表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術師の少女、世界端末の少年  作者: 海山優
二章『世界端末の失敗作』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/86

◆三話『どんなに遠く、離れていても』-1

 ちょっとした遠出をする機会がこの半年で去年丸々一年より増えた。いや、もしかすると一昨年まで含めてもこの半年の方が多いかもしれない。というか、半年などと括ってはみたけれど、実際は夏の初めから秋の中頃にかけてなので、半年どころか三ヶ月だ。


 これは以前の自分が出不精過ぎだったのか、近頃の自分が外に出過ぎなのか、手頃で適切な第三の比較対象が存在しないためなんとも言えない。


 初めこそ、起床してから外出のための身支度をするあたりで、妹である奏に猫が驚いた時の顔を彷彿とさせるような表情を向けられたものだが、それも最近では日常に起きうる出来事の一つとして流されるようになった。……それどころか、身嗜みについて改善点を挙げ連ねてくるようになったので、そういった俺の変化をあいつは上手く消化して取り込んだのだろうと、そう思う。


 そんなファッションチェッカー奏ちゃんも、本日は友達と遊ぶ用があるとかで早朝から家を飛び出している。なので、俺は黙々と服に袖を通し、あまり頓着しない自分でも『いや、これは流石にちょっとどうだろうか』と気になる程度にハネた寝ぐせ部分に霧吹きを掛けて櫛を通し、軽くドライヤーをあてて押さえつけるなどして、最低限の身嗜みを整えていた。


「さて、あとは……」


 洗面所から自室に戻った俺はそう呟き、机の上に置いていたネックレスを手に取る。


 シンプルな十字架の装飾がついたものだ。スノウと刀河に「できるだけ肌身離さずつけるように」と言い聞かせられているので、律義に従っている。


 次いでハンカチやティッシュなども準備し、財布などをウエストポーチに入れれば準備は万端である。野郎の準備なんてこんなもんだ。


 準備を終えた俺は自分の部屋を出て、玄関へと向かうために階段を下りる。


 我が家の玄関は土間と廊下の間が少し深めの段差になっている。バリアフリーという単語に真正面から喧嘩を売っている気もするが、天木家には来客が少ないので今のところ問題になったことはない。俺はそんな段差に腰掛け、休日用の靴を下駄箱から取り出してそれを履き始める。座って靴を履く際の姿勢が楽なのが数少ない利点だ。


 靴はスノウから贈与されたもので、簡単に言えば安全靴である。厚手のブーツで、底面やつま先部分に鉄板が仕込まれているタイプだ。普通の靴に比べれば当然のように重い。明らかに普段使いできるものではない。


 日々の強制的な鍛錬や魔術的な補助によって、歩き回った際にそれらを負担に感じることはないが、いかんせんブーツなので履く手間が多少面倒だったりする。立ったままでも履けるには履けるのだが、やはり座っての方が楽だ。腰掛け、足を入れ、踵部分で上り框を軽く叩いてはまりを良くし、横のファスナーを上げる。


「さてまぁ行くか」


 準備を終えて立ち上がり、扉を開いた。



 行く先は我が家から電車で二度ほど乗り継いだ場所にある映画館。


 個人経営のミニシアターであり、経営者の独断と偏見によって選ばれているそこの上映リストはバラエティに富んだニッチなラインナップだとかで、一部の人たちからは親しまれているとかなんとか。


 成世の受け売りである。


『今度の休日にその劇場でかなりハジケたB級映画をやるらしいんですが、やっぱり映画は誰かと見て、視聴後にご飯を食べながら感想をざっくばらんに言い合うまでが醍醐味だと思うんすよね! ……え、友達を誘えばよくないか? ですって? あんな見える地雷に友達を誘えるわけないじゃないすかーヤダー!』


 とのこと。えぇ……俺見える地雷踏まされるの? それなんて罰ゲーム? などとは思うけれど、冷静に考えてみれば率先してその地雷を踏みに行こうとしている成世が一番おかしいし、それに人を巻き込むのもどうかと思う。赤信号みんなで渡って被害拡大は本当にどうよ。


