◆一話『後輩の生まれ方』-9
――私、空海成世は魔術師だ。
東北に存在する魔術師の家系の出身となる。
とある筋からの情報を受け、夏休み中に私立明樹高等学校へと編入した高校一年生。
情報――スノウ=デイライトの『探知機』としての覚醒。
その情報を手に入れた私の兄――空海玄外は私にその真偽の確認、及び世界端末にまつわる情報の収集を命じ、こうして遠く離れた地へと妹一人を遣わしたわけだ。
夏休み中と夏休み明けの頭の方では一般人、並びに一般生徒として馴染むため、ごく一般的な女子高校生の生活というものを学び、それに倣って過ごしていた。
巷では『華の女子高校生』などと言われるだけあって、こちらでの生活は実際に楽しい。
友人やクラスメイトにも恵まれ、不満のない学校生活を送れている。
学校はいじめの温床などという噂を聞いていたので、どんな奴らがいるのかと不安になっていたが、そういった他者を捌け口にするような人はいなかった。表面化していないだけなのかもしれないが、見たところそういうのはいない。
一度、クラスメイトにそれとなく聞いてみたところ、
「そういう余裕がないんだろうね」
とのことだった。
「あーいうのって、極端にやることがないか、極端にやることが多かったりして、そこからさらにストレスがあるとか、丁度いい捌け口があるとかの条件が重なったりすると発生するものだと思うんだけれど、この高校ってそこそこの進学校で競争も激しくないし、かといってあからさまに不良って人もいないからね」
さらに補足として、
「まー、みんな友達未満の他人に対してそこまで関心がないのもあるんだろうね。いじめとかやるぐらいなら他のことやるわー。みたいな雰囲気がある」
などと言われたのだ。
……話がとても脱線した気がする。戻そう。
私は一般的な生活を謳歌するだけでなく、その裏で目的のための調査も実行し続けていた。
――デイライトの戦姫。
――生ける死神。
――死せる生者。
畏怖を持ってそう語られるはスノウ=デイライト。
世界端末と呼ばれる世界の代替。限られた人々のみが知る存在。
それを見つけ得る『探知機』なる存在として、デイライトの少女が覚醒したと噂された。
――遥か昔、世界端末という在り方に惹かれたのはデイライトだけではない。
空海という血筋もまた、それに魅せられた。
ただ、空海はデイライトとは別のアプローチを選び、すでに失敗している。
「世界端末を見つけることも、作り出すことも、成ることも、できなかった」
否。できなかったでは済まされていない。
禁忌に触れたがための罰が下っている。
すでに一族は滅びを――衰退期を迎えている。
残ったのは兄さんと私の二人だけ。そして、兄さんはもはや絶望的な状態だ。私たちの生家となる土地に留まらなければ、その命を永らえることもできないような末期の淵に佇んでいる。
「そして、それは私もまた同じ」
背筋を怖気が伝う。私という存在の消失が否応なく近づいていることを理解できてしまう。
――あぁ、嫌だ。嫌だ。嫌だ。死にたくない。消えたくない。まだ、生きていたい。
空海の管理するあの土地へと戻り、じっと籠っていれば生き永らえることはできるだろう。
でも、それでは死んでいるのと同じなのだ。あそこにいた私は生きていなかった。
それはただの生命活動だ。息をしていただけに等しい。――意思はなく、意味もなく。
アレは死を遠ざけるだけで、生きるという行為をしていなかった。
――兄さん、外の世界は楽しいです。
生きるということは、こうも愉快なモノだったんですね。
そうして反面、死ぬのがとても……とても怖くなりました。恐ろしくなりました。
――だから、縋る。朽ち逝かんとする己という存在を繋ぎ止める術を求める。
「あぁ、待っていたよ。塩梅はどうだい?」
集合場所へ赴くと、その女は気怠そうに声を投げ掛けてきた。
着崩したスーツとベージュ色のくたびれたダッフルコートで身を包み、パーマが乱雑に掛けられている鮮血のような赤髪が目を惹く女。名をフェリシティ=マーレイ。
「…………」
沈黙を返すと、顔をしかめられる。
「お嬢ちゃんよ、コミュニケーションは大事だぜ?」
「そう、ごめんね。世間知らずなもので」
女が腰かけている席の対面に座り、テーブルの上に置かれていたピッチャーを掴む。
テーブルに手を置き、材質を解析する。合成樹脂系の安物だ。そこに術式を流し込み、分解と再構築を繰り返して一部分をコップの形へと作り替える。ついでに熱などによる殺菌と消毒を表面に行い、硝子を生成して薄く這わせる。
即席のコップに水を注ぎ、それを一息であおる。
「それで、どっちから報告する?」
そう問うと、フェリシティは口角を引き攣らせた。けれど、その表情を一瞬で納めて平淡な顔を作る。――感情的な反応をわざと表出させたように見える。
「アタシから報告しよう。確かにスノウ=デイライトは現在、本国にある学府へと戻っているようだ。情報としては非公開。スノウ=デイライトは今も『スコール=デイライトによって本国からどこかへと追放されている』以上の情報が出ていない。その『天木先輩』とやらは、正しくスノウ=デイライトの現状を把握しているようだね」
