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魔術師の少女、世界端末の少年  作者: 海山優
二章『世界端末の失敗作』

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◆六話-3

 ――その少年は生まれた時から魂が削られていた。削られ続けていた。


 物心つく頃には、己という存在がそう長くないことを理解した。とは言っても、一族の中では耐性も密度も高い方だったので消失する箇所を上手いこと調整して、致命的なことさえ起きなければ成人を迎えることもできる計算だった。


 ある日、母が嬉しそうに言った。あなたに弟か妹ができる、と。自分はそれを聞いて「嬉しいな」と思った。けれど、その感情は母には伝わらなかったらしい。だからできるだけ言葉にした。声に抑揚が出なくて、なんだか随分と落ち着いた物言いになってしまったので、態度で示すことにした。色々なことを学ぶことにした。


 生まれるのは妹だと母に教えられた。


 妹のためにできることはなんだろうかと考えた。


 ――色々と考えて、贈り物を決めた。


 そして、妹が生まれるときがやってきた。


 希薄化していく魂は止めようがなくて、他の箇所に移し替えることもできなさそうで、感情を表現させることができないほどに擦り切れた。それでも、この心には何をすべきかがしっかりと刻まれているので、完全に無くなるその時まで生まれてきてくれる妹を守ろうとする筈だ。


『成世』


 生まれてくる妹の名前を教えてもらった。一族の悲願を背負った名前だ。世に成れと、世界に成れと、そう願われた(呪われた)名前の女の子。誰もが期待する存在として祝福された生を受ける妹。


 ――だから、自分だけは、他の誰でもない兄である自分だけは、ただ祝おうと思った。


 願うのは、幸せに生きること。笑って過ごせること。楽しんで暮らせること。きっとその人生は辛く厳しいものになることは分かり切っている。だから、少しでも生きやすいように、頑張ろうと誓った。


 ――母が消えた。


 その子が生まれると同時に気付いた。妹は自分とは桁が違う量の消失を受けていた。生まれる前から形成術によって肉体の一部を形作らなければならない程の状態だった。


 それの一部を母が肩代わりしていたことに気付いた。だから母の消耗が激しかったのだと理解した。そして、臍の緒によって物理的に繋がっていた負担先を失ったことによって、赤子は才能を開花させ暴走させた。血の――魂の繋がりを利用した負担の分散。


 ――あ、これはダメだ。


 消えていく親族たちを見ながら、自身もまた耐え切れないことを悟った。


 だから、決意した。

 覚悟を決めた。


 これが最善だと、それが一番だと心から思った。


「生まれてきてくれて、ありがとう」


 言葉を送った。


「精一杯考えて、頑張ってつくったんだ。喜んでくれるといいな」


 プレゼントを贈る。


 名前は決まっていた。君が今日生まれると知って、とても丁度いい名前だと思っていた。


「ごめんね、あとは頼んだよ、せ――」


 申し訳なさそうに謝って、最後まで言い切ることなく空海玄外の魂は消失の波に呑まれて消えた。



 ================================================================================



 目が覚めた。視界と呼ばれるものが思ったより狭くて、事前に与えられていた知識と噛み合わなくて首を傾げる。そんな半分ほどしかない視界に映ったのは赤ん坊だった。


 そして、魂へと記憶が流れ込む。いくつもの記録が流れ込む。


 理解した。自分が――私が今、どういう状態なのかを。


 こんな、こんな生まれ方などあっていいのかと、そう叫びたくなった。だが、この身体は叫ぶということを行ったことがないのか、上手く声を張り上げることすら出来なかった。



 ================================================================================



「っ……」


 また、目が覚めた。――いや、今度こそちゃんとした覚醒だ。先ほどまで、夢を見ていた。昔の夢だ。始まりと、終わりと、始まりの夢を見た。とても明瞭で、苦々しくなるぐらいに鮮明な夢だった。


「おはようございます」


 投げ掛けられた声へと目を向けると、少年がいた。


 天木秦だ。頽廃した目の少年。世界端末の少年。


 ――待て、今はどういう状態だ?


