21話
予定より大分遅れました(・・;)
リコリッタの下へと駆け寄ろうとした私たちを阻むのは、神事を行う人たちだった。
「邪魔をしないでください。神降ろしの最中です」
「神、降ろし……?」
「子供を犠牲にしておいて何が神だ」
「犠牲? あなたたちは何か勘違いを──」
こんなところで押し問答をしている暇はないと思う。
そんなことをしている間にもリコリッタの舞は終盤を迎え、上空に集まった力の塊が神職の人たちの作り出した幕(結界と言うらしい)の中に光の粒子として注ぎ込まれていく。
「おお、御降臨なされた!」
「維持に手を回せ! いいか、君たちは邪魔をしないように!」
光で満たされていく結界は酷く不安定に揺らいでいて、今にも弾け飛びそうだ。ビリビリと身体の芯から震える。
どうしよう? このまま見てるだけでいいの?
滴る鮮血が舞台を満たすとき、意思を持つように紋様を描いていく。
「───にゃふ♪」
「コマさん……?」
ずっと上空を見つめていたコマメが、嗤った。
その表情は待ち望んでいたものが来たような、それとも上等な獲物を見つけたような、歪んだ笑顔。
視線を追って向ければ、落ちる砂時計のように降り注ぐ光の粒子と──
『病める昼の月、行灯油の畏怖が花咲く、宵の白虹蓮』
「月? コマさ……っ」
『化装変幻──魔性・化猫!』
見上げるほどの大きな猫さんになってしまったコマメは、高らかに鳴き声をあげる。
魔性……なんて? 鳴き声にかき消されて聞こえなかった。
突如現れた化猫に、みんな唖然としている。灰色掛かった白に茶色の斑色。空を映したような青い瞳。コマメだ。猫だった頃のコマメそのものだ。
『フギャァァァァォオオオッ!』
さ、さすがにこのサイズでの怒った顔は迫力があるな。
牙を剥き出して、身を深く沈めて……狩り?
地盤が砕けるほど踏みしめて、なのに音も無く結界へと飛びかかる。そして猫パンチ一撃で結界を砕いた。
「あああああああああっ結界がぁぁぁ!?」
「リコリッタ?!」
『おおぉぉぉおっ?! なななんじゃぁ!?』
「おー! すげーでっけー猫でやがりますなぁ!」
硝子が割れるような音と共に、光で満たされた結界が虚空に散り、霧散して消失していく。
私はすぐに舞台へと登り、リコリッタの側へと走った。
「リコ──さん?」
「そんな慌ててどうしやがったですか?」
「どうしたってリコさんひどい怪我してたから心配したよ! 大丈夫なの?!」
「何ともねーですよ、あれはそういうもんでやがりますからね」
「はぁ~……良かっだぁー」
……異世界に来てからというもの、ひどく泣き虫になった気がする。
泣くこたーねぇなんて言われても安心したら涙くらい出るよ、もう。
『良かったー……じゃないわい! あの猫を止めよ!』
「え、コマさんを? え、て言うかこの子だれ?」
いつの間にかにリコリッタの側にいた女の子が血相を変えて指を指していた方向には、結界を砕いて満足したのかさっきまで顔を洗っていたはずの化猫が、高く跳躍をしていた。
『あぁぁぁあっ、やめ、やめるのじゃぁ~』
そして大きな口を開けて、上空から降り注ぐ光の粒子を飲み込んだ。
「こらー! 拾い喰いはダメだっていつも言ってるでしょー!」
『ふにゃ~』
そこじゃない! と、周囲から総ツッコミを受けたけれど、あんなもの食べてお腹を壊したらどうするの?!
