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閑話「クリスマス」

クリスマスに書きました。つまり、まぁ、そういうことです。

 


「秦くん! クリスマスですよっ! クリスマスっ!」

「どっかのアイドルみたいな言い方をするなよ……。もっとアイデンティティ大事にしてこ?」


 ――本日はクリスマスである。


「季節ネタは、本編に対して先取りの場合だと、後々に整合性を取ろうとした際に面倒くさくなったりするんだよなぁ……」

「秦くん?」

「ある意味で、その未来まで無事であることのネタバレみたいなところあるしなぁ……」

「秦くん?」

「まー、今年は二人で過ごすわけだし、情報の先取りは必要最低限で済むわけだしなー」

「なんだかよくわからないけれど、二人っきりのクリスマスってのはいいね!」

「そうだな!」


 などとまぁ、そんな会話から始まるクリスマス。



 季節は冬だというのに、俺やスノウの頬には薄らと汗の雫が浮いており、寒さとは全く別の要因で頬は紅潮していた。


「やっぱり、寒い日には鍋だよね!」

「思っていたクリスマスとなんか違うなー……」


 暖房の効いたスノウの部屋。二人して堀炬燵に半身を座り入れ、鍋を挟むように向かい合っているのが現状だった。


 スノウは機嫌良さげに流行のクリスマスソングを口ずさみながら鍋から豆腐や肉団子、ネギや白滝を手際良くお椀に掬っていく。


「思っていたクリスマスって、どんなの?」


 ぽん酢などの調味料をいくつかの小皿に入れ、それらと併せて一緒に俺の前に並べていく。


「こう、街に出て煌びやかに装飾された杉の木を眺めてきゃーきゃー言って、ホテルの高層階で君の瞳に乾杯とか言いながらケーキ食べて、淫猥な夜を過ごす……?」

「ひっどいイメージだねー! 杉の木て!」


 けらけらと笑いながら、スノウは自身の分もよそって準備していく。……え、杉の木じゃないの?


「冷静に考えると、俺は世間一般のクリスマスをよくわかっていない気がする」

「秦くん、一昨年のクリスマスとかどうしてたの?」

「そうだなぁ、一昨年は……なして一昨年? 普通、そこは去年から聞くのでは?」

「去年は知っているし」

「そうかー。じゃあ一昨年から聞くのも納得だなー」


 深く考えないことにした。


「一昨年は中三だったからな。普通に図書館で勉強していた気がする」


 両親が私立高校である明樹(偏差値がまぁまぁ高い)への進学を許可してくれて、そのための学費についてもしっかりと準備してくれていたのを理解していたので、親のその愛情を無駄にはできないと思い真面目に勉学に励んでいたのだ。


「一人で?」


 神妙な顔つきで聞いてくるスノウ。


「一人で」

「わぁい!」


 満面の笑みである。


「人の孤独を喜ぶの、どうかと思いますよ?」

「しらたきおいしい」


 白滝をつるつると啜り上げ、食感を楽しむように咀嚼するスノウ。雑に流すの上手くなったよねお前……。


「そうだね、白滝美味しいね……」


 俺も冷める前にと、よそられた食べ物を口に運んでいく。


「おっ、美味い。豆乳鍋は口当たりがいいな」

「クラスの子が『これ食っときゃ女子力上がるぜ!』ってオススメしてくれたんだ」

「もうその発言からして女子力低そうだよなそいつ……」


 とは言いつつも、実際に美味しいので食は進む。


「一昨年がそんななら、三年前のクリスマスとかだと、どうなの?」

「んー? あー、インフルエンザに罹っていたなぁ」


 あれは辛かった。あれ以降、予防接種には必ず行くようにしている。


「毎回そんな感じなの?」

「そうだなぁ、こう、記憶に残るようなクリスマスってのは、ない」


 小学校低学年くらいまでは弟妹と一緒に燥いでいた気もするが、それ以降はどちらかというと親と一緒になって弟妹の喜ぶ姿を見ようとしていた。思い浮かぶのは喜び笑う二人の姿ばかりだ。


 それ以前の記憶は朧気で、それらは幸福のひと時であったと言えるが、形容し難いものになりつつある。


「そっかそっか!」

「俺の人生が灰色なの、そんなに嬉しいの? お前の愛情歪んでない?」

「そんなことないよー。でも、ちょっと喜んじゃうのは許して欲しいかな。秦くんのそういった記憶に残るような思い出に、私が足跡を残せるのは、どうしても嬉しくなっちゃう」

