な事考えている余裕ないのよね。
私は振り下ろされる金棒を紙一重で躱し、更に大きくバックステップする。
直後、私のいた所に衝撃波が起きる。
私はそのまま杖の先からエアロカノンを放つ……が、相手のオーガは難なくかわし、カウンターの金棒を突き出してくる。
私はオーガの足元に小さなクレイウォールを作り出す。
私ばかりを見ていたオーガは、それに気づかずに躓き、体勢を崩す。
「ファイアーボルト!」
私はその隙を逃さず火箭を穿つけど、オーガの金棒の一振りで散らされてしまう。
オーガが4体と私が相対しているオーガロード……こいつらが出て来た時は流石にヤバいと思ったのよ。
1体は開戦直後に魔法で葬ったけど、それでも私とミュウの二人でオーガロードを含む4体のオーガの相手は厳しいのよ。
物陰に隠れながらチクチクと攻撃を仕掛けて時間を稼いでいるうちに、オークを殲滅した冒険者たちが応援に来てくれたから半分は任せたんだけどね。
大体、Cランクパーティが二組がかりで戦う相手を、私やミュウが一人で相手するっていうのはどゆ事よ?
絶対おかしいよね?
一応、私もミュウも機動力で相手を上回っているから何とかなっているけど、相手は疲れ知らずの絶倫体力馬鹿……。
ミュウはスピードでかき回しつつ、カウンターで切り刻み少しづつ相手のダメージを蓄積させているけど、スタミナ勝負になると私もミュウも分が悪いのよね。
特に私の相手のオーガロードは他のオーガのスペックをはるかに凌駕していて、身体強化MAXの私のスピードについて来るって、殆ど化け物よ。
私が放つ魔法を躱して金棒を振るってくる。
時にはその金棒を振るって私の魔法を散らす。
その金棒を躱したと思ったら、直後に逆の手の拳が私に襲い掛かってくる。
私はその二段構えの攻撃をかわしつつ、隙を見て魔法を放つ……。
ホントに、どうやったら倒せるのよっ!
どれ位経ったのか分からなくなったころ、不意に私達を呼ぶ声が聞こえる。
あれはクーちゃん達?
ミュウも気付いたようで、一瞬意識が相手のオーガからそれる。
相手のオーガがその隙を見逃すはずもなく、ミュウの足を払う。
バランスを崩したミュウにむかって金棒が振り下ろされる。
ダメっ!!
「フレイムブラスト!」
私はその金棒に向けて魔法を放つ。
私の魔法が間一髪金棒を弾き飛ばした。
ミュウがその隙をついて体勢を立て直し反撃に移る。
ほっ、良かった……って、あれ?
私がミュウに気を取られているウチにオーガロードを見失っちゃったよ。
マズいと思った時には私の身体は宙を舞っていた。
「ぐぅっ……。」
レフィーアの守りの力があってもこのダメージ……これはマズいかも。
さらに追い打ちをかける様に迫りくる金棒……これって絶体絶命って奴かな?
「これ使って!」
遠くからクーちゃんの声が聞こえると同時に私に迫りくる一陣の光。
私は考えるより早く体が動く。
その光を掴み頭上へ跳ね上げる。
ガキッンッ!という堅い金属音がして、私が手にした剣がオーガロードの金棒を受け止める。
私はすかさず飛び退き間合いを空ける。
私の右手にはクーちゃんのエストリーファの剣が輝ている。
「クーちゃんありがとうね。私の戦い方よく見て置くんだよ。」
私はクーちゃんに向かってそう言うと、剣を頭上に掲げて力ある言葉を唱える。
「エストリーファ、私に力を……『アフェクション』!!」
光が私を包み込み、エストリーファの力が私の中に流れ込んでくる。
(な、なに無茶してんのさ。レフィーアの力と一緒に使うなんて暴発するよ!)
「大丈夫だよ、コントロールするから。」
(無茶苦茶だよ!)
「うるさい、黙って力を貸しなさい!」
私はオーガロードに向かって左手を突き出す。
「アイシクルランス!」
氷の槍がオーガロードに向かって放たれると同時に私も飛び出す。
「フレイムブレード!」
私の右手から魔力がエストリーファの剣に流れ込み刀身を炎が纏う。
「たぁっ!」
アイシクルランスがあたって凍った左腕を、炎を纏った刃が斬り落とす。
鋼の様な筋肉を持つオーガロードでも急激な温度差には勝てなかったようだ。
「レイソード!」
私は右手の剣の炎を消し、代わりに光の刃を作り上げ、その刀身を左腕を失ってよろめくオーガロードに向かって振り切る。
私が剣を振る度、刀身から光の刃が放たれ、オーガロードの身体を切り刻んでいく。
しかしオーガロードは身体に刻まれた傷をものともせず、私に向って突っ込んでくる。
「さっきまでの余裕がなくなってるよ……『フラッシュ』!」
刀身から眩い光があふれる……単なる目晦ましだけど、オーガロードはまともに喰らっちゃったみたい。
怯んだすきに、私はその右腕を斬り落と……せなかった。
くぅ~、なんて堅い筋肉なのよ!
「でも、これでお終い。」
私は最後の大技を放つことにする……というか、暴走気味の魔力を抑えるのも限界が近いのよ。
私は、まだ目晦ましが効いているオーガロードの頭上へ飛びあがる。
「いっけぇぇぇ~~~~!」
真下に剣先を向けて、重力にしたがって落ちていく。
私の力+重力によって、エストリーファの剣が、深々とオーガロードの肩から心臓へと突き刺さる。
「吹き飛べっ!『ブラストファイアー』!」
暴発寸前の魔力を魔法に変換し、エストリーファの剣を伝って外部へ……つまりオーガロードの体内へ解き放つ。
流石にこれだけの魔法を体内から発動されては、オーガロードと言えども成す術もなく、爆風と共にその身体が散り散りに飛び散った。
そして、他のオーガ達も、主の壮絶な最期に動揺し、その隙をつかれて、ミュウや冒険者たちに止めを刺された。
「終わったね……。」
私がエストリーファを解除すると、剣から輝きが失われる。
「ミカ姉!」
クーちゃん達が駆け寄ってくる。
「エヘッ、クーちゃん、お姉ちゃんの活躍見てくれた?あれが魔法剣士の戦い方だよ。」
「ウン、ミカ姉、恰好良かった。」
「剣貸してくれてありがとね。ちょっと休ませて……。」
「ちょっと、ミカ姉、ミカ姉……お姉ちゃん!……。」
クーちゃんが呼んでいるのを聞きながら私は意識を手放すのだった。




