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呪歌

「~~~♪……お姉さん……。」

 私が少女……セラァのそばに近寄ると、彼女は歌うのをやめ、訝し気に見上げてきた。

「横、座っていい?」

 私が訊ねると、彼女はコクリと頷き、少し身を寄せて場所を開けてくれる。

「こんなところで一人でどうしたの?」

 私はセラァの横に腰かけると、優しく笑いながらそう訊ねる。

「……。」

 彼女は黙ったままだったが、私はそのまま待つ。

 話したくないならそれでもいい、ただ、側に誰かがいる事、それが今は大事なんだって事が分かっているから。

「……。」

「……。」

 私とセラァは無言のまま月を見上げていた。


「……あのね……この歌お母さんに教えてもらったの。」

 どれくらいたっただろうか、セラァがぼそりと呟く。

「お母さんに?」

「うん……お母さんが生きてるときは、毎晩歌ってもらってたの。」

「そうなんだ。」

 私はセラァの頭を撫でる。

「お母さんがね、最期に言ったの……淋しくなったら歌を歌いなさいって。お母さんはいつでもそばにいるからって……。」

「そっかぁ。」


 その後、セラァはポツポツと今までの事を話してくれた。

 セラァの母親は薬剤師で、セラァは幼い頃から森で薬草を集める手伝いをしていたらしい。

 母親が亡くなった後、孤児院に引き取られることになっても、薬草を採集する為に森にはよく行ってたんだって。

 そんなある日、セラァは森で一人の男に出会う。

 その男はセラァに森の奥にある泉の事を教え、その泉の前で歌えば願いが叶うというとあっという間に消えたそうだ。

 不思議に思いながらも、男の言葉通りに森の奥へ行くと、そこには確かに泉があり、その泉の前で歌を歌い、……その後の事はよく覚えていないらしい。


「あれからね、歌うとお母さんが近くにいるように感じられるの。」

「そうなんだね。」

「うん、歌ったらお母さんに会えるようにってお願いしたの……。」

 私はセラァを抱きしめる。

 しばらくそうしていた後、孤児院に戻ると言ったセラァを見送り、その姿が見えなくなったところでレフィーアを呼び出す。


「レフィーア、どう思う?」

『あの森に『精霊の泉』は無かったはずなんだけどね。』

「精霊の泉?」

 それは何なの?とレフィーアに訊ねてみる。

『まぁ、簡単に言えば精霊界とこの世界をつなぐトンネルみたいなものでね、この世界では「精霊が力を貸して願いをかなえてくれる」って伝承が広まってるけどね。』

「それって本当なの?」

 確かに私もこっちの世界に来てからそう言う話をよく耳にしたけど、精霊ってそんなに力があるのかなぁ?

『正確に言えばね、あの場所は精霊使いが精霊とのコンタクトを取りやすくするために出来たスポットなんだけどね、稀に一般の人が迷い込んできて、また暇を持て余した精霊がちょっと力を貸しちゃったりするから、そう言う噂がちょっと尾ひれがついて広まっちゃっただけなんだけどね。』


「ん~、じゃぁ、精霊には『歌を上手にする』力は無いって事?」

『そんな力はボク達女神にだってないよ。『歌に力を籠める』事は出来るけどね。』

「力をこめる?」

『ウン、ミカゲの世界でも音楽を聴いていたらなんとなく気分が高揚したり、切なくなったりするって事なかった?』

「うーん、そういうの聞くよね。」

 私はあまり身に覚えはないけど……というかあんまり音楽聞かなかったからね。

『そういうのの強化した感じと言えばいいのかな?歌に魔力を乗せて、聞いた人の精神に影響を与えるの。』


「ふーん、じゃぁセラァは、その力を手に入れたって事?」

 私がそう聞くと、レフィーアが口籠る。

『……さっきも言ったけどね、あの森に『精霊の泉』は無いんだよ。』

「どういう事?」

『そのままの意味……精霊の泉は無いからセラァが精霊から力を授けられることはあり得ない……でも、彼女の歌に力が籠っているのは事実。』

 今のセラァの歌には力が籠っているから以前に比べて上手くなったように感じるんだって。

 つまり森でセラァがその力を手に入れたって事は間違いなくて、でも、レフィーアが言うには力を授ける精霊はあの森には現れない……という事は……。


「精霊以外の力……。」

『そうだね、そして精霊以外でそんな力を与える事が出来るのはボク達女神か……』

 魔族だけ……、そう告げるレフィーアの声が遠くに聞こえる。


「ねぇ、歌に魔力を込めて魔物を呼び寄せたりって出来るの?」

『……さっきも言ったように、普通は歌を聴かせた相手の精神に作用するだけなんだよ。』

 レフィーアの言葉に私はほっと一息をつく……が、続く言葉によって間違いだったことに気付かされる。

『でもそれは精霊の力の場合……精神系の精霊の力だからね、精神に作用するのが当たり前なんだけど、ボクたち女神の力ならそれ以上のことが出来る……勿論魔王や魔族もね。』


