◆Interlude-1
一方その頃、ヒロインはというと……という幕間
「秦くん成分が足りない」
ソファに身を沈ませながら、私――スノウ=デイライトは小さく呟いた。
場所は学府の第四棟――薬学科のとある一室。火灼が個人的に管理している研究室だ。広さとしては私たちが通っている高校の教室一つ分程度。なかなかの広さだが、その半分以上は棚と研究用の機材で埋め尽くされているので、体感的な広さはそうでもない。
「何言ってんの」
横で同じようにソファへと沈んでいる火灼が、手元の資料をぱらぱらと捲りながらこちらを見ずに反応する。
「禁断症状が出てる」
「依存はしないんじゃなかったっけ?」
「これは中毒なのでセーフ」
「どっちにしろアウトでしょうが」
見終わったのか、火灼は紙の束を雑にまとめ直すとそれをテーブルの上に投げた。
「で、あとどれくらい掛かりそうなの?」
「あー、一週間は掛からないと、思う」
「なんでそんな掛かってるのよ……。私、こっちにいると知り合いから仕事を振られるから、そんなにいたくないんだけれど」
三白眼で見つめられるが、こちらはその視線から顔を逸らすしかできない。
当初の予定ではもうそろそろ帰りの準備を始めていたはずだったのだ。だが、現状はその予定日数を明らかに超えているわけでして。
「到着して早々、スコールとちょっと喧嘩したから……」
唐突な国外追放に加え、その本当の意図は『探知機』としての私の試運転、さらにその裏の意図はデイライト家の保有する個人戦力が学府最上位戦力に通用することの証明。
およそ私の意思というものを完全に無視した企み。結果として私は秦くんと出会えたが、それ以上に秦くんは傷付いたのだ。
「どうにか丸く収まりはしたけれど、下手したら私も秦くんも火灼も死んでいたかもしれないんだから、それに関しては苦言を呈したのよ。そしたらあいつ、なんて言ったと思う?」
そう問い掛けると、火灼は肩を竦めるだけだった。スコールに対する思考をしたくないと、そんな仕草だ。
「『僕の妹なんだから、大丈夫だと思ってね』って悪びれもせずに言ったのよ」
しかもアレ、大丈夫の理由が自己に対する絶対的な自信で『そんな自分の妹なのだから大丈夫だろう』という私に対して一切の信用を置かずに決行したという事実が一番酷い。
「…………」
横の火灼も苦々しそうな表情を浮かべるばかりだ。
「だから、アレが趣味で蒐集してる品の一割ぐらいが保管されている倉庫を吹き飛ばしたのよ」
火灼、横で大爆笑。女の子にあるまじき下品な笑い声を出している。濁点が付く笑い声はどうかと思う。
「それで、私としてはそれで手打ちで良かったのだけれど、スコールが私設軍隊から魔術中隊を引き連れてくるわで、喧嘩が長引いちゃったわけ」
「兄妹喧嘩で軍隊って言葉出てくるのどーよ」
心底愉快そうに笑いながら火灼は胸ポケットから煙草の箱を取り出し、下を叩いて突き出たうちの一本を咥える。――見ない銘柄だと、そう思った。
「――ン? あぁ、これは自家製」
こちらの視線から疑問を感じ取ったのか教えてくれる火灼。答えながらオイルライターを取り出し、吸い込みながら火を点ける。勢いよく吸っているからなのか、すぐに三分の一ほどが灰になる。一息ほどの間をおいて、肺に満ちていたであろう紫煙を吐き出す。
「あー、おいしー」
本当に美味しいと思っているのだろう。珍しく気分良さげな雰囲気で煙草をふかしている。
……ただこう、明らかにキマり方が普通の煙草のソレと違う。
「ねぇ、それってなにが入ってるの?」
「んー、国によっては合法なやつ?」
「それはつまり国によっては非合法……」
「大丈夫、大丈夫。溜まるタイプだけれどあとでちゃんと除去しているから後遺症にはならないし、神経系の破壊も同時並行で治癒術式ブン回しているから問題ない。むしろ壊死と活性化の二重奏で通常よりサイコー」
……なにも大丈夫じゃない気もするが、本人が大丈夫と言っているので大丈夫なのだろう。
なんというか、コレに比べれば秦くんは合法だし後遺症もないので私は全然マシなのではないかと、そう思うわけで。
一話がここまでとなります。ここから本当に書き溜めに入ります。お待ちいただければと……




