閑話「兄の恋人」
今日の私――天木奏は珍しく暇だった。
日曜日だというのに出掛ける用事もなく、家でやる作業も特にない。
何かしらの急用が入った際のために空けている休日なのだが、そのまま特に予定が埋まらずに当日を迎えてしまったのである。
このような事態は月に一度か二度ほど発生するので、特段思うところはない。神様がくれた真の意味での休日だと考え、家で怠惰を貪るのが常だった。
とはいえ、本当に何もしないわけではない。母や父が撮り溜めしているドラマや映画などを見たりもするし、積み上げていた本の山を崩したりもする。
ただ、そういった場合には殆どの確率で兄が隣にいたりするのだ。
我が兄は出不精で、高校生活の殆どを家と学校のみで過ごしている。そんな兄は当然のように休日は家から出ない。何か室内でやれることに打ち込んでいるのかと思えばそんなことはなく、父の書斎から本を運び出しては虫になったり、ネットで動物系の動画を一日中見たりするような状態である。
その昔、なんとなく兄の観察をしていたことがあるのだが、用を足すため以外には部屋から出ず、一言も言葉を発さずに月曜を迎えたことがあった。
流石にそれはどうかと思い、私が暇な日はリビングへと引っ張り出してソファに座らせ、ドラマや本を嗜む私の雑談相手にさせるのが基本になっていたのだ。
ちなみに、我が家の両親はなかなかに放任主義なので、そんな調子で生きる兄に対しても特に言及したりはしない。本人はそれで満足げなのでええやろとのことだった。おい親。
食事に関しては、中学生になると休日の食事は申告制になる。朝から夜まで外出する機会も増えるので、食べたいやつは事前(金曜の夜まで)に言うようにと母から言われるのである。中学上がりたての頃は申告し忘れて余り物を食べることが何度かあった。
その時の兄は金曜の時点で申告のことを忘れて読書に耽り、そのまま食事のことまで忘れて月曜を迎えただけだったりする。決して我が親たちが悪いわけではないことをここで弁明しておく。放任主義だが、育児放棄をしているわけではない。
兄は出不精ではあるが健康状況は頗る良く、それもひとえに親の適度な体調管理のおかげだろう。
と、まぁ、話が逸れたので戻す。
そういうわけで、私が暇な日は兄を部屋から引き摺り出すのだが、すでに部屋はもぬけの殻だった。
現在時刻は午前11時。流石に起きているだろうし、寝ていたら叩き起こすべき時間という理由で勢いよく扉を開いたのだが、そこに兄の姿はなかったのである。
一応、布団をめくったり潜ったり机の下を覗き込んだりベランダを見てみるが、いない。
「これは一体……」
ベッドの上で大の字になりながら、そんなことをぼやくとノックが響き、扉がガチャリと開いた。
「やっぱりお姉ちゃんか」
部屋の扉を開けたのは天木奉。
私たちの愛すべき末っ子であるトモくんだった。
「おや、トモくんおはよう。どしたの?」
兄や私と違って出来の良い弟であるトモくんは勉強大好きっ子である。知識欲の権化みたいな勉強マニアで、日曜のこの時間帯は自室で赤本を読むのが日課なのである。
なお、トモくんはスーパーヒーロータイムをリアルタイム視聴する派である。
「兄さんが出掛けているのに、隣の部屋から慌ただしい音がするから気になって」
なるほど、どうやら勉強の邪魔をしてしまったようだ。
「ん? お兄ちゃんが出掛けている?」
「うん。今朝、用事があるからってことで仮面ライダーを見終わったらすぐに家を出て行ったよ」
「へー、アレが休日に出掛けるなんて珍しい」
