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魔術師の少女、世界端末の少年  作者: 海山優
一章『馴れ初め』
6/84

◆三話-上

「やぁ」


 縮めたストローの袋に水滴を垂らす遊びをしながら暇を潰していると、刀河が傍までやってきていた。


「悪いね、遅れた」


 特に悪びれた様子もなく、そんな心にもないことを宣いながら俺の対面に座り、メニューを開く。


「とても待ったよ」


 一時間とちょっと。よく待った方だろう。普通帰るよ? 俺偉いよね?


「そこは『全然待ってないよ』とか言うんじゃないの?」

「それは恋人に向ける言葉だろ。刀河はその友達」

「そんな間接的なものじゃなく、普通の友達でしょ」

「どっちにしろ恋人じゃない」

「そうね、あんたの彼女はスノウだものね」


 揶揄うようなその言い方に悪意はないが、悪戯心のようなものを感じさせる。


 メニューを一通り眺め、刀河はドリンクバーとポテトを頼んだ。飲み物を取りにいくなどをして少し待つと店員がポテトを運んでくる。刀河が切り出すのを待とうとぼうっとしていても、刀河は一向に喋ろうとしない。盛られたポテトの山を崩すのに専心していた。


「おいこら、お前が呼んだんだろ」


 ポテトの皿を手前に引き、刀河から離す。


「今、色々と処理中なのよ」


 そう言い、刀河は自分の手元へとポテトの皿を戻す。


「処理?」

「人除けと遮音。人気のないファミレスを選んだし、別に聞かれても困るような内容でもないけれど、一応でね」


 言われて気付く。空間に術式が走っている。微細ではあるが確かな形となり、それは俺と刀河が座る席を囲んでいた。


「なるほど」

「ふぅん、わかるんだ」

「スノウに色々と教わっているところだからな。筋はいいって言われた」

「そ、順調そうね。――よし、終わり。それじゃ話を始めましょうか。まずはそうね、こないだの美術館についての詳細と、その後についてでも教えてあげるわ」

「ありがたい。スノウは話したがらないから、聞くに聞けなかったんだ」

「自分から話したくないからって私に投げるのもどうかと思うけれどね。まぁ、私は私で天木に聞きたいことと言いたいことがあったから別にいいけれど」

「結局、彼らってなんだったんだ?」

「よくあるグループの一つだよ。協会とか、組織とか、学府とかに属していないフリーの連中が生きていくために――目的を達成するために結成する集まり。天木が名前を聞き出していてくれたおかげで三人については素性が掴めた」



 刀河は真っ先にスノウに殺された二人――グダドとメレル――についてはそこまで尺を割かず、主犯格であるブロウルについて長く語った。


 要約すると、学府――スノウと刀河が籍を残している場所――の中でも特に深い『暗部』にて生き残った男で、彼はある事件を境に『天使』に執着するようになり、暗部にあった数々の魔具を持って姿を消したのだそうだ。その後は学府も彼の動向に注視はしていたそうだが、結果としてここ日本でその命を散らすことになる。


 と、まぁ、そんな感じだった。


「アレが回収しようとした『天使の現界術式の埋め込まれた絵画』は私の手元に保管させてもらっているけれど、埋め込まれている術式が複雑すぎて現状はお手上げ、本当に天使を降ろせるのかどうかすら曖昧な状態なわけ」

「え、あれを持って帰ったのか? 騒ぎになったりしないか?」


 個展が開かれるような画家の絵画だ。それなりに値段は張るのではなかろうか。というか、そもそもあれは買えるようなものなのだろうか。


「後処理の際に、こう、関係者の記憶とか記録とか弄らせてもらって、あんな絵は『そもそも存在しなかった』ようにしたからね。そもそも存在しない絵が私んちの部屋に突っ込まれていても問題ないでしょ」

「それは盗難では」

「強盗から守ったし、客も助けた。それに対する正当な報酬でしょ」

「なるほど。……なるほど?」


 深く突っ込んでも俺にはどうしようもない話なので、流すことにする。


「それで、ミランダについては何も分からないのか?」


 ミランダはあの後、隙を見て逃げた。スノウは多幸感から隙だらけになり、刀河はミランダという人間の実力を見誤り、結果として彼女は堂々と俺たちの前から消えたのだ。スノウはあんまり気にした様子はなかったのだけれど、俺と刀河はそれぞれ思うところがあったので、こうして彼女の消息とか詳細を知ろうとしている。


