4秒 時間停止
(どうしてみんな手を貸してくれないんだ! 代わりに助けてやってくれよ!)
兎にも角にも俺は祈り続けた、助けてほしいと1人の少女が手を伸ばしているんだ。
何故にその手を掴んでやらないのか、たとえ物を盗んだのが事実だったとしてもこの状況を大のオトナが傍観しっぱなしというのはおかしいだろう。
もちろん、関わりたくないと思う人達の気持ちもわかるが、誰かが助けてあげなければこの子はもう日の目を浴びる事すらできない。
しばらくするとカチャ、カチャと鎧がスレる音が聞こえ1人の兵士がこちらへと近づいてくる。
「どうした? 何の騒ぎだ!」
(くそ! 騎士団員か……)
先ほどの殴られた痛みは少し残っていたが、俺は渾身の力で振り絞って顔を上げる。
やっぱり【シュテッヒ国】の警備係だ、【騎士団員】がそこに立って男に事情を尋ねている。
もしタルトの窃盗が認められてしまえば一生かけても払えないほどの大金を支払う事になり、それが払えないとなると牢屋に入れられ、罪が確定した後にはよくて国外へと追放、悪ければ死刑となってしまう。
もちろん国外追放も死と変わらない、魔物だらけの外の世界では戦う術が無ければ、たちまちやられてしまうからだ。
どっちにしてもタルトの未来は死しか待っていない、だからこそ助けなきゃいけないんだ。
「お願い! 誰か助けて!!」
全員の視線が男とタルト、そして騎士団の者へと集まる。
もう誰も助けないのなら俺が動くしかない。
どうやったら、超能力が使えるんだ。
(くそ、発動しろ、発動しろ! 発動するんだ! 条件はなんだ、声で何かを言えばいいのか!?)
苦闘する俺を尻目に、男は得意げにタルトを差し出す。
「俺が抑えてますから、へへっ、団員さんが見てくださいよ」
男はいやらしい笑みを浮かべている。
(早くしろよ! 発動しろよ!)
……だが、何も起こらない。
そうしている間にも、事態は刻々と悪い方向へと動き出してゆく。
「大人しくしろ! 調べるだけだ!!」
騎士団がタルトに手をかけた。
(ああ、くそ!! 止まれ、止まれ、止まれ、止まれ!!時間がないんだ、頼むよ発動してくれよ!!)
「やめてよっ!! 離して!!」
頼む、止まってくれ。
今救えないともう二度とタルトには会えない。
(今しかないんだ!!)
俺は無意識に左拳を強く握っていた。
そして、小さく願望を呟く。
それが発動の条件とも知らずに――。
「世界よ……止まれえええッ!!」
……カチッ。
カ――チッ
チッ――――。
――。
――――。
頭の中でしっかりと音が3回聞こえた、そして俺の視界に映っていた人達は徐々に動作をスローにしていき――。
……静寂が訪れる。
このとき俺は時間停止が発動したと確信出来た。
これが神様の言っていた俺だけの動ける世界、時間停止か。
何はともあれ、今しかタルトを救う方法はない。
そう思った俺は痛みを我慢して立ち上がり、タルトに近寄ってはポケットの中へと手を入れた。
(やっぱり石像になっている状態でも、服には触れられる……って事は、物体は動かす事が出来るのか?)
声は神様と話した時のように相変わらず耳からは聞こえてこない。
他に何か変わった事はないかと自分の能力を確かめつつ、タルトのポケットを探っていると金のネックレスが1つ出てきた。
とてもピカピカで売れば結構の金になるだろう、なぜこれを盗んだのかはわからないがこれを男のポケットに仕込む作業を今は急ぐことにしよう。
ネックレスを男のポケットにスッと仕込み、フラフラと元の場所へと戻った俺は止まった時間を戻す方法を考える。
(止まれと言って止まるのだから……)
動けと願えば動くはずだ。
もちろん無茶苦茶な理屈ではあったがまず試してみないと始まらない。
(よし、世界よ動け……!)
