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魔術師の少女、世界端末の少年  作者: 海山優
三章『その目に映るのは』

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◆七話:到着、そして邂逅

【一月四日/午後-夕方】


 電車を乗り継ぎ、バスを乗り換え、道中では一切の問題に遭遇することなく目的地である温泉宿へと到着した。それなりの時間を移動に費やされたけれど、宿泊予定となる施設をこうして見上げると、疲労に見合うだけの価値はありそうだった。


「豪勢な宿ですね」


 隣に並ぶ成世がこちらの内心を言葉にしてくれる。


 湯屋『糸杉屋』。


 四階建ての本館、二階建ての旧館、三階建ての新館、平屋の別館が連なった構造となっており、どれも木造建築で木々に囲まれている光景は実に馴染んでいる。


 時間帯的には日没一歩手前であるのだけれど、落暉は周囲の山や木々達が遮っているため届いておらず、すでに灯りを必要としている。


 暖色の灯りはどれも光源が直接目に触れないよう間接的に設置されていた。光量が強くなり過ぎないように調整した結果なのか、夕闇が覗き始めた世界の中で宿全体をぼんやりと浮き上がらせる。


「あいつと来たかったな」


 思わず、言葉が漏れる。スノウは日本びいきなのでこういう施設や雰囲気が好きなのだ。


「今回は仕事なんですから、仕方ないでしょ」


「それもそうだ。泊まってみて、良かったのなら次の機会に一緒に来るのも良さそうだな。予習と考えれば、まぁぎりぎりセーフ」


「いやー、仕事とはいえ予習で他の女と同行はアウトじゃないですかねー。ほら、二人でデートに向かった先で男の行動が変にこなれていて、何故かと言えば昔の女とよく遊びに来ていた場所だったー、みたいなやつ。そういうの嫌われますよ」


「……嫌われるのか」


「嫌うというか、嫌がる。が正しいですね。家族旅行でー、とかならまだ大丈夫でしょうけれど、立ち位置的に私だと駄目かと。女の子が誰しもそうだとは言いませんが、少なくともスノウさんはそういう二人だけの特別な――何気ない思い出を大切にするタイプでしょ。思い出に汚れが入ると悲しむタイプですね」


「留意しておきます……」


「そっすね。それに先輩はスノウさんの行きたいところに付いて行くのがお似合いだと思いますよ。先輩、主体性ないですし。スノウさんも先輩にそういうのは期待していない――言い方が良くないな――そういうのを考えていないでしょうからね。先輩の連れ回されることに抵抗がないところはアグレッシブなスノウさんからしてみれば美点ですよ。逆に、思考の外だからこそ、先輩から誘われたらそれはそれで大層喜ぶでしょうけれど、そこに不純物が混じっていたら半減です。だから、もし誘うのなら、一人で考えて、一人で準備したというのが良いと思いますよ。きっと、その事実が一番嬉しいでしょうから」


 肝に銘じておくべきことだと思った。



 □■■□



 玄関前での雑談もそこそこにして、チェックインを済ませるために受付へと向かう。


 受付には先客がいた。――神父だった。


「うおぅ」


 思わず声が漏れる。隣に立つ成世も面食らっていた。


 キャソックに身を包んでおり、こちらより頭の位置が三つほど上な大柄の男。短く切り揃えられた白髪や、斜め後ろからでもはっきりと見える頬に刻まれた皺は積み重ねた幾年を簡潔に表している。


 そんな単体で強烈な記号を持つ存在が背負っているものはギターケースだった。しかも二本収納できる分厚いタイプ。だというのに、長身の男が背負っているせいなのか若干小さく見えてしまう。尺度が狂う……!


 ギタリスト系神父(?)の存在に驚愕し、なんでそんな存在が温泉宿にいるんだ? などと考えていると、その疑念が表情に出ていて視線を感じたのか、受付を済ませたのであろう神父がこちらを見た。


「ん、なにかな?」


 流暢な日本語だった。けれど、少しだけアクセントに違和感がある。スノウと話しているとたまに感じる「第一言語が違う」際の特徴だ。彫りの深い顔立ちからも分かるように異邦人のようだ。


「不躾に見てすみませんでした、神父さん――聖職者の方を見るのが初めてだったもので、物珍しいからと思いきり見ちゃって」


 たとえ悪意や害意がなくとも、露骨な視線は気分のいいものではない。なので、なにはなくともまずは謝り、こちらの意図を話す。


「――ああ、なるほど。日本(こっち)に来てから、やたらと目を向けられると思いましたが、そういうことだったんですね。目立つようなことはしていないのになぜだろうと、不思議に感じていたんですよ」


