◆五話:根が暗い者同士の会話
天木秦と空海成世という少女は性質が根暗なので、この二人だけになると暗い話を始めることが多々あります。人によっては会話内容があまり面白くないかもしれません。すまぬ(先手謝罪)
【一月四日/午後】
キレイゴトは好きだ。
でも、綺麗事は綺麗な人が吐かないと意味がない。
汚物から吐き出されれば、どれだけ取り繕うとも綺麗には思えないのだから。
□■■□
線路の継ぎ目を通るたびに車体が揺れる。
がたん、がたん、がたん、と一定の間隔で刻まれる振動には心地良さがある。
私――空海成世はこの振動を存外に気に入っている。
「そういえば、こないだ貸してくれた本、読みましたよ」
隣に座る先輩こと天木秦に話を振る。
周囲には他の乗客がいないので、声量はあまり気にしない。
「何冊か渡していたよな。どれ?」
「連続通り魔のやつですね。ノンフィクションのやつ」
今住んでいるとこからそう遠くない場所での事件だったので興味を持った。
犯行の動機は『死刑になりたいから』という一点のみ。
死刑を受けるためだけに二名の命を奪い、そして自ら警察に捕まりに行った犯人。そんな犯人に興味を抱いた新聞記者が行った面会時の対話などを綴った本。
――悪趣味だなと、少しばかり思った。
それは私が幼い頃に世間を騒がせた事件であり、特定の趣味嗜好に対する偏見を助長させたモノ。それをきっかけにして同じ年の六月には七名の命を奪う事件が起きたりもしたと言われている。それの発端となった人はいったいどのようなことを考えていたのか気になったのだ。
「あー、アレか。アレかぁ……。アレはなぁ、なんつーか、わかりやすい『無敵の人』を知りたくて手に取ったんだけれど、成世ちゃん的にはどうだったよ?」
「んー、そういう思考回路もあるんだなぁって。そんな感じですね」
親の期待。肥大したエゴ。乾いた家庭環境。理想と現実の乖離。行き過ぎた逃避。自殺のための殺人。支離滅裂とも言える順当な結論。共感も同情もできそうにないなと私は思った。
「結構軽いな。あの手の人間が嫌いな人は多いだろうし、お前もそうかと思っていたけれど」
「思想は自由ですからね。定めた目的があって、そのための手段として選んだモノに自分なりの納得が出来ているのなら、それを否定することはできないですよ」
否定することはできないけれど、
「――まぁ、肯定もしませんけれどね。それでも、もしも私が同じような考えを持ち、その結論に至るのであれば、同じようなことをすると思います。アレはなんだかんだ順当ですよ」
発端からして破綻はしているが、他者否定しかできなくなった人間がその思想を肯定し続けるには、あぁするしかないのだろうと思えた。
「怖いことを言うなお前……」
「前提が私の持ち得ないモノなので、在り得ないもしもの話でしかないですよ」
でも、と言葉を続ける。
「魔術師という生き物は自分のためだけに、他の誰かの命に手を掛けることを肯定する生き物でしょう? なら、それは当たり前なことじゃないですか」
いや、それは魔術師の生態ではなく、人間という生き物の生態とも言えるのではないか。
「あー、まぁ、そうだな」
この人はこういう発言を否定しない。そういう人だ。
「ちなみに、先輩はどうなんですか? どう思いました?」
「……そうだな。俺も同じで、考え方に対して否定も肯定もないかな。能力にも環境にも問題があったし、その辺の齟齬があったせいで踏み外したような印象は受けられる。なるべくしてなったとまでは言わないけれど、そうなってしまうのは仕方のないことだと、そう思う」
能力にも問題があったと言及するあたり辛辣だ。
「きっと、アレは他者を否定することでしか自分を肯定できなくなったんだろう」
うわぁ……。頑張って声は出ないようにしたが、表情には出たかもしれない。そう思い横を見るが、こちらのことを見てはいなかったのか、先輩は天井を見上げながら分析を続ける。
「最初は『正しい側』にいて――いられて、その正しい中にいる自分の思想は正常だと、そういう認識があったのだと思う。そのことに安心していたんだろうな。けれど、世間一般で言う『間違っている側』にズレ落ちて、そのことを認められなくて、それで“正しい側”だったものを間違っていることにしたんだろうね。そりゃ『自分は誰も気付けていない真実を悟った』だなんて言い出すわけだよ」
そこまで言ってなにかに納得したのか、うんと頷き、先輩は視線を落としてこちらに向けた。
