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理不尽と奇蹟

「くっ……ミカゲ、急ぐよ。」

 クーちゃんの家が見えて来た所で、ミュウがいきなり走り出す。

「あ、ちょっと……。」

 訳が分からないまま、私とマリアちゃんはミュウを追いかける。

「……遅かったか。」

 ミュウが家の中に入った所で立ちすくむ。

 家の中は何者かに荒らされたように、乱雑に散らかっており、ベッドの下に一人の女性が倒れている……多分、あれがクーちゃんのお母さん。


 私はすぐに女性に駆け寄り抱き起す……けどすでに息が無い。

「そんな……。」

「まだ間に合うかもしれません……。」

 マリアちゃんが、私が抱きかかえている女性に手を掲げ呪文を唱え始める。

「生命と豊穣を司る女神ミルフィーネに捧ぐ……我の名において彼の者に今一度生きる力を与えたもう……我は敬虔なる信者マリア、女神に忠誠を誓うものなり……我に力を、神の奇蹟を……『甦りし死者の魂(リヴァイブ)』!」

 マリアちゃんの手から光が降り注ぎ、女性の身体を包み込む。


「……。」

 抱きかかえている女性がピクリと動く……凄い、心臓も止まっていたのに息を吹き返すなんて。

 私の想像以上にマリアちゃんはすごい使い手だったみたい。

「……。」

 女性の口がわずかに動く……何を言っているのか分からないので私は口元に耳を近づける。

「……ク、クミン……連れて……助けて……。」

 どうやらクーちゃんは何者かに連れ去られたようだ。

 私はミュウとマリアちゃんを見る。


「この女性は私に任せて。」

 マリアちゃんが私から女性を受け取るとベッドへ運ぶ。

「ミカゲ、どこに行ったか分かる?」

 ミュウが聞いてくる。

「多分、何とかなる……レフィーア、お願い。」

『あいよ、任せて。』

「ウン、任せる……ディフェンション!」

 私を包み込み光の渦。

「……女神……様……。」

 マリアちゃんが何か呟いているようだったけど、今はそれどころじゃない。

 私はレフィーアと意識をつなげて集中する。

 クーちゃんの気配……クーちゃんの気配を探すんだ……あった。

「ミュウ行くよ!街を出て北……まだそれほど遠くないわ。」

 私とミュウは駆け出す……幸いにもここから門はそう遠くはない。


 お酒を飲んで寝込んでいる門番の横を駆け抜け、私とミュウは北へと進路を取る。

 お仕事もせずにお酒飲んでいて大丈夫なのかな?

 

