10話
「いいですか? 仲が良いのは素晴らしいことです。しかし時と場合を考え、周囲に人がいることを踏まえて節度ある生活をですね──」
換金をして戻ってきたお姉さんを放置しイチャついていたことに関して、小袋を乗せたトレイを持ったままのお姉さんに説教をされていた。
「はい、はい……すみませんでした……はい……」
まだこのコマメに慣れてないので許してください。飛びっきりの猫耳美少女にゴロゴロされたら、どんな人だってメロメロキュン(?)にされちゃいます。
そんなこんなで漸くお金と身分証を手にした私たち組合から出たら、外はすでに夜の帳が下り始め、周囲は暗くなってきていた。
建物からの揺らぐ明かりだけで、街灯らしい街灯が見当たらない。あぁ、やはりここは異世界なんだな、と改めて思った。
本格的に夜になれば真っ暗になる。その前になんとか宿を見つけたいな。
「宿の場所は聞いたけど、地理に明るくないから探さなきゃね」
「組合からはそう遠くないって言ってたよ。もう少しだから疲れたら言ってね、てい。ボクが抱っこするから」
「…………それ、すごくいい」
一瞬、ずっと抱き締められることを想像したら思いの外キュンときた。
いや、ダメダメ。さっき初対面の人に怒られたばかりだ。そーゆうのは宿に入ってふたりきりじゃないと。むふー。
小袋の中身を見れば銀貨が十二枚。内訳がないからわからないけど、一個辺り銀貨で三枚と。これがどれ程の金額か分からないけれど泊まれるといいな。
……足りなければまだまだ大量にある魔石を売りに戻ることになる。あまり目立ちたくない(今更かもしれないが)ので、出来たら避けたいとこだね。
組合周りの商店はまだ営業をしているが、郊外へ目を向ければポツポツと店仕舞いを始めている店舗も少なくはない。活気の薄い店舗から閉めていくのは珍しいことでもないので、早いとこ私たちも行動しなくては。
「てい、宿の名前は覚えた?」
「榮犖亭だったよね」
まぁ、名前がわかったところで読めやしないので、ここから先も人伝えを頼るしかない。
「てい、待って」
「ん、どうしたの?」
「あれ? あれあれあれ? おねーさんたち、もしかして榮犖に行きやがるですか?」
「え?」
歩き出そうとしてコマメには引き留められると、振り替えればなんだか大きな双眸を爛々と輝かせ、くるりんとオーバー気味な演出をしながら乱暴な丁寧口調という不思議な少女が近寄ってきた。
「おい、ボクたちに近付くな」
「ちょ、コマさん? こんな幼い子供相手に──」
「あはは、気にしてねーですよ。旅人さんは警戒心が強くないとしてらんないってじっちゃが言ってやがったです」
朗らかに笑う少女は特に気にした様子もなく、くるりくるり、と舞った。
……こう言っちゃ難だけど、この子ちょっと落ち着きが──
「落ち着きのない子供だな」
コマメ、私もそう思ったけどさ。せめてもう少し声量を抑えて。
「あはは、よく言われちまうです。それでそれでおねーさんたち、榮犖に行きてーならアタシが案内してやるですよ」
「ホント?! わぁ、助かっちゃうな」
「てい」
「だって、私たちは右も左もわかんないおのぼりさん状態だよ? 案内してもらえるならしてもらった方がいいって」
「……わかった」
「ついてきやがれですよーっ!」
突然の申し出ではあったけど困ってたのも確かだし、もし何かあってもコマメがいる安心感が私を後押しさせた。
少女のあとを着いていきつつ、組合のお姉さんに教えてもらった道順と照らし合わせてみたが、そう大きな違いはないはず。多分。
少女は何が楽しいのか、道いっぱいにステップを踏みながらなのでその歩みはかなり遅い。この世界に来てほとんど歩き通しの私たちにとってはありがたいのか、早く行って休みたい気持ちで複雑だよ。
「もーすぐですよ!」
「まっすぐ歩けないのか?」
「コマさん!?」
「だって、非効率じゃない? ていを早く休ませたい」
その気持ちは嬉しいんだけど。どうもコマメは最短距離を効率よく済ませたいようだ。元が猫なのだからもっとのんびりしていてもいい気がするんだけどな。
「はーい、お疲れ様ですよおねーさんたち! ここが榮犖亭ですよー!」
「やっとか……」
「泊まれるといいねぇ」
組合のあった表通りから一本、中に入ったところにある宿屋『塋犖亭』。周囲はランタンの火も落とされ影が強まる中で、煌々と照らされた木彫りの看板にはベッドとフラットウェアのマークが吊るされていた。その下には多分塋犖亭の文字なのだろうけど、正直、覚えられる気がしない。
「ささ、どうぞ中へ入るですよ」
「はーい、おじゃましまーす」
少女が開け放つ扉の向こうは、ロビーのように広めのベンチにカウンターがある。そのカウンターにはお爺さんがうつらうつらと船を漕いでいた。
なるべく足音を立てないように榮犖亭の中に踏み入れるが、軋む床板が大きな音を立ててちょっとびっくりした。コマメはまったく足音をさせない。忍び足がスゴすぎるよ。
「あー、もうじっちゃ寝ちゃってるですよ! じっちゃ、起きてほしいです! お客様ですよ!」
「フガ……フガ……スピー」
「じっちゃって、キミ宿の子だったの?」
通りで案内になるわけだ。この子にとって私たちは最初からお客だったわけだし。
くるりとターンをかけながらカウンターの前まで躍り出た少女は、キレイなカーテシーを決め深く頭を下げた。
「ようこそ、榮犖亭へ! 改めまして宿屋の看板娘、リコリッタなのですよ! 寝ちゃってるじっちゃはレヴァン。みんなからはレヴァン爺とかって呼ばれやがるです」
カウンターに乗せられた台帳と羽ペンを手に、少女─リコリッタ─に宿泊で必要なことを伝える。人数さえ合っていれば名前は代表者ひとりでいいそうなので、私の名前を。日本語でしか書けないのでリコリッタに代筆をお願いする。
「宿泊料金はシングル一泊五百N、ダブルで七百五十N、ツインでお得な八百Nですよ!」
なるほどわからん。組合でもらったの銀貨ですけど。
ここでまさかの通貨単位で言われるとは。
コマメとふたりで“はてな”を浮かべたまま小首を傾げると、つられたのかリコリッタも同じように小首を傾げた。
「……おねーさんたち、ちゃんとお金持ってるですか?」
まさか、無賃泊を疑われてる?
朗らかな笑顔から一転、半眼で睨め付けるリコリッタの誤解を解くため慌てて小袋から銀貨を取り出す。
「なぁーんだ、ちゃんと持ってるですよ。もー、驚かせやがるですねー」
ほっ、よかった。この感じなら足りないってことはなさそうだ。
「お部屋、どうしやがるですか?」
「えっと、コマさんと二人なのでダブルで」
「……お二人でダブルですかー? まぁいいや。何泊しやがりますか?」
「──何泊しようかな?」
何泊出来るかな?
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(´・ω・`)
次回3月20日投稿予定