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魔術師の少女、世界端末の少年  作者: 海山優
三章『その目に映るのは』

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◆二十九話:後日談/もうひとつ

「結局さ、火灼はどこに行ってなにをしていたの?」


 私は浮かんだ疑問を本人へと向けることにした。


「あら。気になる?」


 その声には「意外だね」という感情が含まれていて、私自身もその気持ちを共有していた。


 刀河火灼とスノウ=デイライトの人間関係において、そういった疑問は些末なことでしかなくて、気にするだけ無駄なことだったからだ。それにも拘わらず私がそのことを考え、こうして言葉にまでしたのには理由がある。


「秦くんがね、気にしていたの」


 天木秦――私の好きな人で、私のことが好きな彼が気にしているのだ。


「はいはいなるほどね。男のために探りを入れているわけだ」


 いつものように揶揄う言い方をしてくるが、今回ばかりは否定する。


「違うってば。別に、秦くんのためじゃないよ。私も気になったの」


 言葉のニュアンスを理解したのか、火灼はしかと頷いた。


「……そっか。別にあいつのためってわけじゃないのか」

「そうそう、これはただの私的な好奇心だよ。興味関心の発露でしかないわけでして。だからまぁ、火灼には黙秘権があるし、それを行使するのであれば私はそれを追究しようとも思わない。その程度のモノだね」


 無理に問い詰めることはないのだ。必要があれば説明をするし、必要がなければ説明を省くのが火灼である。私はそんな火灼のスタンスを好ましいと思っているし、それでいいと考えている。今までがそれで成立しているし、これからもきっと問題なく成立し続けるであろう完成した関係性。


 だから、もしかしたらこれは不必要な踏み込みで、これを呼び水としてこの関係に亀裂が走る可能性だってあるのだけれど、その時はその時だろう。


 ――不変というモノは幻想に過ぎないのだと、秦くんはよく嘯く。


 変わらないものなどない。形而下の存在である私達は常に変化と共にある。であるならば、その変化には主体性を持つべきだと私は思う。受動的では変化に対して後手に回ってしまうことも多かろう。だからこそ、自らの意思で動き、自らの望む状況を目指し続けることこそが肝要なはずだ。きっと、たぶん、おそらく、めいびぃ。


 こちらの意思表明に思うところがあったのか、火灼は数秒ほど指先で自らのおとがいを叩いた後、笑った。


「まー、スノウにならいいかな。もう終わったことだしね」

「終わったこと?」

「そ。終わったこと。――そんで、私が何をしていたかと言えば他の失敗作を潰して回っていた。というのが適切かな」


 ――他の失敗作。


 あまりにも抽象的な表現だけれど、ここで火灼が示すモノは一つだろう。


「世界端末案件なのね」

「Exactly」


 思った以上に重要そうな内容だった。火灼はこれで結構無計画に無駄なことをすることも多いので、本当にどうしようもないことをしていた場合も考慮していたのだが、そうではなかった。むしろ、ソレは私や秦くんにとって最も注意すべきモノだ。


 注意すべきモノであるというのに火灼がそれを私たちに知らせなかったということは、その内容が少なくとも秦くんには聞かせられないモノだったからだろう。


『潰して回った』


 火灼はそう言った。穏やかじゃない表現と言っていい。


「他の失敗作――空海家のような『世界端末』に手を伸ばして破綻した人たちね」

「まぁ、いくら秘匿されていようとも知っている奴は知っているわけだ。デイライト家だってその一つなわけだし」

「そうだね。というかむしろ、デイライトや空海だけが『世界端末』について研究しているだなんて思い上がりも甚だしいか。そんなの、探せばたくさんとは言わないまでも少なからずいるよね」

「実際にいるね。そんでまぁ、今回私が絞ったのは明確に失敗した連中だ。九つぐらいかな。組織で動いていたり、集落だったり、家系だったり、個人だったり、そういうのが色々」


 そういう情報をどうやって集めているのかも気になるが、火灼は色々なツテがあるようだし、聞いてもはぐらかされるのが精々だろうから疑問を放置して話を進める。


「なんで潰して回ったの? その辺に秦くんのことが漏れそうだったから?」


 今のところ、秦くんのことはそういった存在には漏洩していない。だが、もし何かのきっかけでそいつらが秦くんのことを知れば文字通り死に物狂いで確保しようとするだろう。それこそどのような手段を使ってでも、秦くんの意思など無視して、だ。