「ミカゲ、あとどれくらい?」

 ミュウが息を切らしながら聞いてくる……ここまで全速力で走ってきたもんね、少し休憩入れたいところだけど……。

「もう少し……あそこの森のちょっと手前にいるわ。」

 私はミュウにそう答える。

 休憩かトラブルか分からないけど、さっきからクーちゃんの気配は動いていない。 

 正直止まっていてくれて助かったと思うわ……これ以上走るのは私でも苦しいからね。


 私とミュウは馬車が目視できるところまで来た時点で休憩する。

 息を切らしたままじゃ戦えないからね。

「敵は何人か分かる?」

 馬車を見ながらミュウが聞いてくる。

 外に二人の男がいるのはここからでも見えるけど、馬車の中に何人いるかまでは分からない。

「ちょっと待ってね。」

 私は息を整えながら気配を探る……この距離ならレフィーアの力を借りなくても大体わかるけど……馬車の外に二人、中に3人、そのうちの一人はクーちゃんの気配ね。

 万が一という事もあるのでレフィーアと意識を繋ぎ、再度気配を確認するけど、結果は変わらず……。


「馬車の中にクーちゃん以外に二人いるわ。」

「その程度なら余裕ね。私が飛び込むから、ミカゲは魔法であの二人を倒して。後は援護お願いね。」

 ミュウはそう言って飛び出していく。

「了解って……早い、早いよ、ミュウ。」

 私の答えも聞かずに駆け出すミュウの後ろから、私はエアロカノンを2発放つ。

 狙いは違わず、外にいた男二人が倒れる。

 馬車の中にいた男のうち一人が、異変を感じたのか馬車の外へ出てくるが、ミュウの剣戟にすぐさま昏倒させられる。


「な、何だぁ、何が起きてやがる!」

 更に馬車から顔を出した男もミュウが殴り付けると、そのまま倒れ込み意識を失う。

「クーちゃん無事!?」

 私は急いで馬車の中に駆け込む。

 バシャの中には縛られて転がされているクーちゃんがいた。

「大丈夫?ヘンな事されてない?」

 私はクーちゃんを戒めている縄を解きながら訊ねる。

「お姉さん……なんで……?」

「あなたを助けに来たのよ、お母さんに頼まれて、ね。」

「お母さん、お母さんは無事なのっ?」

 私の言葉を聞いて飛び出そうとするクーちゃんを慌てて捕まえ、ギュっと抱きしめる。

「今、連れてってあげるから、慌てないで。」 


「アイツ等は取りあえず荷台に転がしておいたよ。」

 ミュウが入ってくる。

「クミンは……無事のようね、良かった。」

「あ、ミュウ、馬車って動かせる?」

 安心するミュウに私は聞いてみる。

 クーちゃんを抱えて走るより、馬車を使った方が早いのは確かだ……ただ私はどうやって動かせばいいのか分からないけどね。

「そのつもりで準備は終わってるよ、もう出して大丈夫?」

「ウン、こっちは問題ないよ……むしろ早く出さないとクーちゃんが飛び出して行っちゃいそう。」

「アハッ、じゃあ急ぐね。」

 私の言葉に笑顔で答えたミュウはそのまま御者台へ移動して馬車を走らせる。

 不安で一杯なのか、私の腕の中にいるクーちゃんは、身体を強張らせたまま身動ぎ一つせずに固まっている。

「大丈夫、きっと大丈夫だからね。」

 私はそう言ってクーちゃんの頭を撫でてあげることしかできなかった。


 ◇


「お母さんっ!」

 馬車がクーちゃんの家の前まで着くと、クーちゃんは脇目も降らずに家の中に飛び込んでいく。

 家の中にはベッドで寝ている女性と、その脇で一心不乱に祈り続けているマリアちゃんがいた。

「お母さん、お母さんっ!」

 クーちゃんは、寝ている女性の手を取ると、必死になって呼び続けている。

 マリアちゃんはただ、祈りの言葉を紡ぎ続けているだけ……私は、マリアちゃんの額に浮かぶ汗をそっと拭う。

 