「思想は否定しないけれど、その思想を是とした人格は否定するかな」
「……そうですか」
それはその人全ての否定ではないだろうか。
「まぁ、自分のことを正しいと、そう信じ込めていると強く思っている人間は限りなく無敵だよな。だって、どこまでいこうとも『自分』が『自分の味方』であり続けるんだ。世界の最小単位である『自己』の中に籠り続けている間は最強――無敵だ」
「――じゃあ、あの犯人は“勝った”んですかね?」
「勝敗の話ではないだろ。……まぁ、それでも、あえて白黒つけるのなら、負けだろうな」
「無敵で最強なのに、負けているんです?」
「無敵は別に、負けない存在ってわけじゃないからな。マリオだってスターを取っても穴に落ちれば死ぬだろ?」
先輩は事も無げに言う。そういうものかと私も納得し、頷くに留める。
「絞首刑によってその最小の世界を破壊されている。たとえ本人が望んだ末に行われた『他者の介錯』による最期であろうと、その生の決着を自身の手から離した時点で矛盾しているからな」
この人は置かれている立場がどこまでも特殊なくせに、どこまでも普通なことを言う。
「極論として、それが生きるための殺人であるならば、生物としては間違っていないんだ。そうしなければ生きていけないならそうするのが生き物だ。けれど、男が選んだのは殺されるための殺人だ。それはもう、ただ思考を破棄しているだけだ」
思考放棄であり、現実逃避でしかないと、あしらった。
ありきたりなひとだ。意味を重要視する平凡な思考。
「生きてこその人生だからな」
さもそれが普通のようなツラをして、当たり前のように綺麗事を当然のこととして嘯く。
異常者が――異常にならなければ自身を保てなかったモノが、苦心の末に積み重ねてきたモノを、そこら辺に落ちてそうな感性で否定する。
「まー、もういない人に対して後出しで好き放題言うのもどうかとは思うよな」
なんて、ちゃぶ台返しもいい言葉で締めやがるところまで含めてタチが悪い。
□■■□
「首吊りって本当に苦しくないんですかね?」
話の内容を進めることにした。
絞首刑が苦しみの少ない、人道的な刑罰だとか書かれていたのに引っ掛かりを覚えたのだ。
「……あー、なんだ、成世ちゃん、成世くん。相談事があるなら乗るよ? お兄さんに言ってみなさい?」
ちょっと本気で心配そうな表情を浮かべた天木先輩が優しい口調になる。
そういうのじゃない。
「いや、考えていませんからね。違いますから。文脈的に話の続きだってわかるでしょうが!」
「ほんとか? あれだぞ、いつでも相談には乗るからな? 男に相談しづらいことで同性に相談したいならスノウでもいいしな!」
……過保護だ。なんていうか、この人は時々そういう顔を見せる。父兄みたいな雰囲気。
「はいはいわかっていますよその時はちゃんと相談しますよ」
雑に頷いておく。この兄貴分気取りの人はだいたいこれで納得する。
実際、そうかそうかと満足そうに頷いている。
「首吊りが苦しくないかどうかだっけか。まー、諸説あることだし、首吊りの仕方にもよるだろうな」
「首吊りって種類があるんですか?」
「あるよー。種類ってかまぁ、この場合は縊死の仕方かな。縊死をさせないことを目的とした首吊りとかもあるのだけれど、まぁそれはおいおい説明するとして、一般的に首吊りと言われて連想されるのは自殺のやつだろ? ぷらーんってなってるやつ」
「そうっすね」
頷く。イメージとしてパッと思いつくのはそれだ。
「よくある方法としては高いところから先端をわっか状にした縄を垂らして、椅子とかを使って頭を通し、その椅子を蹴って地に足が着かない状態にする。すると縄が首に食い込み、気道や頸動脈の圧迫による呼吸困難や脳への血流低下による意識の低下が起き、それが続くことにより死に至るのがポピュラーだな」
ポピュラーて……。
「まぁ、容易に想像できますね。けれど、だいぶ苦しそうですよね」
「うん、実際に苦しいからな。頸動脈の圧迫だとけっこうすぐに失神まで行くのだけれど、呼吸が止まるほうだと意識が飛ぶまで時間が掛かるし、それまでは苦しみが続く。できることができない、しないとまずいものができないというのは精神的にも結構追い詰められる。自殺をしようとした人が、呼吸ができない苦しみで無意識に縄を外そうと無理に爪で引っ掻こうとした結果、首吊り死体の手の爪が割れて血だらけになっているとかもあったりするらしい」
「うわぁ……」
嫌な話を淡々とするなぁ。
