19話
その日は朝から町の至るところで賑わいを見せていた。
普段は馬車が行き交う大通りも、出店や屋台で犇めきあっている。今日は豊穣祭だ。
様々なお店が並んでいて、あっちにもこっちにもと目移りしてしまう。
「危ないよ、てい」
「わわ、ありがとうコマさん」
人混みに飲まれかけた私の手を引いて抱き留めてくれたコマメにお礼を言って、ぴこっと跳ねた猫耳を揉むように撫でる。
あれから数日、組合に足を運んでみたものの、やはり文字が読めるわけではないため依頼の受注を早々に諦めた私は、コマメのレベリングに付き合うことにしていた。
このカガリ町周辺の魔物は食料となる猪豚頭や愛らしい見た目に隠し持った鋭い牙の犬頭、角付きの一角ウサギくらいだ。
どうやらコマメは倒した魔物の妖気を自分の力に変換することで強くなるらしい。
いつか次元の壁を突き破り元の世界、日本へ還るためにひたすらに強くなりたいそうだ。
怪我をしたり無茶をさせたくないけど、がんばるコマメに水を差すわけにもいかず、飼い主として応援することに決めた。応援されたコマメの上がったテンションで放たれた一撃は、オークの頭を文字通り粉砕し、散った元頭に朝御飯をリバースするハメになったけど……!
コマメが私のためにがんばってくれるし、飼い主として精一杯褒めてあげた。
撫でてあげるとゴロゴロと喉を鳴らすコマメが可愛い。
そんなわけで、もっぱらコマメの狩りがメインとなっている私たちの収入は、少しばかり懐が暖かい。
「いろんな出店があるねぇ」
「うん。人はいろいろ思い付くね」
そうクールに仰るコマメの両手にはすでにオーク肉の串焼きや焼きそば(があった!)が握られている。
ほっぺたが丸々するほど頬張り、もぐもぐする姿は大変愛らしい。タレで口の回りが汚れていてもそのキュートさは変わらない。むしろお世話したくなる。
ハンカチで拭き取ってあげると、ふにゃりとした笑顔でお礼を言ってくれた。
可愛い、お持ち帰りしていいかな!?
あ、私の猫だった!
「ていも食べる?」
「私はいいかなー……」
「そう……無理しないでね」
まだ脳裏に頭部が散った映像が焼き付いているので。
コマメに労られながら、屋台の冷やかしに戻る。
やっぱり食べ物関係が多いけれど、日本でも馴染み深いモノも多く見られた。射的にくじ引き、甘味が少ないのは文化圏の違いかもしれない。単純にお砂糖が高いのかもしれないけれど。
まだお腹は大丈夫そうだから、こっちの方を楽しんでいこうかな?
「さぁ、さぁ! 射的屋”一撃”をやっていかないかい!? 方術、妖術、魔法に弓矢何でもござれ! 飛び道具の一撃にすべての思いをぶつけやがれ! より高得点を取れば景品も良いものになるぜ!」
「ほう」
「私の知ってる射的と違うなー。さすがファンタジー」
「おじさん、一回! 魔法で!」
「あいよ!」
直接攻撃以外なら何でもアリの射的屋さんみたいだ。華奢なお姉さんがプレイするようなので、私たちもがやに混じって見学する。お姉さんがプレイ料金を支払い、所定の位置に立つと、持っていた杖を掲げて詠唱を始めた。
『我が敵を穿て、焔の矢』
杖の先から炎が生まれ、破裂音を伴って的へと着弾すると爆発が起こる。爆炎と爆風は屋台に吸収され消えた。
ちゃんと周囲に被害が出ないように工夫されてるみたい。
音だけは仕方がないのかな?
爆音に耳を押さえたコマメの頭を撫でて、お姉さんの得点を見守る。
「二百二十五てーん! はい、景品だよ」
「やった! 二百越えたわ!」
「さぁ、次の挑戦者は─……」
どうやら景品目的と言うわけではなく、攻撃力数値が目当てらしい。景品がなんなのか気になるけど、仲間がいたのかお姉さんは二百点を自慢していた。
「では、次は私が。方術で」
「あいよ!」
今度は痩身の男性だ。方術? って言うのを使うらしい。
目の前の幻想要素に、俄然ワクワクとしながら見守った。
「符術、鬼道連弾」
宙に撒いた紙が意思を持つように留まり、ひとつひとつがまるで機関銃の銃弾のように放たれる。
連続する衝撃音に、私は身を竦ませた。
「どうですか!?」
「ダメダメ、兄ちゃん。一撃だっつったろ? 失格ー!」
「し、しまったああぁぁぁぁっ!?」
……ドジっ子さんかな?
