14話
朝、目が覚めたときからおかしいなとは思ってた。
身体が重い。頭がぼんやりとする。
風邪引きましたか、私。
少し身体を起こして、すぐに諦めた。重力に耐えきれず、ベッドに横たわる。投げ出した手足が鉛のように重く伸し掛かる。
その辛さを少しでも逃がしたくて呻けば、うちの猫さんが私の異変に気付く。
「てい……? てい、大丈夫?」
コマメの名前を呼んで、声にならない音だけが口から漏れた。頬を撫でてくれるコマメの手がひんやりとして気持ちが良い。あー、随分と高熱が出たな。
悲しそうなコマメの顔を見たら、意識が朦朧とし、すぐに手放すことにした。
頭に冷たい感触がして、うっすらと意識が浮上すると、ずっと側にいてくれたコマメに申し訳なくなった。
コマメは昨日からずっと戦い通しなのに、ただ歩いていただけの私が潰れるなんて。
「うぁ……コマさん、ごめんねぇ……」
「ていは気にしなくてもいい。強行したボクが……」
「もう、コマさん……少し休めば治るから、ね」
こんなときでもコマメは自分を責める。
ちゃぷちゃぷと水音のあと、額にひやりと濡れたタオルが乗せられた。
はぁ……気持ちいい。昔、風邪引いたときにママがこうしてくれたな。コマメはその時もずっと側で見守っていてくれたっけ。覚えてたんだね。
「おはよーでございますよ、おねーさんたち!」
「静かにしろ」
勢いよく扉を開いて、くるりと相変わらずキレのあるターンを魅せてくれるリコリッタ。
ごめん、今は静かにしてほしいな。
「あれ、おねーさんどうしやがったんですか?」
「静かにしろ、ていは今、体調が良くないんだ」
「あらー、それは大変じゃねーですか。薬湯とか薬草は持ってねーのですか?」
この世界の医薬品かな。錠剤とかじゃないんだね。
……苦くないと良いなぁ。
「……まだ昨日この町に着いたばかりだから。それがあればていは治るのか?」
あ、コマメがそわそわしてる。
出ていっちゃうな。側にいてくれたらそれで良いんだけど。
「てい、すぐ戻るから。もう少しだけがんばって──」
「あ、ちょっとおねーさん! 待って!」
言うより早く、窓から飛び出していってしまった。
「もー、落ち着きがねーのはあのおねーさんもですね! 人の話は最後まで聞かねーといけないんですよ!」
「あはは……猫さんだからね」
落ち着きがないと言った子に言われては、コマメも立つ瀬がないね。
飛び出していったあとの開け放たれた窓からは、爽やかなそよ風が吹き込んできた。
「病人じゃあ仕方ねーです。これで追い出したら宿屋が廃るってなもんですよ」
「ごめんね、あとで必ずお金払うね。あ、窓はそのままでいいよ。あの子きっとそこから帰ってくるから」
「やれやれですね。身体冷やすんじゃねーですよ? 今、薬を持ってきてやるですから」
「お手数おかけします……」
口調は悪いが心根は優しい少女だ。
私の額に乗ったタオルを取り替えたあと、桶を持って部屋を出ていった。やっぱりターンはするんだね? それで桶の水が溢れないのはさすがだと思うよ。
外からの喧騒が遠い宿屋の一室。
パパもママもいない異世界生活が始まった。
どこか目が覚めたら、いつもの私の部屋でコマメが枕元で肉球を押し付けて起こされる日々が来るかもと思っていた。
だけどここが異世界で、ここが現実。
猫が妖で、魔物がいて、生死が身近な世界。
左手の人差し指に嵌められた翡翠色の指輪を眺める。
この指輪に紐付けられた主従の証のせいなのかは不明だけど、なんとなくコマメがあちこちへ奔走しているのがわかる。無理しないといいんだけど。
そう言えばあれ以来、不思議な声が聞こえないな。
“手懐けた”とか“手放した”って、急にこの世界の言葉が解るようになったりいろんなことがあった。
所謂、異世界物の定番であるスキルというモノでは?