「漏れそうってよりかは、漏らして甘い汁を啜ろうとした奴がいるってのが正しいね。いやまぁ南雲のことなんだけど」


 歩みを止める。一瞬、背筋を熱が走り抜けた。


 思わずすぐ近くにあった標識の支柱部分を握る。私の激情を受け止めてくれた支柱は一部分だけ太さが半分以下になった。


「殺すか」


 私の中で弾き出された結論は単純明快なモノだった。


 だが、それを火灼が「ないない」と手を振る。


「いや、殺さないから。その辺については私が釘を刺したから控えて控えて。今あいつらと敵対する方が面倒だから。天木も困るから。ね?」

「むぅ……」


 どうどうと馬をあやすかのごとく宥められる。


「空海の件。半分ぐらいはあいつの仕込みだったのは知っているでしょ? 紆余曲折を経て天木の眼球を成世に移植することになったけれど、元々はそれが狙いでね。要はそういった世界端末の一部を移植された代替品をたくさん欲しがっていたわけよ。まぁ普通に人体実験用のモルモットが欲しかったんだろうけれど、流石にねー。それは天木の負担が大きいからやめさせたのよ」


 南雲飾が空海家を引き入れようとしていたのは知っていたが、その裏でそのようなことを考えていたとは知らなかった。


「それなら教えてくれても良かったのに」

「私一人でもどうにかなる算段が付いていたからってのもあるけれど、終わってからにしないと、スノウが南雲を殺しに掛かりそうだからね……。あんなんでも学府の中では手を組むに値する存在だから現状を維持したかったのよ」

「なるほど……」

「今んとこは、まぁ安心してよ。私やあんたがそれなりに牽制をしていることもあるし、貴重な天木(たんまつ)成世(よび)がそれぞれ一つしかない以上は危ない橋をおいそれと渡らせることもできない。事実、今回みたいな本来であれば期待値のかなり低い徒労に終わるだけのことをさせるのが精々さ」


 そう。実際にここ半年の南雲はかなり消極的だ。空海家の一件以降、秦くんを危険な目に遇わせないように注意していると言ってもいい。むしろ、秦くんに対しては信用を積み上げようとしている節すらある。事実、今回の依頼は言ってしまえば『旅館に泊まって占い師に占われる』だけであり、仕事とすら言えない。唯一期待したことは『世界端末』と『魔法使い』の対面によって起きるかもしれない『何か』だった。


 ――しかし、その実態は違っていた。


 神父との戦闘。

 到達者の乱入。


 そんなことが私に起きたのに、肝心の秦くんは魔法使いと対面しても何も起きなかった。


「今回のは、南雲の仕業じゃないんだよね」

「まぁ、そうだね。十中八九はそうだと言える。天木と成世には神父やク・ウォンの件については緘口令を敷いたから、南雲側に伝えられたのは『魔法使いと対面したけれど両者ともに何もなし』ということになっている。そして、南雲はそれについて大したリアクションがなかったわけよ」


 後日になって、呼び出された秦くんと成世ちゃんが神父や到達者のことを伏せて占い師との面談内容を話し、何も起きなかったことを伝えたところ南雲は「まぁ、でしょうねぇ。それはそうと、ゆっくりできましたか?」と、分かりきったかのような反応を見せていたのは覚えている。つまり、アレに作為はなかったのだ。


 ……まぁ、とはいえ、アレらを偶然で片付けることはできない。神父に関してはまだいいとして、よくないのは到達者だ。無視できないほどの異常。


「火灼はク・ウォンについて心当たりがないんだよね」

「ないね。マジでない。だから私を探しているという事実が怖くて仕方がないってのが本音だわ。いやぁ、本当にどうなるかわからなくて怖い……」

「秦くんを連れて行けば? なんか、仲良さそうだったし」


 行き倒れていたところを偶然見つけ、ご飯をたかられただけの関係だそうだが、ク・ウォンは秦くんに対して気を許しているように見受けられた。


「……うーん、そんときは借りるかもしれない。スノウからも言っておいてよ」

「りょーかい」

「それにしても、天木が到達者と知り合っていたってのが一番驚きね。たまたま遭遇したとか言っていたけれど、あんな存在がそんな気軽に出現(ポップ)するわけねぇだろっつーの」


 そうだろうか? そういう意味では一番奇跡的な存在は秦くんそのものだ。そういう星の下に秦くんがいる以上、彼がそういった存在を惹き付けるのはある種の当然とも言えるのではないだろうか。


