◆六話-2
天之綿津見常立神。
別天津神である天之常立神と国津神である綿津見の名を合わせて名付けられたソレは、実際には神の位階に存在するモノではない。空海家が土地に土着し、土地の地脈から汲み上げた存在に名と形を与えた存在となる。
天の永久を象徴する存在に海の象徴を組み込み、天と海――空と海の永劫を願われた神。
それが今、一人の少年と打ち合っていた。
土地神の拘束を少年は強引に振り払った。動けるはずのない負傷、見る人が見ればそれは死に体であると言われてもおかしくない重傷であったはずの少年が変わり果てていた。
頭部からは二本の角、削り出した黒曜石のような鋭利な角が生えていた。また、その背中からは頭部の角と同じ材質の翼が伸びていた。薄い刃のような黒い羽がいくつも連なって形成された大きな翼は明らかに『飛ぶ』という機能には不釣り合いな見た目をしているが、少年はその翼をゆっくりとはためかせ、自由自在に空を舞っていた。
「なんだ、それは……!」
玄外は愕然としながら、秦に対して叫ぶ。
「悪魔だよ。以前にさ、悪魔が残した物質ってのを見る機会があったから、それを再現して取り込んだ」
土地神が振るった裏拳を蹴りで相殺しながら秦は答える。
精霊としての権能――同位階存在に対する限定的な一方通行の接触権限が機能しなくなったとはいえ、土地神が内包する質量は莫大であり、それは空海の土地そのものと言っても過言ではない。だが、秦はその土地神が放つ一撃とその身一つで打ち合った。軽自動車ほどの大きさもある拳が秦の脚と激突して空間が揺れる。
あまつさえ、土地神の方は体勢を崩した。それが意味することは単純な力負けという事実。
「ふざけている!」
たとえ世界端末であろうと、機能制限がある以上は才能のある人間程度でしかない。だが、目の前の少年は明らかにそういう次元を超えている。人の道理を無視している。目の前の現実を否定するかのように、土地神は腕を振るって対象を叩き潰そうとする。
空間を捩じるように振るわれた巨大な拳に、秦の拳が合わさる。轟音が響く。
「あは」
土地神がのけぞり、秦は笑う。
薬の副作用による高揚と奔流する悪魔の力が全身を駆け巡り、秦の精神を変調させている。
「はははははははははははははっ!」
刃の羽が増殖して広がり伸びていく。肥大化する翼は腕の形を取り、それは秦の腕と連動するように動く。土地神の手にも劣らない程の大きさになった翼の拳を叩きつける。一度では止まらない。両の拳を幾度も振り下ろす。繰り返す。乱打する。先ほどまでの経験憑依による技術を用いた暴力とは違い、ただの力任せな連撃。
土地神は防御に回っていたが、玄外はこれ以上の攻撃を危険だと判断して強引に動く。
土地神に顔は存在しない。人の形を取ってはいるが、目や耳などの人としてのパーツを有していない。だが、突如として『口』が開いた。人間であれば口が存在するであろう位置が横に裂け、その先の虚無が覗いた。
「っ!」
秦がそれを認識する。同時に虚無から膨大な熱量が光となって放出される。土地神は防御に使用していた腕ごと、その先にいる秦を巻き込もうとした。
秦は片方の翼を前面に広げてそれを受ける。だが、勢いを殺しきれず逸らすこともできなかったために、留まったエネルギーがそのまま爆発を引き起こす。
◆◆◇◇◆◆
秦は平然としていた。
爆発によって巻き起こった煙を翼で強引に振り払い、玄外を見下ろしていた。
秦は跳ねるように飛翔し、結界の縁をなぞるように滑り、加速し、土地神へと激突する。
そうして、土地神との災害に等しい威力の乱打戦を再開する。
「本当に、なんなんだお前は……!」
土地神の顕現という秘中の秘を行ったというのに、それと当然のように渡り合う少年に玄外は恨み言を飛ばす。
ただし、玄外は冷静だった。埒外の能力を見せられてはいたが、冷徹に観察を続け、推測を重ねていた。