 死んで終わった人間なんかよりも、生きて続いている人間の方が重要なのだ。


「残念ながら分からない。私が調べられる範囲では無理だった」

「俺が聞いた名前が偽名だったとか?」


 刀河は名前をもとに彼らについて調べていた。つまり、一番の手掛かりである「それ」が偽りであるのなら刀河では調べようがない。


「どうかな、こっちじゃ名前を偽るってーのはそんなに重要じゃなくてね。名が知られるってのはそれなりに意味があるんだけれど、偽ることに関してはそこまで意味がないのよ。だから、偽名である線は低い」

「そうなのか? 『名前』って魔術的にもそこそこ重要なものだと思っていたけれど」


 少なくとも、創作における名前というのは重要だ。名はその人を表す最小にして最大の記号。契約などにおける一番の要因。名前を知られるということは、全てを知られることに等しいとか、そんなのをファンタジー系の本で読んだのだ。だから、本当の名前を教えるのは親しい人にだけとか、そういう話を聞く。


「別に間違ってはいないよ。実際、名による隷属とかは今でもあるけれど、あれが通用するのは魔術に疎い一般人とかでね。むしろ、少しでも魔術をかじっている人間にその手のことをすると自分が危ないのよ。相手よりも自分の方が無防備になるの。リスクが大き過ぎる」


「そういうものなのか」


 そういえば、真っ先にスノウが俺に教えてくれたのもその手のことに関する知識だった。あれは初歩的なことだからというよりも、知ってさえいればどうとでもなるようなことだからだったのか。


「偽名はむしろ、偽りであれど名ではあるから、そういう魔術による影響も受ける。そして、真の名ではないからそこまで強いしがらみがなくてね、介入に対してリスクが少ない。リターンもそれなりにしかならないのだけれど、そういったそれなりのアドバンテージを積み重ねる魔術師という職業において偽名は邪魔なものでしかない」


「そういうことか。じゃあ、ミランダが本名だったとして、完全に止まったわけか」


 名前以外にアプローチの方法がない俺たちでは、もうどうしようもないだろう。


「そーね。ただ、私がここまで調べて痕跡が一つもないってのは、逆にあの女の正体を絞る要素になるわ。だから、次はそこから調べることにする」

「へー、そういうものなのか」


 痕跡がないのが痕跡みたいなものか、と解釈する。言い切るあたり、刀河には何かしらの確信があるのだろう。俺にできることはないので、ミランダに関しては刀河の調査結果待ちとなる。


「それでさ、本題なんだけれど」


 ミランダについて一通り話し、今後についてもある程度まとまったので一息ついていると刀河は神妙な面持ちでそう切り出した。


「え、うん」


 ミランダの件が本日の本題だと思っていたので、刀河がそう切り出したのに驚いている。


「どうしてスノウの告白を受けたの?」

「どうして刀河が気にするんだ?」

「友達だから」


 即答される。迷いのない言葉。芯のある言葉。


「私はね、スノウのことがけっこう好きなの。だから、あの子が幸せになれるのなら応援したいし、不幸になるのならそれを取り除きたい」


 それは真っ直ぐな言葉だった。


「スノウはあんまり真っ当とは言えない環境にいるのよ」

「まぁ、魔術師だからな」

「それだけじゃないよ。それなら私だって魔術師よ。天木はスノウの実家の話って聞いた?」

「いや、聞いてない」


 この二週間、まずはお互いのことを知るために色々と話してはいるのだけれど、そういえばスノウの家族については何も聞いていなかった。家族の話なんていくらでも出てきそうなものだけれど、スノウの口から語られたことはない。それは語る気がないのか、語りたくないから意図的に避けていたのか、どちらだろうか。


「あの子の実家って、私たちの界隈では一つの名家なのよ。伝統があり、権力があり、実力がある家。それがデイライト家」


 名家なんて言われてもあんまり理解が及ばないが、それでも彼女の纏う独特な雰囲気を考えると、確かにそれっぽいなと思う。


「だから、ずれているのよ。あの子は」


 人との違いなんて誰にでもある。でも、そのずれには範囲がある。一定の範囲にさえ収まっていればその『ずれ』は『ずれ』として認識されない。個性として処理される。十人十色として綺麗な言葉に包まれる。でも、そこから大きく逸脱した時、それは『ずれ』として確立する。スノウ=デイライトの持つ『ずれ』は、俺などの一般人とは違う範囲を持つ刀河から見ても『ずれ』として認識されている。


