晩餐会の後に……
「はぁ、ミカゲがあんなに楽しそうに踊るなんてね、びっくりだわ。」
「でも、ミカ姉とっても綺麗だった。」
「ミカゲさんが男と、ミカゲさんが男と……。」
私が皆の元に戻ってくると、三者三様に出迎えてくれる。
「僕の誘いを断って起きながらあんな男と……。」
片隅でブツブツ呟いている男性が居るけど……誰だっけ?
「皆様少々よろしいでしょうか?」
メルシィさんが声をかけてくる。
私達は案内されるままに、メルシィさんの後についていった。
案内されたのは客間で、ここで着替えた後、サロンでのプライベートなお茶会に参加してほしいと頼まれた。
参加するのは私達以外は領主とメルシィさんのみなので、お茶会の名目で何か秘密の話があるのだろうと推測する。
まぁ、アレックスのことも話しておいた方がいいと思うので、私達は快く承諾することにした。
◇
「まずは、ミカゲに我が愚息の失礼な振る舞いを謝罪申し上げる。申し訳なかった。」
えっと、……領主の息子さん?
私どこかであったっけ?
気付かずにすれ違って、それで怒っているって思われたのかな?
うぅ、あり得る、ありえるよぉ……この場合失礼したのはこっちだよね?
「えっと顔をあげてください。御子息様は立派な方だと思います。私気付かなくて、かえって失礼をしたかもしれません。」
私がそう言うと、領主様は苦い顔をしてミュウ達を見る。
ミュウはこめかみを押さえつつ領主様に説明をする。
「えっと御領主様、大変申し訳ありませんが、ミカゲは皮肉でもなんでもなく、ただ分かってないだけですのでお気になさらずにお願いします。」
えーと、私何か間違えた?
ミュウの方を見るといいから、「もういいから、アンタは黙ってなさい」と目で言われたような気がした。
「本当に、この度はマーロックが迷惑をお掛けして申し訳ありません。」
メルシィさんも頭を下げる。
えっと……。
「メルシィさんも頭をあげてくださいよぉ。別にメルシィさんが悪いわけじゃないんだし。……それで、その……マーロックさんって誰?」
私の言葉に、メルシィさんがガックリと肩を落とす。
えっと、私おかしなこと言ったのかな?
「ミカ姉、ミカ姉、ほら、ミカ姉をダンスに誘っていた……。」
クーちゃんの言葉に、記憶をたどってみる。
あの時はミュウ達を眺めていて……。
「あぁ、あの、人が嫌だって言っているのに聞く耳も持たず、何度断ってもしつこくて言葉が通じない、挙句の果てには無理矢理連れ去ろうとした、あの顔はそこそこいいのに頭が悪いクズ男君?」
私がそう言うと領主様がガックリと項垂れ、ミュウは頭を抱える。
「……そうです、その『クズ男』君が私の弟のマーロックです。マーロックの無礼を重ね重ねお詫び申し上げます。」
再びメルシィさんが頭を下げる。
向こうでは領主様が「悪いのは息子なのだが……哀れに思えてきた」などと呟いている。
「えっと、えっと、あはは……大変ですね。」
「お前が言うなぁ!」
「えーん、ミュウぅっ~~~。」
私は頭を抱えているミュウに助けを求める。
「だから黙ってなさいって言ったでしょが。」
「言われてないよぉ~。」
「もう、あー早くレフィーア戻って来てよね。この子の面倒見てくれるのが必要よ。」
「ミュウ、それ酷いよぉ。」
(我が主がクミンで本当に良かった。)
「エストリーファ、そんなこと言っちゃダメ。」
「みんな酷いよぉ。」
そんな風に始まりからグダグダになったお茶会だった。
◇
「ところで、ミカゲに聞きたいのだが、其方、この国から出ていくのか?」
皆が一通り落ち着き、仕切り直したところで領主様がそんな事を聞いてくる。
「えっとそれは、自主出国に見せかけた強制退去勧告ですか?『お前みたいな無礼な奴はこの国から出て行け』と言う様な?」
「お父様!!」
「違う、違う!落ち着いてくれ。」
メルシィさんとミュウ達に睨まれ、慌てる領主様。
「ほら、アレク殿と楽しそうに踊っていたし、求婚を受けたのではないか?」
