勇者ミカゲ??
「おー、やってますねぇ。」
魔族軍と領主軍の全面的なぶつかり合い。
戦力が互角なだけに、互いの被害は大きく、どちらが優勢なのかもわからない。
半数以上の被害が出たところで、お互いに軍勢を引き上げると私は見てるけどね。
魔族軍と領主軍の戦いをただ見てるだけではない。
周りでは、村の防護壁の強化や爆砕砲の設置などの為に村人たちが走り回っている。
「ねぇ、ミカ姉。私バカだからよく分からないけど、何で魔族軍と領主軍が戦ってるの?互角の戦力だから下手に動けずにらみ合いをしてたんだよね?」
そう、クーちゃんの言うとおり、魔族軍と領主軍の戦力比は互角。だからぶつかればお互いにシャレにならないぐらいの被害が出るのは自明の理。
かと言って、本来の目的である村に手を出そうとすれば、背後から攻められ、村を諦め後退をするなら、追撃を受ける、とどちらにしても一方的に被害を被ることになる。
だからお互いに動くに動けず膠着状態が続いていた。
彼らにとって、唯一の状況を打破する手は、お互いに協力して村を攻めた後に交渉で取り分を決める、という事だけだったが、それが出来ないからこその膠着状態だった。
最も、一緒になって攻めてきたら、まとめて『隕石群衝突』で押しつぶしていたけどね。
「そうよ、被害が尋常じゃなくなるから、様子見をしてた。だけど様子見が出来る状況じゃなくなったとしたら?」
「どういうこと?」
「つまり、ミカゲが言いたいのはね、戦う以外の選択肢が無くなったってことなのよ。」
ミュウが私に成り代わりクーちゃんに説明してくれる。
「まず、魔族軍だけど、あのエミルって魔族に嘘の情報を握らせて逃がしたのはクミンも知ってるでしょ?」
「うん、あの「領主軍が夜襲をかける」ってやつだよね?」
「そうそう。あの情報をスカー子爵ってのがどこまで信じるか分からないけど、少なくとも領主軍の様子を探らせるのは間違いないってことくらいは分かるでしょ?」
「うん、情報は大事。」
「で、その結果、エミルの持ってきた情報の信憑性が高まったとしたら、先に攻める以外の選択肢がないのは分かる?」
「えっと、うーんと……、そっか、そのままだったら夜襲を掛けられちゃうもんね。……でも、だったら迎え撃つって言う選択肢はなかったのかな?知らずに襲われたら被害も大きいだろうけど、知っているなら、やり方によっては逆に被害を与えられるよね?」
「うんうん、クーちゃんは賢いなぁ。」
クーちゃんの目の付け所の良さに思わず頭を撫でる。
「そこはね、賭けだったのよ。私が失敗の確率が高いと思っていたポイントもそこね。ただ、エミルから聞き出したスカー子爵の性格からして、先に奇襲をかける方を選ぶ確率の方が高いかなぁって。」
「そなの?」
クーちゃんがコテンと首をかしげる。もぅ、可愛いなぁっ!
「うん、スカー子爵はいわゆる「脳筋」なのよ。罠を仕掛けたり、待ち構えて反撃をするって言うのが苦手なタイプ。どちらかと言えば、自ら前に突っ込んでいって力任せに叩き伏せる方が性に合っている……そんな性格ね。だから、今回の場合も待ち構えるんじゃなくて奇襲をかける確率が高いと思ったわけ。」
「それで領主軍の方は、魔族軍が攻めてくるのは知ってるわけでしょ?」
ミュウが、引き続き解説をしてくれる。
「多分、魔族側を油断させるように、パッと見はだらけているように見せて、迎え撃つ準備をしていた筈よ。こちらは、クミンの言うとおり「来るのがわかっている」からね。そしてもちろん、逃げるという選択肢はない。」
「何で?」
「簡単な事よ。まず、3千の兵が逃げるには時間が足りない。寝げ出す準備をしているところに魔族軍に襲われたらそれこそ一方的に蹂躙されるからね。そして、この情報をもたらしたのがミカゲ……つまり「勇者様」だからよ。勇者様がバックについているとなれば逃げ出すわけにはいかないでしょ?」
「ミカ姉が……って、そうか、あの影の人。」
「そういう事。でも、ミカゲはいつの間にあの娘を手駒にしたの?スパイだったんでしょ?」
「この子たちのお陰よ」
ミュウの言葉に私はロコちゃんをモフるのをやめ、傍にいたキツネ耳のヨウコちゃんを抱き上げる。
「あの子……ミアンが探っていたのはすぐわかったからね、早い時期に捕らえて、この最高のモフモフを堪能させてあげたのよ。今ではもうモフなしじゃ生きられない身体になってるわね。」
「あんたは魔王かっ!」
聞いたミュウがもわず叫ぶけど、魔王様の風評被害が酷くなりそう。ごめんね。
「まぁ、勇者の後ろ盾がある、という大義名分があって、魔族軍が攻めてくるという情報があるのに、逃げるわけにはいかないよね?私は別に後ろ盾になるなんて一言も言ってないけど。」
「ま、そう言う事らしいから、被害が大きくなると分かっていても戦う以外の道が選べなかってわけよ。」
「へぇ、そうなんだ。ミカ姉って実はすごい?」
「全然すごくないわよ。この後のこと考えたらすごく嫌。ミュウを好き放題できるっていうご褒美がなかったら絶対にやらなかったからね。」
私はヨウコちゃんを目いっぱいモフモフしてからクーちゃんに預ける。
「じゃぁ、ミュウ。両軍が引き上げかけたタイミングでお願いね。」
「仕方がないわね、こっちの事は任せておきなさい。」
「ん、任せた。何かあったら連絡お願いね。」
私はそう言いながら耳のピアスに指をあてる。
ミュウやクーちゃん、マリアちゃんの耳にも同じものがある。
これは遠距離通信の魔道具だ。異界の魔王様お土産の中にあった魔道具のうちの一つ。
これだけでも街一つ離れたぐらいの距離で会話できるのだけど、ターミナルを介することによって、その範囲はかなり広がった。魔族領にあるターミナルも解放すれば大陸の7割がたをカバーすることが出来るだろうというのがアイちゃんの推測。さらに、天空城が完成すればほぼ100%のエリアをカバーできるらしい。
情報伝達の方法が限られているこの世界では、とてつもないアドバンテージになることは間違いないので第一優先で作成させたものだ。
そしてもう一つ。
私は胸もとのクリスタルに魔力を通してウェスの街を念じる。
一瞬後には、ウェスの街の領主の館の前に移動していた。
このクリスタルも魔王様のお土産の一つ「転移クリスタル」だった。
ターミナルの転移陣の仕様を利用したもので、言ったことのある場所……正確にはイメージが出来る場所へ転移出来るというもの。
ただ、あまり遠い場所には行けず、ターミナルのあるエルザ―ドの街からセルアン族の集落のある飛アスカの街まで跳ぼうとしたけど、それは無理だった。
しかも、この魔道具を起動させるのにかなりの魔力を使うので、現状は私以外は使えない。
まぁ、ミュウ達三人位なら一緒に連れて跳べるので、それほど問題はないんだけどね。
っと、そんな事より……。
私は気配を消した領主の館に侵入するのだった。