 そんな取り留めもないことを考えつつ、俺は駅へと歩みを向ける。



◆◆◇◇◆◆


 空海成世とは現地の駅での集合となっている。


 俺と成世では居住区が違うため出発の時間が異なるし、乗り換え地点というタイミングによっては時間的余裕が微妙になるような場所でわざわざ待ち合わせすることもなかろうという判断での現地集合だ。


 こうして一人で目的地付近まで足を向けるというのは、近頃の外出頻度が増えた俺にしても珍しかったりする。スノウと出掛ける際だと、俺が一度スノウ宅まで向かい、そこでスノウと合流してから二人で目的地へと身を運ぶのが常だからだ。


 特に思いがけない出来事などもなく、目的の駅へと到着。集合予定時刻まではまだ幾分か余裕があり、まぁ人との待ち合わせならばこれぐらいが適切だろうと考える。


 待つのは苦ではないし、時間を潰すのはわりと得意だ。


 駅前の広場に出て、都合よく設置されているベンチがあったのでそちらへと腰掛ける。携帯端末を取り出し、集合場所に到着したことを成世にメッセージで伝え、しまう。すべきことは終えたと考え、読み止しだった文庫本を取り出して時間潰しの姿勢へと移行しながらなんとなしに周りへと目を向ける。


 休日の駅前とだけあって、周囲には人影がちらほらとある。途切れ途切れではあるが、それでも視界から人が完全に消えることはあまりない。


 乾いた風が街路樹の落とした枯れ葉を地面に這わせ、そういった落ち葉の立てる擦過音や人の足音が耳に届く。重い稼働音を響かせる電車が通過し、その振動が座るベンチへと伝うのを感じ取りながら考える。


 ――さて、空海成世という人物について今一度考えよう。


 楽観的であるとか、懐疑的であるとか、そういった物事に対する性格というものに関して言えば、俺は至って一般的であると思っている。要は、そこまで勘が鋭いわけでもないが、壊滅的なまでに鈍いわけでもないと、そう自負している。


 俺のこれまでの高校生活において、およそ華々しい出来事というのは玖島との交友やスノウとの交際を除けばほぼ皆無と言って等しい。当然と言えば当然だろう。何かしらの部活動や委員会に所属しているわけでもなければ、学業やスポーツなどの特定の分野において目を見張るような成績を残しているわけでもない。それ故に特筆すべき交友関係などなく、その付き合いはそこらの人よりも狭かったりするわけだ。そういうわけで概ね平凡。適切とも言える自己評価だろう。


 ――まぁ、最近ちょっとそこらへんが崩壊したのだが。


 それでも、こと学校というコミュニティにおける俺の立場というものにはあまり影響を及ぼしていない。スノウと付き合い始めてはいるが、大々的に公言しているわけでもないし、校内で盛大に仲睦まじく戯れ合っている姿を見せびらかしているわけでもない。知る人は知っているし、なんとなく感じ取っている人もいるが、その程度で終わっている次第だ。


 他者に対する興味関心の低い校風故だろう。


 ていうか、他人の恋愛事情に誰もが興味あると思うなよ。なんなら俺は誰と誰が付き合っているとかそういうの一切知らないよ。俺みたいなのがスタンダードとは言わないが、それでも、一定数こういう人種はいるわけだ。


 ……話逸れたな。


 つまるところ天木秦という人間は明樹高等学校においてはそこらの有象無象であり、同学年ですら名前を聞いても「誰?」となるような存在だ。自虐とかではない。こっちだって大多数の顔を知らないのでおあいこだ。同学年でそれならば、他学年――三年生や一年生に至ってはむしろ知っている方がおかしいレベルだ。


 そんな俺に近づいてきた『空海成世』という後輩に対して思うところがない筈がない。


 それもスノウが帰省したタイミングで計ったように接触してきた存在。陰謀論など笑って流すことが殆どではあるが、明らかに作為的であり、意図を感じる。


 南雲さんとの話題で、件の後輩についてそれとなく挙げてみた際には軽く流された。私生活への介入は極力しないという方針などもあるのだろうけれど、それでも、いかんせん食いつきが無さ過ぎた。彼らが俺の身辺調査を済ませており、俺という人間の人となりへの理解を少なからず持っているのであれば、俺に近づく人間というものに対してもっと何かしらの反応を示してもいいはずなのだ。けれど、そうはならなかった。