「この方法のいいところは、あまり手間を掛ける必要もなく、よほどのことがない限り確実に死ねるという部分にある。このよほどというのも、結び方に不備があって解けるとか、縄が体重に耐えられなくなって切れるとか、他人の手によって縄が切られるとか、事前に注意しておけば潰せる要因ばかりでな。あとはまぁ、リストカットとかに比べれば、自傷の感覚が薄くやりやすいというのもあるし、一度踏み台となるモノを足元から離せば途中で怖くなっても“つい”で止めることができないのもある。先に挙げたリストカットは行った後でも怖気づいて止めてしまったらそこで失敗だし、薬物の過剰摂取はたとえ致死量を摂取しても失敗して生き残った挙句に機能障害や植物人間状態に陥ることもあるから、そういった意味でも首吊りって方法は、明確に死のうと思ったときに確実性の高さから選ばれる手段なんだよ」
「ほ、ほぅ……」
確実性があり、自傷の感覚が薄いためやりやすい。そう聞くとなるほど、長いこと人々から選ばれている自殺方法なのだろうと納得がいく。
「で、ちょっと話は逸れるけれど、さっきも言ったように首吊りは確実に死ぬのだけれど、確実に死ぬまでにいくらかの時間を要するという部分があって、それを利用して一種の拷問として行われていたこともあってな」
「え」
なにそれ怖い。
「頸動脈の圧迫による意識の失神だってそこに至るまでには苦しみがある。けれど、それさえ過ぎればもうそれを感じることはないのだけれど、逆に、意識を失ったら縄を切り、意識を取り戻せばまた同じように吊るすって方法があってなー。縄の太さや位置を調整して圧迫されるのが気道になるようにして、勢いを付けないようにゆっくりと吊るすことで意識が飛ぶまでに苦しむ時間もさらに伸びるし、繰り返したときの肉体的・精神的苦痛もかなり強くなるんだよ」
「うわー、ロクでもないですね」
「まったくだよ。いかに苦しめるか、なんて部分に注目して頑張っちゃうのだから酷い話だ」
人という種族の残虐性にちょっと引く。
「逆に、人道的な手段にまで突き詰めたのが絞首刑とかで利用されるような方法でなー。映画とかで見たことがないかな。死刑囚を絞首台にある開閉式の踏み板の上に立たせ、布袋を被せて縄を通し、執行官がボタンを押すと足元が開いて、落ちて、びたーんて人が吊るされるやつ。アレは地下絞架式と言われている」
「あー、そういうのは見たことあります。あの、えと、はやく貝になりたーい。ってやつで」
「そんな妖怪人間みたいな感じではなかったな……。いや、言葉に籠められた重さはどっこいだけども」
それは戦争後の軍事裁判にて不当な判決を出され、理不尽な絞首刑を受けた人のお話だ。
最後――最期に家族の写真を見ようとして、そんな些細なことすら叶わなかった男が願ったのは徹底した人類への拒絶。もしも生まれ変わるのなら、と、それを胸中に抱くと同時に足元の床が開き、男は落ちる。縄の張る音が響いて幕が下りる。
――そういうラストだったと思い出す。
「あれってむしろ苦しそうじゃないですか? むち打ちみたいな感じになりません?」
むち打ち。なんか変なのを首に巻く罰ゲームみたいな症状だけれど、あれで結構つらいと聞いている。後遺症が残ったりすることもあるらしく、その話を聞いた時は素直になりたくないと思ったものだ。
「いんや。一応、あれですぐに死ぬように出来ているんだよ。吊られた人、動かなかっただろ?」
「……え、人間てあんなんで即死するんです?」
「死ぬよー。余裕で死ぬ。人の非力さ舐めんな。つーかまぁ、絞首刑は首吊りってよりかは“首折り”が正しいんだよ。一定の高さから落とし、括っていた縄が張り詰める。その際の衝撃で脊椎を折る。そうすると頸髄損傷が起きて首から下の感覚が消える。んで、意識も飛ぶ。そして最終的には脳死に至る。死の定義次第だろうけれど、脳死の前段階ですでに受刑者は意識を無くしており、その意識が戻ることはない。なら、本人にとってはもうその時点で終わっている。追うようにやってくる脳死は観測側にとっての明確な死を確定させるための定義に過ぎないからな」
この人は、戻ることのない意識を死と定義した。
「そうやって聞くと、痛みも一瞬でしょうし、人道的と言えなくもない……?」