「ねぇ、なんであの子の告白を受けたの?」


 再度問われる。真剣な表情だった。だから、ふざけた回答は許されないことも分かった。


「……可愛かったから」

「あ?」


 女の子がそんな低い声を出さないでください。


「俺とスノウの関係は好き合ってのモノじゃない。彼女の気持ちが高じて、俺へと伝わったモノだ。彼女は俺についてやたらと詳しかったけれど、俺はスノウ=デイライトという少女について何も知らない」


 知っていることといえば、外人で、落ち着いた物腰の少女で、魔女と噂されていて、魔術師であったということぐらい。それぐらいしか、俺は彼女のことを知らないのだ。


「何も知らないから、彼女の想いに対して俺は何も持ち合わせていない。好きになる理由も、嫌いになる理由もなかった。そんな女の子に交際を迫られて、その女の子がとても綺麗だったら、断ろうとは思わないだろ」

「まぁ、それもそうね。スノウは可愛いし」

「そうそう」

「スノウはおっぱいも大きいしね」

「それもあるなぁ」

「今日一番の真っ直ぐな返事ね……。でも、それは『普通』の話でしょう?」


 刀河は俺の答えを切って捨てた。


「そんなどこにでも転がっていそうな話じゃないのよ。あの子はそういう物語の登場人物じゃない。あの子が美術館で何をしたのか、忘れたわけじゃないでしょう?」


 忘れるわけがなかった。


 それは今でも明瞭に思い出せる光景。


 人が死ぬ光景。人が人を殺す光景。スノウが人を殺す光景。


「忘れないよ。俺はあの光景を忘れない。彼女と向き合うと決めたあの日から、彼女と向き合うことをやめるその日まで俺は決して忘れない。それにこれはスノウにも言ったことだけれど、非難の気持ちはない。スノウがやらなければ俺や妹がどんな目に遭ったか、それを考えるだけで空恐ろしい。だから感謝こそすれ『殺人はいけないことだ』なんて言わない」


 死ぬのは、殺されるのは、怖いことだ。


 けれど、それは『怖い』のであって『悪いこと』ではない。そこを履き違えてはいけない。


「キレイゴトは言わないんだ」

「思い浮かばなかったモノを言葉にはできないよ」

「ふぅん」


 何かを値踏みするかのような、そんな相槌。


「スノウのこと、好き?」

「好きになりたいとは思い始めている」


 この二週間、彼女と話して、触れて、笑いあって、浮かんだ素直な感情。


「――そう、なるほど。じゃあ、いいわ」


 少し考えて、刀河はあっさりと引いた。


「何も知らずに言うのならまだ分かるけれど、諸々を知った上でそんなことを言うのなら、私は何も言わない。――せいぜい最後まで、その言葉を口にし続けることね」


 呆れと羨望、それに付随してどこか諦観を感じさせるその口調に引っ掛かりを覚えるが、俺が口を開く前に刀河は折り畳まれたメモ用紙を滑らせてきた。


「これは?」


 手に取り開くと、そこには住所が記されていた。その他には人の名前と……番号?


「墓の場所だよ。知りたがっていたでしょ」


 そう言われて、書かれていた名前が誰のモノなのかを理解する。番号は配置場所か。


「首は繋げて、処置も施したから切断の痕は通常の検死では分からないようにした。そもそも狭心症だったらしくてね、死因は心筋梗塞に見えるようにしたよ」


 美術館の一件では、四名が死亡している。そのうち、公になっているのは一人の死亡のみ。そして、それは事件とも事故とも扱われていない。ただの病死。


「……あぁ、ありがとう」

「天木の所為ってわけじゃないけれど、天木が理由であることは確かだろうから、思うところがあるのは分かるよ。ただ、ほどほどにしときなさいよ」

「ほどほどにって……」

「あの子と一緒に居続けるのだから、そういったモノは一生付いて回る。――今までのあなたにとってソレは非日常だったのかもしれないけれど、あの子にとってのソレは日常の延長線上だからね」


