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激闘!?オーク砦 -前編-

 エルザードの街から北東に向かい馬車で3日程移動したところに、ミレイの街はあった。

 隣接する山や深い森などからもたらされる恵みと、大きな河川沿いにある広い農耕地帯で産出される農作物が、この街の主な収入源である。

 しかし、昨今、森の中ほどにオークの集落が出来たと言う噂が流れ、その噂を裏付けるかのように、森の中の獲物の分布に乱れが生じたり、オーク配下と思われるゴブリンやコボルトたちが農作物を簒奪していったりと、目に見えて被害が広がっていた。

 幸いな事に、まだ人的被害は出ていなかったが、それも時間の問題と見た町の有力者たちが、討伐をギルドに依頼した。

 しかし、ミレイの街の冒険者では荷が重いと判断したギルド職員はエルザードに応援を要請。

 その依頼を受けてやってきたのが私達なんだけど……。


「あまり歓迎されてないように見えるのって気の所為?」

 ギルドには、街の有力者たちが集まっていた。

 エルザードから派遣される冒険者が、今日着くって事を聞いて待ち構えた居たんだと思う。

 それだけ期待されていたと思うんだけど、私達がギルドで依頼を受けて来たという事を告げた途端、明らかに雰囲気が変わった。


「仕方がないでしょ。街にとっては存亡の危機かも知れないのに、派遣されてきたのがDランクパーティ、しかも見た目はか弱い私達なんだから、これで、オーク砦を殲滅できるから安心、って思う人の方が少ないでしょ。」

 だからと言って、私達を見て、一斉に溜息を吐くって言うのは、余りにも失礼じゃないかと思うのよ。

「うーん、正義は勝つ!そして可愛いは正義!って言葉を広めないといけないね。」

「止めときなさい。」

 私の提案をミュウが即断して、ギルド職員へと向き直る。


「一応詳細を聞いておきたいんだけど?」

「あ、あぁ、ではあちらへ……。」

 ギルドの職員に促され、奥の部屋へと通される。

 街の有力者たちは肩を落として帰っていき、その場に残った一人の女性だけが、私たちと一緒に部屋の中へ入る。


「初めまして、私はターニャと申します。」

 女性が私達の前に座ると自己紹介を始める。


 ミレイの街は、元々小さな集落が集まって一つの街になったという経緯があり、それぞれの集落の代表が集まって話し合い、街の方針を決めて来たという伝統を持っている。

 その代表の集まりが『賢老会』であり、先程ギルドのに集まっていたのはその『賢老会』のメンバーで、ターニャと名乗った女性も、そのうちの一人だと言う。


「失礼ですが、ターニャさんはかなりお若く見えますが、何か理由が?」

 マリアちゃんが疑問を口にする。

 さっき集まっていた人は年配の人ばかりで、若く見えた人でも40代半ば過ぎだと思う。

 でも目の前のターニャさんはどう見ても20台半ばにしか見えない。

 『賢老会』というからには、それなりに年を取った人が集まっているんだろうけど、その中で一人だけ、ターニャさんのような若い女性が混じっていたら誰でも疑問に思うよね。


「えぇ、実は私は祖父の代理ですの。祖父は最近体調がすぐれず、父は今起きている問題にかかりきりの為、手の空いている私が代わりにお手伝いをしているんですのよ。」

「今回の詳細はこちらのターニャさんからお聞きください。」

 ニッコリと笑って答えるターニャさんの言葉を引き継ぐように、ギルドの職員がそう言った。

「じゃぁ、オーク砦についてわかっている事を順番に教えてくれる?」

 ミュウがそう言うと、ターニャさんは「分かりました」と言って話し始める。


「被害が出始めたのはおよそ1ヶ月ほど前です。とはいってもその頃は、森でオークを見かけた、という程度の事でしたが。」

 オークそのものに関しては、それ程脅威度は高くないのよね。。

 オーク1体であればそれなりに経験を積んだDランクパーティなら、それほど苦労せずに倒せるしね。

 実際、その時も報告を受けたギルドが依頼を出して、その場にいた冒険者に寄って討伐されているって話だし。

 だけど、その後も頻繁にオークの目撃情報が上がってきて、時を同じくして、森の中の獣の様子が変わって来てるって報告が上がってきたらしいの。

 

