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魔術師の少女、世界端末の少年  作者: 海山優
一章『馴れ初め』
11/86

◆エピローグ

 ――墓前に花を供える。水は変えたし、そんなに汚れていなかったけれど墓石を拭きもした。


 墓参りの際の礼儀作法を全然知らないため、果たしてこれでいいのだろうかと不安になりながらも、線香を置き、手を合わせて黙祷する。


「済んだ?」


 一緒に来ていた刀河が声をかけてくる。頷くと、踵を返して歩き始めた。線香や花を包んでいた紙の後処理は済ませてくれていたらしい。俺は急いで刀河の後を追い、その横に並ぶ。


「退院して真っ先にやることが墓参りってのも、どうなのかしらね……。あんただって同じようになっていたかもしれないのに」

「本当はすぐに来たかったんだよ。それでも我慢して、大人しく療養していたのは褒めてほしいぐらいだ」


 世界端末を巡る争いは、天木秦――俺が学府に所属し、スノウと刀河を含めて現第三席である南雲飾の配属及び監視下に置かれるという形で決着した。


 決着してすぐにスノウ、ネセル、俺の重傷者三名は病院へと叩き込まれた。


 まず真っ先にネセルが退院した。刻術の引き剥がしによって全身の神経と内臓に深刻な損傷があり、四肢に関しては俺によって潰されていたにも拘らず、三日後には補助器具もなしに涼しい顔をして俺とスノウの見舞いに来ていた。


 次いでスノウが退院した。刀河による応急処置があったとはいえ、スノウはスノウで四肢が壊れていたのだが、五日後にはネセルと一緒になって俺の介護をしていた。


 それから一週間後に俺は退院した。俺の入院理由は慣れない魔力の使用による身体への負荷と、両腕の骨折である。ちなみに、俺が意識を失った段階では腕は折れていなかったりする。


 両腕を再生させたはいいものの、素人の取り繕いであるため繋ぎ方が悪く、その後の生活に支障が出ると判断され、ネセルとスノウに再度へし折られたのである。まるで細枝を折るかのように折られ砕かれたわけだ。そして、刀河と学府からやってきた治癒術士によって丁寧に治療を施されたのである。


「もし目の前で首を刎ね飛ばされた人がいたとして、お前やあの治癒術士の人がいたら、救えるのか?」


 傷跡一つない己の腕を見ながら、刀河に質問する。


「状況によるよ。でもまぁ、刎ね飛ばされてすぐで、切断面がよほど粗かったり欠損が激しくない限りなら、助けられる。少なくとも、私なら」

「本当か?」

「時間との勝負だけれど、いける」


 切断自体が直接的な死因にはならない。実際は、切り離されたことにより脳へと血液が回らなくなり、酸素欠乏によってショック死するというのが正しい。


「つまり、脳細胞の壊死が始まる前に活動を再開させることさえできれば問題ない。首を刎ね飛ばされた時点では死んでいないから、もしも今ここでお前の頭が胴体からズレて落ちたとしても、私ならお前が死ぬ前に『なにもなかった』ことにできる」

「そっか」

「前にも言ったけれど、あんたの所為じゃあないのよ」

「わかってるよ」


 俺が理由ではあったけれど、そこに罪はない。罪がなければ罰も存在しない。故に贖罪などという考えには至らない。でも、それでも、もしも、もしもあの時――そういう意味のない仮定を考えてしまう。


 そういったことを考えたくないからこそ、これからの指針が何となく決まる。


「ちょうど夏休みだし、勉強するにはいいタイミングかな」


 入院している間に夏休みに入っていた。


 ちなみに、全壊した校舎等に関しては刀河と学府の魔術師協力のもと一晩で完全再現がされた。空間魔術の仕込みのため、定期的に学園敷地内の型のバックアップを取っていた刀河の功績であるとかなんとか。曰く「二度とやりたくない」ということだった。


「あんたがなにしようと自由だけれど、学生の本分である勉強は大丈夫なの?」

「大丈夫。病院で暇だったから課題はもう終わらせているし、予備校とかに行くつもりはないけれど、スノウが家庭教師みたいなことしてくれるって約束だから」


 スノウは俺の前だと言動が残念なことも多いが、あれで学力は高い。


 七月のほとんどが病院内で潰れることが確定した段階で、八月を遊び倒すためにとスノウ協力のもと課題の消化をさせられ、きっちりと終わらせていたりする。


「さいですか」

「魔術の方面は、刀河に見てもらいたいんだけれど」

「なんで私なのさ」


 面倒くさそうにこちらを見る。いやそうな顔するなよ。


「今さっき言ったじゃないか。『助けられる。少なくとも、私なら』って。明確な目標としてこれ以上ないだろ」

「あー……」


 それに、


「スノウが言っていたけれど、刀河ってかなりの実力者で教えるのがとても上手なんだろ? 身近にそんな人がいるんなら、そりゃお願いするだろ。もちろんお礼はさせてもらう」


 空間魔術に関してはスノウよりも長けており、治癒術は学府の治癒術士と同等の能力。本筋は火炎術士でその他の分野に関しても人並み以上の成果を上げる人物。


 今回の騒動における影の功労者にして、スノウにとっては縁の下の力持ち。


 魔術についての基礎的なものはスノウから一通り教わったが、しっかりと本質を理解するならばもっとちゃんとした人から教わったほうがいいと、スノウ自身からも言われている。


