6話
見渡す限りの広大な大地に、なだらかな丘陵を歩いて数時間。そろそろ足が棒になって涙目になりつつある私と、私の隣でニコニコ笑顔のコマメが目にした先に、漸く人里らしき集落を見つけた。
「あぁ、やっと建物が……」
ほろりと零れる涙を拭うと、気が緩んだのか腰から下の力が抜けへたり込んでしまう。
長かった……。
いくら平原のど真ん中を二人だけで歩いているとはいえ、小鬼を始めとした色んな魔物に襲われていた。
犬頭、猪豚頭や一角兎。
どれもコマメがザクザクと倒してくれるので脅威ではないのだけど、魔物はコマメをすり抜けてすべて私を狙っていた。
猪豚頭は数ある物語でも食料として消費されてたし、いつか私も食べることになるのかな。とか、場違いな思考に捕らわれてぼんやりしていた私の目の前で、猪豚頭がバラバラのスプラッタを目撃しては食欲も失せる。
私にとって一番危険だったのは一角兎の突進や犬頭が二本足で向かってきたときだ。つい両手を広げて待ち構えてしまった。
結構凶悪そうな牙を剥き出しにしていたから、ヤキモチ妬いたコマメが一瞬で仕留めてくれなかったらドえらいコトになっていたかもしれない。
そのあとしばらくは抱き締めたいならボクを抱けばいい、と頬を膨らませたコマメが可愛くて、それなりの時間を費やした。
コマメはいつものように抱っこしてと言っただけで、他意はない。他意はないんだ。落ち着け私。
相変わらず魔物の急所からは、キラキラとした石が産出(?)されるので、それを取り出しては私のもとへと持ってくる。受け取りに躊躇すれば、鞄にぐいぐいと入れていくので、今私の鞄の中はとんでもないことになってるだろう。
次開けるのが怖いです。
とりあえず問題を先送りにして、今は目の前の集落だ。
漸く見つけた人の住む場所。
それまで感じていた疲れなど、まるで吹っ飛んだかのようにコマメの手を引いて集落へと足を向けた。
見つけた集落は閑散とした、日本でも奥地にあるような田舎みたいな集落だった。質素な衣服、畑仕事に精を出す女性たちの周りには小さな子供たちがお手伝いをしていて、なんだかほっこりした。
男の人たちがいないけれど、狩りにでも行ってるのかな?
この周囲はあんなにも魔物の数が多いから、獲物も豊富かもしれないし。
「ね、ね、少し休ませてもらお? 私もう限界です。コマさんもお腹すいたでしょ?」
「てい、わかったから落ち着いて」
駄々を捏ねる子供の様に、すがり付く私の頬をコマメは優しく鼻先を当てて、滑らかな指先が鋤くように髪を通していく。
お、落ち着いていられない……! むしろ心臓が悲鳴をあげてます!
美人なコマメの大きな瞳には私だけが映されている。可愛い私だけの猫さん。コマメにとっての私も唯一になれたらいいのに。
「……てい、落ち着いた?」
「え、あ、うん。タイジョブ……です」
「ごめんなさい。ボク、ていの身体のことを考えてなかった。ここで少し休ませてもらおう」
「え、わっ……ひぇぇ」
「暴れないで、落ちちゃう」
立っていると私の方が頭ひとつ分身長大きいのに、コマメは私を横抱きにしても重さを感じさせない軽々とした足取りで集落の中へと入っていった。
違うんだよ、コマメに見惚れてただけなんだよ。
挙動不審な私を、疲弊したと勘違いしたコマメには少し申し訳ないことをした。
でも、これお姫様抱っこに憧れる気持ちが良く解る。
ずっと側で見ていられるもの。うへへ。
とは言え、さすがに人前では恥ずかしいので降ろしてもらう。待って、そんな残念そうな顔をしないで。二人きりの時にまたお願いしたいです。
ちょっと赤く火照った顔を冷ましながら、近くで畑仕事をしていた女の子を連れたお母さんのもとへと歩く。側で遊んでいた女の子が私に気付いて、お母さんの服の裾を引っ張ると、お母さんもすぐに私たちに気付く。
「あの、すみません。ここで少し休めるところはありませんか?」
「…………」
「えっと……あの?」
「───?」
「えぁ、あの、私の言ってること解ります?」
「───……──」
なんて? え、どうしよう。
「てい、どうしたの?」
「どうしよう、コマさん……私、言葉わかんない」
……この可能性は考慮して無かったなー。
どんな物語でも現地の人と当たり前に会話してたもん。
「ボクが変わろうか?」
「うぅ……コマさんはわかる?」
「なんとなくだけど。ほら、泣かないの。ボクに任せて」
溢れそうな涙を、コマメの振り袖が優しく拭き取るとあやすように手櫛で髪をといてくれる。コマメの方が小さいのに、私の方が子供みたい。
私と手を繋いだまま、お母さんへ声をかけた。
「─────? じゃないな、えっと───。……──?」
「───? ──」
せっかく見つけた集落。だけど私には言葉が通じない。コマメがいなかったら私、生きていくことも出来ないかも。本当に彼女がいてくれてよかった。
「───だから……うん、──でいいはず。と言うことは……──か。───?」
「─────、──……。───」
「──、いし? あぁ西か。なるほど……───」
コマメも何となくと言っていただけに、翻訳に少してこずっているようだ。
私? 隣で聞いててもさっぱりです。
「うん、わかった。えっと───」
「────」
最後のはわかった。“ありがとう”と“どういたしまして”みたいな感じだ。誰でもわかるか。
私と同じように話を聞いていただけの女の子が手を振ってくれたので、私も振り返すとパァッと花咲く笑顔を見せてくれた。
例えここが異世界で言葉が通じなくても、人は変わらないものだ。
それとは対照的に、こちらに振り向いたコマメの表情が曇っていた。繋いだ手が震えてる。何か困ったことがあったかな……?
「てい、ここにはヒトが泊まれるようなとこはないんだって。ここから西に行けば大きな町があるからそこまでがんばれる?」
「うん、ありがとコマさん。私なら大丈夫」
「こういった小さな集落では、余所者を快く思わないヒトが多いらしい。あまり長く滞在しないで先を急ごうかと思うんだ」
なるほど。コマメの表情を曇らせた原因は多分これだ。
このことをお母さんから聞かされて、私に害が及ぼされない内に出立したいということだろう。
しかし、さっき私がさんざん駄々を捏ねたから、すぐに行動となることに躊躇いがあったのかもしれない。
さすがに私だって時と場合を考えてますよ?
コマメが先を急ごうと言うのなら、私は従うまで。
─私は、コマメがいたからこそ今を生きているのだから─
「あとでいっぱい甘えさせてね……?」
でも、これくらいのワガママは許してくれるよね、私の猫さん。
「……ボクもあとで、ていに甘えたい」
おうふ、私の猫さんは飼い主殺しですよ。
あとでと言わず、今すぐ甘えさせちゃう!
「てい、ここじゃ恥ずかしいよ……?」
美人さんなのに照れたお顔がなんたることか。
はぁ~、やっぱ私の猫さん可愛いさいきょー強い!
読んでいただきありがとうございます。
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次回3月9日19時頃予定