 そう言い、柔和な笑みを作る。見る人を安心させるような慈愛の表情だ。


 おぉ! 菩薩の微笑み(アルカイックスマイル)! ……それは宗教が違うな。


 ――大きい、というのはそれだけで威圧となる。自身の上背を超えるような存在に対して生物は否応なく警戒を覚えることになる。質量差というのはそれほどまでに覆し難い事項だからだ。それをこの男は表情と雰囲気だけで掻き消し、安堵を引き出したのだ。


 うーん、なんというかまぁ、特殊な人材ですなぁ。と、そんな感想を抱く。


 ――ぶっちゃけてしまうと、今回の仕事に関してはそんなにやる気がなかったのだ。


 曖昧な依頼内容に加えて明確な成果は求めていないという意欲を削ぐような指示。最低限度の達成すべき任務はといえば、占いの内容とその真偽について主観的でいいので報告書にまとめて提出するということぐらい。


 まだ、学校から出された冬休みの課題のほうが面倒と言えるだろう。


 別段、仕事が好きだとは思わない。労働に意欲を持ってはいない。学生の身分であり、金銭的にも家族仲的にも恵まれた家庭環境で育っている温室育ちの社会を舐めくさった子供(おれ)が働く理由など遊ぶ金欲しさ以外に存在しない。


 何が酷いかというと、遊ぶ金すら大して欲していないというのが問題なのだ。


 お金が入用になったのはここ半年だし、それだって大体はスノウとの交遊費に必要なだけときた。加えて、彼女はあれで浪費家ではあるが、それに資産が余裕で追い付いている。そのため、なんだかんだ一度はやってみたい気持ちもあった“男らしくご飯を奢る”などという前時代的な場面も永遠に訪れない。


 ――成世に「ヒモ一直線じゃん……」って真顔で言われたときには若干死にたくなった。


 ……いや、そんなことは置いといて。


 ネセルさんは否定したが、此度の辞令は仕事の皮を被った旅行という認識で間違ってはいないだろう。


 俺の持つ少ない判断材料から推測できることとして、まず間違いなく『イト様』なる人物は本物の未来予知能力者だ。きっと、学府――南雲さんはそこまでは確信を得ている。その上で、南雲さんが期待しているのは超能力者と世界端末の接触によって起きる現象だ。サンプルの絶対数が少ないが故に、世界端末に関する文献は限られておりその真実性も弱い。だからこそ、世界端末である俺やその代替品である成世を差し向けているのだ。


 ――そして、目的はきっとそれだけなのだ。


 試しに、魔法もとい超能力を世界端末とそれに連なる存在に向けさせてみようぜ。


 と、そういう魂胆。


 世界的に見ても本物の魔法使いの数はかなり少ないようで、しかもその大半は教会が囲い込んでおり、学府が確保している魔法使いはごく少数と聞く。


 そんな希少な存在を動かすのはいかに『席』の南雲さんと言えどそう簡単にはできない。そんな折に、イトという教会にも協会にも学府にも属していない都合のいい存在と俺を邂逅させる機会が訪れた。


 ――これ幸いと向かわせて、こうして別勢力と思しき神父に出会った。


 明らかに教会の人間だ。それも表向きではなく、きっと裏向きの人間に違いなかろう。見るからに雰囲気が特殊だし。――こういうのと出会う可能性があるからこそ、気を引き締めさせるために仕事として念を押したのだ。


