5話
コマメの話を聞くと、ここは私たちの住んでいた世界とは違うまったく別の世界らしい。
よく小説や物語で聞くところの異世界転移をしたんだって。
事故に遭いそうになった私を助けるために全力で力を解放したらしく、次元の壁に穴が開いたって。
「すごいね、コマさん……!」
「ごめんなさい」
「どうして謝るの? コマさんのおかげで私は事故に遇わずに済んだよ?」
「ていが気を失っている間に、何とか元の世界へ還ろうとしたんだけど何度やっても次元の壁に穴を開けられなかった。つまり──」
「つまり、帰れない……?」
「……ごめん」
私を助けるために無我夢中で力を使ったみたいで、同じことがなぜか出来ないと謝られた。
うーん、なるほど。
「ゲギャギャギャギャッ!」
「ギギギィッ!」
「わあっ!? な、なにあれ!? もしかして魔物!?」
小児くらいの背丈に、歪に下腹が膨らみ、粗末な布を腰に巻いた全身緑色で醜悪な造形の顔。異世界やRPGでおなじみの小鬼という魔物二匹が、私の腿くらいのこん棒を振り上げて走り寄ってきた。
「この世界には、ていを襲う変な奴がいる」
フッ、と音もなく飛び出したと思った瞬間。
小鬼の首が撥ね飛ばされ、青黒い体液を噴出させた胴体が地に沈む。あの一瞬で絶命させたようだ。
「コマさん……強っ!」
「パパやママがどれほどていを大事にしてるかボクは知ってる。それなのにボクのせいでていを危険な目に遇わせちゃって……ボクの力が足りないばかりに」
あれで足りないとか、コマメはいったいどこを目指してるんだろう。
「絶対ていを傷つけさせない。家に帰るまで護ってみせるから……だから……」
「コマさん……?」
「ボクを捨てないで……っ」
「捨てないよ?! ダメだよ、コマさんは私の大事な家族だもの!」
「でも、こんな訳のわからないところに連れてきちゃった……」
「それは違うよ。コマさんは私の命の恩人だよ? まだ帰れないと決まった訳じゃないし、他にも帰る方法があるかもしれないよ? それに、コマさんがいれば私は大丈夫!」
あんな魔物がいるんじゃ確かにここは私たちの住んでいた世界とは違うのだろう。でもそれが何だと言うのだ。
いつもならピンと立っているはずの伏せた耳に手を伸ばし、付け根辺りを掻くように揉む。
コマメの好きな撫でられ方で、ゴロゴロと喉を鳴らしてくれる。人間(むしろ獣人?)の女の子になってもこれは好きなんだと思うと、姿形が変わってもやっぱりこの娘は私の大事な可愛い猫だ。
学校帰りで制服ではあったけど、この格好じゃ動き回るのに適していない。今日は体育があったから鞄に運動着が入ってたはず。それに着替えておこう。
さっきの小鬼のような魔物は繁殖目的で雌であればどんな種族でも拐うこともあるっていうし、スカートにショーツじゃ心許ない。コマメがいてくれてよかったよ。
ジャージでも心細いけど、パンツ一枚よりはマシだよ。きっと。
「それで、これからどうしよっか?」
「うん、ていの着替えが終わったら人里を探してみようと思う」
「ごめ、すぐに着替える!」
「ゆっくりでいい。それに水場があれば優先したい」
「喉乾いた? コマさん用にいつも鞄に入ってるよ!」
「違う。あの屑共にていの綺麗な足を舐められた。そいつは念入りに殺したけど、ボクのていが汚されるのは許せない。洗わなきゃ」
「あはは……」
猫の時は甘えん坊な子だと思ってたけど、なかなかクールな話し方。かと思えば激情を持っていたりと、『人化』による心の機微にまだ慣れてないのかもしれない。
これからゆっくりと慣らしていけたらいいなと思う。
死骸の山を放置して、一際背の高い草陰で着替える。
天然の目隠しがあるとはいえ、外で着替えるなんて何だかドキドキしちゃう。まぁ、アニメのようにわざと下着姿になってから着るなんて二度手間、しないけどね。
あれは視聴者サービスが過分に含まれてると思う。私はいくら友達でも普通に恥ずかしいけどなぁ。
スカートの下に運動着のハーフパンツ、ジャージを重ね穿きしてからスカートを外し、プリーツが崩れないようにして鞄に仕舞う。
さすがに上は脱がなきゃ着れないのだけど、インナーにキャミソールを着てるし、むやみに下着を晒すことはしない。
トップスも同じく運動着にジャージを重ね着にする。
正直ダサい格好だけど、貞操の危機には変えられないもの。
周囲はコマメが警戒してくれているから、こんな悠長に着替えられているわけだけど。
脱いだ服を一度抱き締めてから手渡してくるのは、猫の時の名残かな?
猫だった時のコマメも私の脱いだ服にくるまってよく寝てたな。
「ボクの匂いをつけておかなきゃ」
「そういえば猫さんって匂い付けに体当たりしてくるよね」
「……余所者に浮気しないように、ね。もうボクがいるんだぞって」
「浮気って」
可愛い。確かに外で猫さんを見つけると構わず撫でにいくけど、家でコマメが怒るんだよね。部屋の家具の隙間からジトーって。宥めるのに苦労したなぁ。
「お待たせ、水場優先で町を探すんだっけ?」
「人里まで行けば水場くらいあると思うから、どっちが優先ってのもないけど。これ、渡しとく」
「わ、何この石、キラキラしてるね。キレーイ」
かなりの量の石を渡され、持ちきれない分をどんどん鞄に押し込んでいく。そのうちのひとつを手に取り太陽に透かしてみると、透明度へそこまで高くないのか、くすんだ光が石の形状に乱反射して淡く輝いていた。
「あのゴミから採れた」
「あのゴミ……って、あれ!?」
「そ。切り裂いてにしてるときに採れた。せっかくだから集めてみた」
腕を絡ませたままドヤ顔のコマメがアゴで示した先にあるのは、小鬼の死骸の山。
よく見ればそのどれもが首下から腹部まで切り開かれている。うっぷ……、見ないようにしてたのに、溢れた内臓をもろに見ちゃった。
手に持っていた石を落としてしまったが、コマメが拾ってまた握らせてくる。ひぎぃ。
「ていの持ってたお金? みたいにキラキラしてたから。てい、嬉しい?」
てことはこれ、内臓の一部……?
ひええ、どかどか鞄に放り込んじゃったよ?
制服とか汚れてないよね。
「えと、あ、うん……あ、ありがと……」
見上げたコマメの破顔した表情に何も言えないまま、何とかお礼だけを口にすることができた。私エライ。
うちの猫さん、ネズミとかGも捕ると絶対一度は私のとこへ持ってきてくれるからなぁ。プレゼントなのか戦果のお知らせなのかわかんないけど。人の姿をしていてもやっぱり根幹は猫さんだもんね。
その延長だと割り切るか……。
笑顔を崩さないようにそっと鞄の隅へと押し込む。
できれば忘れたい。
忘れられない。怖い。
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次回投稿3月6日19時予定