7話
集落を出て数時間。
日はすでに傾き始めていた。
「ふう……はい、コマさんお水だよー」
「ボクは大丈夫だから、ていが飲んで」
「もう飲んだよ。コマさんも飲まないと身体が疲れちゃうよ?」
「残りも少ないんだ。ボクよりていのためにとっておいて。それにボクはこれでも猫だからね。あまり飲まなくても平気」
異世界に対して地理もなく、片や言葉が通じず、片や猫の妖。異彩放つコンビでも集落のお母さんは優しく接してくれた。少ないながらも飲み水(どうも狩りの合間に溜めていくらしい)と保存された干し肉(何のお肉だろう?)を分けてくれた。
二人で分け合い、お腹に納めた昼下がり。
この街道を西へ進めば大きな町があるということで、そこへ私たちは向かっていた途中だった。
なだらかな丘陵は、風通しは良いが日差しも良く当たる。現代っ子の私は早々にダウンし、休憩を取らせてもらっている。
「もっと真面目に運動してたらよかったよ……」
「焦らなくても大丈夫。ゆっくり行こう」
「うぅ……ごめんよ」
元猫のコマメにとっては大した距離ではないらしく、へばる私に付き合わせてしまっている形だ。
集落から出たあとも、かなりの魔物に遭遇した。
この辺りに棲息しているのは変わらず小鬼、犬頭、猪豚頭に一角兎。それはもうわらわらと現れる。よくこんなに集まるところでさっきの集落は生存出来るなと感心してしまうくらいだ。
おかげで私の鞄には大小様々、色彩溢れる石が収納されている。もう妖気が漂っていそうな雰囲気すら感じる。まぁ、それは私の勝手な被害妄想なんだけど。水を出すのにすらおっかなびっくりだ。
一個体はそう強くはないみたいだけど、非力で戦えない私の代わりにその全てを請け負うコマメの疲労が心配。
私自身が疲れているのもあるけど、魔物が途切れた時にはこうして休憩をしてもらっている。
私より頭ひとつ分小さなコマメを膝に抱えて精一杯撫でる。猫さんだった頃に好きだった耳の付け根や首回り、そして指で輪っかを作ってしっぽをしゅるりと通す……これは私が好きなだけだね。
いつものキメ細やかな毛並みはひっかかることなく指を通り抜けるのに、今は少し乱れてしまっていた。
ケアをしなきゃ。
「てい……?」
「ちょっと待ってて。んと、多分鞄に……あった!」
膝の上で目を閉じてごろごろと喉を鳴らしていたコマメを降ろして鞄を引き寄せる。そんな悲しそうな顔しないで、重かったとか邪魔になったからじゃないから。
その中に転移前に買ったグッズを取り出していく。こういう時はすんなり鞄を漁れる自分が、現金なものだなと呆れたりもするけど。
えっと、ちゅるりにねこじゃらし、爪研ぎ用粉末マタタビにブラシ……あったブラシ!
「さ、コマさん。グルーミングですよー」
ダマになってはせっかくの美人さんが台無しだからね。くるりと手の中でブラシを回転させて、いつものようにコマメを抱き寄せようとして人の姿になったコマメをどうしようかと考えた。
そのコマメは取り出したちゅるりに目が釘付けっぽいけど。やっぱり姿形が変わろうと好みは変わらないものなのかもしれない。
涎を拭き取ってあげてから、ちゅるりを渡してあげる。手に取ったちゅるりと私と視線が泳ぐけど、がんばってくれているご褒美だ。再び膝に抱えて、この際しっぽだけでなく髪の毛もお手入れしておく。
なかなか食べようとしないから、開け方がわからないのかなと思ったらそっと大事そうに懐へとしまった。
「食べないの?」
「……とっとく」
「まだあるから大丈夫だよ?」
「うん、でも……まだとっとく」
「そっか。開け方がわかんなかったらいつでも言ってね」
「ん」
まだあるとは言え、ちゅるりは前の世界の商品だ。こっちではもう手に入らないだろうから、取っておきたくなる気持ちは分からないでもない。
ちゅるりにばかり頼らず、何かコマメに報いることの出来ることを探さなくては。
「きれーだねぇ……」
吹き抜ける風にさらされたコマメの抜けた髪がふわりと舞う。その横顔は凛々しいような、あどけないような、不思議な魅力に包まれていた。
うん、何度見ても美人さん!