 周囲を見る。一面が白で塗り潰された世界だった。奥行きがすぐそこで終わっているのか、それとも果てがないのか判断が付かない。そんな景色が広がっていた。


「私は……死んだのか? 失敗したのか?」

「いいえ、と、はい、ですね」


 天木秦は私の呟きを拾い、律義に答えてくる。私よりも状況を理解していそうだった。


「これは、どういうこと?」

「あなたが行ったのって、『世界接続』と『世界変容』ですよね」


 天木秦は私が行ったことを言い当てる。何故わかるのだと、目で問う。


「経験があるからです。だから、あなたがなにをしようとしたのか肌でわかって、それよりも先にこっちで『世界変容』をさせてもらいました。いやぁ、間一髪でしたよ? 薬の再投与では間に合わないと判断して、投与によって起きる接続の拡張を再現したんです。起動はそっちが先でしたけれど、発動はこっちが先でした。タッチの差だけれど、経験が生きたんでしょうね」


 驚愕する。経験という言葉に、先に『世界変容』を行ったという言葉に。


「『理想のセカイ(ニライ)のつくりかた(カナイ)』。小さい頃、家族で沖縄に行ったことがありましてね。まー、記憶にあるのは海が綺麗だってことぐらいなのですけれど、そこで知った言葉です。理想郷を表す言葉でして、不思議な響きでとても印象に残ったんですよ。そこから名前を付けたんです。ほら、やっぱり技名って欲しいじゃないですか? ただまぁ、俺が形作れるのはこの白い空間で精一杯なんですよね。理想のセカイからはほど遠い、白いだけの場所」


 話を聞いていて、ふと気付く。どうして私はこいつの話を素直に聞いているのだろうか?


「そういう世界なんです。この世界に力は発生しません。ただ、話をすることができる。今回はそういうルールの世界になっています。話をする。ただそのためだけの理想のセカイ。だからあなただって『ソレ』で生きている」


 そう言って、こちらの身体を天木秦は指差す。私は指の先を追うように視線を落とす。


「え……」


 私の身体は大部分が消えていた。両の腕もない。左脚は太腿の真ん中あたりからなくて、右脚にいたっては付け根から消えている。なのに、何故か私は普通に立っていた。立っているようにここに在った。


 だがそれよりも不思議なことに心臓がなかった。あるべき場所にあるのは空洞だけ。穴の先には白い世界が見えるだけだった。


「方向性を定めていたからか、前回よりは幾分か持続性があるんですけれど、そっちに全振りしたせいで、それ以外が何もできないんですよね。それが功を奏して、ここでは生きる上で生命活動すら必要としていないんだと思います」


 ――だから、これが解けたらあなたは死にます。


 と、天木秦は逃れようのない事実を申し訳なさそうに言った。


 どうして、お前がそんな顔をする?


「お前の命を狙った私が死ぬことは、喜ばしいことじゃないか」


 そう言ってやると、天木秦はひどく痛ましい笑みを浮かべた。


「記憶があるんです」

「……なんのだ」


 私はそれをなんとなく察した。


 なのに、それでも敢えて聞いた。この世界ではそれしか出来ないから。


「空海玄外の記憶」


 あぁ、こいつはアレを見たのだ……。先ほどの夢は、夢ではなく、再生だ。


「見たのか」

「知りました」


 じゃあ、


「お前は知っているのか」

「えぇ、俺は見ましたよ。()()さん」


 少年は『私』の名前を呼んだ。誰にも知られていない私の名前だ。


「記憶の複写は成功したのか……」


 十月十八日に生まれた空海成世。


 その生誕と一緒に生み出される筈だった、彼女の誕生日を名前に冠した式神。


 空海玄外が用意した贈り物。魂を失った空海玄外という殻に入れられた存在。


 空海成世の良き理解者になるようにと生み出される筈だった女型の式神。


 それが私――刹那だった。



 ================================================================================



 不安になるくらい、精神が安定している。だからなのか、現状を受け入れることができてしまっているし、奇妙なまでに落ち着き払って会話をしていた。


「『世界変容』を行ったとして、その持続は理論上では一瞬しかできないものだった。色々と要因はあるのだけれど、一番は器としてのスペック不足だね。それこそ、刹那にも満たない時間しか続かない。空海はそう結論付けた。それに、創造した世界の完成度も著しく低いと予想されたの。原理の作成すらできないだろうとね」