いや、夏休みぐらいから外出の頻度は以前より増えているらしいのだが、それでもこうして私が家にいるのに兄がいないという状態は珍しいのだ。
夏休み前に事故に遭ってから――いや、その前ぐらいから、兄は少しだけアクティブになっている。
良い傾向ではあるのだが、少し寂しくもある。
「自分の兄をアレと呼ぶのはどうかと思うよお姉ちゃん……」
中学生の言動を嗜める小学生。すごい絵面だ。
トモくんはあんな兄のことを結構尊敬していたりするので、私が兄のことをぞんざいに扱うたびに慰めたり持ち上げたりする。
「あと、今日はお客さんが来るよ。時間的にもそろそろだと思う」
「客? ママの友達とか?」
「いや、兄さんの知り合いだとか。昼頃か昼前に兄さんを訪ねて人が来るから、兄さんの部屋まで通して待たせておくように言われているよ」
「ほーん。お兄ちゃんの知り合い。ってーと、玖島さんかね? あの兄はなにゆえ私に言わずに小学生の弟にそんなことを頼むんだ。ていうかママは?」
「お姉ちゃんはその時寝ていたからね。お母さんは友達と一緒に出掛けているよ。ランチの後にウィンドウショッピングだってさ」
なるほど、そりゃ消去法でトモくんに頼むことになるか。まぁ、トモくんはしっかりしているので頼むことに不安もなかったのだろう。
ちなみに父は今日も元気に休日出勤である。頑張れ父。帰りにスイーツを所望する。洗濯物はちゃんと父用の籠に入れてくれ。
「そういうことなら来客の応対は私が引き受けるから、トモくんは自由にしてていいよ。暇だったし」
「そっか。じゃあお願いするね。僕は部屋にいるから、何か人手が必要なことがあるなら声かけてよ」
……つくづく思うが、我が家の末っ子は老成し過ぎじゃなかろうか。
兄が死んだ目をしているのに対して、弟のそれは解脱の目だ。達観と悟りの先にあるような澄み切った目をしている。長男と長女がアレな分、末っ子にそこらへんのものが全て注がれてしまった感じである。
「まー、可愛いので目一杯甘やかすけれどさー」
そう言いながら私は階段を降りてリビングに向かう。
今朝は元々遅くまで寝ている予定だったので、母に朝食を頼んではいない。
台所を覗くと、水に浸けられた食器があったのでそれを食洗機に突っ込んで稼働させる。
洗面所へ行き、洗顔して化粧水や乳液をつけたり寝癖を整えながら洗濯機を覗くと、いくつか洗濯物が放り投げられていたのでこちらも稼働させ、洗剤等を突っ込んで終了まで放置する。
居間はとりあえずフローリングワイパーを適当にかけるに留める。本格的にやるつもりはないので、床だけだ。
そこまでにしておき、私は部屋に戻って部屋着(コンビニまでは可)に着替えてから本を数冊取ってリビングに戻る。
テレビを点け、旅番組かニュース番組はないかといくらかザッピングをし、目当ての旅番組があったのでそこで手を止めてリモコンをソファに放り投げる。
「飲み物飲み物〜」
冷蔵庫を開けると、中には本日の昼食用と思われるハヤシライスが入っている鍋があった。
「移す手間は面倒だもんなー」
炊飯器を見ると予約設定されており、昼過ぎごろには炊き上がるようになっていた。
本日のお昼ご飯に思いを馳せつつ、豆乳を取り出して食器棚からコップを手に取る。
とぷとぷと注ぎながらソファに戻り、コップをテーブルに置いてソファに深くもたれかかる。
そして読み止しの本を手に取り、準備完了である。
あとはだらりと本を読みながら食洗機と洗濯機がその仕事を終えるのを待つだけである。
いざ、怠惰な休日を!