「「「「求婚!!」」」」
「ミカゲ、どういう事!?」
「ミカ姉、お嫁に行くの?」
「ミカゲさんは私を捨てるんですか!?」
「ちょ、ちょっと、待って、皆落ち着いてよ。」
『求婚』という言葉に驚き、詰め寄る三人。
どうなってるのか私の方が聞きたいよ。
「お父様はあの方をご存じなんですか?」
「うむ、そうだなぁ、数年前に我が領地を訪れてな、本人は遠くの国の子爵と名乗っていて、この領地には諸国漫遊の旅のついでに立ち寄ったと言っていた。何でも主君の役に立つために自分も力を付ける必要があって、修行を兼ねた遊学という事で数年ごとに各地を移動しているらしい。」
領主様の言葉を聞いて、そう言う設定にしてたんだ、道理で周りと馴染んでいるわけだと納得してしまった。
「それでな、先程の宴の最中に、国へ帰る事になったと挨拶に来たんだ。その時の話の流れで、いい人を見つけたので出来れば連れて帰りたいと思っていると言う様な事を言っていたのだよ。そしてそのあと三ミカゲと楽しそうに踊っているのを見てな、アレク殿の目に留まった御婦人はミカゲだったのか、と思ったわけだ。」
「そうなんですか。分かりました。」
領主様の説明を聞いてメルシィさんは納得したみたいだった。
「それでミカゲさんはどうなさるのですか?お誘いを受けたのですか?」
メルシィさんが目をキラキラさせながら聞いてくる。
「まぁ、国(魔界)へ来いって誘われたのは確かだけどねぇ……。」
「うそっ、ホントに?」
「ミカ姉、行っちゃうの?」
ミュウとクーちゃんが驚いて聞いて来るけど、何でその反応?
「ていうか、誘われたときみんな居たじゃない?私だけでなく皆も一緒にって。」
「いや、そんな事聞いてない。」
「初耳ですわ。」
「ミカ姉、ダンスの時に誘われたんじゃないの?」
皆から聞いてないという声が上がるけど……あれっ、もしかして気付いてない?
「えっと、一応確認だけど、私が踊っていた相手の顔覚えてる?」
「それは、もちろん……あれっ?」
「えーと、そのぉ……おかしいなぁ。」
「ミカゲさんを奪う憎き仇の筈なのに……思い出せませんわ。」
私の問いかけに皆頭を傾げる。
「あー、そういう事なんだぁ。」
「どういう事よ、ちゃんと説明して!」
「ミカ姉、よく分からないよ。」
「説明してくだ去ると嬉しいのですが?」
三人が私の方に身を乗り出して説明を求めてくる。
「まぁまぁ、落ち着いて、ね。」
私は三人を宥めて落ち着けさせる。
「私が踊ってた相手、アレックスだよ?本当に気付かなかった?」
「「「ウソっ!」」」
「本当だよ。ちなみに私は魅了を掛けられていたんだって。みんなが気付かなかったところを見ると、魅了の副次効果か、認識疎外もかかっていたのかも?」
「あのぉ、少し話が見えないのですが……。」
メルシィさんが口を挟んでくる。
私達だけでわかり合わずに説明しろと言いたいらしい。
「その前に、領主様、アレックス……アレク子爵でしたっけ?は何時頃からこの街にいたか覚えていらっしゃいますか?」
「そうだな、大体3年ほど前か?」
「その頃から変わったこと、もしくは新しく始めた事に心当たりは?」
「ウム……。」
領主様はしばらく考え込み、やがて思い出したかのように口を開く。
「そう言えば、街の改革を始めようとしたのが丁度その頃だ。他国のいい所を取り入れる為、アレク殿に助言を賜った事がある。」
「そういう事か。」
領主様の言葉を聞いてミュウが頷く。
「どういうことだ?」
「えっと、驚かないでくださいね。アレク子爵……私達にはアレックスと名乗っていましたが、彼は『魔族』なんです。」
あ、固まった。
私がアレックスの正体を告げると、領主様とメルシィさんの動きが止まる。
まぁ、そんな身近に魔族がいたって聞かされたらねぇ、しかも、聞いた感じでは領主様は色々アレックスに相談を持ち掛けていたみたいだし。
多少は信頼していた相手が魔族だったなんて言われたら……ショックだよね?