 その後の事はあまり覚えていない。

 気づいた時は既に朝で、私はミュウを抱きしめて寝ていたみたいだった。



「つまり、何だ?村の噂は事実だって事でいいのか?」

「違うよ、そういう可能性もあるってだけ。」

 頭をポリポリ掻きながらそう言う筋肉さんの発言を私は訂正する。

 昨夜は私自身混乱していたこともあり、またミュウとクレアさんもかなり酔っていた為、朝食後に改めて今後の行動について話し合うために集まってもらい、昨晩の出来事を推測も交えて皆に話す。

「レフィーア、説明頼める?」

『もぅ、女神使いが荒いんだから。』

 そう言いながらレフィーアは皆の前に現れると、魔力が籠った歌について説明をしてくれる。


『魔法の一種で『魔歌』と呼ばれるものがあるのは知ってるよね?これは魔力を乗せた歌を歌う事で精神を昂揚させたり、その場を鎮めたりと、広範囲にわたって影響を及ぼすものなんだけど、大半は精神に直接影響を及ぼすものなの。それに対してその場や人、物などに影響を与える事が出来るモノが別にあってね、これを『祝歌』や『呪歌』っていうんだけど……。』

「『祝歌』なら分かりますわ。私も少しは使えますので。」

 マリアちゃんが言う。

 神の奇蹟とされる『祝歌』は神聖魔法の中にもあり、植物等の成長を促したり、歌っている間だけ回復力が増したり、精神系の攻撃を防いだりする事が出来るらしい。


『ウン、まぁ他にもあるけど『祝歌』と言えばそんな感じでプラスの影響力が高いのに対し 『呪歌』はマイナスの影響力が高いのよ。そして呪歌の中には魔物を呼んだ(・・・・・・)り、魔物に変化(・・・・・)させたりする力があるものも存在するわ。』

「……つまり、どういうことだ?」

 筋肉さんは今一つ理解出来ていない様だった。

「セラァの歌が呪歌だというのか?」

 クレアさんの言葉に私は頷く。

「セラァ自身は何も知らないわ。あの子が知らない内に、あの子の歌に呪歌が仕込まれたって可能性があるって事。勿論まだどこかに巣がある可能性もあるけど……。」


 ガタッ。

 私の言葉の途中で、部屋の外で何かが落ちる音がする。

「誰っ!」

 ミュウが誰何すると同時に部屋のドアを開けるが、そこにいた人物は既に走り去った後のようで、足元には薬草がいくつか落ちていた。

 私はすぐ気配探知を作動させる……この気配は……。

「セラァよ……聞かれちゃったみたい。」

 セラァの気配は村の外へ向かっている。


「ミュウ、マリアちゃん、行くよっ!」

「待って、ミカ姉!私も行く。」

 駆け出す私達をクーちゃんが追ってくる。

 本当は留守番していてもらいたいけど、今は言い合いをしている時間も惜しい。

「自分の身は自分で守るのよっ!」

 私はそう言って先に行ったミュウを追いかける。


 ミュウは獣人だけあって身体能力が高く、正直言って私では追いつける気がしないけど、こういう時には頼りになる。

 ミュウに任せておけば、追いつくことは難しくはない。

 ……そう思っていたんだけどね。


「ミュウ、こっちよ。」

 私はミュウに道を指し示す。

 森全体に認識阻害の結界を張られたようで、真っ直ぐに目標まで辿り着くことが出来ない。

 先行していたミュウも、私が追いつくまで同じところをグルグル回っていた。


 勿論、こんな事がセラァに出来るとは思わないので、セラァに力を与えた何者かが近くに居ることは間違いない。

 私はすでに戦闘態勢となり、気配探知に従って結界を破壊しながらセラァに近づいていく。

「セラァは近くにいるよ、けど……。」

 セラァの気配の近くに別の気配が膨れ上がっている。

「あぁ、ここまで近づけば私にもわかるよ。」

 ミュウの身体に緊張が走る。

「マリアちゃん、クーちゃんと自分の身を護る事に徹してね。」

 私はそう指示すると、最後の結界を破壊する。


「セラァちゃん!」

 結界を抜けて私は飛び出す。

 目の前には黒い靄をまとわりつかせながら歌っているセラァと、その横にたたずむ怪しげな男、そして取り囲むようにしている大量のゴブリンやトロールたち。

 私の目の前で、次から次へと現れるゴブリン……セラァの歌に惹かれて出てきているのは間違いないけど……そのセラァの眼は虚ろで自身が何をしているのかもわからないように思える。