巨体のまますりすりとしてくるコマメを、文字通り全身で受け止め、身体いっぱいに使って撫でてあげる。
あ、ぬくい。……超幸せ。
「あんな変なの食べて、お腹大丈夫?」
『にゃひー、にゃふにゃふにゃ』
「あれ? 言葉が解んなくなってる」
『あわ、あわわわ……吐き出せ! 今すぐにじゃ!』
肉球を舐めて、顔を洗って、香箱座りで落ち着いたコマメの鼻先をなでなでして癒されていると、怒りに身を戦慄かせた女の子がコマメの口を抉じ開けようとした。
「あのすみません、うちの子が粗相を」
『けぷっ』
『…………っ! お主らようもやってくれたの! せっかく妾が一年かけて溜めた神力を! 返せ! 返すのぷぎゅっ!?』
『にゃふ』
「きゃー!? コマさんダメ、足どかしてぇ?!」
もうね、血管の切れる音が聴こえたなら“ブチッ”と切れてると思う。それほどまでに女の子は激昂していた。
実際にはコマメの肉球に押し潰された音だけど。
「神様───────っ!?」
……
…………
………………
『まったく、妾を足蹴にするとはトンだじゃじゃ馬じゃな』
『にゃっ』
「コマさん、ダメ。ごめんなさい、うちの子が」
『よいよい。ホンにデカイ猫じゃの』
かかかっとからから笑う女の子。
踏み潰されはしたものの、柔らかな肉球によるものかコマメの手加減によるものか分からないけど、女の子はどこも怪我をせずにすんだ。
今も私はその肉球に挟まれている。プニプニ。
『こちらこそ、先程はすまなんだな。一年よりをかけて溜めた神力を喰われて動転してしまったわ』
「動転だけではすまないと思うのですが」
『何々、また溜めたらよい話よ』
どうやらかなり寛容な性格をしているらしい。
『それに──』
「なぁ、てい……誰と話をしてやがるのですか?」
「え?」
どうやら、リコリッタにはこの少女の姿が見えないらしい。神職の人たちが一心不乱にお祈りを捧げる側で、胡乱な視線を向けていた。
『妾を視るモノは珍しい故な。そなたはホンに不思議な瞳をしておるの。よし、ちょっと待っとれ』
にんまりと笑う女の子。
『我に仕える人の子よ。此度は大義であった』
肉球から離れ、怒りを鎮めんと祈る神職の人たちへ声をかけていく。その中の一人がさらに深く頭を垂れて平伏している。多分あの人はこの子の声が訊くことが出来るのだろう。
まさかこんなことが──肉球の誘惑から逃れるなんて。
『にゃひー……』
「そんなことないもん」
慣れてくるとこの状態のコマメの気持ちも解る。
今のは呆れたね?
『舞巫女にも伝えよ。見事な舞なり。今年も豊穣が約束されよう、と』
「ありがとう存じます。その御言葉、しかとお伝えいたします。……それと、そこの少女たちは?」
『何、少し興味を持ったのでな。気にするでないよ』
「も、申し訳ございません! 差し出がましいことを……今年もよろしくお願いいたします!」
『うむ、しかと励むがよい』
『くあ……』
ああしているのを見ると、神様なのかなって思うんだけど、普通の女の子にしか見えない。
コマメ、暢気に欠伸してないでそろそろ戻ってほしいな。
会話できることを知ってしまったから、今の状況はものすごい寂しいんだよ。
『よし。ではゆくぞ』
「え、どこにですか?」
『お主らの住まいじゃ。このままでは込み入った話も出来んからの』
『すぴー……すぴー……』
どうやら私たちは、神様に目をつけられたようです。
起きてコマメ! 私だけじゃどうにも出来ないよー!?