「スマンが、その……詳しく話してもらえぬか?」
あ、立ち直った?
「えっと、どこから話せばいいのかな?私達がアレックスと初めて会ったのがシランの村で……。」
私はアレックスの事を順序だてて話していく。
途中、抜けていたりするところはミュウが補完してくれたので、しっかり伝える事が出来たと思うの。
「……という事から、シランの村やこの領都での事は単なる寄り道で、本命は別の街だったと思うんですけど?」
私なりの推測を交えて話を終える。
「ウム……にわかには信じがたいが、其方らが嘘を吐く理由もないからな。」
「別に信じて貰わなくれも構わないんですけどね。」
「いや、信じないと言ってるわけじゃない。それより、その『暫くは来ない』という言葉は信じられると思うか?」
領主様が聞いてくる。
「私は信じてもいいと思いますよ。まぁ、その『暫く』がどれ位かは分かりませんけどね。」
「ミカゲが信じる根拠を聞いてもいいだろうか?」
「根拠って程でもないんですけどね。アレックスは嘘をつかないんですよ。騙すことはあるけど、というか騙されてばっかりだけど、それもすべて誘導された結果であって嘘はついてないんですよ。多分魔族って嘘がつけないんじゃないかな?」
「えっと、ミカゲさん、どういう事かな?騙すのに嘘をつかない?混乱してきて分からなくなってきたのよ。」
「うーん、なんて言えばいいのかなぁ、例えばね……。」
「コインの場所当てクイズ~」と言って、私はコインを1枚出してみんなに見せる。
その後、コインを持った手を後ろに回した後、両手を拳にして突き出す。
「さぁ、当ててみて。」
メルシィさんは、じっと私の拳を見つめている。
「こっちね。」
メルシィさんはさんざん悩んだ挙句に右の拳を選ぶ。
「では、俺はこっちだ。」
領主様は左の拳を選ぶ。
「じゃぁ正解を発表しまーす。」
そう言って右の拳を開く。
その手の平は空っぽで、それを見たメルシィさんが項垂れる。
「外しちゃったかぁ。」
「ふふん、俺の勝ちだな。」
領主様が勝ち誇ったように言うけど、いつから勝負になったんだっけ?
私は領主様に見える様に左の拳を開く。
そこにコインは無かった。
「どういうことだ?騙したのか!」
「こういう事ですよ。」
私は後ろを向いて、ベルト部分に挟んだコインを見せる。
「私は『どっちかの手に握ってる』なんて一言も言ってないですよ?」
「しかしだなぁ、両手を前に突き出されればどっちかに握っていると思うだろ?」
「でも、それって勝手にそう思っただけですよね?」
「あぁ、そういう事なのね。」
私が言いたいことがメルシィさんに分かってもらえたようだった。
「私が『どっちにある?』って聞けば嘘をついたことになりますが、言ってないわけですからウソをついたわけではありません。つまり、魔族もそういう事なんですよ。」
「しかし、それは『嘘はつかないが騙す方法』であって、魔族が嘘をつかないという事とは関係ないだろ?」
「そうですよ?魔族が嘘をつけないというのは単なる推測ですから。ただ、アレックスと直接対峙して会話をした経験から「ウソをつかない」って思っただけです。」
「しかしそうなると、どうすればいいのか……。」
「そんなの知りませんよ。領主様の判断で思うようにやってくださいとしか言えませんし。ヘタに私の言葉を信じられて、例えば明日にでも魔族が攻めてきた場合、責任取れって言われても困りますしね。」
「ウム、それもそうだな。魔族への対策は後でゆっくりと考える事にしよう。ところで、最初の質問に戻るのだが、ミカゲはその魔族の下へ行くのか?」
