◆一話『後輩の生まれ方』-4
――時間は冒頭に戻る。
「先輩先輩っ、今日も今日とてお暇ですよね? 帰りにどこか遊びに行きましょうよ」
成世は絡めた俺の腕を胸元に抱き寄せつつ、そんなことを言い出す。
「確かに暇だけれど、遊びかぁ」
取られた腕を引き抜きつつ、遠回しに乗り気ではないことを態度で示す。
「なんすか! カワイイコウハイちゃんに誘われてそんな濁った返事するとかどうかしていますよ!」
「自分で自分のこと可愛いとか言うなよ」
「後輩って無条件で可愛いじゃないですか!」
容姿じゃなくて立ち位置の話なのね……。
「今のお前は条件差し引きで可愛くなさが勝っているからな」
ぐいぐい来る系苦手なんだよなぁ。話が合うから話していて楽しいっちゃ楽しいのだが。
「灰色の青春を薔薇色に変えましょうよー」
「独り言拾うなよ」
「先輩にだって男友達ぐらいいますよね? その人呼んで向かい合って背景に薔薇咲かせちゃいましょうよ!」
「ジャンルが変わってしまう」
ていうか、
「俺、彼女がいるから冗談でもそういうのは勘弁だわ。ついで、彼女がいるから別のオンナノコと二人きりで放課後を過ごすってのもな」
「知ってますよ! スノウさんめっちゃ美人っすよね!」
そう、後輩こと空海成世が俺のことを知った経緯こそがスノウ=デイライトだ。
明樹高等学校におけるスノウ=デイライトという少女は異質な存在と言っていい。
在校生に生粋の外国人というのは他に存在しない。ハーフなどはちらほらといるらしいが、ほとんどはモンゴロイド――東アジア系だし、スノウのように容姿からして一目見てそうだと判断できるような金髪碧眼は他にいない。それに加え、スノウは家柄も立派だ。デイライト家は、裏向きは魔術の名家ではあるが、表向きは資産家であり、スノウはそこの令嬢という形だ。さらに加えて、スノウは学力も高い。素行も悪くなく、交友に対して消極的な部分はあるけれど、それは高嶺の花として受け入れられている。
故に、スノウ=デイライトという少女は中々に有名人だ。同学年ならばほとんどの同級生が彼女の名前を知っているだろうし、そうでなくとも話題に上ることによって口伝えされ、容姿の特徴と名前ぐらいは認識されていたりする。
流石に、学園のアイドルだとかマドンナだとかのそういったものにはならない。文化祭で美少女コンテストがあるわけでもないしな。
それに、俺のような周囲に対する興味関心が薄いような人間は同級生であっても、他のクラスだったりすると名前と容姿が一致していなかったりするものだ。実際、俺がスノウのことをしっかりと識別したのは同じクラスになってからだし。
で、だ。
成世が俺のことを一方的に見知った経緯とは、成世の友達にスノウに対して興味関心がやたらと強い少女がおり、そいつがよくスノウのことを話題に出すらしい。その際、スノウの交際相手である俺のことが話題に上がり、隠し撮りされたスノウと俺が一緒にいる写真を見たことにより、成世は俺のことを知っていた。という次第である。
隠し撮りについてはノーコメントで流した。
そんなこんなで、あの日以降、休み時間や放課後の図書室などで俺のことを見掛けた成世は気さくに話しかけてくるようになった。俺としても会話がストレスなく続く相手であるためなんやかんやと楽しんでいる部分があったのだが、こうして学外での遊びの誘いというのは初だった。
「スノウさんって、恋人が異性の友達と遊ぶの禁止する人なんです? 独占欲強くて束縛する系っすかね?」
「いや、そういうのではないよ」
スノウはその手のことをしない。本人的には「面倒な女」になりたくないからと、フラットな付き合い方を心掛けている節がある。男女交際に対しての興味関心が薄かったせいで、どうすればいいか分かっていない俺に対しての遠慮があるのだろう。
俺としては、スノウの要求にはできるだけ応えたいという気持ちもあるので、その辺りは言葉にしていこうと常々話していたりする。……最近は俺の受容力の限度を見極めてきたのか、スノウも少しずつ可愛い我儘やらを言うようにはなってきた。
そんな中、俺がスノウ以外の女の子(刀河は例外)と遊びにでも出かけたら、たぶん、きっと、あいつは冗談めかして怒って、そして泣きはしなくともすごく悲しい顔をするのだろう。そしてそれを俺に見せまいと、困った顔をするのだろう。――それは嫌だなと、そう思う。怒った顔も泣いた顔も可愛いし、困った顔も綺麗なのだけれど、あいつのそういう顔はそうそう見たくない。できることなら、笑っていて欲しい。だから、やっぱりダメだろう。
などとスノウに関して思いを馳せていると、
「じゃあいいじゃないですか」
後輩がまた俺の腕を取ってくる。
「スノウが良くても俺がダメな可能性があるだろうに」
「可愛い後輩からのお誘いを断る先輩なんているんすか!」
あれ、腕が引き抜けない。これ関節きまってない?