 どれ位経ったのだろうか、マリアちゃんが力なく崩れる……。

「ごめんなさい……私の力ではこれ以上もう……。」

 ミュウがマリアちゃんを支え、抱き起す。


「……クミン……そこにいるの?」

「ウン、お母さん、私はここにいるよっ。」

 クーちゃんのお母さんが力なくしゃべるのをクーちゃんは必死になって答えている。

 私はマリアちゃんを見るけど、マリアちゃんは力なく首を振るだけ。

 つまりは……そう言う事なんだ。

 私は黙ってクーちゃんとお母さんを見守る事しかできなかった。


「お母さん、優しいお姉さん達が美味しい物くれたんだよ。お母さんにも食べさせてあげる。」

 そう言ってキッチンへ行こうとするクーちゃんの手をお母さんは力なく握って止める。

「良かったね、でもお母さんは後でいいから、もっとお話を聞かせて。」

「ウン、あのね、今日森に行ったらすごっく大きなアカシャの木があってね……。」

「そうなの、良かったわね……。」

 親子の語らいは続く……クーちゃんは笑顔で一生懸命話している。

 まるで会話が途切れたら、それで終わりだと言わないばかりに……終わらせないために次から次へとしゃべり続けている。

 母親はそんなクーちゃんの姿を映し留めて置くかのように、微笑みながら、時には相槌を打ちながら、見つめていた。


「それでね、それでね……。」

 しかしそんな時間も終わりを告げようとしている。

 話題が途切れ、それでも必死に次の話題を探しているクミンの頭を、母親はそっと撫でる。

「クミンの笑顔は、皆を幸せにするのよ。それを忘れずに、いつも笑顔でいてね。」

「お母さん……。」

「もっと近くで顔を見せて……ウン、世界一可愛いわ……私の自慢の娘……幸せになるのよ……。」

「お母さん、やだっ……一人にしないでよぉ。」

 泣きながら母親に縋りつくクーちゃん。

「クミン……泣かないで……お母さんにいつもの笑顔を見せて……ねっ?」

 母親に言われてもなくのをやめないクーちゃん。

「……お母さんちょっと眠くなったから少し休むわね。」

「ダメっ、お母さん、行っちゃやだぁ!」

 縋りつくクーちゃんの頭を撫でる母親の手の力が段々抜けてくる。


『……あんまり干渉はしたくないんだけどね……ミカゲ、身体を借りるわよ。』

「えっ、レフィーア……。」

 私の身体が光に包まれる……いつもと違うのは、私の身体なのに思うように動かせないという事だった。


『クミン……笑顔で見送ってあげて……それがお母さんの願いよ。そのままだとお母さんは心を残してアンデットになってしまうわ。』

 私の口から出る私じゃない声……。

「お姉さん……うん。」

 クーちゃんは一所懸命笑顔を作る。

「お母さん、私笑顔かなぁ?安心できるかなぁ?」

「とっても素敵よ。……お母さんは何時でもクミンの事見守ってるからね。」

 優しい顔で微笑むクーちゃんのお母さん。

「うん、うん、私頑張って笑顔でいるからね。だから……ぐすっ……安心してね。」

 涙を流しながらも笑顔を絶やさないクーちゃん。

 ()が掲げた手から光が溢れ、その部屋全体を包み込む……。


「あぁ……暖かい……クミンの事……お願いします……。」

 母親はそれだけ言うと静かに目を閉じる。

「お母さん、お母さんっ!……。」

 縋りつくクーちゃんを()が引き離し抱きしめる。

『お母さんを送ってくるから、クミンは笑顔でね。……ミカゲ、少しの間だけ留守にするけど、無茶しないようにね。』

 私の身体から光が抜け、その光はクーちゃんの母親の身体全体を包み込み、そしてそのまま天高く昇っていく。


「女神様……。」

 マリアちゃんの呟きが漏れる。

「私泣かないから……いつも笑顔でいるって約束したから……だから女神様、お母さんをお願いします。」

 クーちゃんが光に向かってそう叫ぶと、その声に応えるかのように、2度3度瞬いてから光は消えていった。 


「お姉さん……。」

 しばらくしてからクーちゃんが私に呼び掛ける。

「なぁに?」

「私……ちゃんと笑顔で見送れたかなぁ……。お母さん安心できるかなぁ?」

 涙でくしゃくしゃになった顔を私に向けるクーちゃん。

 私はその頭を胸元に引き寄せ、ギュっと抱きしめる。

「明日から、ずっと笑顔でいるから……今だけは……いいよね?」

 そう言うクーちゃんに私は優しく声をかける。

「大丈夫、お姉ちゃんが隠しててあげるから……今だけはいいよ。」

 私がそう言うと、クーちゃんは堪え切れなくなったのか、堰を切ったかのように泣き出す。

「お母さん、お母さん、お母さん…………。」

 私は泣きじゃくるクーちゃんを、ただ抱きしめてあげる事しかできなかった。


 