 森に入る狩人達は、森の中の動物や魔獣たちのテリトリーを把握していて、自分達じゃ手に負えない魔獣のテリトリーは避けて狩りをしているんだけど、いるはずの無い場所……つまりテリトリー外に強い魔獣とか現れる様になって、すると当然弱い動物たちは姿を消すから、狩人たちの生活を脅かすようになったのね。

 そして、10日ほど前から森に近い農村の家畜や農作物が奪われるという時間があって、現場には、ゴブリンやコボルトと思われる足跡が残されていたんだって。


 事態を重く見たギルドは早速冒険者たちに調査を依頼したのね。

 その結果、森の奥にオーク達の集落が出来ているのを発見したそうなの。

 ちなみに、その時調査に行った冒険者たちは、自分たちで解決しようとしたらしいんだけど、返り討ちにあってね、ギルドに報告に来た一人を覗いて全滅。

 この街唯一のBランクパーティが、成す術もなくオーク達にやられたこともあって、手に負えないと判断したギルドが、エルザードを含めた近隣の大きな街のギルドに応援を要請したんだけど……。


「大変失礼ですが、Bランクのパーティが全滅するような相手に、あなた方では太刀打ちできないのではないかと懸念しております。」

 ターニャさんはそう言って話を締めくくった。

「ハッキリ言うねぇ。」

 ミュウは嬉しそうに笑う。

 最近遠回しな言い方をする人達ばかりに囲まれていて、かなりストレスが溜まっていたみたい。

「すみません、でも、あなた達のような若い女性では……その……オークの性質はご存じですよね?」

 オークに捕まった女性は例外なく悲惨な最期を遂げる事になる。 

 精力絶倫のオーク達は果てる事が無く、捕まった女性が命尽きるまで凌辱の限りを尽くされるらしい。


 オーク絶倫の噂を裏付けるのにこんな話がある。

 昔、あるパーティがオークの砦を襲撃した事があった。

 前情報ではそれ掘喉数がいないという事だったが、実際には情報以上の数のオークがいて戦いは泥沼化していった。

 そんな中、一人の女性魔法使いの魔力が切れたところを狙って、オークが飛び掛かる。

 そばにいた女剣士がそのオークの首を刎ねたが、その隙に背後に迫っていた別のオークによって剣を弾かれる。

 そうなったらあとはお決まりのコースだった。

 女剣士と魔法使いは、その場にいた数人のオークに取り囲まれ、衣服を剥ぎ取られる。

 抵抗しようにも四肢を押さえつけられて話す術もなく、二人はオークによる凌辱を受け入れるしかなかった。

 その後、他のオークを殲滅したパーティの仲間によって、そのオーク達の首が刎ねられるまで凌辱は続いたという。

 そして、その時魔法使いに覆い被さっていたオークは、首を刎ねられてもその動きは止まらず、引き剥がすまで動いていたという……。


 この話を教えてくれたアイシャさんには「なんて話を聞かせるのよっ!」って逆切れした事もあったっけ。

 まぁ、アイシャさんは、そういう事だからオークには関わるな、関わる事になっても決して油断するな、という事が言いたかったらしいんだけどね。

 そして、ターニャさんも私達がオーク達に凌辱されるのではないかという事を心配してくれているらしい。


「気持ちはありがたく受け取っておくけど、だからと言って引き下がったら困るんでしょ?」

 私がそう言うとターニャさんは黙り込んで俯いてしまう。

「それはそうと、Bランクのハンターが全滅という情報は初耳よ。そのパーティの事詳しく教えて。」

 ミュウはギルドの職員を軽くにらむ。

 私達が聞いたのは、「あるパーティが命懸けで得た情報によると、オークの集落……オーク砦が存在する」という事だけだった。

 その情報の元になったあるパーティがBランクだったこと、命がけで、と言いながら殲滅されていたことなどは一言も聞いていない。