「それを言ったら、そんな到達者に捜索されていた火灼も大概って話になると思うけれど」

「ほんとにね。っかしーなー。私そんなのを使われるほど厄介なことをした覚えはないんだけれどな……」

「まぁ、それは後日判明することだし、今はいいでしょ」


 私は話題を脇にどかすポーズを取る。


「そうね……」


 火灼は明後日の方向に投げ捨てられた話題を名残惜しそうに見送りつつ、本題に戻ることを了承した。


「それで、南雲が世界端末の代替品をたくさん欲しがっていたって話だけれど、火灼がそれを巻き取ったの?」

「そゆこと。ちょっとした交渉をして、失敗作どもの情報を私が貰い受けたってわけ」

「火灼はその情報を使って、失敗作たちを潰して回ったと?」

「そうそう。まぁ、やったことは単純で、どこも『世界端末』の研究から手を引かせたかったわけだ。その研究がまだ“過程”の段階であれば私は関与しないけれど、そいつらはどうあれ明確に失敗した奴らだからね。そこには発展がない。出来るのは滅びの先延ばしが精々の連中だ。そして、そういうのは大抵の場合、別の奴らに食い物にされる。それこそ空海家のようにね。そういうのはいいや」


 空海家のようなただ滅びを待つだけの存在をして、発展性のなさを火灼は言及した。


 そういう存在を、いらないとした。


 言葉の上では酷く冷たく物騒な印象を抱かせるが、火灼は初めに言っている。


 手を引かせたかった、と。


「皆殺しにしたわけじゃないんだ」

「いいかなスノウ。人間ってのは『長期的に運用可能な資源』なんだ。転用不可能な廃棄物にでもなっていない限りは他に使い道がある。そりゃ費用対効果(コストパフォーマンス)にはしっかりと向き合う必要があるけれど、世界端末に少なからず手を伸ばした連中ってのは魔術社会では上澄みだよ。そんな奴らを皆殺しとかね、それは最終手段だよ。手遅れでもない限りは手を差し出すべきなのさ」


 火灼はしたり顔でそれっぽいことを言うが、私は指摘する。


「破綻したような連中なんてほとんどが手遅れでしょう?」


 それこそ、空海家だってそのクチだ。成世ちゃんがどうにかなったのは『天木秦』という特別がいたからに他ならない。その“秦くん”という特別を用いることを除外した場合、ほとんどの失敗作はそのまま滅びるしかないだろう。


 そしてまぁ案の定というか、火灼はそれを否定しない。


「早い段階で躓いたおかげか軽症で済んでいたのが二つ。見当違いもいいところの的外れな道を突き進んだ結果、無関係な破綻を迎えたのが一つ。私が処置の余地ありと見て面倒を見ることにしたのはそいつらだけ。そいつら以外は、まぁ、どれも空海家同様かそれ以上に悲惨ですでに終わっていると言える状態だった」


 ――だから、さっさと引導を渡してきたわ。火灼はそう締めた。


「それは放置でも良かったんじゃないの?」


 私が思ったのはこれに尽きた。遅かれ早かれ滅ぶのであれば、わざわざ手を下す必要はない。それは徒労と言ってもいい筈だ。それなのに火灼は早めに終わらせることを選んだ。


「そうだね。正直、放置でも良かった。でも、もしかしたらを考えると、早めに対処した方がもっと良かったんだ」

「もしかしたら?」


 火灼が危惧した“もしも”とはなんなのだろうか。


「そいつらが自力で天木の存在に辿り着く可能性」

「…………」


 私は思わず黙った。


「南雲側からの干渉、その線は潰した。それでも、万が一を考えると、そいつらが天木に繋がる可能性を捨てきれなかった。すでに学府の一部では『デイライト家』と『第三席』が『世界端末』を確保したという噂が流れている。意図的に流されたものとはいえ、すでに辿るための筋道は出来ている以上、絶対とは言い切れない。つってもまぁ、その可能性は本当に些細なんだけれどね。基本的にはデイライトと南雲の息が掛かっている連中だから、心配する方が馬鹿らしい」

「それでも、火灼は動いたんだ?」

「そう。それでも私は動くことにした。そんな可能性はいらないから」

「でもさ、それこそ考える必要がなさそうにも思えるよ。だって、それで失敗作たちが秦くんを確保しようとしても、それこそ南雲飾がそれを許さない。もちろん、私だってそう。火灼だってそうでしょう?」