 刀河は窘めるようにそう言ってから立ち上がり、伝票を握りしめて会計へと向かった。


 あまりにも颯爽とした立ち去り方だったため、ただ眺めることしかできなかった俺は、刀河が会計を終え、外へと消えてから気付く。


「俺の分の代金も払ってったなあいつ……」


 なにそのスタイリッシュな奢り方。格好良過ぎだろう。およそ女子高校生が行うとは思えない振舞いを当然のようにやっていった刀河に複雑な感情を抱きつつ、俺はソファへと身を沈めた。


「俺の人生はこれからどうなるんだろうなー」


 ――結婚を前提にお付き合いしてください。


 そんな重みのある言葉に俺は頷いてしまった。結果として彼女が出来ました。


 結婚はちょっとまだ考えられないかなー、高校生だからちょっとまだそこまでの甲斐性が培われていないからなーなんて言ったら、あの子凄いんですよ。


「私はお金持ちだから、秦くんは働かなくても大丈夫だよ!」


 スノウは個人で莫大な資産を所持している。見せてもらった海外の口座額は桁が違った。何が凄いってそれは通貨単位がドルなので日本円に換算するとそこからさらに桁が跳ね上がるんですよ。英国出身なのに何故米国口座? と問えば口座は複数あるとかなんとか。


 ――ヒモになろうかと本気で考えた。


 ただ、進路調査票にそんなのを書こうものなら親は泣くだろうし教師は頭を抱えるだろうし妹は呆れるだろうから、当面の目標は大学進学のままにしておこうと思う。


 スノウはスノウで、時間を掛けて受け入れてくれればいいとは言っていたので、問題は先延ばしにしようと思う。……受け入れる選択肢しか挙げていないので、ほんとに先延ばしにしか出来ていない。


 人生における目標のようなものを漠然と抱くことすら無かったが故に、突き付けられた彼女とか結婚とか将来設計とかの現実と、押し付けられた魔術とか魔法とか人死にという非現実の二つに眩暈を覚える。


 軽く溜息を吐きつつ、席から立ちあがってファミレスを出る。


「さて、どうしよう」


 せっかくの休日なのだ。こうして外出したのだから何かついでに行うのもいいだろう。午後を迎えたばかりの土曜日はまだまだ時間に溢れている。


 梅雨が明け、日差しの強さを俄かに感じ始めている盛夏


「……こんな日は家で引き籠るに限るのでは?」


 本格的な夏の到来なだけあって暑い。すでに半袖一枚の薄着であるにも関わらず少し汗が出始めている。今年の夏は猛暑になるとか天気予報のお姉さんも言っていたし(それ毎年言っていません?)、さっさと家で冷やした麦茶でも飲むのが無難な気がしてきた。


「限らないよ!」


 家の快適さを思い出してホームシックに陥っていると、背後から鋭い言葉が飛んできた。


「いや、限るよ。なんのために家があると思っているんだ。引き籠るためだよ」

「断言したよこの人……」

「ていうか、スノウさんじゃないですか。どうしたんですかこんなところで」


 振り向くとスノウがいた。


 腰や肩にリボンのあしらわれた白を基調としたワンピースに身を包み、麦わら帽子を被ったその姿は避暑地にいるお嬢様を連想させた。――ワンピースに麦わら帽子って非常に『夏の女の子』っぽさがとても溢れているのに、今じゃその二つの単語が並ぶと全然違うモノしか連想できない。うーむ、常識が塗り替えられている。


「や、おはよう秦くん」


 ツッコミが先にはあったが、こうして対面すればしっかりと挨拶から入る辺り育ちの良さが窺える。


「もう昼だけどおはよう」

「私が起きたのはさっきだからおはようでいいのです!」

「そっかー」


 さっき起きたのかこの子。それにしてはやたらと身嗜みが整っているので、不思議に思う。身近な女の子のサンプルが妹しかいないのだけれど、わりとオーソドックスな女の子をやっているらしい奏は起きてからの準備にかなりの時間を使う。


