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10秒 最強との遭遇

 声の方へと視線を向けると、男は女性の服を掴んで必死に何かを訴えていた。

 しばらく会話を聞いていると、ぶつかったにも関わらず女性から謝罪の一言が無かったという感じだろう。


 というか男も男だ、それだけの事でわざわざ声を荒げる必要は無いだろ。


「おい、何とか言ってみろよ!!」


 どんなに言われても女性は黙ったまま何も言わずにいた。

 そもそもこの人はバルム地区の住民なのだろうか?


 ドレスのような全身を覆う黒い服を身につけ、腰には長剣を仕込んでおり、波打つようにぐねぐねと曲がったロングヘアーが印象に残る。


(助けた方がいいよなあ……)


 そう思った次の瞬間、奇妙な事が起きた。

 突然、男の身体はクルリと空中で1回転してから女性の前にバタリと倒れた。


(え!?)


 今のなんだ、何が起きたんだ!?

 男の腕をゆっくりと握るとこまではハッキリと見えていた。


 しかし、そこから場面が飛び、男の身体は既にクルリと回って地面に倒れてしまっていた。

 周りの人々を見ると俺と同じように目をパチパチとさせて驚いており、誰ひとりとして何をされたのか理解していないようだった。


「そら、頑張って足掻いてみろ」


 女性はそう言うと、不気味な笑みを浮かべたまま倒れた男のノドを足で踏み潰していく。


「ぐあああああああっ!!」


 男は痛みに耐えきれなかったのか、思わず叫び声をあげていた。

 苦しそうな声をあげながら震えた手で女性の足を掴むが、どういう訳か全く持ち上がっていない。


「ぐふ……ぐふふふふ、どうした? この程度か?」


 女性は恍惚こうこつのような表情を浮かべ、さらに力を込めたのか男の地声が一段と高くなっていく、その様子を見て慌てながら1人の男がこう言った。


「お、おいあの男、やばいぞ!?」




 確かにまずい状態だ。

 血の流れを止められてしまっているのか、肌はみるみるうちに青ざめていき、口からは泡を吹いている。

 一刻も早く助けなければ死んでしまうかもしれない。


 でも俺が女性の前に出て何が出来るんだろう。

 いや、何が出来るだろうなんて考えるな、男を助けたい。ただその一心で時間停止を発動させた。


(世界よ……!)


 止まれ!!


 ――カチッ。


 周りの者達は徐々に動きをスローにしていき……。




 カチッ。


 チッ――――。


 しばらくすると、完全に停止した。


(よし、行くぞ!!)




 俺は女性の目の前まで飛び出してから能力を解除する。

 急に俺が現れた事に周りは驚きの一声をあげ、金髪の女性だけはなぜか反応はやけに薄く、冷たい瞳でギロリと睨み付けられた。


 その表情に俺は少しの間だけ気圧けおされたが、ここで引き下がる訳にはいかない。

 このまま男が死んでしまうのを黙って見過ごせないからだ。


「やめろよ! 死んじまうだろ!!」


 勇気を振り絞って俺が叫ぶと、女性は長剣の柄に手をかけながら尋ねてきた。


「……誰だお前は?」


「誰だっていい、とにかくやめろ!」


「ほう」


 女性は妙に感心を持った顔で呟くと、ニヤリと口元を緩ませ柄から手を離し、男の喉を踏みつけていた足をも離す。

 そのまま俺の目の前まで歩きながら、近寄ってくると――。


「聞かせてくれ、なぜやめなければいけなかったんだ?」


 彼女の冷たい目と答えを期待しているようなその顔が頭の中に強くイメージされる。

 それに加えて、何を言っても否定されるほどの冷酷な声。

 思えば思うほど恐怖が加速していき、まるで蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまった。


(ここから逃げ出してしまいたい)


 どう回答すれば彼女は納得するのか、緊迫したこの状況に俺の心臓が耐えきれなくなってしまい、脈を打つ速度が速くなる。

 感じられるのは純粋な殺意と俺に対する興味心、この女性に対しては慎重に言葉を選ばないといけないと思って意を決した俺は口を開く。


「い、命は1つしか無いからだよ!! 2つもあったら死ぬ事に恐怖なんて持たなくなる、だからやめろってお、俺は言ったんだ!!」


 自分を鼓舞させる為に声を荒げた。

 身の毛がよだつ。

 殺されたくない。


 頭の中がその言葉だけで埋まると同時に全身の汗が吹き出し、俺は彼女から目を逸らす事が出来ずにいた。


「ぐふ……ぐふふふふ」


 何が面白いのかわからないが、女性は腹を抱えて笑っていた。

 この回答が正解だったのか?