「このクリスマスが記憶に残る思い出になる前提か」

「そこはまぁ、そうさせてみせるという自信があるということで!」


 胸を張って、自信を示すスノウ。


「まぁ、そう一人で張り切るなよ」

「溢れるこの想いは止めどない」

「急にJ-POPの歌詞にありそうなことを言い出すな。……あー、いや、こういうのは二人で作り上げていくものだろ」

「秦くん、定期的にクサいこと言うよね」

「スノウさんは定期的にえぐい角度で言葉のナイフ差し込むよね」


 などとまぁ、それなりの時間を掛けてお互いの距離感を縮めた俺たちは、わりと遠慮しない話し方をできるようになりつつあった。



 鍋を空にした後は、二人でのんびりとテレビの大画面で映画を眺めていた。


 テレビと言っても地上波ではなく、動画配信サービスを利用している。子供の頃にテレビで放映されていた少し古い映画。家族旅行に行くはずが、家に取り残されてしまった少年がクリスマスを一人で過ごすお話。好き放題に過ごす夢のような時間。やってきた泥棒を痛快に撃退する時間。独りであることに悲しみを覚え、家族を返してと懺悔する時間。


 ――幼い時分に見たときと、記憶に大きな差異はない。細かい部分は抜け落ちているが、それでも大筋は記憶をなぞっている。なぞっている筈なのに、受ける印象が違う。子供のころは主人公である少年ばかりを目で追い、一喜一憂していたものだが、今ではなんとなくそれ以外にも目が行き、考えてしまう。


 親戚の少年少女、主人公の両親、近所に住む老人、盗みに入る泥棒。彼らのセリフ一つ一つを、なんとなく噛みしめる。


 そういったものを楽しめるようになったのは、成長なのだろうかと、ただの変化なのだろうかと、自問してしまう。――なお、答えは出ない。


「ていうか、俺のクリスマスはともかくとして、スノウのクリスマスはこれでいいのか?」


 ふと、思ったことをスノウに訊ねる。


 スノウは俺の股の間に座り込み、俺を背もたれにしている。俺の腕を自身のお腹周りに回しており、その腕に腕を絡めて収まりのいい位置を見つけている。


「ん? どゆこと?」


 同じ方向を見ていたスノウがこちらへ軽く振り向く。


「えぇと、ほら、そっちのほうだと、クリスマスは家族で過ごすのが当然とかなんだろ?」

「そうだね、それがわりかし一般的かな」

「帰ってこいとか、言われたりしたのか?」

「したねー」

「え、言われていたの?」

「うん。ただ、今年は秦くんと過ごすからって断ったよ」

「断っちゃったんだ……」


 腕の中のスノウは、心なしかこちらへと身を沈ませる。


「いいじゃん、日本の風習も。恋人と過ごす特別な日。そういう日を、私は秦くんと過ごしたいの」


 スノウはそう言って、満足気に吐息を漏らす。


「俺が想像していた恋人との過ごし方とは、結構違うけれどな」

「ダメ?」


 少し不安そうに、こちらを窺うスノウ。


「いや、そんなことはないよ。これはこれで楽しい」


 と、自分で言ってみて、これはフォローとしてもあまり上手くないなと、そう思う。


「そっかー」


 ――スノウは普通ではない。


 そのことを本人も自覚している。その上で、普通というものに対して憧憬に近い感情を抱いている節もある。それはきっと、俺と出会ったからで、俺と生きようと思ったからで。


 多分きっと、スノウはスノウで俺が考えたような過ごし方だって考えていたはずだ。でも、俺がそういうのをあまり得意としていなくて、スノウはそのことも理解していたはずだ。


 だからこそ、こうして緩やかな時間を過ごせるようにと、彼女なりに準備したはずなのだ。


「違うことはさ、良いことでも、悪いことでもなくてさ」


 言葉を取り繕う。


「あー、違うな。そういう話じゃないんだ。――よし、約束をしよう」

「約束?」

「そう、約束。来年は二人で出掛けよう。二人で街に出て、クリスマスのイルミネーションとかの飾りつけを見てさ、道行く人たちを眺めてその先の幸せを想像したりしてさ、そうしたら雰囲気のいいお店とかに入って、あれが良かった、これは微妙だったって感想を言い合って、一通り食事を楽しんだら、プレゼントを贈り合ってさ、その後は夜景とかを眺めてさ、そういう一日を過ごすんだ」


 それでさ、


「きっと俺は言うんだよ、楽しかったけれど疲れるなー。ってさ。去年の方が気楽で性に合っていたかもしれないって言うだろうな」


 でも、


「たまにはこういうのもいいかもなって、言うんだ。だから、その次の年は出掛けてもほどほどにして切り上げて、家でゆっくり過ごすんだよ。そういうのを、普通にしていこう。そういう普通を、特別にしていこう。そうやってさ、俺たちの特別な普通を作っていこう」


 そこまで言い切って、スノウを抱き締める。まだ少し慣れていなくて、ちょっとおっかなびっくりに、それでもしっかりと。


「秦くん……」


 スノウがぽつりと、名前を呼ぶ。


「二年後には、私たちは向こうだよ」

「……そうだったね!」


 とまぁ、そんなオチがついたが、スノウはちょっと嬉しそうに、だいぶ楽しそうに、とても幸せそうに、微笑んだ。


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