 情報の虚偽報告は、ギルド内では一番重い罪に当たる。

 何故なら、情報をもとに適切な判断をギルドは求められるのだから。

 もし、判断のもとになる情報そのものが間違っていたら……ついこの間エルザードで体験してきたところだ。


 私はすかさず、バインドでギルド職員を拘束する。

「そのまま捕まえていてね。私はギルドマスターを呼んでくるわ。」


 しばらくして、ミュウがギルドマスターを伴って部屋に戻ってくる。

「エルザードのギルマスから内密の話とは……なんだ!いったいこれはっ。」

 部屋に入ってきたギルドマスターが拘束され転がされているギルド職員を見て狼狽する。

「正直に答えてね、最もこの室内はマリアのフィールド下にあるからウソはつけなくなってるけど。」

 ミュウは部屋の入口に立ち、逃げ場を亡くしながらそう告げる。

「何を!こんなことしてただで済むと思って……ヒィッ……。」

 ギルドマスターの顔のすぐ横を光のレーザーが掠める。

「ただで済まないのはあなた達の方かもよ。情報の虚偽申告がどれほど重い罪に問われるか……マスターのあなたなら分かっているわよね?」

 私の言葉にギルドマスターの表情が引き締まる。

「詳しく話を聞こうか。」

「その前に、口に出して誓ってもらえる?隠し事、嘘の類は絶対にしないと。」

 ギルドマスターはマリアちゃんの姿を見ると、納得したのか口を開く。

「あぁ、ギルドマスターの名に懸けて誓おう。この場において嘘、虚偽杯才口にせず隠し事はしないと。」

 ギルドマスターがその言葉を口にすると、光が彼の身体を包み込む。

 マリアちゃんのオネストフィールドの効果だ。

 これで、ギルドマスターが本当の事しか口にすることは出来ない。

 この魔法、本来は神聖裁判の場で使われるものらしいんだけどね。 

 ここのギルドマスターは、それが使われることが何を意味するのかを知っていたらしい。


「じゃぁ、説明するわね。」 

 そう言ってミュウは、先程ターニャさんから聞いた話をギルドマスターに話す。

 話が進むにつれて、ギルドマスターの顔が青ざめていく。

「で、一番肝心な事なんだけど、Bランクハンターが全滅した事は知ってた?」

「あぁ、それはもちろん。だから応援要請を出したんだ。」

「その要請を各地に伝えたのは誰?」

「……そこにいるギリウスだ。」

「情報の食い違いについてはどう考えているの?」

「違うっ、そんなつもりじゃ……。」

「黙れっ!」

 ジタバタと暴れ、言い訳を口にしようとするギルド職員を、ギルドマスターが一喝する。

「ワシの監督不行き届きだ……申し訳ない。」


 その後幾つかの質問をした後、ミュウは警戒を解く。

「取りあえず、ギルドぐるみの犯罪じゃないようでよかったわ。」

「あぁ、大変申し訳ない。」

「その人の処分は任せるけど、その前に通信の魔術具を貸してもらえる?」

 私はそう言いながら、銀色のプレートをギルドマスターに見せる。

 これは私のギルド証だけど、先日特記事項に、私の要望に対して出来る限りの便宜を図る事、という一文を加えてもらった。

 まぁ、お茶会の誘いを受ける交換条件なんだけどね……私は転んでもただじゃ起きないのよ。

 ギルドマスターは懐からルーペみたいなものを取り出して、そのプレートを見る。

「……分かった、従おう。こっちだ。」


「じゃぁ、行って来るから、マリアちゃんとクーちゃんはここをお願いね。」

 私はマリアちゃんとクーちゃんに声をかけて部屋を後にする。

 部屋の中では、何が起こったか、いまだ理解できていないターニャさんが呆然としていた。


 ◇ 


