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8秒 母と子

「ここが私の家!」


 家の前に着くなり、バンッと両手を広げてふふんと鼻を鳴らすタルト。

 やっぱり俺の家と何ら変わらない古びた木構造の家だ。


 元々トルム地区にある家ってのは大昔に貴族達が住んでいたらしい。

 それが国民の人口増加に伴い、みんなバルム地区へと移住したが余った家々を取り壊すのはもったいないという事で、俺達のような貧困層に払い下げられた経緯がある。


(まあ、人を増やす事自体は悪くないと思うんだけどな、国の収益も増えるだろうし)


 ドワーフ、獣族、たくさんの種族をこの国に入れれば単純に税収は増えるだろう。

 だがいい事ばかりじゃない、人口増加によって働き口の競争率はどんどん上がってしまい、税を納められない一部の人達は国外へと追放されている。


 それに家自体の数も足りなくなり、道ばたで寝ている人達が増えてきているということもまた事実だ。

 この問題に国王は気付いているのだろうか?


 それとも気付いてはいるものの、今はとにかく収益を上げるのが優先なのか。

 どっちにしろ、俺のような家もない金もない、生んでくれた親の顔さえもわからない者は今日を生きるのが精一杯だ。


 今日は食べ物にありつけても明日は何も食えない。

 俺が一番よく知っている……。


「ねえねえ、どう?」


 じっとタルトが覗き込んでくる。

 家に対する反応を待っているのか。


「え、ああ。風情があって良い家だね」


「……それ、適当に言った?」


 ズキリとタルトの言葉が刺さった。

 人の機嫌を伺って話すのは俺のダメなところなのかも……。


「まあ、その……悪い」


「いいよっ! その代わり今度ね……」



 タルトは両手を合わせて指をくるくるとまわす。

 その行為にどういう意図があるのかわからなかった。



「んん?」


「やっぱりなんでもない! おやすみお兄ちゃん!」


「ああ」


 急ぎ足でタルトは家の中へと入っていく。



(一体なんなんだ……? まあいいや、これで見送りも終わったし、イリナのところへ向かおう、確か扉の前で待っていると言っていたな)




 俺はさっきの出来事を少しだけ考えながら待ち合わせ場所へと向かった――。




        ◇    ◇    ◇




「おかえりタルト、夜遅くまで何をしていたの?」



 お母さんは眉を歪ませ、とても怒った顔をしていた。

 静かに怒るその姿に怖くなった私は、心臓をドキドキさせながら答える。



「えっと……お金を稼ぐ為に働いていたの、これ……」



 そう言って私は金貨が大量に入った袋を渡そうとするが、お母さんは腕を組んだままそのお金を受け取らない。



「タルト、ここに座りなさい」



 私はお母さんの言う事を黙って聞く。

 身体を動かせば今にも抜けそうなほどのもろい床。

 それを壊さないようゆったりとした動作で座る。



 私の動きに合わせ、お母さんも黙って膝を折り曲げて座ると、このお金はどこで手に入れたのか、そして夜遅くまで何をしていたのかを何度も問い詰めてきた。



(……なんで? 私はお母さんを幸せにしたかっただけなのに)



 納得がいかないよ。

 内心腹を立てていた、もっと良い服を着てほしい、良い暮らしをしてほしいから、盗みをした。


 私は頑張ったのに、お母さんはなぜわかってくれないのだろう?



「だって……お母さんには良い暮らしをしてほしいし、良い服を着てほしいから……」



 自分がもし捕まっても後悔なんてない。

 お母さんの幸せは私の幸せなんだ。



 それを嘘偽りなく全て伝えると、お母さんは深く考えるような素振りをしてからこう言った。



「タルトの気持ちはわかったわ、でもお母さん、もう十分幸せなのよ」



 そんな事ない、幸せなんてこの場所にない、与えられただけのボロい家と安物の服!!



(これのどこが幸せだと言うの!?)



 お母さんはまた無理をしている

 私に辛い思いをさせたくないから、納得させる為に嘘をついているんだ!!



「私を育ててくれる為にお母さん! 夜いっつも遅くまで働いてるじゃない!! それなら、私がいない方が育てる時間も減ってもっとお金を稼げ――」




 パンッ、と音がした――。



 頬を叩かれた私は驚いた目でお母さんを見た。


 哀しそうに見つめるお母さんの目は私と同じで、今にも泣きそうになっている。



「タルト、幸せなんて身近にある物なの、だからそんな事言わないで」



 お母さんは優しい口調でそう言った。


(それなら何を持ってお母さんは幸せなの?)


 わからないよ。

 自分の事もお母さんの事も。

 幸せってなんだろう?