「通常であれば、自殺行為でしかないですよね」


 天木秦の合いの手に頷く。


「そう。ただの身投げに等しい。ほんの一瞬、世界との関係を断絶して、何の意味もない空間を生み出すだけ。それが空海の限界だった。だから、その限界で出来ることを考えた」

「それが、移し替え、ですか」

「飛躍ね。それはさらに次の話」


 天木秦は記憶の複写によって『思い出す』ための手順を踏ませれば理解してくれるため、説明が楽でいいな。と、口の中で呟く。ここからは芋づる式で思い出せるのだろうけれど、最後まで話そうと、そう思う。


「最初はその一瞬に全てを掛けることにした。――術式の並列起動だね。一瞬しか発現しないのならば、その一瞬に全てを行うようにすればいいと、空海はそう考えた。でも、そう上手くいくようなものじゃない。そもそも、世界変容をした先で何をどうすればいいのかが曖昧だったのよ。できること自体がわからないから、何かをしようがない」

「当たり前ですよね。誰もそれを知らないのに、知らないのにどうすればいいかなんてわかりようがない」

「だから、実際に行って知る必要があったんだ。けれど、それは不可能なこと。実際に行えばそのまま終わるだけだからね。なのに実際に行って、失敗して、空海はこうなった。だから『私』は考えた。ただの式神として作られた『私』が空海玄外という器に入れられ、消失を受けながらもこうして現存しているという事実を踏まえた。その結論は?」


 答えのわかりきった問いを投げる。


「『世界端末』への魂の移し替え」


 わかりきった問いへの答えが返ってくる。


「そういうことだね。世界によって魂が消失した肉体に、式神の魂を入れられるという事実。魂の質が違うからか、齟齬が生じているんだろうね。存在しない筈のモノが存在するけれど、それは本来そこに存在するモノではない。そういうエラー、世界における矛盾(バグ)だ」


 とはいえ、動かない筈のモノが動いていることに変わりはない。どうやったところで、世界からの消失は免れなかった。


「とはいえ、結局この状態で接続をしても意味がない。強度が上がっているわけじゃないからね。でも、できることを知るためにも、接続をした上で耐え切る必要があった」

「だから、『世界端末』という耐えられる器を探した、と」

「発想の転換ね。できることがわからないのなら、できることをしようと、そう考えた。結論としては、世界端末の魂を空海のモノに移し替える。これが現実的な案だった」

「でも、世界端末には精神干渉への耐性――魂への干渉耐性がある。人どころか悪魔や神にすら触れられない領域ですよね?」

「えぇ、けれど、さっき言ったでしょ。『ほんの一瞬、世界との関係を断絶して、何の意味もない空間を生み出すだけ』と。その一瞬だけならば、世界による保護機構――プロテクトに防がれずに魂に干渉できる。そして、ただの人間の魂への干渉であれば、どうやればいいかを理解しているからね。理論上、その一瞬にさえ世界端末を引き込めば、次の瞬間には空海の魂を持った世界端末が爆誕! って寸法だった」


「記憶の複写とか言っていたのは?」

「魂の移し替えだけじゃ、魂の記録しか入らないからね。魂の記録と脳の記憶に大きな食い違いがあると壊れるんだよ。どっちか片方が希薄だったりすれば一方的に塗り潰されて安定するんだけれど、普通はそうはいかないからね。だから、記憶の方も肉体に刻んで、記憶と記録を照合させてどちらにも存在する『空海』を主軸として確立させる目的だったの」


「世界端末だからと甘えて精神干渉へのガードを全くしていなかったから、こうもあっさりと記憶を植え付けられたわけか……。そうなると、魂の移し替えのほうの術式はどうして成功していないのだろう? いや、成功していたら困るのだけれども」