などと、気合を入れて気を抜こうとした瞬間――
ピンポーン。と、電子音が鳴り響く。
このタイミングで誰だよ。密林からの刺客か? などと言いそうになって思い出す。そういえば兄に来客があるんだったと。
わざわざ最低限の身嗜みを整えたのはそれが理由である。玖島さん程度のためにしっかり着るのは癪だが、かといって家着を見せるのも年頃の娘としての沽券に関わる。そんな理由での、必要最低限の身嗜みだった。
ドアホンの前に行き、画面を見る。
美人がいた。
金髪碧眼の美人だ。
解像度が低く小さい画面越しでも理解できる。この人はとびきりの美人だ。
思考が固まり、ただただ画面越しの顔を茫然と見ていると、反応がないため少し困ったような顔をしながら美人さんがまたインターホンを押した。
私は神速のインパルスみたいな異名をもらえそうな勢いで玄関へと向かい、鍵を外して扉を開けた。
「お待たせしました!」
「こんにちは」
うっわすっげ解像度高いと尚更ヤバい。
顔小さい目大きい鼻の形が綺麗。
白い肌からは生気を感じさせる艶がある。
金色の髪は細いのに陽光を取り込み輝いている。
声は澄んでいて脳を震わせる。
その虹彩は大空を彷彿とさせるような碧色。
すごいすごいと興奮して凝視しながらも、とりあえずの来客対応を取る。
「どうしましたか?」
ありとあらゆる疑問が吹き飛び、出てきたのはそんな言葉だった。名前を聞くとかどうして我が家を訪ねたのかとかそういうのを尋ねるべきなのに、私はこの綺麗な人の役に立ちたいと思い、そんなことを聞いていた。
「秦くんに、お呼ばれしました」
……ん?
「初めまして、スノウ=デイライトと申します。不束ながら、秦くんと男女交際をさせていただいております。以後、お見知り置きを」
そう言って、その美人――スノウさんは丁寧にお辞儀した。
◆◆◇◇◆◆
「美人局でしょうか」
真っ先に浮かんだ感想だった。
「奏ちゃん、すごい言葉知ってるね」
どう考えても外国人なスノウさんは、流暢な日本語で話しているし、私の言葉の意味もしっかりと理解していた。
「玖島さんが来ると思ったら、兄の恋人を名乗る美人が来たんですよ。そう思っても仕方ないじゃないですか」
私の知る兄の知り合いは玖島さんだけだ。あの人間関係が希薄な兄に知り合いが二人も三人もいたら驚愕だ。
「そういうんじゃないよ。ほら、学生証。秦くんや玖島くんと同じ学校で、同じクラスに通う普通の高校生だよ」
そう言って見せられた学生証は、以前兄に見せてもらったものと同じだった。なるほど……。
「罰ゲームで負けてお兄ちゃんに告白をし、交際が始まってしまったパティーンですね」
「兄に対する信頼度が低過ぎる! 確かに私から告白したようなものだけれど、罰ゲームじゃないから! どちらかというと私が弱みにつけ込んだ形だから!」
必死に訂正するスノウさん。さらりと気になることを言ったな。
「うぅむ……」
どうにも納得ができず、唸ってしまう。
が、
「まぁいいか」
深く考えるのが面倒になり、自身の疑念を放棄することにした。
「とりあえず、上がってください」
そう言って、身を引いてスノウさんを招き入れることにした。
「おおぅ……、切り替えが早い。流石兄妹……お邪魔します」
などとスノウさんが驚愕しつつも、挨拶をしながら我が家の敷居を跨いだ。
いつもの癖でリビングに案内しようとしたが、そういえば兄の部屋に通すよう言われていたのを思い出す。
二階へと誘導し、兄の部屋へと通す。
「今、飲み物とかお持ちしますので少々お待ちを」