 破綻したような連中が私たちを押しのけ、世界端末たる秦くんを手中に収められるとは到底思えない。


「でしょうね。――だからまぁ、私が一番に危惧したのは別の可能性。失敗作どもが天木に縋る場合だよ。世界端末の確保だなんて言わない。そんな贅沢は言わない。死にたくないという本能からの命乞い。ただただ“助けてくれ”と涙ながらに懇願した場合だ」

「…………」


 私はまたしても黙ってしまう。


「どれだけ南雲が許さなくとも、スノウ(あんた)が許さなくとも、私が許さなくとも、当の天木(ほんにん)が望んでしまえば、どうしようもない。きっと、誰もそれを止められない。止めれば、そいつは天木の恨みを買うことになる。それが実行可能かどうかわからないのであればまだ言いくるめることもできたかもしれないけれど、それも無理だ。――だって、空海成世という前例があるから。もしもそうなったら、あんたはあいつを止められる?」


 ――無理だ。


 私はそれを否定できない。



 □■■□



 天木秦という少年はやや捻くれているが、それは思春期特有のモノと言ってもよく、正直に言えば可愛いモノだ。実際に私はそれを愛おしいと思っているし。


 そんな彼は、人には幸せであって欲しいという願いを抱いている。


 公正世界仮説を鼻で笑うくせに、努力は報われて欲しいと言い、善人には幸福を願う。


『神さまはいないのだろうけれど、今からでもいいからいて欲しいな』


 信じないくせに、信じたいと彼は言う。


 彼が言う『神』とは宗教に出てくるようなモノではなく、もっと超常的で、不思議なパワーで困っている人や動物を助け、誰もが安心して暮らせるような世界にしてくれるような、そんな都合がいい存在だ。そんな神なんていないと理解しているくせに、そんな神がいて欲しいと彼は心から思っている。


 でも、そんなことはあり得ないから彼は理不尽を許容している。理解した気になって、知ったふうなことを言う。


 だというのに、見知らぬ誰かを助けるために命を差し出せるかと聞かれれば困るくせに、眼球一つで助けられると知ればあっさりと差し出す愚かで愛しい君。


 きっと、空海成世と似たような状況に陥っている人間が彼に縋りつき、四肢や臓器の一部を懇願したら、彼はきっと了承してしまうだろう。


「私はねスノウ、幸福な王子って話が嫌いなんだ」


 火灼は唐突にそんなことを言った。


 幸福な王子。オスカー・ワイルドの有名な作品の一つだ。


 ――ある街に【幸福な王子】と呼ばれる像が建っていました。


 若くして亡くなったとある王子を記念して建てられたその像は鉛の心臓を持ち、剣の柄にルビーをはめ込み、両の目にはサファイアが埋め込まれており、全身が金箔によって飾り立てられて輝いており、街の人々の自慢でした。


 ある日、旅の途中だったツバメが像の足元にとまると、空は晴れているのに何故か一雫の雨が降りました。どうしてかと不思議そうに見上げると、それは幸福な王子の両目から流れているものでした。


 像には王子の魂が宿っていたのです。


 そして、街を一望できる場所に建てられたがために、王子は幸福だった宮殿にいた頃には知りもしなかった存在――貧窮に喘ぎ不幸の渦中にいる人々を見て、知ってしまったのでした。


 その事実に王子は泣いていました。王子はツバメにお願いします。両の目に埋められているサファイアを、剣の柄にはめ込まれたルビーを、身を包む金箔を、困っている人々に届けて欲しいと。ツバメは言う通りに届けました。王子から輝きを剥がし、人々に分け与えました。


 やがて、冬が訪れました。


 王子は輝きを失い、ツバメは寒さに身を震わせていました。王子はサファイアの目を失っており、すでに何も見えません。寒さによって衰弱したツバメはもはや大陸を渡る力も残っておらず、自らの死を悟ります。


 ツバメは最後に王子へとキスをして、力尽きました。ツバメが死ぬと同時に、王子の鉛の心臓が割れました。見窄らしくなった像を見た街の役人たちは飾る価値のなくなった像を撤去することにしました。その足元には鳥の死骸がありましたので、ゴミ溜めに捨てました。