「世界としての主導権はそっちだからじゃないかな。書き込みや追加は出来ても、書き換えや削除、移動ができないという認識でいいと思う」


 おそらくだが、保護機構の種類が違うように思える。世界端末に掛かっているプロテクトはそもそも参照すら不可能とさせるものだ。イメージとしては、管理者権限の設定が違うのだろう。天木秦が作り上げたこの世界は、根底を揺るがすようなことでなければ権限がなくてもある程度干渉できるようになっているようだ。ただ、ここに入ってからの干渉は行おうと思えない――故にそもそも行えないあたり、起動された術式を同時に取り込んだことによる抜け穴に近い適用だと考えた方がいい。


 と、そんな推測をしたことも天木秦に説明する。


「あぁ、なるほど」


 こちらの説明を受けて得心がいったのだろう。


「ほかにもいくつか、術式の影響が出ているかもしれないけれど、それは自分で調べてくれ」

「……まぁ、移る予定だった身体に変なものを刷り込むようなことはしないだろうから、大丈夫だとは思いますけれど」


 若干、不安げな表情をする天木秦を見て、私は苦笑いを浮かべる。


 ――あまりにも穏やかな感情だった。


 先ほどまで、命にも及ぶようなやり取りをしていた相手だというのに、力の入るような感情が一切発生しない。天木秦はここを『そういう空間』だと言った。


 そういえば、口調や感情の動きというものに元来の個性が出ている――私という『個』が作られるにあたって形成された人格が表出しているということに気付く。空海玄外という器に入れられた私の自我は不十分で、肉体の持つ記憶と融け合い変質を遂げていた。そこから足掛け二十年ほどを『空海玄外』として振る舞い生きてきた。だから、初めに在った『私』という人格など疾うに潰えているものだと思っていた。


 けれど、今、この場所では、私は私だった。

 空海玄外ではなく、式神としての『刹那』が私だった。


 ――おそらく、肉体よりも魂の比率が高い世界だからだろう。それに加えて、この世界そのものである天木秦が私を『刹那』として認識したことも影響しているように見える。


 だから、こうして『私』が掬い上げられている。


「どうして、あなたは空海に――成世に厳しく接したんですか?」


 天木秦がふと思い出したかのように聞いてくる。


「俺が知ったのは空海玄外としての記憶ですけれど、刹那さんがそうなってからのは記録しか見ていないんですよね。あなたはどうして、成世のことを『失敗作』と、忌むように呼び続けたんですか?」


 そういえば、私は空海玄外となってからの記憶は複写せず、記録としてのみに留めた。


 だからこの少年は、私の思考や感情を知らないのだ。


 知らず、ただ私が見て聞いたモノのみを観たのだろう。


「成世はあなたに嫌われていると自覚していた。そういう悲しそうな目であなたのことを見ていた」


 失敗作と呼び。触れ合いを避け、憎しみを想い、恨むようにあの子を見続けた。


 ――それを天木秦は見たのだ。


「空海玄外はあなたをそんなふうには育てていない。形作るにあたって、成世という女の子にとっての良き理解者となるようにと想われたあなたが、どうしてそんなふうになった?」


 天木秦は困ったように、不可解そうに言う。この少年は私があの子のことを『アレ』と呼称したとき目に怒気を孕ませていた。妹のことをそう呼ぶような存在に対して嫌悪感があったのだろう。けれど、今の彼にそのような感情は見受けられない。――おそらく、この空間は彼にも作用していて、彼自身からも怒りや嫌悪が取り除かれているのだろう。


 ――終わるその時まで、誰にも言うことなく抱えようと思っていたこと。


 今はもう、その『終わり』だ。色々な偶然が重なって生まれた終わりのロスタイム。


 せっかくだ。せっかく与えられた機会なのだから、もう、全てを吐き出してしまおうと、そう思った。


「私が空海玄外となって真っ先に得た感情はね、恨みなんだ。だってそうだろう? 私は私としての肉体を得ることなく、欠陥品の中に入れられた。それも性別が違う肉体だ」

「まぁ、そうだよな」


 天木秦が相槌を打つ。


「と、いうのは、私自身に言い聞かせるための言い訳だ。そう思うことによって、あの子を恨んでいると思い込むことにした」

「……はい?」


 首を捻る天木秦に私は笑いかける。


「真に迫る感情を表現するには必要なことだろう? 欺くにはまず味方から。そして一番の味方は自分自身。当然そうなるさ」

「その必要性があるのか? という話なのですが」

「――あるよ。あるさ。客観的に考えてみようじゃないか。あの子にとっての私はどういう存在となる?」

「そりゃ、兄でしょう」

「あぁ、兄だ。唯一の血縁であり家族であり頼らざるをえない不可欠な存在だ。空海の一族があの子を残して全滅している以上、あの子には私しかいないんだ。あの子を育てる? 守る? 大切にする? 当たり前だ。そんなのは私という存在にとって大前提であり大原則だ。でもここで問題が生じる。さて、それはなんだと思う?」