――攻撃が通っていなかったはずなのに、塞がっていた傷が開いて出血している。若干ではあるが肩で息をしている。悪魔を降ろしたと言ったにもかかわらず、出力が土地神という精霊種を上回る程度でしかない。
それらの事実から、秦はすでに限界を迎えているという結論に達していた。
――純粋な才能のみでその域に到達したのは感嘆ものだ。だが、結局は人だ。
器の形は人間に過ぎない。どれだけ異常な才を有していようとも、上位階に人間の分際で手を掛け続けることなどできない。いや、アレは手を掛けてさえいない。伸ばした結果であり、人間としての壁に当たった結果。そのような無茶が続くはずがなく、続けようとすれば待つのは自己崩壊という当然の結末。玄外はそう結論付け、自身の勝利を定めた。
――時間だ。時間経過でこちら勝利だ。
玄外の推測通り、秦の肉体はすでに限界だった。『位階変転』による悪魔の降臨とその憑依によって肉体は常に損壊し続けており、活動限界は十分と満たない状態になっている。最大出力は最初の最初だけであり、それ以降は急激に減衰しており、すでに単純な力押しで土地神を圧倒することはできなくなっていた。
――けれど、やっと、慣れた。
秦が行っていたのは権能による駆動。悪魔という『否定する力』の循環現象。限界を超えた負荷を何度も掛けることによって身体へと強引に馴染ませた。
――最大はすでに出せない。けれど、最高は今だ。
操れない力に意味はない。無駄でしかない。だから、秦は余剰を時間稼ぎに使用した。
――あの時のように腕だけを薬室にはしない。撃ち出すのではなく流し込む。肉体を仮想変換して耐え得る状態に偽装した。そして力は全身を通し、淀みなく加速させた。俺ができることとして、これが至上。
神経と血管を加速器として使い、全身に巡る悪魔の力を『流れ』に集約させた。
秦の腕は筋繊維が断裂し、骨には罅が走り、細胞は壊死と再生を繰り返しながら崩壊していく。頭のどこかで何かが切れている音が聞こえている気もするが、それがどういう音なのかを秦は理解していない。
角には亀裂が走る。
黒く硬い翼を前に突き出す。
翼が一瞬にして変形する。
先端を絞るように螺旋する。
「ッ――!」
玄外は秦が行おうとしていることを肌で理解した。対応するために動く。
『黒耀焔』
秦の肉体を駆け巡り続けていた熱が出口を与えられる。
螺旋の先端から万物を否定する黒の光が走る。
放出と同時に到達する黒の線。その一筋の細い黒が弾け、膨張する。
「――――――――!」
玄外には叫ぶ余力すらない。
秦が放った一撃は存在の否定。精霊という『神が齎した前提法則』を瓦解させる撃滅の刃。
――真正面からは受けられない。
土地を全力で汲み上げる。地球という惑星からの色を抽出して土地神に組み込む。
――逸らすことに専心しろ。受け流せ。
惑星という『神の位階』を内包した大地を精霊に流し込む。
否定を拒絶する。
法則を否定する悪魔の摂理に対して、神の原理を掲げた。
「あああああああああああああああ」
玄外の肉体が悲鳴を上げる。空海が幾星霜の年月を掛けて溜め込んだ術式と魔力を玄外の肉体を通して惜しみなく注いだ結果、許容量を超えた。留められていた消失が溢れる。左肩から先が一度に消失する。世界からの消失によって完全に失われた存在は戻らない。玄外はこれから先、左腕という概念を失う。治癒は効かない。移植もできない。行った瞬間に、その存在しないはずの『腕』が存在するという事実を世界に咎められる。
だが、それをするだけの価値が秦にはあった。
土地神の腕が黒を受け止める。受け止めきれずに融解していく。
だが、終わる前に――届く前に、土地神はその黒を弾いた。両の腕を犠牲にして、後方の空へと黒い光束を受け流した。
「やっ――」
た。と、声を上げる。