ぐいぐいとひげを強めに引っ張って、鼻先をぺちぺち叩いても、コマメはすっかり夢の中。香箱座りで寝てるから、そこまで深く寝てないと思うんだけど。
『これこれ、そっとしといてやりんさい』
「でも……」
『奪われた神力についても話がしたいしのう? ──冗談じゃ、畏まるでない』
コマメが食べてしまった(?)あの光について言及されると、こっちは百過失なので他の方たちのように平伏しても足りないと思う。
コマメの隣で土下座をしたら、少し引かれたらしい。
『妾らがいつまでもここにおっては神職が動けぬからな』
「すみません、でも猫をこのままにはしておけないのですが」
『しまえばよかろう?』
……こんな巨体をどこへしまえと。
『うん? なんじゃお主──我の眼をよう視よ』
言われるがままに、じっと神様女の子を見つめる。
真紅の瞳を細め、見つめ合うこと数分。にやりとほくそ笑んだ。
『なるほどのぅ。どれ、此度は妾が連れていってやろう。案内せよ』
言うより早く、神様女の子が手を翳すだけで巨体のコマメがぶわりと宙へと浮いた。
すっご。何がすごいってあんな状態でも起きないコマメがすごい。
町では一時騒然となし、空飛ぶ巨大猫が話題になったとか。結局、榮犖亭に借りている部屋には入れられず、内庭を貸してもらうことになった。
「うちは構わねーですよ、リコには視えねーですけど」
と、快く場所を提供してくれたのはありがたいのたけど、若干私を見る目に優しさが込められているのはなぜだろう。
視える人もいたのだから、この神様女の子は実在しているはずなのに。大半の人が視えないせいで私が痛い子扱いされるとは。ぐすん。
『っしょ……と。ふうー、あぁ重たかったわい。いてて、腰が……』
赤い頬にぱっちりキリリとした目元、真紅に染まる瞳に紅差された唇。コマメとはまた違った美少女さんだ。
ただ、言動が老人そのものなのはどうかと思うんだ。
腰をトントンしている姿が、親戚のおばあちゃんを思い出した。
「おばあちゃん……」
『なんじゃ?』
「あ、いえ、ごめんなさい。少し思い出しただけなので」
『ほうかほうか、妾も同じババアじゃ。気にせんでええ』
見た目とのギャップが激しくて、追い付けないんですけど!
喉まででかかった言葉を何とか飲み下す。
『さて、こやつのコトは置いておいて今は主じゃな』
「え、コマさんは大丈夫ですか? お腹壊したりしてないかな?」
『壊さんから安心おし。大体妖のくせに神気を取り込むからこんなことになるんじゃ』
「神気?」
『文字通り、神の気じゃな。魔性である妖とは対極にある陽の力じゃ。何を考えとるんじゃまったく、最近の若者はよう解らんでよ』
おばあちゃんだ。どこまでもおばあちゃんだ。
「おばあちゃん、コマさんは大丈夫かな?」
『ほっほ。ま、言うなれば消化不良というところかの。どれ少し手をお貸し』
猫さんのままの姿でいたのは、変わらないのではなく変えられないらしい。飲み込んだ神気がコマメの妖気に干渉し阻害してしまっているために制御困難に陥ってるんだと。
神様女の子に指示され、私はコマメのお腹をマッサージしてあげている。こんな時だけど、母猫に甘える子猫になった気分。多分この辺にコマメの……。ふみふみ。
『おう、素直な子じゃの。妾は直接神気に干渉して──どえらい妖気をもっておるのこやつ。ふむ……』
ふみふみ。
あ、おばあちゃんが口を抉じ開けて手を突っ込んでる。
大丈夫かな、あれ。ふみふみ。
お腹がびくんびくんと痙攣し出した。
多分これ、あれじゃないかな。
『おし、ええぞ。もう少し、で……!』
「おばあちゃん、そこは危──」
神様女の子に教えようと声をあげた瞬間、コマメの眼がかっ!と見開き、そして──
『けぽっ』
『ぴぎゃーっ!?』
あ、遅かった。
毛玉を吐くときの前兆行動に似てたからもしかしてと思ったけど。
サイズがサイズだから音に反して可愛らしくない量を吐き出し、それをもろに浴びた神様女の子が悲鳴をあげた。
『てい……ごめん』
「わ、私よりおばあちゃんに言った方がいいかも……」
ようやく目覚めたコマメが泣きそうな声をあげたけど、泣きたいのは神様女の子じゃないかな。
殺伐とした内容にならないように
難産でした( ・ω・)
のんびり更新していきますので
気長~にお待ちください(・・;)