 もう……わかんない。


 気持ちが溢れてくる、感情が制御出来ない。



「だって……だって!!」



 言葉が見つからないけど、私は何かを訴えたかった。

 それを聞いたお母さんはゆっくり、ゆっくりと私の身体を包むように抱きしめてくる。


 その手は確かに震えていた。

 心配と不安、その両方が伝わってくる。


 ただ、それがどういうわけかそれが妙に落ち着いた。



「叩いてごめんね、お母さんは貴方がいるだけで幸せなのよ」


「私が邪魔……だから……」



 自分で自分を責めると、さらに心にトゲは刺さっていった。



 それはとても痛くて、辛くて……。



「違うの、タルトが生きているだけでお母さんは幸せなの、親というのはそういうものなのよ」



 その言葉を聞いて、私はお兄ちゃんの事を思い出す。

 お礼を言われた時にはとても嬉しかった。


 こんな私でも、誰かの力になれた気がしたんだ。



 お母さんに、お母さんの力に私はなれているのだろうか。


「私はここに居てもいいんだよね? 邪魔じゃないんだよね?」


 こんなにも近くで、あまりにも長い時間があったのに。

 私はきちんとお母さんと向き合えていなかったのかもしれない。




 甘えたい、お母さんに甘えたい。




 苦しいから、辛いから。今、いっぱい甘えたい。




 お母さん、助けて。




 私の気持ちに応えるように、ゆっくりとお母さんは私の頭を撫でた。




「お母さん、タルトにきちんと伝えられなくてごめんね。もちろん大好きよ。ずっと、私の傍にいてもいいから……だから、自分がいなくてもいいなんて二度と思わないでね」



 その言葉に私は心から救われた。

 ごめんなさい、気付けなくてごめんなさい。

 私はお母さんの子だ。



 お母さんにとって、私という存在はたった1人しかいない。

 やっと気付けた。


 大好きだよお母さん……。


(いつもありがとう……)


 ギュっと包んでくれている、大好きなお母さんの身体。

 私は応えるように強く両手で抱きしめた。


 暖かい温もりを感じる……。

 悲しくもないのに涙が止まらなかった。



 泣き声が漏れていく、お母さんと私。

 お互い泣いたまま抱き合って何も言わなかった。



 幸せって物は1つしかない、だから1人しか得られないモノだと思っていた。

 誰かに分けてしまえば減っていく、でもそんな事なかった。



「お母さん」


「なに?」


「……もう少しこのままでもいい?」


 少し間が空いて返事が来る。


「うん、いいのよ、タルト」


 お母さんに抱きしめられたまま、ふと真上を見た。

 空はとても綺麗で欠けている天井から見えた一面の星は、私達を祝福するかのように強く輝いていた。


 明日も頑張ろう、抱きしめられたお母さんから甘い匂いがして私は思わず顔がニヤつく。

 沈むようにさらに胸に向かい、顔をうずめた。




 あったかい。



 溶けていくみたい。



 お母さん。




 お母さん、ありがとう。




 認められたこと、とても嬉しかった。




 この幸せがずっと続きますように。




 そう、私は輝く星達に願った――。




        ◇    ◇    ◇


 2つの地区を繋ぐ門は暗くて先が見えないほど高かった。

 恐らく俺の身長の倍ぐらいはあるだろう。


 そこへ壁に背中を預け、眠そうに立っているイリナがうっすらと目に映る。


「……ああ?」


 よく見てみると、眠っているのかコクリと頭が下に傾いては慌てて目を開けて正面へとむき直ったりもする。

 そんな動作をイリナは幾度となく繰り返していた。


(疲れてんのかな……無理もないよな、復讐やら、色々今イリナは考えているはずだ)


 それなら起こさない方がいいかもと、俺はしばらくその姿を眺めていると気付いたのか、慌てて口に付着していたヨダレを服で拭い、顔を赤くして恥ずかしそうに尋ねてくる。


「見た……?」


「別に」


「ほんとに……?」


 なんで照れるんだよ。


「ああ、見てない」


「よかった……」


 ホッと一安心するイリナ。

 お前の寝ぼけ顔なんて見ても何も思わないよ、と言うとまた耳を引っ張ってくるかと思ったので何も言わない事にした。


 すると突然、イリナは胸のボタンを外してその谷間に手を突っ込む。


「お、おい! 何してんだよ!」


「え? ……よいしょっと、これが門を開ける為に必要なのよ」


 イリナの胸から取り出されたのは1つのペンダント。

 どうやらこれを使って門を開けるらしい。


 てっきりここで脱ぐのかと思ってしまった自分が恥ずかしい。


「ほら、ここ見て、ここにはめ込むのよ」


 言われた通り門を見てみると、確かに紋章をはめ込む穴がある。

 イリナはそこへピッタリとペンダントをはめ込むと、人の力では動かなさそうな門は金属が擦れたような小さな音を出しながら、ゆっくりと開いていく。


 キィ……キィ。

 キィィッ……。


「ここの扉はね、開けたらしばらく経つまで開いたままなの」


「そうなのか」


 ペンダントを回収しながらイリナはそう言った。


「うん、これ無くしたりしたら大変よ? トルム地区の人達の手に渡ったら、罪を背負うかもしれないんだからね。あとは知らない人を中へ入れたりしても、責任問題になるんだから」



 ああ、という事は2つの地区を行き来できるのは騎士団員の『許可を持った人』と『兵士のみ』だけなのか。


「さ、家まで案内するわ」


「おう」


 バルム地区かあ、行った事ないからちょっと楽しみだ。

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