玄外の視線の先には墜落する秦。角は砕け、翼は風化している。仮想変換によって一時的に『飛ばしていた』損壊が戻り、傷口にさらなる傷が戻っていく。落下しているというのに身動き一つできないほどの満身創痍。玄外が思い描いた通りの決着。
だが、玄外は困惑した。
秦はもう、指先すら動かせない状態だった。
だというのに、それなのに、秦の口元は笑んでいたからだ。
秦が思い出していたのは少し前のこと。ネセルと行っていたリハビリ時の出来事。
「地形破壊は……考えなきゃな」
秦はそう口を動かした。声にはなっていない。そもそも、唇はほんの少し動いただけであり、読唇することすら不可能な動きだった。
◆◆◇◇◆◆
結界に穴が開いた。秦が放った『黒耀焔』は弾かれたが、それは十分な威力を残したまま空海の土地を覆っていた結界を穿ち、外界との断絶を破壊した。
金色が奔る。純白の翼を広げて飛翔する。
穴を抜けた『ソレ』は一直線に秦を目指し、落下地点――土地神が伸ばしていた手のひらに落ちる前に秦を掴まえた。
「意識、ある?」
お姫様抱っこの要領で秦を抱え、顔を覗き込みながらスノウは問うた。秦は口を動かすことすらできないが、なんとか眼球を動かしてスノウへと視線を向ける。
「ボロボロだねぇ」
スノウはそう言い、言って、血を吐いた。全身から傷が発生し、身体の至る所から血が溢れ出し始める。そして、秦の傷が塞がっていく。
「あぁ……」
治癒の術式が動いていることを秦は感じ取る。そして、『位階変転』による反動をスノウが肩代わりしていることを理解する。声が出せるまでに回復していることを実感する。
「ほんと、ごめん。あと、ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして。これぐらいはなんともないよ」
停止飛行するスノウに向かって、土地神が拳を振り抜いた。だが、スノウはそちらに目を向けることすらしない。翼がその拳を受ける。受けて止まる。スノウ自身は動かない。
幾度も幾度も拳を叩きつける。ただ、一度として翼を超えてスノウに届くことはなかった。
「……来るの、早くない?」
秦は素直な疑問を漏らす。
結界に穴を開けるという手段を秦は予め考えていた。だが、それを可能とするような大出力の一撃を行えば、成否に関係なく力尽きることを理解していたために最後の手段と考えていた。
結界を壊したところで、その後の逃避が出来なくなっては意味がない。
だが、そうとも言っていられなくなった。土地神の顕現と経験憑依用の武器の破壊。だからこその『位階変転』による悪魔の再演だった。けれど、そこまでしてもなお、玄外を倒すには至らないと――なまじ倒せたとしても、一歩も動けなくなって空海の土地に倒れ、成世や式神たちに捕縛されるだけと悟った。
倒してもその後に捕まる。倒せなくても捕まる。どう足掻いたところで秦の敗北という結末。
そこで秦が選んだのは『後に繋がる敗北』だった。
結界がスノウや火灼の探知を阻害しているとあたりをつけ、一瞬だけでも二人が自身の現在位置を把握できるようにするため、結界に綻びを生じさせることを目標にした。
相手には『起死回生の一撃』として映るようにし、その実態はスノウへの救難信号を届かせることを目的とした一撃。
実際に成功ではあった。こうしてスノウが秦を抱えているという状況は最良の結果だった。だが、秦の予想よりもスノウの到着は早過ぎたために秦はこうして当惑していた。
「まぁ、愛だよ」
けれど、そんな秦の疑問にスノウは適当な答えを返す。
「なぜそこで愛……」
「君を愛しているからだよ。それ以外に答えが必要?」
――うわー、かっけぇ……。
臆面もなく、理由になっていない理由を言い切ったスノウに秦は畏敬の念を抱いた。
それ以上に、自責の念を抱えた。
「……正直に言えばさ、なんとかなると思っていたんだ」