 しばしの黙考を挟み、天木秦が答える。


「……空海家の将来性?」

「いいね。だいたい合っている。これまでの空海は消失現象と上手く折り合いを付けて続いてきた。けれど、それもあの子の代で限界を迎えた。では、限界を迎えた空海はどういった選択をする?」

「そりゃ、解決策の模索ですよね」

「そうなるよね。じゃあ、解決策が見つからない場合はどうする? あの子の消失の進行ペースから考えて、成人を迎えることすら難しいかもしれないと分かっていて、分かっているのに事態の解決が図れないとき、君だったらどうする?」

「延命措置を考えます。可能な限りその期限を先に延ばす方法を考えます。考えて、解決策を見つけるための時間を確保します」

「そこで私は思い至った。私を――この空海玄外を犠牲にしようと。あの子の消失を可能な限り私が肩代わりし、あの子が少しでも長生きして、恋をして、子をなして、その子供の消失も、その先もできるだけずっと延々と私が肩代わりしていこうと、そう決めた」

「効率とかを考えるなら、成世にそこまでの自由を与えるのはおかしいんじゃないですか? それこそ、魔術師を生業とするような家の人間であるなら、女の子のことを――」

「しないよ。そんなこと」


 天木秦が言わんとしたことを遮って、否定する。


「だって、私は魔術師じゃない。私は式神で、願われたことはあの子の幸せだ。それが私の目標であり、願いであり、望みだから」


 私の根底にあるのはあの子の幸福だ。


 笑えますように。喜べますように。楽しめますように。きっとその人生は辛く苦しく泣きたくなるくらいに厳しいものになるだろうけれど、それでも、あの子が幸せになれるのなら――


「――あの子が幸せになれるのなら、私はどうなったっていい。そう思った。そう思ったから、私はあの子のために死んでいこうと思った。そして、消失による肉体の崩壊を負担する上で、どうするべきかを考えた結果。私はあの子を『嫌う』ことにした」

「……なんで?」

「失う悲しみを背負ってほしくなかったからだよ。あの子の消失を負担するということは、私はあの子よりも遥かに先に意味的な死を迎えるということだ。いずれ終わる私に愛着を持ってほしくなかった。なら、そうならないようにあの子にとっての私が遠い存在であればいいと考えた。死んだとしても心が動かずに済むような、そんな存在であるべきだと思った」


 それに、消失の肩代わりによって、私の存在はどんどん削れていく。


 もしも愛着があれば、目に見えて動けなくなっていく私を見て心配してしまう。


 それならば、最初から距離を取り、最終的には一切顔を合わせないようになっても不自然ではないようにすべきだった。


「そう考え、私はあの子を『失敗作』と呼んだ」


 お前は失敗作だと、そう言い聞かせた。恨むように、憎むように、言い聞かせるように、言い続けた。――失敗作なのだから、頑張らなくていいと、与えられた『成世』という名に縛られなくていいと、世界になんて成ろうとしなくていいと、ありふれた幸福を当然のように享受すればいいのだと、そう呪った(ねがった)


「…………」


 天木秦は口を噤む。私は内心を吐き出し続ける。


「それでも、一番は私が解決策を見つけることだった。まぁ、当然のように見つからなかった」


 ――そして、あの子が十六を迎える年になった。


「私は世界端末を見つけたあとの方法は確立してはいたが、見つける手立てが皆無だったのさ。当たり前だ。見つからないから作ろうとしていたのだからね。だが、話が変わったわけだ。学府が――デイライト家が『世界端末』への足掛かりを得たと知ったんだよ」