「私は素材が良いからね」


 そういう問題なのだろうか。俺の妹だって素材が良いぞ。なんなら宇宙一可愛いよ。


「まぁ、あとは慣れの問題かな。私はそこらへん最適化してるから、そこまで時間が掛からないけれど、奏ちゃんはまだまだだろうしね」


 よく分からんがそういうものなのだろう。


「ほんで、スノウさんはこんなとこで何してるんですかね」

「スノウさんは秦くんと遊ぶためにここにいます」


 ですよね。


「どうして私がここにいるかと言えば、火灼に今日のことを聞いていたからです」


 ですよね。でも俺は刀河に聞いてないんですよ。なんで教えてくれないんだあいつ。


「スノウさんは事前に予定していたのだろうけれど、俺はなんも考えていないよ?」

「秦くんが考え無しなのは勿論わかっているよ」

「スノウさん、その言い方だと俺がちゃらんぽらんみたいです」

「今日はお家デートしましょう!」


 俺がちゃらんぽらんであることを否定してくれない。



◆◆◇◇◆◆



 雑談を交えながら一駅分ほど歩き、スノウの家へと辿り着く。


 一軒家だった。


 この周辺では高級住宅街というのに分類される場所にスノウの家はあった。俺の貧弱な語彙から繰り出される感想は大きい、でかい、すごい、という小学生だってもう少し捻るだろうと言われそうな感想だった。


 家の豪勢さに面食らっていると、スノウは鍵を取り出しながらぽつりと呟いた。


「今日ね、家に親いないから……」


 なんですと。このタイミングでソレを言うか。


 スノウの言葉に色々と思いを巡らせながら促されるままに玄関をくぐると、スウェットに身を包み濡れた頭をタオルで拭いている刀河がいた。状況を見るに、外に出て汗をかいのでシャワーを浴びたのだろうか。ということは刀河が今しがた出てきたのはお風呂場なのだろう。


「ん、いらっしゃい」

「………………お邪魔します」


 俺の返事に満足したのか、刀河はそのまま階段へと向かい、二階へと上がっていった。


 同級生で綺麗系女子の普段見ないような格好にドギマギするよりも、彼女の家に刀河がいるという事実に固まる。


「今日というか、ここに親はずっといないんだよね。私、火灼と一緒に暮らしているから」


 そういうことね。今流行りのシェアハウスというやつだろうか。ただ、女子高校生二人が親元を離れて暮らすのは普通ではない気もするが、この二人が普通ではないことを考えれば普通なのかもしれない。普通ってなんだっけ……。とか哲学的思考に陥り始めているのだけれど、それにしても酷いオチだと思う。


「とりあえず私の部屋に行こ」


 思春期男子の初心な心を弄ぶのは良くないと説教するか迷っているうちに、スノウに手を引かれてそのまま奥の部屋へと連れ込まれる。


「いらっしゃーい」


 和室だった。純和風だった。部屋の真ん中に囲炉裏があった。なんか思ってたんと違う……。


 女の子の――それも彼女の部屋というものはもっとこう期待に胸が膨らむ場所というか、なんかいい匂いして緊張しちゃうような場所だと思うのです。


 それがなんで逆に田舎のおばあちゃんの家を思い出して安心できちゃうような畳敷きで、線香の匂いがするんでしょうか。


「今月のテーマは『和風』となります」


 ガチャリと、鍵が閉められた音がした。聞かなかったことにしよう。


「部屋にテーマとか求めたことないなー。俺が部屋に求めるものなんてせいぜいが暖かい布団とネット環境と快適な空調ぐらいだぞ」

「秦くん、それだいぶ求めているからね。女子の3K並に求めているよ」

「3Kってどんな意味だっけ? 顔、金、コネ?」

「表現が酷い、酷過ぎるよ。正解は高学歴、高身長、格好いい、金持ちだね」

「せめて枠内に収めろや」


 それだと4Kだよ、テレビだよ。実際は3高で、高身長、高学歴、高収入だった筈。


 3Kはどっちかというと否定的な意味だったような気がする。なんだっけ、臭い、きつい、キモイだっけか? 言われたら間違いなく泣く。


 そんなやりとりを交わしつつ、スノウに勧められるままに奥にある座椅子に腰を掛ける。スノウは押入れから座布団を取り出し、それを俺の前に敷いてそこに正座した。背筋を伸ばし、凛としたその姿勢は気品を感じさせる。