秦は心情を吐露する。
「身に余る力を手に入れた。普通ならありえないような経験をした。それでもなんとかなったから、これからもなんとかなるだろうと、そう思った。思っていたんだ」
「そうなんだ?」
「そうなんだよ。――だから、驕った。あの時、手を伸ばしてしまった。少し考えればこうなることなんてわかり切っていたのに、見通しが甘いままに、あのままそれを『見なかったこと』にするのが嫌で、そんな一時の感情に任せてあいつの手を取った。結果はこれだ。お前たちに迷惑を掛けた。――キミをたくさん傷付けた」
反省はした。後悔もしていない。と、秦はそう断定できる。けれど、未熟な過ちによって恋人に苦労を掛け、その白い肌に傷を移したという事実は変わらない。その事実を踏まえて、秦がその思考を言葉にしようとして、
「いいんじゃない?」
言葉にするよりも前に、スノウが肯定した。その言葉を聞いて、秦は呆然とした表情をする。
「別に私は秦くんのなんでもを肯定するわけじゃないけれどさ、今回の秦くんの行動は私にとっての『天木秦』が取る行動そのものだったよ。自分は捻くれ者だと嘯いて、己は矮小な存在だと宣って、冷徹で非情な人間だと自嘲して、それでもやっぱり、目の前で苦しんでたり辛そうだったり泣いてる人がいたら、手を伸ばすことが当たり前なひと」
言葉を続けるスノウ。
「君は優しくて温かい人たちに囲まれて育ってさ、優しくすることはいいことで、助けることは正しいことで、そういうのが当たり前だと、そういうのが当然であって欲しいと、心から思っている。心では思っている。だから、目の前で泣いていた子に手を伸ばす。例えその子が直前まで敵対していたような相手であろうとも、自身になにが出来るのかが分からなくとも、それでも伸ばせる手があって、伸ばされた手があるのなら、手を差し出す」
スノウは秦の手を握る。秦の手は傷だらけで、スノウの手にも血が滴っていた。それでも、その手をスノウは強く握った。
「そんな君だからこそ好き。大好き」
スノウは輝くような笑顔を浮かべ、想いを言の葉に乗せて伝える。
◆◆◇◇◆◆
「こんなっ、こんなことがっ、あっていいものかぁあああああああああ!」
玄外が叫び、土地神が口を開いて二度目の光熱砲を放つ。だが、それはスノウの背から伸びる二枚の翼に防がれる。先ほどのように爆発したりもせず、ただ掻き消されていく。
「……………………めちゃくちゃだ」
突如現れた少女――スノウ=デイライトは玄外や土地神に目を向けることすらしていない。あまつさえ、天木秦とのんきに会話をする始末。お前のことなど眼中にないと、そう言われているかのように玄外は錯覚する。
「なんだ、それ……」
秦との会話を終えたスノウが玄外を見る。先ほどまで陽光のような微笑みを秦に向けていたことが信じられない表情――玄外に向けた表情はまるで死人のように冷たかった。死を連想させる生者。生命力溢れる純白の翼を背負っているというのに、死神を彷彿とさせる眼差し。
「土地に繋がってる――精霊種か。東洋の自然崇拝が基礎になっていて、方向性としては補助で……支えるように形成されているのね」
土地神と玄外を観察し、その繋がりを把握する。
「じゃあ、これかな」
スノウはそう言って、真横に空間の亀裂を発生させる。そこに手を入れ、目当てのものを取り出す。取り出されたのは抜き身の大太刀。
「なに、これ」
スノウが片手を離したため、落ちないようにとスノウにしがみついている秦が訊ねる。
「『黒刀・颪』。いわゆる妖刀だよ」
「……スノウさ、わりとこういう業物みたいなの持っているよな。日本かぶれ?」
「私じゃなくて、私の師匠が、だね。私の所持している武器の中でも強力なやつは師匠の蒐集品から勝手に持ってきたものが殆どだからさ。どうしてもそっちに偏りがちなんだ。よっ」
