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魔術師の少女、世界端末の少年  作者: 海山優
二章『世界端末の失敗作』
19/86

◆一話『後輩の生まれ方』-3

空海(そらみ)成世(なるせ)って言います!」


 そうやって自己紹介をしながら、少女――成世は丁寧なことに学生証を出してそれを見せてくる。


「そんなの見せなくても名前ぐらい信じるよ」


 証明写真はすまし顔で撮られており、目の前でやわっこく動く顔と同じだとは思えなかった。


「そんなものとはなんですか。先輩はこれの価値を知らないんですか!」

「それにどんな価値があるんだよ」

「そこらで買ってきた新品の下着の隣にこれを置いて、写真撮って、目元や住所年齢氏名の部分に黒線引いた画像をサンプルにしてフリマアプリで売るとめっちゃ高く売れる!」

「おいおいおいおいこらこらこらこら」

「冗談ですよ」


 そう言いながら俺の肩をぽんぽんと叩く。


「初対面の人間に投げていい冗談じゃないと思うぞ……」

「実際は、嫌いな相手の学生証を不十分な修正で載せて、ついでにメッセージアプリの識別番号を公開しちゃう感じですねー」

「うわぁ……うわぁぁ……」


 そんな陰湿なの聞きとうなかった。などと項垂れていると、成世はけらけらと笑う。


「だから冗談ですよ。そんなに真に受けないでくださいってば」

「現状のお前に対する俺の認識は『嘘ばっかり言うなんか変な女』だからな?」


 時刻はお昼休み。授業と授業の合間に存在する学徒たちの憩いの時間。


 普段ならば、自身の教室で友人の玖島哉と雑談に興じながら昼食をかき込むのだが、本日は思うところがあって一人で昼食を取っていた。


 四階建ての校舎に存在する、四階から連なる登り階段。要は屋上へと続く階段のことなのだが、その先に俺はいた。


 当然のように、昨今の危機管理面から屋上は開放されていないし、屋上の鍵などというモノを俺が所持しているわけではないので、屋上へと続く扉の前で立ち竦むことになるわけだ。


 ただ、そこが当初の目的地なので特に問題はない。屋上前の踊り場といえばオーソドックスな人の立ち入らない区域であり、静かに考え事をしながら昼食を食べるのに丁度良い。そこがまるで昔から自分の場所だったかのように座り込み、考え事をしながら昼食に励んでいたところ、そいつは気付いたら横に座っていたのだ。


「評価、酷いっすねー」


 楽しそうに話しかけてくる少女は、からからと笑う。


「……で、何用?」


 成世は成世で一通り食べ終えたようなので、そう切り出す。


「何用とは?」


 不思議そうに首を傾げられる。


「こんな場所で昼メシ食べているやつの隣にわざわざ座るんだから、なにか思惑があったりするんじゃないのか?」


 少なくとも、俺はこの少女のことを知らない。顔見知りでもないのにこうして話し掛けるのだから、何かあるのだろうかと思って、そう訊ねたのだ。


「先輩は、見知らぬ女子に話し掛けられる心当たりとか、ないんです?」

「ないな。もしイケメンだったら、それだけで心当たりになるんだけどな」

「あははー、残念っすねー。……んー、でも私、先輩のお顔は結構イケてると思いますよ?」

「ハハハ、アリガトウ」

「わぁなんて空虚なありがとう」


 そう言いながらお茶のペットボトルを開け、成世は喉を潤し始める。


 動く喉を横目で眺める。上げた顎によって張り詰めた首元の角度は綺麗で、見ていて意外と興味深い。


「ちなみに、用はないですよ」


 喉を鳴らしながら美味しそうにペットボトルの中身を飲み干した成世は、そう補足した。


「じゃあ――」

「ここが元から私の定位置だからですよ」


 俺の言葉を遮って答える。


「つまり、先輩は先客ではありますが、私の縄張りに入ってきた闖入者でもあるわけです」

「ん? ……あぁ、そういう」


 なるほど、俺は学校生活において本日初めてお昼時のここに訪れたが、成世は前からここで昼ご飯を食べていたと、そういうわけか。


 本日、俺の方が先んじて座れていた理由は、俺は家から弁当を持参しているのに対して、成世は購買に寄ってから来ているためだろう。


 いつものように購買での戦利品を抱えて定位置に来てみたら、見知らぬ野郎がいたから思わず、といったところだろうか。


「それで臆面もなく喋りかけるあたり、お前すごいよ」


 しかも内容があれだ。最初から飛ばし過ぎだろうに。


「そうですか?」

「そうだよ。見知らぬ男がいて、しかも上級生。俺だったら引き返すよ」


 俺が上級生であることは、ネクタイと上履きの色から判断したのだろう。だからこその先輩呼びの筈だ。かくいう俺も、リボンと上履きからこの少女が一年生であることを把握している。


「びびりっすねー!」

「生き物としちゃ、正常な判断だよ」


 学校、及び学生という生き物は完全な縦社会だ。この明樹高等学校が比較的穏やかな校風であることを踏まえても、おいそれと見知らぬ先輩に話し掛けるというのはおかしい行動だろう。


「それ、暗に私のことを異常だと言っておりませんかね?」

「そうとは言っていないだろう。二元論は好きじゃない」

「でもまぁ、先輩の理論で行くのなら、私は別におかしなことをしたわけではないですからね?」

「ぬ? それはどういう意味だ?」

「見知らぬ相手だったら、話し掛けずに引き返す。逆に、見知った相手なら引き返さずに話し掛けるのはおかしくはないでしょう? ねぇ、天木先輩?」


 そう言って、成世は嬉しそうに笑った。

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