「前の世界とは大地の力が違う。より活性化しているせいで緑もより鮮やかなんだと思う」
「えぁ、そうなんだ」
周囲の風景に映る自然に対しての発言だと思われたらしい。綺麗なのはコマメのことなんだけどな。
パタパタと空を飛ぶ鳥が私たちの下へと降りたった。鳥からしたら猫は天敵じゃないのかな?
どうやら人の姿をしているだけで、驚異とは見なされなかったようだ。甲高く鳴く鳥を指先に乗せてジッと見つめている。私の肩にも停まって羽休めをしていた。
「異世界の鳥さんは無警戒だね」
「ヒトのより魔物の方が危険だと知っているんだ。それにボクたちのようにヒトのそばが安全なのも」
何かそれだけ訊くと当てにされて利用されてるようなヤな感じ。自然を生き抜く知恵ってことかな。
のんきに毛繕いなんかしちゃって。
「どうせ私の肩で羽休めをするなら、町まで飛んで案内してくれたらいいのに」
ちょっとだけ恨みがましくそんなことを考えたその時。
──『鳥』を手懐けました──
「んぇ?」
「どうしたの、てい?」
ふへっ、変な声出た。心配そうに声をかけてくるコマメの声とはまた違う声が頭に響いた。暫く耳を澄ませてみたけど、聞こえてくるのは鳥の鳴き声だけだ。
それも甲高く、さすがに耳元で騒がれると喧しいくらいだ。羽を広げて何かを訴えているようにも見えるが、如何せん何を言いたいのか伝わらない。
──『意志疎通・言語理解』のスキルを習得しました──
「ふひゃっ!?」
「てい?」
まただ。またあの声が頭に響いた。辺りを見回してもここにはコマメと私だけしかいない。
もしかしてこの鳥が? まさかね。
コマメからは私のことが好き好きーって気持ちが伝わってくるくらいで、誰か他にいるのならコマメが反応するはずだし。
「コマさん、何か聞こえた?」
「さっきからどうしたの、てい」
「何かね、声が頭に響いて……今はもう聞こえないんだけど」
「てい……」
あぁ、好き好きーでいっぱいだったコマメの心が不安に染まっていく。表情はいたってクールなままなのに、こんなところでも私に心配をかけないように配慮してくれていたようだ。
もう、飼い主想いなんだから。私だってコマメのことをいつも想ってるって伝わればと、コマメの心の不安を取り除いてあげるようにぎゅっと抱き締めた。
「ピィピィ、ピヒョロロ! ピヒョロロ!」
「へぇ、町までもう近いんだね。コマさん、そこでは休めたらいいねぇ」
「てい?」
町まであと少しと聞いて、疲弊した身体を気合いで立ち上がらせたのに、コマメに引っ張られた私はさして抵抗もせずにペタリと座る。
「どうしたの、コマさん?」
「てい、誰としゃべってるの?」
「誰って……」
私の疑問に当たり前のように返ってきた答えを真に受けたけど、疲れた私の幻聴だとしたって幻聴と会話なんてよくよく考えたら私ってかなりヤバめじゃない?
訝しげなコマメの視線とは裏腹に心の不安が一層色濃くなってきた。
待って、疲れちゃって頭かおかしくなったわけじゃないから!
「ピィ、ピヒョピィ!」
「ほ、ほら教えてくれてるよ? その…………鳥さんが」
「…………」
ひぃぃ、コマメの表情がより険しくなっていった。
私の発言がコマメの心のアラートを不安から警戒にまで引き上げ、さらに目付きが鋭くなっていく。
「ここコマさんだって話せるようになったんだし、鳥さんがしゃべっても不思議じゃないよ?!」
「てい、落ち着いて。ピヨピヨ鳴いてはいるけど、鳥しゃべってない」
「え、嘘だー。やだなぁコマさんってば。ほらほら聞いてよ」
「ボクはていに嘘はつかない、絶対に」
……これは本気で私だけが聞こえる幻聴ですか?
読んでいただきありがとうございます。
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次回3月11日19時頃予定