「はぁ?行きませんよ。魔界って結構厳しい所だって話なのに、何でそんなところに行かなきゃならないんですか?王命って言われても行きませんよ。」
「いや、王命なら行って欲しいのだが……。」
「イヤですよ。そんな王命を出す国なら、見捨てて逃げますよ。」
「まぁまぁ、取りあえずそれくらいで……ミカゲさん、ケーキ食べますか?」
「食べるぅ。」
メルシィさんが場の雰囲気を変えるように間に入ってくる。
まぁ、ありもしない王命の事で言い合いしても仕方がないしね。
「クーちゃんもケーキ……って寝ちゃった?」
「難しい話が続いたからね。正直私も眠いよ。」
ミュウがふふぁぁぁと大きな欠伸をする。
「そっかぁ、クーちゃん張り切っていたもんね。」
「あらあら、そろそろお開きにしましょうか?」
ケーキを持ってきたメルシィさんが、寝入っているクーちゃんを見てそう言った。
「別にいいけど、そっちはいいの?結局アレックスの話しかしてなかった気がするけど。」
「大丈夫ですよ。想定外に込み入った話が聞けましたし、それに、またお誘いしてもいいでしょ?」
メルシィさんが笑いながらそう言うので私も笑顔で返す。
「イヤです♪」
◇
「はぁ、しかしアレックスが紛れ込んでいたとはねぇ。」
「私達が気付いていないだけで、魔族の方々はもっといらっしゃるかもしれませんね。」
「でも、魔族の人達って、何がしたいのかな?やっぱり戦争?」
帰宅したリビングで思い思いに寛ぎながら晩餐会について話をしている。
と言っても話題の中心は主にアレックスになるんだけどね。
「あの領主様も、アレク子爵が魔族だなんて思ってもいなかったんだよね。マリアちゃんの言うように、身近に魔族がたくさんいるのかもしれないね。」
「ミカ姉、もしそうなら、その魔族の人達の目的って何だと思う?……私はやっぱりそこが気になるよ。」
「私も魔族の目的なんて知らないけどぉ、ひょっとしたら人間と仲良く暮らしたいだけじゃない?」
「そんな事あるわけないでしょー。」
私の答えに、ミュウが笑う。
「そうかなぁ、別にあってもいいとおもうけどぉ……ふぁぁぁ……眠ぃ……。」
「ミカ姉、寝るんだったらベットへ行こうよ。こんなとこで寝たら風邪ひくよ。」
「ん~、連れてってぇ~。」
「ハイハイ、しっかり立って……ちょっとミカ姉を寝かしつけて来るね。」
「あぁ、ミカゲも今日は頑張っていたから、ゆっくり休ませて上げて。」
「ミカゲさん、添い寝はご所望ではないですか?」
「う~ん、クーちゃんがいるからいいよぉ……おやすみぃ……。」
私はミュウ達にお休みの挨拶をすると、クーちゃんに支えられながら寝室へと向かう。
「クーちゃん~、今日は楽しかったぁ?」
「ウン、楽しかったよ、ありがとね。……はい、ほら、服脱いで、ベッドに入って……。」
「エヘッ、じゃぁ、お休みのキス~。」
ベッドに寝転がり、唇を突き出すと、ボフッと枕が投げられる。
「バカなこと言ってないで、早く寝なさい。」
「ちぇ~……クーちゃんのケチ。」
そんな事を言ってみたけど、睡魔には勝てずすぐに眠気が襲ってくる。
「ミカ姉?もう寝たの?」
クーちゃんが声をかけてくれているのは分かったけど、答える事が出来なかった。
「そっかぁ……お疲れ様、お姉ちゃん。今日はありがとね。」
チュッ、と私の頬にクーちゃんの唇が触れた気がしたけど、私の意識は深く深く沈んでいて、それが夢なのか現実だったのかの判断はつかなかった。