兄の部屋に入り、心持ち落ち着かなそうな面持ちに見えるスノウさんを椅子に座らせて退室する。
階段を降りて台所に向かい、湯呑みと急須を取り出す。電気ケトルに水を入れてスイッチをオンにし、沸くまでの間にやっておこうと洗濯機の方へと向かう。
量も少なくすぐに終わった洗濯物を籠に放り込み、それを抱えてベランダへと出る。シャツやパンツなど(兄や弟の)をちゃっちゃと広げて干し、台所へ戻る。
しっかりと沸騰し、ケトルのスイッチが切れていることを確認したらキッチンの引き出しから茶葉(来客用。まぁまぁ高い)を取り出して急須に適量入れ、湯を注ぐ。
茶葉の説明書通りの時間を待ち、説明書通りに急須から湯呑みへとお茶を注ぐ。
食洗機の方はまだ稼働中なので放置しておく。
お盆にお茶と、兄が買い溜めしているかき揚げ煎餅(個包装)三枚をお菓子を突っ込む皿に入れてのせる。
「お待たせしましたー」
兄の部屋の扉を開くと、ベッドの上で我が兄の枕に顔を埋めて微動だにしない金髪の女性がいた。
◆◆◇◇◆◆
「ありがとー」
スノウさんは顔を綻ばせながらお礼を言い、湯呑みを手に取りお茶を飲んだ。まだ熱いと思うのだけれど、そんな様子は微塵も無かった。
「いえ、まぁ、粗茶ですが……」
「これ、秦くんが好きなお煎餅だよね?」
「あ、はい。そうですそうです」
スノウさんは私が部屋に入ると、特に何もなかったかのように部屋の真ん中に設置されているテーブル(秋から冬の間は炬燵になる)へと戻って座り直した。
枕は抱えたままだった。
突っ込んでいいのか五秒ほど迷い、スルーすることにした。
「ここまでしておいてアレなんですが、未だにスノウさんがお兄ちゃんの彼女であることに懐疑的なんですよね」
「よく私のことを家に上げようと思ったね!?」
「そこはまぁ、綺麗だったので」
美人て得よなぁ。それはまぁ置いといて、
「なんかこう、証拠とかあります? 二人が仲睦まじく写ってる写真とか?」
「あ、それならあるよ! いっぱい!」
そう言ってスノウさんは携帯端末を鞄から取り出し、弄り始める。
「これとか!」
そう言って嬉々として見せられた写真には、大きなベッドの上で眠っている兄と眠っているスノウさんが写っていた。兄の腕を枕にして、兄に全力で抱きつくスノウさんは大変可愛らしい。
「予想の斜め上のモン見せてきましたねー」
こちとらまだ中学生ぞ。そこまで刺激の高そうなものを見せないで欲しい。ていうか、これ明らかに自撮りじゃないよね? 第三者がいるよね? どういう状況?
「あ、違うこれじゃない」
そう言って、スノウさんは画面をスライドさせて次の写真へと移す。素で間違えただけで、特に慌てるような素振りがないことに戦慄する。
「これとか」
どっかのカフェで仲良く自撮りする兄とスノウさんの写真だった。こちらはとても健全。……スノウさんの大きい胸が兄の腕に当たって歪んでいる! す、すごい! これ本当に健全か!?
……ん? いや、確かに写っているのは兄だが、その兄に違和感を覚える。
「どうかな? 結構上手く撮れてるやつなんだ」
「お、お兄ちゃんが私の知らない服を着ている!?」
「着眼点そこかー」
「お兄ちゃんはルパン並みに同型同色の服を着回すような『お洒落』の『お』にも引っ掛からないような野郎ですよ! そんな奴がこんな今時の若者みたいな格好してたら驚くでしょうに!」
カーディガンやらジーパンやらネックレスやらをバランスよく装飾され、髪もいつもの無造作()ヘアーとは違ってしっかりとセットされている兄はどこに出しても恥ずかしくなさそうな好青年っぽさがある!