「スノウと俺のことだよな」


 思わず苦笑してしまう。


「まさか、実際には足掛かりどころか見つけていたなんて予想外だったけれどね……。それで、私はこれを一つの区切りとすることにした。真偽を確かめることにした。もしもその情報が虚偽だったとしたら、世界端末については諦め、本格的にこの肉体を土地に縫い付けて消失を請け負う代替機構にするつもりだった」

「その真偽を確かめるために成世を外に出したのは明らかに悪手では?」

「……確かにそうかもね。ただ、あの子は外の世界にとても興味があってね。とりわけ学校生活に対しては羨望が強かった。だから、せめて、その願いは叶えてあげたかったんだ。学府側だって、手順を踏んで呼んだってことはある程度の保証はするだろうと考えたし、たとえなんらかの裏があったとしても、あの子の身に何かがあった際に戻ってこられるようかなり強力な転送魔術を仕込んでおいた」


 少し早めの誕生日プレゼントのつもりだった。


 駄目で元々の視察。別に、しっかりと確認してこなくてもいいとさえ思っていた。憧れていた高校生活を謳歌し、普通の友達を作り楽しく遊んでくれていればいいとさえ思ったのだ。


「だから、あの子がここに戻ってきたと聞いたとき――君を連れて来たと聞いたとき、少し落ち込んで、結構喜んだ。やはり世界端末についての情報はガセで、学府によって追い詰められたのだと思った。でも、あの子が少年を連れて来た。その手を強く繋ぐような男の子を連れて来たという事実が嬉しくて仕方がなかった」

「あー……」


 天木秦が少しばかり気まずそうに目を背ける。


「でも、それも全てご破算だ」


 両腕が残っていれば、万歳の体勢を取っていただろう。


「私は失敗した」


 きっと、そういう感情が廃されていなければ、ここで私は叫んでいただろう。叫んで、怒って、恨んで、呪詛を吐いて、目の前の少年に掴みかかろうとしたはずだ。


「失敗したんだ」


 けれど、そういう感情はここでは存在しない。


 だからなのか、私の中から溢れた感情はべつのものだった。


「――あぁ、くやしいな」


 視界がぼやける。声が震える。頬を伝う雫が冷たい。


 もう終わりなのだからと、偽る必要も、隠す必要もないからと、口が滑る。


「ほんとうは、ほんとうはね? あの子に嫌われたくなんてなかった。何度だって抱きしめたかった。生まれてきてくれてありがとうって言いたかった。あなたは望まれた子なんだよって言いたかった。少なくとも、あなたのお兄さんはあなたが生まれることを心から喜んだんだよって、伝えたかった。だから私はこんなにも君のことが好きなんだよと、大事なんだよと、そう言いたかった。そう言って頭を撫でたかった。他愛のない話をして、笑い合いたかった。あぁ、消えるのはいやだよ。あの子のこれからをずっと見ていたかったよ。だって、私はあの子の兄だから。たとえ兄の殻に入っているに過ぎないだけの存在だとしても、それでも、あの子は私のことを兄さんって呼んだんだ。なら、私はあの子のお兄ちゃんなんだよ。可愛い妹なんだ。こんな運命を背負わされているのに、がんばってる女の子なんだ。見ていたい。見ていたいよ。そばであの子のこれからを見ていたいよ。でも、あの子に触れてしまったら、私が消えたときにあの子が少しでも悲しんでしまうことをおもうとこわいんだ」


 息が震える。


「でも、失敗しちゃった。ごめんね。ごめんね成世。私、失敗してごめんね。欲をかいた。世界端末の肉体を手に入れることが出来れば、もっとあなたのことを見ていられると思って、そうなればあなたのことを抱きしめられると思って、がんばったねって、辛かったよねって、これからはきっと良くなっていくよって言えると思って、無理をして、失敗して、ここで私は終わるんだ」


 言葉が止まらない。


「ごめんね、ごめんね。こんなお兄ちゃんでごめんね成世」


 私が終わると、成世の代わりに受けていた消失が成世に戻るだろう。


 土地との繋がりも成世だけになるから、ある程度の負担は軽減されるだろうけれど、それでも、成世は私と違って土地に馴染ませるような調整をしていない。きっと、あの子はもうこの土地から離れられなくなるし、私という流し先を失った以上、土地に留まったとしても先は長くない。