しかしどんなものを持っているのか、自身のステータスも文字が読めなくて解らないことだらけ。
この指輪にいろいろと、ステ情報が入ってるって組合のお姉さんが言ってたし『ステータスオープン』……だっけ? コマメが戻ってきたら見てみようかな。
見れるといいけど。
「はぁ……コマさん……」
側にいてほしい。
熱を出して弱っている今は余計に心細い。
大事な猫が早く戻ってきますように、と願う私の意識は微睡みに沈んでいった。
「おねーさん、起きられるですか?」
「……ん、リコ……リッタ?」
「お腹はどうですか、何か食べやがりますか?」
「ごめん、いらない……」
「ま、今は仕方ねーです。さぁ、汗拭いてやるから身体起こすですよ」
「ありがとう……」
甲斐甲斐しくお世話をしてくれるリコリッタに甘えて、寝汗で張り付いたインナーを脱いでいく。
年下の女の子とはいえ、結構恥ずかしいけど独りじゃ何も出来ない今はリコリッタの言う通り仕方ねーのだ。
良くなったら何か恩返ししないと、ね。
暖かな気候のそよ風が昨夜に干したインナーを乾かしてくれていた。リコリッタはそれを手渡してくると、汗で汚れたインナーを優しく揉み洗いし、同じように干してくれる。
お母さんだ。ちっちゃいお母さんがいる。
「やっぱりおねーさんくらい大人になると下着も大人でやがりますね」
リコリッタより年上なのに、何も出来なくてごめんなさい……。
「うん、あとはコレを飲めば一発ですよ!」
「……?」
たぷん、とリコリッタの手と同じくらいのサイズをした瓶の薄黄緑色をした液体が音を立てた。
薬、かな? 錠剤でも顆粒でもなく液剤だったとは。
飲みやすくていいけど、医療水準に不安が残る。
「まーまー、騙されたと思って飲みやがれ」
渋っているのがバレたんだろう。
きゅぽんっと詮を抜いてしっかり握らされる。
うう、でもここまでお世話をして今更騙すなんて思ってないけど、やっぱり未知の液体は尻込みするよ。
すんすん、無臭っぽい。……ダメだ、勢いでいくしかない。
「い、いただきます……えぇーいっ!!」
「おおっ、思い切りがいいじゃねーですか」
んく、んっ……んん? んんん?!
普通に美味しい……。かるちゃーしょっくだ。
「よしよし、これでまたひと眠りしたら良くなること間違いねーですよ」
「すごい……」
グンバツだよ。ダル重な身体がスッキリしてきた。
すごい効果のある液剤だった。
「……高いでしょ? 迷惑かけてごめんね」
「病人は気にしないで寝やがれですよ。栄養あるもの作ってきてやるですからね」
飲み干した瓶を受け取ると、私を横にして布団をかけ直してくれた。しかもポンポン付き。
お母さんだ。ちっちゃいお母さんがいる。
「おやすみですよ、おねーさん」
「……はぁい、リコさん……」
リコリッタの優しさに触れ、再び眠りについた。
ふと、胸騒ぎを覚えて目が覚めた。
コマメが苛立ってる。お願い、怪我だけはしないで。
ビリッとした気配が一瞬だけ、遠くの方で広がった。
……一体、何だろう。
それから程なくして、換気とコマメのために開けておいた窓から、やはりコマメが身体を滑らせてそのまま私の腕の中に飛び込んできた。
手にはさっき飲んだ液剤と同じ色の瓶を持っているってことは、相当がんばってきてくれたんだと思う。
「コマさん、お薬貰ってきてくれたの?」
「ボクに出来ることはそれくらいしかなかったから……」
「ありがとう、コマさん」
コマメの耳の根本を引っ掻くように撫でてあげれば、ゴロゴロと気持ち良さそうに喉を鳴らしてくれる。
猫さんの時と違って、ぐりぐりされたとこが摩擦でちょっと胸が熱くなっちゃうけど。
私のためにがんばってきてくれたご褒美に、たくさん褒めてあげる。
「コラーっ! 病人は治りかけが大事なんだから安静にしやがねーとメッですよ!」
結局、様子を見にきたリコリッタに怒られるまで、私たちはイチャイチャは止まりませんでした。
読んでいただきありがとうございます
(*・ω・)
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φ(..;)
次回投稿3月26日10時予定。