「ルパンだってシーズン毎に色は変えてるよ。秦くんとルパンを並べたらルパンに失礼だと思う」
的確な反論。
「すみません」
本当にこの人は兄の恋人なのだろうかと思うが、全面的に反論できないので、謝る。
でもまぁ、実際あの兄はマジでファッションに無頓着だ。黒無地の半袖長袖Tシャツと黒のチノパンだけをクローゼットに入れ、秋冬はそれに加えて紺色のパーカーを寒暖に合わせて着たり着なかったりするだけである。
「これはね、私の家で着替えて貰ってるんだ」
「なるほど、だから我が家では見かけないんですね」
「そうだね、秦くんが私とのデートで着た服は私の家で保管してるよ」
…………。
「ちなみに、お兄ちゃんが着てるこの服とか、高そうですよね」
「一応、ブランドモノだしねー。とは言っても、そこまでじゃないよ?」
そこまでじゃないとは言われるが、この服、少し前に読んだ男性向けのファッション誌にあったコーデにそっくりなんだよなぁ……。兄に合わせて色違いではあるが、総計六桁に及ぶトルソー買い。
「あの、アレにこの値段の服を買うような余裕は無いのですが……」
バイトをほぼしていない男子高校生の財力などたかが知れている。
「うん。これは私が買ってるからね」
「あの野郎、女に貢がせてるのか!?」
「奏ちゃん、言葉遣い言葉遣い」
「おっと、つい取り乱してしまいました」
兄の部屋の隅に常設されてるウォーターサーバー(なんでこんなの設置してんだよ)から水をコップに入れ、飲んで落ち着く。
「常々お兄ちゃんはダメな人間だと思っていましたが、まさかそこまで堕落していたとは……」
「奏ちゃん、秦くんに対して結構厳しいね」
「兄妹ですので」
「なるほど」
その一言で納得するあたり、スノウさんは兄弟がいると見た。
「一応、その分だけ色々と返して貰ってはいるからね?」
「お金以外でお兄ちゃんが差し出せるものなんて内臓ぐらいしかありません」
「断言」
「腎臓が二つあるのにはちゃんとした意味があるとあれだけ言ったのに……!」
「売ってないよ? 秦くんは腎臓売ってないよ? というか奏ちゃんそんなことを秦くんに言ってるの?」
「兄妹の標準的な日常会話です」
「私、常識知らずってまぁまぁ言われるけれど、それが標準じゃないことはなんとなくわかる」
◆◆◇◇◆◆
兄が穀潰しになってしまったと嘆いていると、スノウさんが色々と説明してくれた。
「なるほど、スノウさんが金持ちなので、お金に関しては問題ないと……」
「そうそう」
「逆玉の輿……?」
「それ、秦くんにも以前言われた」
「というか、結局は彼女さんに貢がせている事実がまったく歪んじゃいないのでは……?」
「貢ぐって表現、どうかと思うなー。私が好きで秦くんに着てもらってるわけだし」
「なるほど、兄はリカちゃん人形」
「そこはせめてイサムくんにしておこうよ。秦くんの性別的に」
将来的に結婚するのはフランツですけどね。
「まぁ、両者納得の上なら問題ないのかな。これ、後日我が家に請求来たりしませんよね?」
「奏ちゃん、めちゃくちゃそこ引っ張るねー。大丈夫だから。そんなことにはならないから」
念を押されたので、とりあえず納得することにした。
一旦話が途切れ、スノウさんは冷め始めているお茶を飲んでいた。
改めて見ても、美人だった。
初対面の私に対して、フラットに言葉の応酬を続けてくれたので親しみやすさを感じていたが、こうして外見を認識すると今しがた話していた人間とは思えず脳が誤作動を起こしそうになる。
湯呑みを包む手は白く繊細で、閉じられた瞼にかかる睫毛は長い。それこそ『お人形さんみたい』だ。
そう、私が引っ掛かっているのは結局『これ』だ。
どうして、
「どうして、スノウさんみたいな綺麗な人がお兄ちゃんなんかと付き合っているんですか?」
そう問うと、スノウさんは不思議そうに目を瞬いた。
「好きだからだよ?」
当然のように、そう言った。
◆◆◇◇◆◆
物凄いカウンターを食らったが大丈夫。まだ意識はある。