 結局のところ、あちらとは利害の一致による協同関係に過ぎないし、彼らが何を目的として俺やスノウを囲い込んでいるのかを知る由もないのだ。こちらの知らないところで何かしらの動きをしている可能性も大いにあり得る。


 とはいえ、わざわざ手間を掛けて囲い込んでいるのだから、即座に手荒な真似をするつもりではないのだろうとも思う。それこそ、長期的な関係を見越しているように見える。バイトと称して俺やスノウを南雲さんの関係者のもとへと都度派遣していることからも、どちらかと言えば地盤固めみたいな意図を感じ取られる。


 そういった推察から、此度の『後輩』について考えられるのは大まかに三つ。


 一つ目は、空海成世という少女の感性が独特なだけであり、なんとなく俺に興味を示した。

 二つ目は、南雲さんないしそれに関連する人の手引きによって接近してきた存在。

 三つ目は――と、そこまで思考をした段階で、ポケットに入れていた携帯端末が震えた。何だろうかと思い確認してみると、スノウからのメッセージだった。


『終わったよ! 今日の便でチケット取ったよ! いま、会いにゆきます』

『それ死んでない?』


 と、そう返信したところで、気付く。


 ――やけに静かだ。


 雑踏――と言えるほどに多数の人が行きかっているわけではないのだが、それでも道行く人の足音や話し声、自動車の通過音などはそれが普通であると思える程度には響いているはずなのだ。なのに、それらの一切が消えていた。


 深夜のオフィス街を歩いた時のような無音が響き続ける。静寂が耳をつんざくという矛盾。真夜中という時間帯と相俟って形成される独特な雰囲気。それがこんな昼間に訪れていることへの違和感。戸惑いを覚えながらも、周囲へと目を向けようと顔を上げる。


 そこには空海成世が立っていた。


 赤茶けた癖のある髪をワンサイドアップにしており、薄緑色のセーターの上に白いトレンチコートを羽織っていた。両手はコートのポケットに収められており、その態度からは不遜さや太々しさを感じる。そのコートの下からは厚手であろうタイツに覆われた脚が伸びている。デニムのショーパンを履いており、その組み合わせからある程度の防寒性と、それなりの動き易さを意識しているのだろうかと、そんなことを考える。


「空海――」


 続く言葉を、


「ごめんね、先輩」


 そう言って遮られる。


 成世がこちらへと向ける目はひどく冷めていて、悲しいけれどどうしようもないものを見ているかのような目だった。


 それと同時に胸元へ衝撃が走る。背中から突き抜けるような異物感を受ける。


「え?」


 成世に意識のほとんどが割かれていたせいで、背後のことなどは意識外だった。だから、成世から自分の胸元へと視線を落とし、それを意識の内へと迎える。


 鈍く輝く巨大な刃が俺の胸元から生えていた。


 ――三つ目。空海成世が俺に近づいた理由は『世界端末』ないし『世界端末に関わること』のためであり、『学府』において最高位に座する南雲飾たちすら欺いて近づいている場合。



◆◆◇◇◆◆


「おっと、動かない動かない」


 身体を揺らし、背後を見ようとした秦の頬を手で差し止め、その耳元へと口を近づけてフェリシティは妖しく囁いた。その手にはフェリシティ自身の全長を優に上回る大鎌が握られており、その大鎌の刃先は秦の胴体に深々と突き刺さっていた。


 だが、その刺し口からは血が一滴たりとも流れ出ていない。


 秦はその事実に一番の驚愕を覚えていた。


 痛みはなく、己の胸元を貫いて出てきたそれには血も脂も付着していない。だからこそ、秦はその刃が本当に己の背後から発生しているのかを確かめようとしたのだった。


 それをフェリシティは止めた。秦の視界に自身の姿を納めないようにするために。


 ――立ち振る舞いは素人のそれに近い。だからこそこうして他愛なく背後を取れた。


 けれど、それと同時に刃物を視界に収めてからもパニックを起こす気配がない。その事実にフェリシティは疑心し、一番容易に想像できる『魔眼』への対策を行った。


 ――動きは素人のそれだけれど、反応は違う。明らかに理解があるときにする小さな動揺だ。対応はできないけれど、理解はしている。そういうタイプだ。


 接近は済み、初手はすでに決まっている。


 ――この状態から何かしらの対応をされる場合、挙動や魔力の流れでそれを把握できる。


 状況としてはもはや詰みの段階であり、そのことを踏まえてフェリシティはここから巻き返される可能性を潰すことにした。


 視界に収めることだけを条件として発動する類の魔眼。それが一番の脅威であると判断し、己の姿を視界に収めさせないための視界の固定だった。同時に、相手の正体を捉えられないというのは不安や恐怖を煽る。たとえ自身の置かれている状況に対して理解があったとしても、そういった負担は精神を摩耗させ、正常な思考力を奪う。素人であればなおさらだ。


