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魔術師の少女、世界端末の少年  作者: 海山優
三章『その目に映るのは』

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◆八話:使えない

 鍵は閉めていなかったので「どうぞー」と扉に向かって声を張る。


 ドアノブが回転し、開かれる。


 入ってきたのは四十過ぎぐらいに見える女性だった。


 格好からして従業員――仲居さんだろう。やや恰幅の良い女性で、手には黒いファイルみたいなものを抱いている。メニューブックだろうか? 時間帯を考えるにそろそろ夕飯時だしな。


「お夕飯のご案内と、イト様との面会についてのご連絡となります」


「…………」


 そうだ。呆けて頭から抜け落ちていたが、一番の目的はイトとの面会だった。


 ――先ず、面会時間についての説明がなされた。


 成世は明日の十五時から。

 俺は明後日の十三時から。


 面会の所要時間はどちらも四十五分。


 十五分前には部屋に迎えを寄越してくれるとのことだが、部屋にいない場合は面会場所である別館に直接向かう必要があること。


 五分前までに来ない場合は破約とみなされ、申込時の規約にもあるように違約金が発生する。


 一応、やむを得ない事情があれば面会を取りやめることも可能だが、基本的にはそれを目的とした宿泊なのでよほどのことがない限りは受理されないこと。


 他、いくつかの注意点を説明される。


「イト様は、みなさまとのお話をなにより楽しみにしております。くれぐれも、そのことをお忘れなきように」


 面会時の説明を終えた仲居さんは、まるで嘆願するかのような声色でそう言い、頭を下げた。


 ――俺は思った。違約金って、なに? と。


 夕食についての説明もされたが、どうやら夕飯は部屋に運ばれるようで、時間はそれなりに融通が利くので事前に言ってくれれば早めることも遅めにすることもできるよ、とのこと。


 夕飯に関しては成世が「早めに食べてひとっ風呂浴びに行きたい」ということで、準備が出来次第運んでもらうことになった。



 □■■□



 部屋に運ばれた会席料理に舌鼓を打ちつつ、成世とこれからの予定を話し合う。


「同席は不可能。カメラやボイスレコーダー等の記録媒体の類はNG。機械の類は待機部屋に備え付けの金庫に入れなければいけない。金属探知機も準備されていて、従業員(同性)による軽いボディチェックもあり。五分前には来るように、というのはそのためですね。筆記用具等の使用は可。要はメモぐらいなら取ってもいいけれど、それ以外はダメよってことですね」


 お吸い物に口をつける。鰹と昆布の併せ出汁が鼻腔をくすぐり食欲をそそる。飲み、喉を一度鳴らす。おぉ、五臓六腑に染み渡る美味さ。


「くはー」


「うわぁおっさんの仕草……。聞いてます?」


「聞いているよ。同席が無理なら、片一方の面会中は別館の近くでもう一人が待機するようにしよう。スノウにも連絡を入れておいて、何かあった時に飛んできて俺らをすぐに回収できるよう準備を頼んでおこう。携帯や財布とかの貴重品とかはこの部屋の一箇所に集めておいて、回収しやすいようにする。一先ずそんなとこかな」


「……まぁ、妥当なとこですね」


「ただ、イト様との面会ではメモしか取れないのがなー。俺、メモ取るの苦手なんだよな」


「メモに集中してしまうと、あまり会話に集中できませんしね。せめて同席ができれば、書記係で分担できるんですけれど」


「いっそのこと、メモとか取らず会話に集中しても良さそうだな……」


 と、そこで成世が思い出したかのように手を叩く。


「ていうか、先輩は持ち込み禁止とか余裕でパスできるじゃないですか!」


「え、なんで」


「いやほら、先輩って空間魔術使えるでしょ? スノウさんや火灼さんがよくやってる何もない空間からナイフとか煙草とかを取り出すアレですよアレ! ボディチェックとか終わった後にアレを使ってポケットにこっそりボイスレコーダーでも忍ばせておけばいいじゃないですか!」


 これにて問題は解決だ。みたいな顔をされるが、こちらは渋い顔をするしかない。


「できないよ……」

「え、なんで?」


 お前、空間魔術使っているじゃん。という顔をされるが、使えないものは使えない。


「空間と空間を繋げて開くのってかなりの高等技術で、俺には無理なんだよ……。出来て三十センチぐらいの距離。そうじゃなきゃわざわざキャリーケースなんて使わないだろ」


 部屋の隅に置いた旅行用の鞄を顎で示す。


「つ、使えねぇ……」


 あまりにも無慈悲な言葉だった。今夜は枕を涙で濡らしちゃうぞぉ。


 ――ただまぁ、実際の問題として今の俺は『使えない』のだ。


 無駄にたくさんある魔力と、スノウという強力な参照先を利用した『経験憑依』という魔術にそれなりの代償があることがバレてしまい、諸々の経験値付き暗器は取り上げられた。


 加えて、『接続薬』も成世の一件で気軽に使ったことをこっぴどく叱られて回収された。


 結果、あとに残ったのは魔術をかじって一年未満の素人に毛が生えただけの魔術師見習い。


 空海玄外の修めた魔術は空海の血に刻まれた術式の応用に特化していたので、俺には使いようがない。知識はあってもそれを使うための土台がごっそりと抜けていてはどうしようもない。


 最近は知識の詰め込みと修練によってそれなりに動けるようにはなったけれど、現状の俺では有象無象の魔術師たちに埋もれる程度でしかないわけで。


 なんというか、俺の魔術師の全盛期って夏前のあの瞬間だよなーなんて思ってしまう。


 あの時はスノウの経験があったから高度な空間魔術も使えたけれど、今ではその感覚が綺麗さっぱり消え失せており簡易的なやつしか再現できない。


 また、あの二人が鞄代わりに普段使いしている空間魔術――もとい収納魔術は空間と空間を繋げて遠距離からモノを取り寄せる、というモノではない。


 自身を基点に座標を設定し、周辺の空間を拡張形成してそこに物体を固定する。通常時はその境を閉じておいて持ち運びたいものがある場合はそれを開き出し入れしているのである。


 要は自身の周りを四次元ポケットにしているようなものだ。スノウの上限容量は軽バン一台分ぐらいなのだけれど、刀河に至っては東京ドーム二つ分ぐらいあるとか嘯いていた。


 ――東京ドームいくつ分、単位としての『凄さ』は表せるけれど具体性はいまいちだよな。


 第一、他の宿泊者にどのような身元の人間がいるのか分からない以上、魔術の使用は控える必要がある。魔術さえ使用しなければ魔術師であることなど滅多なことでは露見しないが、同業者である魔術師、魔術師を目の敵にしている聖職者は魔術の使用に敏感に反応する。表立って活動する必要性などなく、むしろ顔が割れていないことこそが強みである俺や成世はひっそりと一般人のフリ――要はいつも通りに振舞えばいいわけである。


「まぁ、そんなわけで各自頑張って覚えるということで」


「どんなわけだ」

必殺技に薬物投与を必要とする主人公。どうかと思う。

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