先程と違い1回カチリと音が鳴ると、止まっていた世界が動き出した。
「……ん?」
やった成功だ、兵士はタルトのポケットに手を入れるがもうそこにある訳がなく、疑問符を浮かべたような声を兵士は出すと、同様に男も「えっ」という驚きの言葉を発していた。
「おい貴様、何もないぞ。どういう事だ?」
タルトの身体を一通り調べ終わった兵士は、男の膨らんだポケットを見て指摘をする。
「ん……? ひょっとしてそれじゃないのか?」
「え?」
「お前のポケットだ、よく見てみろ」
「あ、ああ!! これだ! 間違いない!!」
「おい貴様、ボケるにはまだ早いだろう……」
(時間停止、神様の言った通りとてつもない能力だ)
俺が動いていた事に誰もが気付いておらず、ザワザワと騒ぎは収まらない、自分でもまさに夢だと思うほど不思議な感覚だ。
(でも、なんですぐに発動してくれなかったんだろう?)
それだけが気になってしまっていた、能力の発動条件は間違いなくあるだろう、うーん、考えられるとしたら俺が苦痛で倒れていた時に発動したって事ぐらいだな。
という事はピンチになれば使えるという事でいいんだろうか?
不思議な高揚感に包まれ、俺は神になったような気分でいた。
するとザワザワと騒いでいた集団の声に腹を立てたのか、兵士は怒鳴り散らした。
「さっさと解散しろ! 次また理由もなく集団を作ってみろ、全員牢屋行きにするぞ!!」
それを聞き、周りの者達は1人1人と慌てながらその場を離れていく、男もまた、先程の光景が夢だと思っているのか頬を引っ張っては「なんだったんだ」と一言ボヤくように呟いては店へと戻っていった。
(良かった……どうにかなったな)
広場には商人の声が溢れ、街は重苦しい雰囲気からいつもの日常へと切り替わっていく。
少し離れていたタルトを見ていると、こちらへトテトテと近寄ってきてはどこか恥ずかしそうな顔をしていた。
「お兄ちゃん、さっきはありがとう! わたしお兄ちゃんを助けてあげたかったんだけど……」
ああそうか、タルトからしたら俺は男に殴られただけで事が終わってるのか。
じゃあ、いま照れているのは俺を助ける事が出来なかったからか。
情けないよなあ、女の子に手を差し伸べられているのが本当に情けない。
(タルトに時間停止をして物を移動させた、なんて言っても伝わる訳がないよなあ)
とにかく、お礼くらいは言っておこう、俺はニッコリと笑って返事をする。
「ううん、助けようとしてくれてありがとう、タルトが無事でよかったよ」
「でも妙な事があったの」
「妙な事?」
「私、物を盗んだのは事実なの、問題はどうしてあの人の懐から出てきたんだろう?」
タルトは不思議そうな顔で俺に尋ねてくるが、超能力についての説明がうまく出来なかったので「なんだろうね」とだけ、簡単に返しておいた、それよりも聞きたい事がある。
「そうだ、タルトはどうしてネックレスを盗ったの?」
「と、盗ってないよ」
「本当に?」
「……」
少し間を空けてタルトは気まずそうに答えた。
「……お母さんにもっといい服とか、いい暮らしをさせてあげたかったから」
「そっか……」
それ以上、俺はタルトから事情を尋ねることはなかった、これが悪事なのはわかっている。
起きた事実を個人の主観でねじ曲げるつもりはないけど、今の話を聞いてほんの少しタルトに俺は同情していた。
なぜ、盗むという行為に至るまでタルトは追い詰められていたのか。
その問題が解決しない限りタルトのようにまた同じ事をする者が必ず現れてしまうだろう。
「お兄ちゃん……私、悪い子だよね」
しょんぼりと下を向いて明らかにタルトは落ち込んでいた。
ここは励ましてあげないと。
「いや……」
いや、なんだろう、言葉が続かずに途切れた。
一体俺は何を伝えたいんだろう。
良い言葉が出てこない。
とにかく誰かが何かを奪って、奪われて、奪ってはまた奪われる。
俺はその悪循環が何となく嫌いなんだ。
だからまたタルトが盗みを働く前に何とかしてあげたい、そう思っていた時、なぜか残っていた兵士が俺に声をかけてきた。
「貴様、ネリス・ロコーションか?」
「はい?」
「イリナ副団長が話をしたいそうだ、ここで待っていろ」
ああアイツか、そういえばもう日が落ちかけているもんな――。