「なぁスノウさんや。俺はさ、お前のことをもっと知りたいよ」


 午前に刀河に言われたことを思い出す。


 ――スノウはまっとうとは言えない環境にいる。


 その意味を俺はまだ完全に理解できていない。そして、それについて「知りたい」と思うのならば、刀河ではなく本人に聞くべきだと思うのだ。たとえそれを本人が望んでいなくても。


「えっちの誘い?」

「いやまだ昼だから。……そういうのじゃなくて、お前のこれまでを知りたいよ。お前とこれからを過ごすにあたって、お前の今までを教えてくれよ。何故かお前は俺のことを知っているけれど、俺はお前のことを知らないからさ」


 言葉を受けて、スノウは少し口を噤む。そして唸るように、悩みの声を上げる。迷っているのだろうか? どうして迷うのか。なにに迷うのか。


「具体的には、どんなことが知りたいの?」


 その問いは、答えなのだろう。あまり自分のことを語りたがらない彼女が、何を聞きたいのかを問うということは、答える気があるからだ。


「そうだな、スノウは日本に来るまでは学府ってところにいたんだろう? そこで何をしていたか教えてくれよ」


 俺の知らない少女の今まで。学府というのは、その中でも一番新しい軌跡だろう。だから、手近なところからなぞっていこう。


「勉強してました! 終わり!」

「こらこらこらこら」


 具体性が無さ過ぎる。


 とりあえず、こちらからもう少し細かく聞いて、聞き出していくしかないか。聞けば答えるけれど、率先して話すつもりはないのだろう。


「そもそもさ、学府ってなんなんだ? 今のところ、魔術を学ぶ場所って認識ぐらいなんだけれど、それでいいのか?」

「うん、それで大体あってるよ。ホグ○ーツだとでも思って」

「…………。スノウさんはその学府って場所を卒業したのか?」

「学府に卒業っていうシステムはないよ。場所としては学校とかのそれに近いけれど、私の立場は、えーと、どっちかというと……会員かな」

「所属、みたいなものか」

「そうだね、それが一番あってると思う」


 そうして色々と聞いた。


 年端も行かぬ頃から「兄がいるから」という理由で学府へと出入りし、物心がつくころには学府へと籍を移し、年齢が二桁になった辺りで刀河に出会い、二人で寮の相部屋に住み様々な経験をしたこと、漠然と学んでいた魔術について師と呼べる人間に出会いその方向性を定めたこと、その師匠と喧嘩して麻薬シンジケートを一つ潰して疫病師弟と呼ばれるようになったことなど、なんだかまぁ色々と気になるところがあるというかツッコミどころもあるようなことを沢山聞けたのだけれど、その中でも特に引っ掛かりを覚えたのは――


「お兄さん、いたのか」


 今まで会話をしていて、父母のことを漏らすことはあっても兄のことを匂わせたことなどなかった。だから、兄弟がいるなどという想像がなくて、兄がいるという言葉に驚きがあった。


「ソウナノデス。いるのです」


 スノウはスノウでなんだか口を滑らしたかのように気まずそうな顔をする。


「仲が悪いのか?」


 スノウは年頃の少女でもあるわけだし、それぐらいの年代だと近親を鬱陶しいと思うようになることも多いと聞く。だからこそ、スノウは兄の話題を意図的に忌避していたのかもしれない。俺が妹にそう扱われたら多分泣く。きっと泣く。


 だが、スノウは首を振った。


「ううん、仲は悪くない。ただ、スコールは立ち位置がねぇ……」

「立ち位置?」

「秦くんはさ、どこまで知りたいの? どこまで知ってくれるの? 私のことを知ろうとしてくれるのは嬉しいけれど、魔術のことも、兄のことも、家のことも、別に知る必要はないんだよ」


 それはスノウなりの気遣いなのだろう。


「時には知らない方が良いこともあるの」

「――もう、知ってしまったからなぁ」


 無知は人を安心させる。何も知らなければ、愚かなままでいられる。


 知らないことは安全だ。蚊帳の外にいる人間は関わることがない。


 でも、もう俺は知ってしまっている。片鱗へと触れた、欠片の知識を得た。ならば、取る選択肢は一つだろう。無知は安全だ。中途半端は危険だ。ならば可能な限り知り、自らが取れる選択肢を増やすべきだ。


「教えてくれ。今キミが教えられることは、全部教えてくれ」


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