「誰だ」


 その問い掛けに答えず、フェリシティは求められたのとは違う言葉を投げる。


「安心しな。これに殺傷性はない」


 突き刺している大鎌の柄を指でこつこつと叩く。


「ただまぁ、今から行うのは記憶情報の引き抜きだ。アンタに優しくするような義理なんてないから加減なんてしない。精密性なんて考えない。アタシが欲しいとこ以外もまとめて引き抜いてしまった際に、そこにはアンタの人格形成において必要不可欠な部分が含まれていて、それを抜かれたことによる自我の喪失、それに伴う錯乱や衝撃だって起きるかもしれない。だからまぁ、アタシから言えることは一つだな。――祈っとけ」


 長々と語り掛けながら、術式の発動準備を完了する。

 大鎌に術式を走らせ、

 干渉を開始しようとし、

 精神へと触れようとした瞬間に大鎌が砕けた。


「なっ――!」


 砕けると同時に秦に触れていた箇所から大鎌が溶けていく。それを見て、フェリシティは反射的に大鎌と秦から手を離した。


 突き放すように離された秦は受け身を取りながら地面へと転がり込む。


 様子を見ていた成世は秦から一定の距離を取るように後方へと跳ねる。


 フェリシティもまた、秦や成世とは真逆の方向へと跳ねながらも、大鎌の崩壊をしかと確認した。


 ――なんだ? 今のは、なにをされた?


 対象の魔力の流れに乱れはなく、挙動に懸念はない。何をしたのかが理解できない。そして、何をしたのかが分からないというのに、差し出された結果はあまりにも強力で理不尽だった。『魂を喰らうモノ(ソウルイーター)』の『大鎌』が易易と砕かれ、あまつさえ消失にまで至った。


 ――そこまでされたにも関わらず、魔術や異能の行使を感じ取れなかった!


 取るに足らない情報源だと考えていた存在が、理解不能の結果を突き付けてきたということにフェリシティは言い様のない恐怖を覚える。


 だが、しかし、それは秦が立ち上がろうとしながら咄嗟に発した言葉によってかき消される、


「一体なにをっ――」


 ――した。という言葉が続けられる前に、フェリシティは理解する。


 誰よりも何よりも、この状況への理解が足りていないのは目の前の少年だった。少年は己がどういった理由で狙われたのかも、どのようなことをされたのかも、理解していなかった。


 ――つまり、こいつは本当に何もしていない。


 何をされたのかすらも理解していないのだから、何もできないのは当然。


 そして、もしも秦が何もしていないというのであれば、スノウ=デイライトや管理者などの魔術師が仕掛けたであろう魔術が発動していなければおかしい。


 だが、フェリシティは魔術の発動は感じ取れなかった。


 ――つまり、つまりつまりっ! こいつは何もせずにこちらの干渉を完膚なきまでに防ぎ、それどころか干渉に対して存在消失という迎撃をした。


 ――いいや、『した』のではない。それが当然だった! それは干渉に対する当然の結果! そう『在った』だけに過ぎない!


 フェリシティは召喚術を行使する。思考内での術式の組み立て。声や挙動などによる詠唱や式の書き出しではなく、思考のみによって術式を組み上げる行為。幾万と研鑽した果てに行われる無意識――反射による術式の構築と起動。


 召喚された『魂を喰らうモノ』は三体。


 傷みの激しい漆黒の外套に身を包んだ異形。その下から覗く半身は無く、フードの奥にある顔は昏く伺えず、両袖から伸びる腕は青白く半透明。その手には先ほどフェリシティが握っていたのと似た大鎌があった。


 それらを侍らせて、フェリシティは秦を見据えて言う。


「お前が『世界端末』か」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