 新しい像でも建てようという話になったので、像を溶鉱炉で溶かすと、何故か割れた鉛の塊だけが溶けませんでした。仕方がないのでその鉛もゴミ溜めに捨てました。


 天の国から、その様子を見ていた神様が天使に言いました。


『あの街で最も尊きものを二つ、持ってきなさい』


 天使は鉛の心臓と、ツバメの骸を天へと運びました。神は天使の選択に頷き、ツバメには天の国で永遠と歌わせるようにし、王子には自らへの永劫の賛美をさせました。


「――こんな感じの話だったよね。どういうところが嫌いなの?」

「んー、全体的に」

「全否定じゃん」

「まぁやっぱり神の挙動がクソに尽きるってのはあるわね。色々とそうなる前に助けろよと言いたい。王子とツバメの魂欲しさに見殺しにしたんじゃないかと疑っちゃうわね」

「あー、うん。確かにね」


 この話に出てくる神はなにもしない。なにもしないくせに、気に入った魂だけは回収して、それに自分を賛美させることだけはしている。秦くんの嫌いなタイプの神さまだ。


「それにさ、この話、突き詰めると誰一人として幸福にならないのよ」

「そうなの? 少なくとも、王子とツバメによってある程度の人は救われていそうだけれど」

「よく考えてみなさいよ。身に纏った価値あるものを最愛のツバメに運んでもらうことによって、幸福な王子は人々に幸福を分け与えた。ただ、その事実を知っているのは王子とツバメだけ。あとまぁ一応神が知っているけれど、神は何もしないので無視」

「ふむふむ」

「では、見窄らしくなった像を見た役人は、まずどう考える? 簡単だ。幸福という価値を纏っていた像から、失われたその価値は何処へいった? そう考えるのが順当だ。そして、貧窮した人々は宝石や金箔を渡されたとして、どうする?」

「……そりゃ、まずは換金よね」

「そうね。そういった人たちにとって、宝石も金箔も持っているだけでは意味がない。その人たちが必要としているのは食べ物や薬だから。そうなると、何はなくとも金銭に変えなければならない。そしてまぁ、役人はまず考えるわよね。盗んだ人間がいると。まずは流通しているか確認するはずよね。真っ先にそういった金品の換金を生業とする人間にね」

「……妥当な考えだね」


 私は頷き、薄々ではあるが火灼の言いたいことが理解できた。


「そうして辿ってみれば、何故か貧窮していた人間がその宝石や金箔やらを持ってきたとわかる。あとはまぁ、簡単よね。窃盗は犯罪だもの。それも国の建造物、王族に関わるものからの窃盗ともなれば、重罪でしょう。貧窮に喘いでいたのにいきなり金品を換金したり、食べ物や薬を買ったりした人間なんて、印象に残るし簡単に足がつく。ほとんどが捕まるわけ。ある日、気付いたら家にあった。なんて供述したところで、信じてもらえないだろうね。そりゃそうだ。王子の真意を知っているのは当人とツバメだけなんだもの」


 ――ほら、最終的に幸せになった人間は誰もいない。みんなが不幸になっただけ。


 火灼はそう締めた。


「最悪の考察だ……」

「でも、あり得るでしょ?」

「そうだね。それに、火灼が本当に言いたいこともわかったよ。秦くんを幸福な王子にはしたくないってことだね」

「……まぁ、そういうことね」



 □■■□



 私と火灼は長い事歩きっぱなしで、その暇な時間を埋めるようにずっと喋っていた。


 そうして長い雑談の末に、気付けば目的地に着いた。


「やっほートーカ。会いに来たよ」


 場所は北九州の外れにある住宅街。そこには一人の占い師がいた。


 伊地知桃花。通称イト。未来予知の眼を持つ魔法使い。『宣述会』という団体の長であり、先日秦くんが宿泊した『糸杉屋』のオーナー。そんな大層な立場の人間だというのに、どうしてこんな場所にいるかと言えば簡単で、イトは占いをやっていた。簡素だが頑丈そうなイスやテーブルを広げ、道行く人を相手に占いをしているのである。この人物は随分と年齢を重ねているにも拘わらず、未だに現役で占い師をしているのだという。しかも彼女は常にこうして国内外問わず様々な場所を渡り歩いるそうな。驚くべきバイタリティである。


 ――そして、火灼の旧い知り合い、らしい。


「世那さん。確かあなたは今、女子高校生でしたよね?」


 イトは若干呆れたような口調でそう言った。イトは火灼のことを「世那さん」と呼んだ。それは火灼の数ある名前の一つで、昔に使っていた名前だそうだ。


「そうそう。あいあむジョシコーセー」

「あの、今は平日の昼間ですが、学校は……」

「女子高校生は自由なんだよ」

「そうですか……」


 不思議な絵面だった。片や老齢の女性で、片や十代に見える少女。だというのに敬語で目上の相手と話すかのように振舞うのは老婆の方で、まるで子供と話すかのように振舞うのは少女の方だった。