「……そう了解したわ。マスターと変わるから、そっちもギルドマスターに代わって頂戴。」

「ウン、分かった。」

 私はそう答えてから、ギルドマスターに場所を譲る。

 この後、ギルド内の問題についてギルドマスター同士で話し合いが行われるのだろう。

 私はミュウと共に通信の魔術具のある秘密の部屋を後にする。



「ミカ姉、ミュウお姉ちゃん、どうなったの?」

 部屋に戻るとクーちゃんが駆け寄ってくる。

 部屋の中には、すでにギリウスの姿は無く、別の職員がターニャさんと話し込んでいる。

「ただいま、クーちゃん。ちょっと一息つけさせてね。」

 私がそう言うと、ギルド職員が慌てて部屋の外へ飛び出し、すぐさま果実水を人数分持ってくる。

 別に催促したわけじゃないんだけどなぁ。

 そう思いながらも有り難く頂戴する。

 よく冷えた果実水は喉越しも柔らかく、実に心地いい。

「これ美味しいね。」

 私がそう言うと、ギルド職員はすかさずお代わりを持ってくる。

「えっと、なんか気を使われてる?」

「ミカ姉の所為だよ……。」

 クーちゃんの話では、私達はどうやらギルド内の監査に来た役人だと思われているらしい。

 ターニャさんが笑顔なのも、それなら納得、という事なんだって。


「私の所為じゃないと思うけどなぁ……。それよりクーちゃんこの後調査に行くから準備しておいてね。」

 私の『調査』という言葉にギルド職員の身体が、ビクッと震える。

「準備はすでに終わってるから、いつでも行けるよ……やっぱり森?」

「ウン、ここのギルドの情報はアテにならないからね。私とミュウで森を見て来るから、マリアちゃんとクーちゃんはターニャさんの案内で農村の方をお願い。……ターニャさん、案内を頼める?」

「はい、私でよければ。でも、先日報告したこと以外は特に新しい事は無いと思いますが?」

「それでも一応ね。」


「済まない、待たせた。」

 私達が調査について話し合っているとギルドマスターが戻ってくる。

「じゃぁ、私達は予定通り調査に向かいますので、冒険者たちの取りまとめをお願いしますね。」

「あぁ、多分6組位だと思うがそれでいいか?」

「出来ればDランクでもいいのであと2組ぐらいはいるといいけど、無理は言わないわ。それより私達に従ってくれる事の方が大事だからね。」

「それは何とかしよう。」

「お願いしますね。」

 私達はギルドマスターに後を任せて、ギルドを後にした。


「じゃぁ、予定通りマリアちゃんとクーちゃんは農村に向かってね。」

「それはいいですけど、具体的にこう、というのは有りますの?」

「被害状況の確認と防衛の下調べをお願い。多分回せるのは2~3組の冒険者だからそのつもりで防衛計画をお願いね。」

「分かりましたわ。」

「お姉ちゃん達も気を付けてね。」

「大丈夫だって。」

 私は心配そうな目を向けるクーちゃんを軽く抱き寄せてから、二人を送り出す。


「じゃぁ、ミュウ、私達もいこっか。」

「そうだね。」

「えっ、なぁに?」

 私を見てクスリと笑うミュウに問いかける。

「いや、ね。ミカゲと一緒だといつも予想外の出来事に巻き込まれるなぁ、って。」

「ぶぅ~、私の所為じゃないもん。」

「アンタのスキル欄に『トラブルメーカー』ってのがあるんじゃない?」

「ないよ、そんなのっ!」

「ほんとかなぁ。」

 クスクス笑うミュウをポカポカと叩く。

「あはは……じゃぁ行くよ。」

「ぶぅ~……。」


 私は笑い続けるミュウを引っ張って森に向かう事にした。

 この時はまだ、オーク程度ならどうにかなるって考えていたのよね。


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