(何にせよ、命を落とさなくて良かった)


 俺は一安心して額の汗を拭おうとした。

 その時、肩に嫌な感触が残る。


「お前、面白いヤツだな」


 俺の肩を掴むように彼女は左手を乗せてきた。

 優しく叩かれたその手は、グッと力を入れられたら俺の骨は粉砕されてしまうのかと思うほど、俺の心を締め付けた。


 まさに、刃を向けられた気分だ。

 今までの人生で印象に残った出来事が、猛烈に頭の中で駆け巡っていく。


 足が前に出ない。

 見ると、自分の足とは思えないほどに震えていた。

 これほどまでに、恐怖というのは身体を支配していくのか。


「私はグレア・フィールドだ。こんな場所でも暇潰しが見つかって嬉しいよ」


 耳元で小さな声が聞こえると肩についている嫌な感触が消えた。

 ゆっくりと確認するように目を開けると、そこには『グレア・フィールド』と名乗った金髪の女性は既におらず、コツコツと後ろから足音が聞こえてくる。


 バッと俺は振り返ると、どこかへと向かって歩いていくグレアの背中が見えた。

 恐怖から解放されたからなのか無意識に軽く叩かれた肩を手で触る。

 目を閉じればあの冷たい目が頭の中で浮かび、忘れられないほど印象に残る出来事だった……。


(グレア・フィールド……)


 何者なんだ、あの人。


「あちらです!」


 助けを呼んでいたのか女性の叫び声が聞こえた。

 1人のテスト候補生だろうか?

 駆けつけた兵士2人と共に走ってくると、苦しみながら呼吸をしている男の元へと駆け寄り、応急処置を始める。



(このテスト、これ以上何も起きなければいいけど……)



        ◇    ◇    ◇



「それでは最後の種目である弓術のテストをします、この弓と矢を使ってあの離れた的に当てる事。終わった方は騎士団のロビーで結果をお待ちください」


 甲冑を身につけたイリナが紙を持って最終試験の説明を行うと、テストを受ける者達は気合いの現れなのか、一斉に声をあげ始める。

 その数はざっと30人くらいだろうか、みんな自信満々の表情で最後のテストに向け、気合いの一声を入れていた。


「うおおおお!! やるぞ!!」

「俺が団員になるんだ!!」

「私が成功の道を掴むの!!」


 ちなみに現在の俺の結果はというと、正直なところ下から数えた方が早いだろう。

 体力も、知力も、筋力も剣術も魔術も……全てにおいて失格判定を喰らってしまった。

 だからこそこの弓術テストで挽回するしかない。


(じゃないと騎士団員になるのは難しい、で、でもこれで満点さえ出せれば……まだ望みはあるはずだ)