秦の疑問に答えながら、片手で黒刀を振るった。
その一太刀で、土地神が崩れ始めた。
「え?」「は?」
秦と玄外の言葉が重なる。
黒は空を薙いだだけであり、土地神には触れてすらいない。だというのに、土地神は支柱を失った建物のように自壊していく。
「あなた、研究者でしょ。こういう理不尽と綻びは認識しておくべきだよ」
――黒刀・颪。
契約を強制的に刀身へと切り替えさせる魔具。
スノウは土地神に繋がる回路にその刀身を差し込み、ほんの一瞬だけその契約を差し替えた。
一秒にも満たない契約の強制変更。土地神を形作るための魔力に不足が生じる。土地神という術式は途切れた魔力を補おうと新たな契約先から魔力を汲み上げようとし、黒刀の持つ歪な魔力をその身へと流し込む。ほんの一瞬だとしても、魔力供給の停止が起きたことによって、地脈から膨大な魔力を汲み上げることで成立していた土地神の形成に歪みが生じる。その歪みへと、黒刀の歪な魔力が流れ込み、綻びへと悪化する。そして契約が戻され、土地神にその膨大な魔力が再び流れ込み、綻んだ箇所から破裂するように土地神は崩壊していく。
崩れ落ちる土地神を眺めながら、スノウは玄外の目の前へと降り立つ。玄外自体は脅威ではないと理解しており、逃がさないようにするための接近だった。
抱えていた秦を降ろし、玄外へと歩み寄るスノウ。
玄外は固まった。思考を停止した。あまりにも理不尽で、あまりにも理解の外で、あまりにも唐突なその現実に対応できなかった。
こんなことで終わるのかと、こんなとこで終わるのかと、そう思った。
「ダメだ」
言葉が漏れる。
「ダメ。私はこんなところで終われない。終わりたくない。終われない。終わってはいけない」
「みんなそうだよ。誰もがそう思っている」
スノウが諭すように言葉を返す。だが、その言葉は玄外には届かない。スノウもまた、届くとは微塵も思っていない。
刀を構える。
同時に、三方向から雷撃が走る。だが、スノウが何をするでもなく雷撃は掻き消える。
スノウは動じない。
雷撃を追うように跳んできた三体の式神がスノウへと斬りかかる。
載の攻撃を躱し、その腹に掌底を打ち込み意識を刈り取る。
穣の攻撃を受け流し、体勢を崩したその背中を踏み抜いて意識を潰す。
京の攻撃を腕で受け、刃は肉に少し食い込んで止まる。顎を叩いて脳を揺らし、昏倒させる。
僅か三秒の攻防。三人掛かりで稼げたほんの少しの時間。
玄外は式神たちの声を聞いた。
「動け」
と、そう聞こえた。
――動け。
と、そう願った。
動いた。己の存在意義を強く意識して、そのために行動した。
玄外の肉体の崩壊と消失が加速した。右腕が消えた。内臓もいくつか消失した。生命活動を続けるうえで必要不可欠な臓器がなくなった。両脚も消えた。もう立つこともできない。
「っ」
玄外が動いたことをスノウは理解した。この段階に至って何を? と疑問しながら何もさせないようにと、腕を振るった。
だが、間に合わなかった。玄外が起動したのはすでに組み上がっていた術式。『神降ろし』の先に存在する術式。目的のために作り上げた術式。起動に必要な動作は『覚悟』のみ。
『接続術式』
土地に刻まれた術式。空海が気の遠くなるような年月を費やして形にした大規模な魔術。
それだけの時間を費やして、できることはほんの一瞬。刹那にも満たない瞬間。知覚することもできない時間。だからこそ、いくつもの術式を並行起動した。その瞬間のためだけに用意した終わらないための一手――続くための一手を選ぶ。
『世界変容』
本来であれば、本殿の地下空洞にある地脈の中心地で行いたかった。
だが、今は土地神が崩壊し、まとまっていた力がこの場に溢れ満ちている。
だから、条件は一応とはいえ整っていた。
玄外にその認識はなかった。もう、こうするしかないと、そう思っただけだった。