「えーと、ほら、兄のどういうところを好きになったのかなぁと」
「全部だよ?」
強い。臆面もなく言えるのが本当に強い。
「なんだかガールズトークっぽいね!」
と、嬉しそうに言うスノウさんだけれど、私が知ってるガールズトークはこんなに一方的に殴られるようなものではない気がする。
「そ、そうですネー」
釈然としねー。と、そう思っていると、スノウさんが私の心情を察したのか、
「奏ちゃんは、秦くんに恋人ができるのがそんなに不思議なの?」
「お兄ちゃんの行動範囲って、基本的に家と学校なので、出会いがないわけでして」
「学校で出会いがないって言ったら、多方面から怒られると思うよ」
「あの兄に限って言えば、学校をそういう場所だと捉えてはいないと思うんです」
「あー、たしかに」
思い当たる節があるらしく、苦笑しながら同意するスノウさん。
そういう仕草を見ると、あぁ、本当にこの人は兄のことをちゃんと見ているんだなと、そう思う。
愛おしさとか、喜びとか、親しみとか、慈しみとか、そういった感情が綯い交ぜになった表情。
だから、他にも色々と聞きたいことがあったのだけれど、その表情を見て何故だか納得してしまう。少なくともこの人は本当に兄のことが好きなのだろうと、腑に落ちた。
だから、
「スノウさん、連絡先とか交換しませんか? お兄ちゃんへの愚痴や不満があれば聞きますよ」
「真っ先に出てくるのが負の共有!」
「女の子はそういうのを糧にする生態なので」
「歪だねぇ」
「悪口で盛り上がるのは女子の特権ですよ」
そんなことを話しながら、私はスノウさんと連絡先を交換した。
◆◆◇◇◆◆
「ごめん、遅くなった」
そう言いながら扉を開けて入ってきたのは我が兄。
あれから三十分ほど、兄の卒業アルバムなどを肴に私とスノウさんは歓談に興じていた。
「おかえりー」
「こんにちは秦くん」
「……何故に奏がいる?」
部屋にいる異物(私)について疑問する兄。
「お客さんを放置するなんて出来ないでしょ」
「お気遣いありがとうね」
常識的な返しをした私に合わせて、スノウさんが優しく微笑んでくる。
「なんか、随分と打ち解けているようだな」
そんな私たちの様子を見て、兄が意外そうな顔をする。……どうして意外そうな顔?
「共通の話題があって、それが悪口なら女子は五分で仲良くなれるんだよお兄ちゃん」
「わぁ聞きたくなかったその親交の深め方……。ていうか、お前たちの共通の話題って俺ぐらいしかいないよね? 俺の悪口で盛り上がってたの? その事実が一番聞きたくなかったわ……」
頭を抱える兄。
「冗談だよ秦くん。安心してってば。奏ちゃんには秦くんの小さかった頃の話を聞かせて貰っていたんだ」
「なんだ、それなら安心だ」
すぐに立ち直り、兄も座る。どっちだよ。
「んー、不要だとは思うけれど、一応言っておくとして、この人は俺の恋人のスノウです」
形式としての紹介をしておきたかったのか、兄はそう言いながらスノウさん示した。英語の教科書みたいら言い方だなー。
「どうも、秦くんの恋人のスノウです」
スノウさんはそうやって改まって紹介されたのがこそばゆいのか、少し頬を染めながら言った。
美人の照れ顔、破壊力すごいなぁ。美しさと可愛さの乗算だよ。
「いやまぁ知ってる」
「だろうな」
そして兄がこちらを示す。
「そんで、こちらがマイディアシスター「その言い方キモいよお兄ちゃん」死にます」
「待って待って待ってストップストップ心弱過ぎだよ秦くん! 奏ちゃんも容赦して!」
スノウさんは蹲る兄の背中を優しく摩りながらも、ボールペンを掴んだ兄の左手をしっかりと握って阻止していた。
兄の復帰を待つのも面倒なので、さっさと済ませようと思う。
「天木秦の妹で、天木奏と言います。不肖の兄ですが、スノウさん、どうかよろしくお願いします」
そう言って、私は兄の恋人に頭を下げた。
◆◆◇◇◆◆
「うん、知ってるよ」
と、スノウさんが先程の私と同じ言葉を返した。
「一年前から知ってる」
…………。
「えっ?」
「えっ?」
兄妹揃って仲良く声が重なった。