「少なくともここに一人いるよ?」
「誰すかね?」
わざとらしく周囲を見渡す成世。見回しながら、ふと何かに気付く。
「というか、どうして先輩は一人で帰ろうとしているんすかね?」
「世の中には一人で帰宅するのが常識の人間だっているんだぞ?」
「そういう意味じゃネーデスヨ」
いやさ、と成世は一呼吸置く。
「当の彼女さんであるところのスノウさんと帰らないんですか? スノウさんて部活や委員会には入っていないっすよね?」
なんでそんなことを知っているんだろうかと思うが、まぁ、局所的に有名だったりするとそういう情報も流出しているのだろうか。
我が校では全学年に亘って知られているような有名人が少ない。良く言えば悪目立ちする人が少なく、悪く言えばつまらないぐらいに平凡な学校ということだ。おそらく、生徒のほとんどは生徒会長の顔と名前を憶えていないだろう。有名であってもおかしくない生徒会長がそういう扱いを受けるあたり、現実とはそんなものである。そんな中、現実感からかけ離れたスノウという存在は、いい注目の的なのだろう。
「あー、スノウは今、帰省していてな」
「はぁ。実家に帰られちゃったんですか?」
「言い方」
間違ってはいないけれども。
――スノウの帰省、というか帰国は本当の話である。
スノウの兄、デイライト家の正統後継者、席に一番近い魔術師ことスコール=デイライトに呼び出され、スノウは四日ほど前に学府の本拠地がある英国へと向かったのである。
なんでも、世界端末に関する情報の開示が一部で行われ(スコールさんが意図的に行ったとかなんとか)、それらへの対応のために召還されたのだとかどうとか。
スノウは俺と長期間離れるのを嫌がり割と本気で抵抗していたのだが、南雲さんとネセルと刀河による説得のもと、渋々といった様子で飛行機に搭乗して海を越えていった。刀河も当然のようにスノウに付いていった。あいつら学生の自覚弱いよなぁ……。
「はー、まー、じゃあ、先輩も彼女さんと会えなくて溜まっているんじゃないですかね?」
「……ノーコメントで」
「なぜにノーコメ。私と発散しましょうよ。カラオケとかボウリングとか行きません? 楽しいですよ?」
「……ちなみにだけれど、溜まっているものってなんのこと?」
「哀愁」
「哀愁」
思った以上に反応に困る返答が来た。
「そういうのは大声出して歌ったり、身体を思い切り動かして紛らわすのが一番っすからねー。先輩は彼女さんと会えない寂しさを誤魔化せて、私は先輩と燥げてウィンウィンですよ?」
「思った以上に気ぃ遣われていてちょっと揺らぐな」
「おっ、あと一押しです? 半額クーポンとかありますよ?」
「学生はクーポン大好きだよなぁ。まぁ金に限りがありまくるから当然っちゃ当然か」
ちなみに、俺はスノウに色々な場所にわりかし連れ回されているが、そこら辺の金銭面で困るようなことはほとんどない。
――決して、スノウのヒモとして日々成長しているからとかではなく、南雲さんの下で働くことによって、学生としては些か度の過ぎたお給金を貰っているからだったりする。
「……ん?」
などと心の内で弁明したタイミングで、懐に入れていた携帯端末が震えた。
「はい」
着信であり、画面に表記された名前を見て俺は迷うことなく出る。
『アマギよ。急な話ですまないが、本日の放課後は事務所に来てもらいたい』
無骨ながらも申し訳なさを滲ませた声が耳に響く。
――電話先にいるのはネセル=ベイルート。学府に所属する最上位戦力の一人。多数の刻術を奇蹟的なバランスで埋め込むことによって出来上がった多重形態変化者。
そして、現在は俺とスノウ、刀河の上司にあたる人間である。
初対面のときからなんとなく分かっていたことだが、苦労人気質な人だったりする。
「了解です」
特に迷うことなく承る。
『もし、他に用事などがあれば後日に回すこともできるが』
「いえ、すぐに向かわせていただきます」
『そうか。では待っているぞ』
通話が切れる。
「というわけですまん。用事がある」
「今なんか断れそうな雰囲気ありましたよね?」
三白眼でこちらを見る成世は、そう言いつつも腕の拘束を解いてくれる。
「まぁ、また今度な」
「それは履行されないタイプの約束ですよね。知っていますからね」
よく分かっているじゃないか。