 俺は気合いを入れるため、パンッと両頬を叩き、一番先にテストを受けようと机に置かれた弓と矢を手に取るため迷わず足を前へと出したが――。


「おいそこの人間、どけ!!」

「俺が先だ!! 貸せ!!」

「私が先よ!!」


 熱量は他の者達が上回っていた。

 次々と挑戦する者達に突き飛ばされてしまい、俺の視界はグルグル回り、そのまま集団の一番後ろへと追いやられてしまう。


 フラフラと揺れていた視界が元通りになると、先程の場所は既に長蛇の列が出来上がっていた。


「仕方ない、全員が終わるまで待つ事にするか」


 最後尾なら並んでも意味がない、そう諦めた俺はぼーっとした顔で列を眺めていると――。


「――は」


 男性の声が聞こえた、今まで見た騎士団員とは違う【白い甲冑】を着ていた1人の兵士が立っており、隣のイリナに声をかけている。

 色が違うのはリーダー的な人なのだからか、イリナは手に持った紙を一度見てはまた白い兵士の方へと向き直し、何か重要な話をしているように見えた。


 それを見て俺はイリナと店の裏で話した事を思い出す。

 なんとしても力をつけてイリナと対等にならなければ、説得の最中に暴力を振るわれたら止める事も出来ないんだ。

 獣族と妖人の関係、どうにかして2つの種族を仲良くさせたい。



(でもどうやって種族間の関係を取り持てばいいんだろう? 止めるにしても、獣族側の意見も聞いておきたいしなあ……)


 そもそもここにいる獣族の人達はその件についてどう思っているんだろうか?

 1度、トルム地区にいる獣族の人に聞いてみてもいいよな。


「どうする? テストを放棄するの?」


「え?」


 いつの間にかイリナは俺の前に立っており、一驚した俺は並んでいた列をふと見るとそこには誰1人としていなかった、なんだ、もうみんな終わったのか。


「受けるの?」


「あ、はい、受けます」


 やらないと失格が確定してしまうもんな。

 指定された場所へ立つと思った以上に的はかなり離れており、よく見ると3本の矢が刺さっていたのが確認出来た。

 という事は3人しか当てていないのか。


(1本しか挑戦出来ないのに、果たして俺に当てる事が出来るだろうか?)


「ではどうぞ」


 イリナから開始の合図を受け、いよいよ俺の最終試験は始まった。

 とにかく時間停止という超能力に頼るしかない。

 そう思った俺はさっそく能力を宣言してみる。


(世界よ、止まれ!! ……あれ?)


 時間停止が発動しない。

 どうしてだ? 俺は発動しない事に慌てながらも幾度となく同じ動作を繰り返す。

 だがどうにもならない、そんなモタモタとしている俺の姿を見ていられなかったのか、イリナは「団長が見ています、早くしなさい」と急かしてくる。


 そんな事言われたって、普通にあんな小さな的に当たる訳がないだろうに。


(しかもこれ、意外と固い……!!)


 とにかくやってみよう、そう思った俺はとりあえず弓を持って矢を装填し、思い切り弦を引いてみる。

 しかしながらこれが物凄く固い、糸が張りすぎなのか、それとも俺の筋力が足りないのか、これでは狙いを定める事さえも厳しい。


 俺はとにかく一生懸命に引っ張る事だけを意識し、どうして超能力が使えなくなったのかを考えていた。


(えーっと、とにかく思い出してみるか……タルトを助ける時、どういう状況だったかを)


 確か俺は四つん這いだった。

 いや、そうじゃない、あの状況とグレアを止めようとした時の共通事項を探せば、発動しない理由がわかるはず。



(時を止める、時間停止、停止する為の発動条件……ん、発動条件……?)


 つまり、この能力を使用する為の条件。

 それが満たされていないから能力が使えていないのか?


 あれこれ考えていると、弦を支える力が足りなかったのか。

 ツルッと指が滑ってしまい、矢は明後日の方向へと放たれてしまった。



 ヒューッ……。



 矢はそのまま情けない音を出し続け、真上へと飛んでいく。

 そんな虚しい矢を見て、俺は今なら超能力を使えるのではないかとふと思った。


(世界よ――!!)


 カチッ。


(え、マジか!?)


 カ――チッ……。


 このまま発動してしまう勢いだったので、慌てて解除した。

 扉を向かう2人を見て俺は確信した、この能力には『使う為の使用条件がある』と。


 矢は地面へ落ち、白い甲冑の者は俺と目が合うとクスリと笑い、「こちらへどうぞ」と建物を指してから中へと入っていってしまった。

 それを見たイリナは俺に挨拶もなく黙ったまま着いていく、これは聞かなくても弓術テストの結果はダメそうだな。




(でも、収穫はあったぞ)




 能力の発動、その条件がわかっただけでも十分だ。

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