「……まぁいいでしょう。それで、そちらの方は?」


 火灼の雑な振る舞いには慣れているのか、イトはこちらへと視線を向けた。


「スノウよ。私の友達ね」


 すかさず火灼が紹介する。


「こんにちは。よろしくお願いします」

「はい、どうも」


 私の会釈にイトも対応する。


「それじゃ、さっそく頼むよ」


 火灼はそう言って、私をイスに座らせた。


 ――ここに来る前に、火灼は言っていた。


『イトの未来予知が出来ない相手の条件。まぁ普通に考えて魔術師だよね』


 そうであれば、学府の人間や秦くん、成世ちゃんの予知が出来なかった理由の筋は通る。それらの明確な共通点が『魔術師』だからだ。


 でも、それはおかしいのだ。


『理由が魔術師だとしても、それに魔法使いの能力が阻害されるのがおかしいって言いたいのでしょ?』


 それだ。法則の強度。魔法は魔術を凌駕する。すべての魔術は魔法の前では塵芥に等しい。


『そう。だからこそ、誰もがその考えを却下した。南雲だってその可能性を除外した。そもそも、魔術師であることが理由だとして、どうしてそれで魔法が通用しなくなるのかの説明にはならないからだ』


 だが、火灼は確信を持って言った。


『変則防御だ。魔術師が纏う防御膜。世界の理不尽に抗うために魔術師が纏う法則改変の守り。神秘のヴェール。これが原因ね。トーカの未来予知は眼に依って行われる。対象を反射した光が持つ情報を参照して――そこで能力を発動して、解析し、世界にアクセスする。つまり、本来であればトーカの魔法は別に相手を見る必要すらない。それなのに相手を視界に捉える必要があるのは座標(アドレス)の特定、もしくは検索のための絞り込みなんだろうね。インターネットの検索機能に例えると分かりやすいと思う。見ることのできる情報は多いのに、それを隅から隅まで全部見るのは人間には不可能なのよ。だから語句とかを指定して絞り込んで、見られる範囲を落とし込む。必要な情報だけを視界に収める。肉体の処理限界があり、そのために能力が制限されているわけだ。そして、魔術師の纏う変則防御はこの座標情報を乱している。それ故に魔法を使用した際に参照できない値を入力され、未来予知が失敗する。けれど、本来であれば魔術師も含めた未来予知は可能なのよ』


 その根拠はなにかと、聞いた。


『常人に対する未来予知の確度が高いのが理由ね。もしも魔術師が見えないというのであれば、未来の予測演算処理に於いて魔術師という不確定要素が存在するということになる。魔術師は少ないけれど、無視できないほどには存在するわ。トーカが今まで視てきた人間の誰もが魔術師と関係ない人生を歩めていたかと言えば、それはあり得ない。つまり、魔術師との関りも込みで未来予知が行われていると考えていい』


 では、変則防御を外せばいいのかと疑問する。


『結論としては、その通りね。そうすればトーカは魔術師の未来も見ることが出来るようになる。けど、変則防御ってのは魔術師が無意識に使うモノでね、意識して解除するのってかなり難しいのよ。かなりの実力者でないとできやしない。それに、たとえ変則防御を解除した魔術師がトーカに見てもらったところで、ただちょっと未来が知られて終わりよ』


 じゃあ、結局のところそこまでやっても意味がないってことなの?


『普通の魔術師ならね』


 本来、南雲の目論見は世界端末と魔法使いの邂逅だった。もっと正確に言えば、世界端末に対して魔法を使用した場合に起きるかもしれないことの確認だ。


『天木や成世だと変則防御が解除できない』


 私――スノウ=デイライトは変則防御を使用していない。


 必要ないからだ。日々の鍛錬などによって肉体そのものが向上しているため、そんなものがなくても身を守れる。戦車砲ぐらいなら数発受けても全然問題ない程度には頑丈だ。


『天木という世界端末と魂で繋がりを持ち、変則防御を解除どころかそもそも使用していないスノウを見せたとき、何かが起こる可能性が一番高い』


 つまり、南雲は重要な選択をミスしたというわけである。


 ――南雲飾が期待した『何か』を、火灼はここで起こそうとしている。


「それじゃ、視るよ」


 占い師はそう言って、私をその視界(せかい)に捉えた。


これにて、三章『その目に映るのは』は終わりです。

四章もそのうち投稿します。四章はだいたい学園でラブでコメディします。

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