「ごめんね」


 謝罪の言葉しか出ない。


「ごめんね」

「謝るな」


 平淡な声が世界に響いた。


「――……いや、こう、見てられなくて思わず言ったけれど、今の言い方はよくないな」


 天木秦は少しばかり慌てるように言い直した。


「謝るのはやめましょうよ」

「……あぁ、敗者の泣き言は見苦しいよね」

「誰もそんなこと言ってないですからね? ていうか、諦めるのがはや…………いや別に早くはないな。だいぶ手を尽くした結果だな……。ともかく、色々とやった結果だとしても、まだ最後の手段があると思うんですよね?」


 そう問われ、考える。考えるが……、


「ない」

「いえ、あの、目の前に世界端末がいるのですが……」


 自身を指で示して主張する天木秦。


「なんで?」

「え、なんでって……」

「君にメリットがない」

「あー………………魔術師のそういうとこ面倒だな」


 ぼそりと言われたが、


「普通の人間だってメリットがなきゃ動かないよ」

「ははははは、ほんと面倒くせぇ」


 少年は笑った。笑って、一息ついて、言った。


「あなたのことはどうすることもできない。――でも、たぶん、成世についてはどうにかできる、と思う」

「……どうして?」


 出た言葉は、それだけだった。


「俺には妹がいましてね。妹のために頑張る兄は応援したいんですよ」

「そんな理由で?」

「そんな理由で」


 嘘臭い。死ぬ間際の人間にいたずらに希望を与えて楽しもうとしているのだろうか?


「そのジト目、なにを考えているのかなんとなくわかりますからね?」


 あー、と、そう言いながら頭をガシガシと掻く天木秦。


「気に食わない女の子がいたんです。勝ち残った人間が正しいと、敗者は全てが正しくないと、そう言い切る捻くれた女の子がいたんです。その上で自分は敗者だーってツラして、全てを諦めたかのような目をしたやつでした。でも、手を伸ばしてきたんですよ」


 天木秦は己の手を見ながら言葉を続ける。


「好きな女の子が言ってくれたんです。伸ばされた手があって、伸ばせる手があって、そんなときに手を差し出すことが当たり前な俺を好きだよって、そう言ってくれました」


 だから、と言葉を繋ぐ、


「出来る範囲でなら、頑張りたいんですよ。俺は恵まれています。今のところで言えば、俺の人生は勝っています。まー、だいたいは親のおかげなんですけれど、それでも勝っています。負けろって言われたら厳しいですけれど、女の子一人ぐらいなら手を引いて、その子にも勝たせてあげることぐらいは――やります。やり遂げます」


 少年は私に近づいてくる。


「でも、俺じゃあもう一人の女の子は助けられないんです」


 ――ここは天木秦の世界だ。彼の認識が優先される。彼は今、私の魂を捉えている。


 その目は私を見ていた。その瞳に映るのは白髪の少女。


「いやー、空海の式神さんたちはみんな美人ですよねぇ。刹那さんもとびっきりに綺麗だと思います」


 少年は笑いかけてくる。少しだけ困ったように笑う。


「――今の俺では、あなたを助けられません」


 失礼、などと言いながら私の頭に手を乗せ、こちらの頭を撫で始めた。


 ――丁寧で、優しい手つきだった。慣れているのかなと、そう思った。


「今までよく頑張りました。あなたは頑張った。偉い。同じ兄である俺が認めます。すごく頑張った。辛かったでしょう。苦しかったでしょう。それでもあなたは逃げずに今日まで頑張った。本当に、本当に偉い」


 誰かに褒めて欲しいわけではなかった。誰かに認めて欲しいわけではなかった。だって、それが私の生きる意味だったから。それが私の存在する理由(レゾンデートル)であったから。


 でも、


「私、頑張れたかな?」

「はい、頑張りました」


「辛かった」

「えぇ」


「苦しかった」

「えぇ」


「怖かった」

「えぇ」


「あの子は、成世は、幸せになれるかな」

「はい。俺があなたのあとを引き継ぎます」


「成世を、助けてくれる?」

「絶対に」


 認められたような、気がした。

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