「無事かっ!」

「あれはセラァ?」

 背後で声がする。

 どうやら筋肉さん達も追いかけて来たらしい。


「セラァに何をしたのっ!」

 私は筋肉さん達の気配を背後に感じながらも、振り向くことなく、セラァの横に立つ男に向かって叫ぶ。

 あの男が原因だと、そして視線を外したらいけないと私の直感が告げていた。

「おやぁ?勇ましいお嬢さん方、何しにここへ?」

 男の目が怪しく光ると、その場の空気がより黒く重くなった様な気がした。


「セラァを返してもらいに来たのよっ!」

 私は男に向かって叫ぶ。

「これはこれは……面白いですね。」

 男はニヤニヤと笑いながら私をみる。

 面白いといいながら、その瞳は笑っていない。

「あなたがセラァに変な力を与えたんでしょ。早く解放してっ!」

 更に場の空気が重くなった気がするけど、私は構わず叫ぶ。

 こうしている間にもセラァの周りにはゴブリンが増えているのだ。


「ふっ、これは面白い。いいでしょう、少し付き合ってあげましょう。」

 男は一歩前にでて、私からセラァを庇うように立つ。

「お名前を伺ってもよろしいですか?勇ましいお嬢さん。」

「相手に聞く前に自分から名乗るのが筋ではなくて?」

 余裕の笑みを崩さない男に対して、私も余裕ぶってみる……ウソです、余裕なんてぜんぜんありません。

 でも相手のペースに巻き込まれないようにと必死に対応しないとヤバいってのだけはわかってる。


「これは失礼致しました。私はアレックス……魔王軍第一近衛師団長を拝命しております。以後お見知り置きを。」

 男はフードを取ると恭しく一礼する。

 気障ったらしい所作だけど、イケメンがすると様になるっていうのは本当なのね。


「私はミカゲ、冒険者よ。」

 魔王の名前を出してきたことをスルーして私はそう答える。

 魔王って本当にいたんだ、と思ったけど、反応したら負けだと思ったのよ。

「おやおや、魔王軍と名乗っても動じませんか。素晴らしいですね。」

 予想通りアレックスと名乗った魔族は私の反応を試していたみたいだった。


「それでミカゲさん、あなたは何しにココへ来たのですか?」

「さっきも言ったでしょ。セラァを返して。」

「これはまた異な事を……彼女は望んでココに来たのですよ。返すも返さないもないと思いませんか?」

「あなたがセラァに変な力を与えたのはわかってるのよ。セラァに何をさせる気なの!」

 余裕な態度を崩さないアレックスに苛立ちを覚えつつそう叫ぶ。


「困りましたねぇ、確かに力を与えましたが、私がやったのはそれだけです。後はすべて彼女が望んだことですから私に文句を言われてもねぇ。」

「セラァが望んだなんて……そんな事あるわけがないでしょ!」

「……ミカゲさんでしたか、アナタは彼女の何を知っているというのです?」

 余裕の表情を崩さなかったアレックスの瞳に微かな苛立ちの色が見える。


「そうですね、丁度あなたのお友達に獣人が居るみたいですので、彼女で例えれば分かりやすいですかね……彼女達獣人の事を快く思っていない人間が大勢居ることぐらいはミカゲさんも知っているでしょう?」

 アレックスの言葉に思わず頷く。

「そのような状況に耐えてきた彼女がある日「生き抜く力を得たから、ここから出て行く」といったらアナタは止めますか?止める権利はありますか?」

 私は何も答えることが出来なかった。

 実際そのような状況で国を出てきたのだから……。

「あの子も同じですよ。彼女には素晴らしい資質があり私はその資質をのばす手助けをしただけ。受け入れなかったのは人間たちで、彼女はそこにいることを拒み私のもとにきた。ただそれだけですよ……。」

「じゃぁ、この魔物たちは何?セラァに魔物を呼ばせて何をさせようって言うの?」

「別に?」

「なっ……。」

「何か誤解があるようですが、私が魔物を呼ばせている訳ではないですよ。彼女の力を見せて貰っているだけで、結果として魔物が集まっているんですよ。彼女が望む我々の領域は、力のない者が生きていけるほど甘い場所じゃありませんからね。」

「だからって……。」

 アレックスの言うことが間違いではないと言うことが分かってしまうが、だからと言って納得できるわけじゃない。


「お姉さん……。」

 私はなおも言い募ろうとしたとき、思わぬところから声がかかる。

「セラァちゃん。」

「何故来たの?お姉さんには関係ないでしょ?」

 静かで、それでいて一切を拒絶するようなセラァの声に私は一瞬絶句する。

「素晴らしい!もう喋る余裕が出来たのですね。」

「ウン、お兄ちゃんの言う通りにしたら出来るようになった。みんな私のいう事を聞いてくれるって。」

「素晴らしい!少し手ほどきをしただけでもうそこまでとは。流石です、やはりあなたには素晴らしい素質がありますね。」

「コレならお兄ちゃんと一緒に行ける?」

「そうですね、あなたはトモダチを呼んでトモダチに力を与える事が出来ます。あなたが危ない時、トモダチに守ってもらえばいいですからね、コレなら生きてくことは出来るかもしれませんね。でもそれでも厳しい所ですよ、本当にいいんですか?」

「うん、大丈夫だから、私頑張るから……だから連れてって。」


 私の存在を忘れたかのように二人の間で話が進んでいく。

「ちょっと、待ちなさいよ!」

「あぁ、そう言えばあなたがまだいたんですね。」

「お姉さん、邪魔しないで。」

 私とアレックス、そしてセラァの視線がぶつかり合う。

 まだ終わった訳じゃないからね、勝手に結論出させないよ。


 私にとって不利な状況での第二ラウンドの始まりだった。



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