17話
買ったインナーを宿へと置きに戻るリコリッタを見送り、私たちは先に豊穣祭の開催準備を進める広場へと向かった。
巳の月の初日まではあと数日らしく、今も急ピッチで会場設営が執り行われている。
その中心地で観客席に囲まれるように造られたアレが、リコリッタの演舞する舞台らしい。
「はー……あんなところで舞うの? すんごい注目されるね。私には無理かなぁ」
「ていを見つめるのは、ボクだけのモノだ。他の目なんか気にしなくていい」
お互いの鼻が当たる距離でひっついてきたコマメが、視界いっぱいに私だけを映してそんなことを言う。
このイケメン猫さん、どこまで私を落とせば気が済むのかな!?
急すぎて顔が赤くなってるよ私!
「こうでもしないとていは他所の猫に浮気するから」
「浮気なんてしないよ!」
「スンスン……ボクだけじゃない他の猫の臭いがするよ?」
「そんなことないもん」
「ふふ……どうだか?」
他の猫さんを撫でるのは浮気じゃない。……浮気じゃないよね?
にまにまするコマメの首に回された手を繋ぎ直す。
そんなに心配ならこうして側にいればいいよね。
離さなければどこにも行けないもん。
「またイチャイチャと、おねーさんたちは周りの目を少しは気にした方がいいんじゃねーですか?」
どかり、と大きな荷を地面に下ろしたリコリッタが、少し呆れた表情をしてぼやいた。
「飼い主と飼い猫のスキンシップだからね。見られてやましいことはないよ」
「あはは……。と、ところで舞は舞台でやるの?」
「そうですよ! どう舞えばいいかとか、舞台の使い方とか、考えることはいーっぱいありやがるです」
いーっぱい、と身体を大きく使って舞巫女の大変さを表してくれるリコリッタ。だけどその表情が曇り、軽快に踏んでいたステップも止まる。
「今、本番に向けて練習してやがるんですけど、ちょっと自信がねーんですよ……ていたちに見てもらって悪いとこがあれば教えてほしーです」
「いいけど……でも私は異世界初心者だよ? 力になれるかなぁ」
「それでも! ……それでもリコ、ていくらいにしか頼れねーんです」
出会ってまだ二日~三日の私にそこまで信頼を寄せてくれることは嬉しいんだけど、神様に奉る舞って神事じゃないのかな?
い、いいのかな別世界の住人で。
「てい、キミの思ったように話してあげたらいいよ、きっと」
「このとーりでやがります!」
「わわわっ、頭を上げて!? わかった、わかったから! 私なんかで良ければ……っ」
もともと風邪を引いた私に献身的に看病してくれたリコリッタのお願いごとだもん。断るつもりはなかったけど、本当に踊りの良し悪しなんて判断つかないよ?
コマメは思ったことを言えばいいって、それが難しいのに~。
荷を背負い直し、準備をすると言って設置された控えに入っていくリコリッタを見送り、私たちは舞台に設営された席に座って待つ。
周りで作業をしていた人たちも中断して、続々と観客席に集まってきた。みんなリコリッタの舞を見たいのかな?
「おーし、照明準備よーし!」
「野郎共! 精一杯声を張れーぃ! せーのぉ──」
「「「リコリッタちゃーん!!」」」
うひっ!? 人気あるんだ、リコリッタ。町でも常に踊ってるような子だし、宿屋の看板娘は伊達じゃないのかもしれない。
思いもよらぬ大声援に身を竦ませていると、魔石照明がスポットライトのように舞台を照らされたその中心にはすでにリコリッタが衣装を纏い、深く頭を垂れる。
『今、ここに神への舞を奉る──』
民族衣装なのかな、ビキニレベルでかなり露出の多い衣装だ。簡素で、見える肌には何か紋様が描かれているが私にはその意味はわからない。
祝詞のようにも聞こえるし、詩を謳うようにも聞こえた。
『我ら人の子の祈りを。大地に輝きを。風の囁きを、貴女の慈悲の恵みをもたらし賜えと願い奉る』
激しく舞うリコリッタの汗が照明に照らされ、キラキラと輝きを反射している。
大きな羽衣がリコリッタの舞の残滓を追うように、名残をリコリッタのあとに続いてひらりと流れた。
『祈り子の神に捧げる命の雫、貴女の慈悲が厭わぬのならば、我が献身、詩を伝えるため、降り立つ新たな芽吹きにこの身捧げよう』
何だか怖い内容に聞こえるけど、そういうものなのかな?
辺りを見回しても、みんなリコリッタの情熱的な舞と澄み渡る歌声に歓声を上げていて、誰も気にした風でもない。
コマメだけがどこか虚空を見つめているのが気になるけど。そっち何もないよ?
「てい、何か気になるの?」
「え、あ、うん。どうかな……コマさんは?」
「いや、特にないかな」
嘘だー。チラチラ気にしてるのわかるんだからね? 何もない場所に何を視てるの? スッゴい気になる。怖い。
『寄る辺なく、彷徨える御霊の、虚の彼方へ永遠に永久に──』
激しく舞い踊っていたリコリッタの動きが止まると、シンと静まり返っていた観客席から称賛の嵐が降り注いだ。
いくら年イチのお祭りだからって喜びすぎじゃない?
確かにリコリッタの舞はすごかった。祝詞が不穏だけど、古来からある神事ってこういうものかもしれない。
集まった人たちも『すごかった』とか『今年は安泰だ』とか一言、二言をリコリッタに声をかけて作業へと戻っていく。
「はぁ……はぁ……ど、どうでやがりますかね、リコの舞は?」
「うん、すごかったよ! その衣装もあってすごい大人っぽかった!」
「あの詩はどういう意味なんだ? 古い言葉のようだけど」
「昔から伝わる五穀豊穣を願う祈りの祝詞だそーですよ。意味を知ってる人は多分いやがらねーと思うです」
……おや?
「さすがに古語まではボクにも解らないから──てい、どうかしたの?」
「ううん、気にしないで……」
……これはどういうこと?
これも言葉が解るようになったことによる副作用かな。
「なんでもない。コマさんこそ、演舞中にどこか視てたけどアレはなんだったの?」
「いや、本当に何でもないんだ。ただちょっと涼しそうだなって」
「あー、リコさんの激しい舞にみんなも熱が籠ってたもんね」
なんだっけ、確か名前がついた現象なんだよね。
良かった。ホラーとかじゃなくて。妖になったからもしかしたらと思っちゃった。
「でも本当にすごかったよ! みんな盛り上がってたし、これなら本番も問題ないように思えるけど」
「そうでやがりますか……そう言ってもらえて安心したですよ」
これは素直な感想だ。
私の言葉でも自信を持ってくれるなら、いくらでも声をかけてあげられる。
自信を持ったリコリッタの舞には更なる熱が込められ、離れている私たちにも力が感じられるほどだ。豊穣祭がたのしみになった。
もう少し練習をしていくと言うリコリッタと別れ、私たちは宿へと戻る。
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