頭を抱え、絶叫していた男性は仲間に支えられ、慰められながらこの場を後にした。
「なるほど、何となくわかった」
「およ、どしたのコマさん?」
手を引かれたまま、射的のおじさんのところへと進む。
「お、今度は小さなお嬢ちゃんたちが挑戦かい?」
「ああ、ボクがやる」
「その首輪、妖か」
「ダ、ダメですか?」
「構わねぇさ! さぁ、今度の挑戦者は小さな従魔を連れたお嬢ちゃんだ! みんな応援してやれよー!」
おじさんはなかなかノリのいい人だったらしい。
周りの野次馬さんたちを先導して、盛り上げてくれた。
がんばれー、とか、私が赤面してるのがわかると可愛いーなんてのも聞こえる。はじゅかしい……っ!
「だ、大丈夫? コマさん、近接タイプじゃ……」
「ボクも日々、ていを護るために成長してるってことだよ」
私は未だ見たことがなかったコマメの本来の力。
“化猫”。それがどういうものか。それを目の当たりにした。
「『化装変幻、紅蓮』」
耳やしっぽに火が灯り、思わず息を飲んだ。
瞳孔も縦に引き締まり、炎も幻覚などではなく確かな熱を持っている。
『燃え盛るは燧火、灰塵と化せ火輪、唸れ火遁──紅煌白牙』
コマメが何かの印を結ぶと、結んだ手を中心に炎が生まれる。放たれた炎は、虎さんを象り的へと収束し轟音と共に爆炎を上げた。
「ひぃぃぃっ!?」
「あががががが?! うちの屋台があぁぁぁ!?」
お姉さんの魔法でも、お兄さんのお札でも何ともなかった的が屋台ごと、今は見るも無惨な瓦礫となり焼失してしまっていたが、そんなことより心配なことがあった。
『てい、どうだった? キミの猫は──』
「あわわわ、コマさんが燃え、燃、燃えてる燃えちゃってるよ!?」
パタパタと耳やしっぽの火を消そうと、炎を叩いていく。
手も燃えちゃってた! あの綺麗な手が、小さくてすぺすぺの手が!?
きょとんとするコマメの手を取り、火傷を確認する。
『てい、大丈夫───落ち着いて」
いつの間にか流れていた涙を拭かれ、頬を撫でられる。
あんなに煌々と燃えていた耳やしっぽの火も消えて、いつものコマメの姿に戻っていた。
「大丈夫? 痛くない? 熱くない?」
「ふふ、ボクの飼い主は心配性だね。何ともないよ」
「心配するよ! 何あれ!?」
「ごめんね、ボクは化猫だからね。化かすのは得意なんだ」
よくわかんない!
化け猫へと生存進化したときに使えるようになった妖術なんだって!
教えておいてほしかった! でも無事でよかった!
「ごめんね、てい……泣かないで?」
「泣いてないもん!」
ちょっとビックリしただけだもん、驚きすぎたのと安心したのとで目から汗が止まらないだけだもん。
「あー、嬢ちゃんたち。邪魔してすまねぇがこれ景品だ」
「ああ、ありがとう」
「すげーな、俺の屋台がぶっ壊されたのは久しぶりだぜ」
「すまないな」
「なーに、たまにはこう言うことがねぇとな! せっかくの祭りだからよ!」
商売道具を失ったと言うのに、なかなかに豪快な店主さんだった。
ちなみに景品はくじ引き券だそうだ。
こうやってあちこちのお店を巡らせるように、お店の人たちで工夫してるんだね。
コマメには驚かされたけど、私たちもお祭りに参加出来てるようで嬉しかった。
いつも読んでいただきありがとうございます
…φ(..)
のんびりと更新していますが、
本日4月1日19時頃もう1話投稿予定。