 スノウのことを配置しているのも、こういう存在と遭遇し学府の関係者だと露呈した時のため。……大丈夫、教会関係者といえども魔術師を見分けるのはそう簡単ではない。


 気を引き締める。

 仕事にやりがいなど求めないけれど、先ほどまでは仕事とすら呼べない状態だったのだ。


 けれど、注意すべき相手が現れた。


 緊張の糸を適度に張り詰め、穏便にこの四日間をやり過ごす。そのことを念頭に置く。


「――――兄妹で旅行ですか。仲がよろしいようで、いいですね」


「ええ、せっかくの温泉旅館ですし、兄妹水いらずで満喫したいと思います」


 内心では意識を変性させながらも、目の前の神父とは当たり障りのない雑談を交わす。


 俺と成世は兄妹で、懸賞でチケットが当たったのでこの宿にやってきた。という非常にシンプルな設定。大雑把ではあるが十分にあり得る関係性なので疑われにくいモノだ。


 神父さんもあっさりと信じてくれた。俺と成世は容姿が全然似ていないのだけれど、性別が違うし、国外の人間では日本人の見分けなどそう簡単につくものでもないだろう。


「では、そろそろ受付を済ませようと思います」


 話を切り上げ、隣で人見知りを発動させて会話に入ってこなかった成世に目配せする。


「あぁ、待たせてしまったようだね」


 神父さんも成世に視線を向け、少しばかり申し訳なさそうな表情を浮かべる。


「いえ、大丈夫です」


 成世は短く答えた。


「俺たちは七日まで滞在するので、その間にお会いしたらまたお話でも」


 そう言うと、神父はきょとん、というオノマトペが出そうな不思議そうな顔をした。


 そして玄関の方を指差す。


「ん? いや、私はこれから帰るんだ。今しがた済ませたのはチェックアウトさ」


「…………え」


「まぁ、もしまたどこかで会えたら、その時は話そうじゃないか。なに、世界は広いように見えて案外狭い。存外、思いがけないところでまた会うだろう」


 朗らかにそう言って、神父は出入口に向かって行った。


 その姿が見えなくなった。


「えぇー…………」



 □■■□



 掴んだ砂が手から零れ落ちていくように、入れた気合いがそのまま抜けていく。


 チェックインを済ませ、和風の部屋に案内された俺は脱力した足取りで旅館の部屋の奥にありがちな『なんか丁度いい感じのスペース』こと広縁に配置されている椅子に腰掛け、窓から覗く夜天を眺めていた。


 あ、星がたくさんあって綺麗。

 はっきり見えるのは地元よりも田舎だからかなぁ。


「先輩、なんでそんなに魂が口から抜けてそうな感じになっているんです? その死に腐った目と相俟ってマジで死体感あるんでやめて欲しいんですけれど」


 座椅子に身を沈めた成世が部屋に備え付けられているテレビの電源をつけ、適当にザッピングしながら聞いてくる。番組表を見たほうが早いと思うのだが、きっと、これといって明確に見たいものがあるわけでもないのだろう。そういう時はチャンネルを回して直観に従うものである。


「いやさね成世くんや。俺はこうね、もうちょっと緊張感を持つべきだと思っていたんだよ」


「適度な緊張感は大事だとは思いますけれど、今の先輩はどう見ても弛緩してますよ。緊張の糸がゆっるゆる」


「糸は引っ張りすぎると撓んじゃうんだよ……。ところで、弛緩って単語なんかエロくない?」


「中学生男子みたいな発想ですね。なんにでもエロスを感じてしまうとか」


「思春期男子はすべての道がエロに通じてしまうからな」


「ローマに謝れ」


 あいすいません。


「さっきの神父、てっきり今回の主要な人物だと思ったんだよ」


「はぁ。思春期っすね。それっぽい人に遭遇するたび妄想でもされているんですか? 妄想はいいですけれど、現実に当て嵌めちゃダメですよ。迷惑ですから」


「はいぃ……」


 ……当たりキツくない?


「可愛い女の子と視線が合っても勘違いしないでくださいよ。犯罪ですから」


「勘違いすら許されないとか厳しくない……?」


 とはいえ、こちとらその手の勘違いはスノウで完売している。


「昨今はそういうのが特に厳しいんですし、要注意ですよ。――というか、そんなにあの神父さんって怪しかったんですか? 前もって『教会』の話を聞いていたから“神父”って存在には面食らっていましたけれど、あれくらいの雰囲気なら、わりと見かけません?」


 この娘、箱入り娘であったがために対人経験が圧倒的に不足しており、箱から出た後は数多の特異な人間と交流を重ねてしまったせいなのか、他人に対する脅威感覚が大らかになっているようである。それこそネセルさんやスノウほどの逸脱者と対面すれば警戒もするだろうが、あの程度――ギタリスト系神父ぐらいの個性には動揺しないようである。


「去年、散々っぱら怪しかったり恐ろしかったりする人物に会ってきた俺としては『お、どう見たってこいつはやべーやつですぜ! 注意すっぺー!』 とか思う程度には尋常ではない種別の人間だったよ。明らかに堅気の人間じゃあなかった。……だから身構えたのに、流れるようにさよならよ。いやもうほんと恥ずかしい」


 思わず手で顔を覆ってしまう。


「ふむ……、先輩の勘ってそこまで悪くないとは思いますし、だとしたら本当にそっち系の人だった可能性もありそう」


「あると思う?」


「ないよりはあると考えたほうが建設的ですしねー。それに、それならそれでそんなヤバそうな人とニアミスで済んだと考えればお得じゃないですか?」


「む、確かに」


 刺激が欲しいわけではない。張り合いがないことに嘆息していたが、危うきに近寄りたいわけではないわけでして。そう考えると、俺が恥ずかしい勘違いをしただけというオチは平和的で理想的な形と言えるだろう。


「やっぱ、なにもないことが一番だよなー」


「枯れてますなー」


 などと話していると、部屋にノックの音が響いた。


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