「……まぁ、恋人ですからね」
ただ、現状を把握していると言っても程度は不明だ。スノウ=デイライトがどういう理由で学府へと赴いているのかは理解していない可能性もある。魔術師の基本は隠匿だ。例え親族であろうと、人によっては墓場まで隠し通すと聞くこともある。
――スノウ=デイライトが天木先輩と『どういった関係』を築いているかにもよる。
「恋人ねぇ……、あの『死せる生者』がねぇ……」
事前に説明していることなのに、フェリシティは未だに理解が追い付かないかのような顔をしている。
噂だけを耳にし、実物を見たのが転入してからだった私としては、天木先輩への甘え方や同じ学校の生徒たちへの対応などを見るに『あの』なんて形容されるような人物とは思えない。
「……まぁ、『アレ』だって人であったと、そういうことかね」
フェリシティはそうやって自分の中で納得できる形に落とし込んだ。
「それじゃあ、次は私ね」
片手を小さく挙げて――視界の中でモノを動かして、フェリシティの意識を引き戻させる。
「結果から言えば、新たなめぼしい情報は得られなかったよ。スノウ=デイライトと天木先輩の周辺情報を探ろうとすればするほど、その事実から離されていく」
この数日間、スノウ=デイライトの帰国――つまりは天木先輩が一人になる期間であることを利用し、今までよりも接近することを試みた。
一つは物理的な接近。
「天木先輩の尾行は失敗。住所の把握ですら、朧気になって正確な場所が分からない」
――後をつけることすら難しいのだ。
追おうとする意識が削がれ、土地勘が狂い、前後不覚となる。
「以前に言っていた、地域全域に掛けられているという認識阻害ね」
フェリシティの言葉に頷き、言葉を続ける。
「範囲としては、市町村一つ分」
――想定よりも大きい。フェリシティもそう思ったのだろう。
「地脈に乗せているな」
でしょうね。と、頷く。
「地脈――土地そのものに仕掛けられている術式ともなれば、この土地の管理者が一枚噛んでいると考えていい。そして、それはスノウ=デイライトと天木先輩側の存在ね」
求めど手を伸ばせど届かないが、常に視界に収まり続ける。
今の私にとって、あの二人はそういう見え方をしている。
「土地に仕掛けられている術式の解除だけど、私では無理。そっちでどうにかできる?」
そう問い掛けるが、首を横に振られる。
「とりあえずアタシの専門とは別ね。一応、その手の専門みたいなやつが伝手にいるから頼んでみるけれど、あんまり期待はしない方がいい」
「じゃあ、どうする?」
「とりあえず、アンタは現状維持だ。せっかく意識内に入ることに成功したんだから、親しくなって情報を引き出すしかない」
二つ目の接近。精神的な接近。人類という生き物が『情』という機能を有するが故に使える単純で愚かだけれどとても有効な術数。親交を深めて真実を聞き出そうという、とてもくだらない方法。
認識阻害の内側に入ることができたため、学内などで『見掛ける』という工程を踏みさえすれば私は天木先輩を認識することができるようになっている。ただしその先、意識的に追い求めようとすると意識を外される。だから、追い求めるのではなく、並び歩く、又はあちらからの接近を試みてもらう必要があるのだが、
「ガードが固いんだよなー」
つい先日だって、遊びに誘ったのに頑として断られているわけだ。
「色仕掛けとかはしてないのか?」
「恋人がいる人間にして意味ある?」
それも相手はあのスノウ=デイライトだ。一目見て女としての『質』が違うと、そう思わせる容貌で、そんなスノウ=デイライトを相手にしている天木先輩がこちらになびくとは思えない。ていうか実際になびいてないんだよ。今思い出してもあれはちょっと傷付く。
「情欲と愛は繋がっているけれど、一緒じゃないよ。決して同じではない。大抵の男は女に迫られりゃ悪い気はしないもんなんだよ。――つーかまぁ、男に限らず、だ。見目の良い異性に迫られて気分悪くなる奴なんかいやしないさ。そしてまぁ、人間ってのは『とても良いもの』の味を覚えたところで『良いもの』の味が悪くなるわけでもない。良いものは良いものなんだ。だから、良いものとして迫り続けるべきだよ」
「そういうものかね……」
疑わしい視線を隠さずに向けるが、フェリシティはそれを受け流す。
「一先ず、アタシは術式の境界を探す」
「境界?」
「あぁ。術式が地脈に乗せられたものなら、流れさえしっかりと確認していけば広がり方はある程度予測できる。もしもそこに『天木先輩』ってのを誘導できれば、認識阻害も意識阻害も受けずにアタシがそいつを確認することができる。そうなれば、後はどうとでもなる」
そう言い切ると、フェリシティは席を立った。どうやら、この女的にはやるべきことが定まり、あとはそのための行動へと移るだけだと、そういう段階になっているようだった。
「……こんなんで大丈夫なのかな」
一人残された私は、そう呟いた。
一度、書き溜めの期間に入ります。1ヶ月以内に更新はしたいと思います(願望)
気の長いかたは待っていただければと……
また、5月に書籍化するらしいです。版元やら発売日やら販売形式などの情報についてはまた後ほどとなります。