「どうだかねぇ。走馬灯って言葉があるように一瞬を長く感じることもある。死の間際における一瞬の苦痛はもしかしたら永劫に続いた末に訪れるモノなのかもしれない。その場合、そもそも痛みを伴う可能性があるような方法を選ぶ時点で人道的とは言えないだろ。それに、絞首刑は結構な失敗の積み重ねがあってなー。縄が短すぎたせいで脊椎の損傷が出来ず、吊るされた受刑者が苦しんでいるかのようにじたばたと動いた話とかもあるし、逆に縄が長すぎたせいで『勢いがついて首が千切れた』なんて話もある。そっちの場合はまぁ即死ではあるのだけれど、見ている側からしてみればショッキングな映像だし、絵面が人道的ではないわけだ」
「うわぁ、ちょっと想像しちゃったじゃないですか」
「すまん。まぁ、アレだよ。そこまでしっかり準備とかをしないと、首吊りで苦しまずに死ぬことなんてできないって話だ」
「嫌な総括ですね」
「題材からして嫌な話だからな」
「妙に詳しいですし、中学生ぐらいの時にそういうのを調べたとみた」
「……あぁ、ま、まぁ大体あっている」
先輩は図星だったのか、ちょっと言葉に詰まっていた。
「やーい、根暗ー」
「…………」
あ、黙った。
「ちなみに、そんな先輩的にオススメの死に方みたいなのってあります? 痛みがなくて苦しまずに済むやつ」
「そうだな……。やっぱり、痛いのも辛いのも苦しいのも嫌だからと色々と考えた結果、健康に生きた上での老衰一択となったな」
真面目な顔をして言われた。後ろ向きに進んだ結果として真っ当な結論に辿り着くあたりこの人は……。
「あとはまぁ、在り得ないことだけれど、スノウに頼むのも手の一つだな」
「……なんでそこでスノウさん? あの人、そういう苦しませずに殺す方法とか心得ているんですか?」
そういう技術に精通していてもおかしくはなさそうだけれど。
「いや、そういうんじゃなくて、純粋な超火力で頭を吹っ飛ばしてもらうんだよ。痛いとか苦しいとかって結局は神経伝達による脳への刺激だからな。スノウなら活動電位より早く火葬場より高温の一撃を叩き込めるから、正しく“痛みを感じる間もなく”頭を消失させることができる。だから、一瞬の痛みの長さとか、意識がなくとも痛みを感じるとか、そういうのを真正面から説き伏せることがあいつには出来るんだよ」
「規格外だなぁ……」
私でも準備に準備を重ねれば同じような結果を出すことは出来るかもしれないけれど、あの人は赤子の手をひねるようにそれができる。
「ただまぁ、本人は絶対にやらないだろうからな。……どんな方法だってそうだけれど、他者を介入する方法はどこまでいってもその他者に負担を強いることこそが一番の問題点なんだよ。人道的であることを求める一番の理由は死ぬ側の尊厳を守ることではなく、手を下す側の精神に負担を掛けないことなんだ」
「あー……」
確かにそうだ。今までは死ぬ側の視点で考えていた。けれど、それは終わる側であり、その後に続かない視点だ。だからこそ、痛みが続かないことの心配や一瞬の苦しみを和らげる方法を考える。けれど、スイッチを押した側はその後も続くのだ。スイッチを押したという事実を背負い、続くのだ。――背負い続けるのだ。
「この国の絞首刑では、受刑者の足元を開けるためのスイッチが三つ用意される。そして、それぞれに一人ずつあてがわれ、合図とともに同時に押す。それによって、誰が押したかわからないようにするんだ。判決を下す人、認可する人、連れて床に立たせる人、袋を被せる人、縄を首に回す人、合図を出す人、そして、スイッチを押す人。そうやって誰かを殺すという行為の負担を分散させる。たとえ法によって認められた行為であっても、それが人を殺すという行為であることに変わりはないから」
先輩はひどく平淡な声で言う。言葉を続ける。
「死刑は、この国で唯一の合法化された殺人行為だ。でも、許可されたそれを進んでやりたがる人なんていないんだよ」
――いや、その瞬間において望んで『それ』を行いたがる人もいるだろう。被害者の遺族であれば、むしろ自分の手で断罪をさせてくれと願うかもしれない。でも、周りはそれを良しとしない。何故かと言えば、人を殺すことによって背負う罪悪を潜在的に知っているから。
「現代社会に於いてそれが忌避される行為であることは当たり前だから。たとえ殺したいほどに憎悪する相手だとしても、本当に殺してしまえばその事実が残るから。誰よりもそれを行った本人にその感触と事実が残るから。どれだけ許されていても、常識と相反する行為を実行した事実は脳裏にこびりついて、長い時間を掛けてじっくりと形成された常識を穢す。その瞬間にはその汚れが気にならなくても、日常に戻った際にその事実が本人を執拗に苛むことが分かりきっている。だから、少しでも誤魔化そうとする。人道的であると謳い、正しい行為であると嘯き、君だけの責任ではないとみんなで小分けする。そうやって、目を背けやすくするんだよ」