「寝ちゃったみたいね。」

 ミュウがどこか放心したかのように呟く。

「ウン、泣き疲れちゃったみたい。」

 私の腕の中で眠るクーちゃんの頭を優しく撫でる。

「マリアちゃんもありがとうね……クーちゃんがお母さんと話せたのはマリアちゃんのおかげだよ。」

 私がそう言うと、マリアちゃんは静かに首を振る。

「いいえ、あれは奇跡です……私には何も出来ませんでした。」

「でも、マリアちゃんの魔法のおかげで、お母さんはあそこまで回復したんだよね。」

 しかしその言葉にもマリアちゃんは首を振る。

「私の魔法が効いたのは、最初のリヴァイヴだけでした。後の治癒魔法は全く受け付けず……私がしたのは一瞬だけ魂をこちらに呼び戻しただけなんです……だから本来ならば、クミンさんの帰り迄持つこともなかったはずなのです。ましてや会話なんて……。」

 マリアちゃんはそういうけど……。


「でも、結果(・・)としてマリアちゃんのおかげで、攫われたクーちゃんを助ける事も出来たし、クーちゃんはお母さんと最後のお別れが出来た……ミュウも言ったけど、結果が全てだよ。」

 マリアちゃんがあの時、すぐに行こうと言ってくれ無ければ、今のこのような結果にはなっていない。

「さっきの光景が奇跡と言うのならね、それはマリアちゃんが起こした奇跡と言っても差し支えは無い筈……少なくとも私はそう思うよ。」

 私がそう言うと、ミュウも同じ様に頷いてくれる。

「そうなのでしょうか?」

「そうだよ……あんまり深く考えずに、マリアちゃんは自分の起こした奇跡を誇っていいんだよ。」

 私がそういうと、マリアちゃんは照れ臭くなったのか、別の話題を振ってくる。


「奇跡と言えば…さっきのミカゲさんは……?」

 マリアちゃんが何かを聞きたそうにしているけど……ゴメンね、私にもよくわからないのよ。

「さっきのはレフィーアがやった事だから、私に聞かれても答えられないの。ゴメンね。」

「レフィーアさんって、いつもそばにいた妖精さん?」

「そう、だから聞きたいことがあれば本人に直接聞いてね。今はいないけど、2~3日もすれば戻ってくるでしょ。」

 私はそう言って説明をレフィーア本人に丸投げする。


「そう……ですね。そうします。」

 女神様はいたんだ……とか、本物の女神様の奇蹟……とか呟いているみたいだけど、全部レフィーアの所為という事で私には関係ないからね。


「あ、そう言えば誘拐犯……。」

 私は今更のように思い出す。

「あぁ、それなら身包み剥いで門番の所に突き出してきたよ。」

 あぁいう雰囲気苦手なんで……と、ミュウは照れたように言う。

 クーちゃんがお母さんとお別れをしている間に処理をしてくれたそうだ……苦手って言ってるけど、本当は泣きそうになったから逃げ出したとみた。

 ミュウは情に厚く優しいからねぇ。

 ちなみに、門番さんはまだ寝ていたらしいので、縛り上げた賊に誘拐犯と言う張り紙をして置いてきたそうだけど……そんな門番さんで、この街本当に大丈夫かなぁ?


「私はクーちゃん起こすの可哀想だから、このままここにいるけど、皆はどうするの?」

 取りあえず目先の事を考える為にそう聞いてみる。

「ミカゲ一人じゃ大変だろうから、朝まで付き合うわよ。」

 ミュウが当たり前のように一緒にいると言ってくれる。

「私も御一緒したいのですが、色々放り出したままなので一度戻りますね。」

 準備もありますし、等と言いながら帰っていくマリアちゃんを見送る。


「取りあえず休もっか……色々疲れちゃったよ。」

「そうだね。」

 ミュウがどこからともなく持ってきた毛布を私にかけ、自分も毛布に包まって私にもたれかかってくる。

 密着した部分から伝わってくるミュウの身体が暖かい……なんとなくぐっすりと眠れるような気がした。


 私はクーちゃんの頭を撫でながら囁く。

「辛い事も一杯あるけど、今だけはいい夢見てね……。」


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