「……そこまでして、どうして死刑はなくならないんでしょうね」
「きっと、みんな怖いし嫌なんだよ。死刑となるような犯罪の大半には人の死が関連している。そしてほとんどが殺人だ。人を殺すという選択肢がある人間が存在することと、そんな人間を生かすために血税が使用されていることを思うと怖いし嫌だろ。ほら、そう考えれば死刑が一番手っ取り早い。臭い物に蓋をしても中身は残るし容器が使えなくなるだけで、それなら早々に中身を捨てて容器は別の用途に使った方がいい。なにより、死刑なんて他人事だからな。他人事にはどこまでも冷たくなれるのが人間の長所だ」
「それ、長所ですか?」
「長所ではないな、うん。とはいえ、他人事でもなければ死刑制度における六ヶ月の猶予期間とか、控訴による延命策が許容される筈がないからな。……一応、誤審の恐れとかもあるからなのだけれど、明らかに悪用されているよ。そして、それが受け入れられている。死にたくないという願いは当たり前のもので、そのためにもがくことを認めてしまっている。――死刑廃止を訴える人々は他人事だからそんなことが言える。大切な人を殺されてみろ。きっと、そいつを即座に殺したいと心底思うだろうにな。そうでなくとも、遺族の話でも聞いて回ってみればいいんだ。『生きる権利』の侵害? 生きる権利を奪った人間にそんなものが残っているのか? そんな疑問が頭を過るだろうよ。だから、安易に死刑廃止を声高に主張する人のそれは、殺されて死んだ人間よりも、生きている殺人鬼を優先しようという発想だ」
ふと、思い出す。『十人の加害者と一人の被害者の未来、どっちが大切ですか? すでに死んでいて将来なき被害者一人のために、十人の未来ある若者を潰していいのか?』などという世迷言があったなーと。あれはその実、加害者のことも考えていなくて、何よりも発言者が自身の立場を守るために放った言葉なのだろう。
どこまでも他人事で、だからこそまろび出た自己保身を最優先した発言。
そういった考え方に先輩は苦言を呈した。
それはひどく一般的な意見で、ひどいくらいにありきたりな見解だ。
なので、私は訊ねる。
「スノウさんの殺人行為はどうなんですか?」
人道の話をするのならば、目を背けようのない事柄だろう。
けれど、先輩はそれに対して悩むことはなかった。
「今のところは否定しないよ」
「恋人だからって甘いんじゃないですか?」
「そうかな。そうかもしれない。ただ、前提が違うんだよ」
「前提とは?」
「魔術師という存在は、それこそ裏社会の人間や軍人とかに在り方が近い。人を殺す必要のある機会に度々遭遇する。一般人であればそんなのは滅多にないのに、それこそ日常の延長線上にある。そういう人たちにとっての殺人という行為は、それこそ生きるために選択する手段の内の一つでしかない」
「だからって許容されるんですか?」
「生きている環境の法則が違うからな。許容もなにもない。なにより、人間社会そのものがその在り方を認めている。軍人の正当な理由での殺人は公認されていて、裏社会の人間が行う殺人は証拠さえしっかりと隠滅し、表社会への影響を最小限に抑えれば黙認される。日本だってそうだよ。この国の場合は軍人じゃなくて自衛官だけれどさ。――自衛官が自衛隊法に基づいて防衛出動を命じられ、国を守るために行われた行為であればそれは罰されない。確か、刑法第三十五条だったはずだ」
「そういうのって、ちゃんと明文化されているんですね」
「そりゃな。そうじゃないと安心できない」
「でも、スノウさんは軍人じゃないですよ」
少しばかり意地悪く、噛みついてみる。
そういった法による保障を受けられない立場だとつついてみる。
「それを言ったら一般人でもないよ」
あっさりと躱される。
そもそもとして、かの存在は法による庇護を受けていないと、そう言ったのだ。
私がつまらなさそうな顔をしていると、呆れたかのように先輩は言う。
「いいかい後輩。この場合に肝要なのは、あいつがこちらに歩み寄っているという事実だ」
――やろうと思えば出来る。これは誰だって同じなんだ。
――だから、大事なのはその人が実際にはどうしているかだ。
そんな当たり前のことを、先輩は当たり前の顔をして言うのだから、本当に嫌だ。