「あー……、まぁ暇な時なら」

「ありがたい」

「……なに、もしかして墓参りにスノウじゃなくて私を同行させたのってそれが理由?」


 結果的に断りづらい雰囲気を作ってしまったが、別にそういうわけではない。


 ありがたさともうしわけなさで苦笑を浮かべつつも、否定する。


「違うよ。そのうちお願いするつもりではいたけれど、今のは話の流れだ」


 歩きながら、近くに見えた喫茶店を指さす。


「とりあえず、涼める場所に入ろう」


◆◆◇◇◆◆


「――結局のところ、今回の顛末はどこまでが仕組まれたことだったんですかね」


 林檎を剥く音だけが響く病室内で、俺はそんなことを目の前の男に問いかけた。


「仕組まれた、とは?」


 男――南雲飾さんは、林檎の皮を剥く手を止めずに聞き返した。


「世界端末にまつわる騒動ですよ。結果として、スノウも刀河も俺も生きていて、南雲さんの管轄下に入ることになったとはいえ、ほとんど自由に近い状態に収まっているのが現状じゃないですか」


「いいことじゃないですか。君たちはそれを望んだのでしょう? 君たちが必死になって勝ち取った勝利では?」


「確かに勝ち取ったものです。では、そもそもその勝負は、勝敗は、どうやって成立していたかの話になるんですよね」


 病院に運び込まれ、意識を取り戻してから三日間。南雲さんは俺につきっきりで看護をしてくれていた。


 南雲飾。第八超越者。その主たる能力は魂への干渉。存在の魂に触れ、それに干渉する能力。


 南雲さんはその力を使い『器としては不十分な俺の魂』を『器としての強度が桁外れに高いスノウの魂』に繋いだ。俺だけでは到底処理しきれないような情報の流入を、処理しきることができるスノウにまで回すことによって俺の存在消失を防いだのである。


 現在、俺とスノウは魂が繋がっている状態らしい。俺にはその感覚が分からないのだが、流されている側のスノウは分かるらしく、興奮気味だった。


 やっていることの凄さがあまりわからないのだが、刀河曰く「ありえない」とのことだった。世界端末の魂に触れるなど、世界に触れることと同義であり、人の身でありながらそんなことを出来る筈がない。けれど、南雲飾はそれを行った。


「この結末は俺たちにとって都合よく出来過ぎているんですよ。そして、それは南雲さん――延いては学府にとっても同じことが言えます。あなた達は『覚醒した世界端末』とその『制御装置』を手に入れた」


 俺の存在が認められた理由は、俺がスノウと繋がり続けることでしか存在の消失を防げなくなったからだ。


 ――俺が暴走した場合、暴走する俺自身ではなくスノウを殺せば連鎖的に俺が止まる。


「首輪とセットでの世界端末こそ、学府が求めていたものでしょう?」

「えぇ、確かにそうですね。結果的にそうなりましたね」


 結果の肯定であって、結論は出されていない。話の続きを暗に促される。


「元々、今回の騒動は違和感ばかりだったんですよ」


 スノウの国外追放とその真意については、ネセルが言っていた通りだろう。


 ただ、そこにはもう少しだけ意図があったはずだ。席争いで実績の欲しいスコール=デイライトがスノウという身内をあえて目立つように遠ざけた意味。世界端末を見つけられなくとも、スノウの特異性を披露できる機会を用意したのではなかろうか?


 例えば、学府の最上位戦力であるネセルと対等に渡り合ったという事実。


 デイライト家の保有する戦力の見せしめと、学府へのアピール。


 多分、最初の筋書きは――


「スノウがそれらしき人物を見初めた際、学府として人を送る。もしもそれが世界端末なら万々歳だけれど、その確率は低い。けれど、それを捕縛するとなればスノウは抵抗するだろう。そして実際に抵抗できるだけの実力を示す。そんなスノウの強さを学府は看過できなくなる。そして、スコールはそのスノウを連れ戻し、しっかりと管理できることを証明できれば、スコールは学府へと貢献したことになる」


 とか、そんなところだろうか。ひでぇマッチポンプだ。


「ふむ、根拠は?」

「第一に、捕獲のために動員された人間が少な過ぎる。あれはどう考えても世界端末ではなく、スノウを意識した人数だ。世界端末が暴走することを度外視している。ネセルさんが言っていたように暴走の危険を考えての行動だった場合、過去の事例を考えればあれでは足りない。つまり、あれは学府としては動いていない。スコールと南雲さん、あなた達が個人的に動いたものだ」

「学府も一枚岩ではありません。派閥があり、権力闘争があります。牽制や謀略があり、結果的に最低人員での対応となった可能性があるのではないですか?」

「その場合、俺とスノウとネセルさんが相打ちになった際、出てくるのは南雲さんではなく別の派閥の人間でしょ」

「なるほど」

「あとはまぁ、ミランダさんですね」

「おや、彼女がどうしましたか?」

「恩返しという理由で、俺が狙われていることをスノウたちにリークしたって話ですが、これもおかしい。あの人は美術館でもそうでしたが、基本的に自分の命を最優先で動いていた。そんな人が学府の情報のリークなどという危険を冒す理由とはなんだ? と考えたんですよ」


 で、理由はすぐに思いつく。


「簡単だ。そもそも危険ではない。むしろ、教えることが仕事であり、自分の身の安全を保障することになる」


 世界端末の可能性がある俺の保護という名目だが、その実裏の目的のためにはスノウと相対する必要がある。けれど、先に俺を捕獲した場合、わざわざその状態でスノウの前に現れることは名目に反する。一番綺麗な形としては、俺の捕獲に向かった部隊の前にスノウが立ちはだかるという構図。それを達成するためのリークだったわけだ。


「美術館の時点では、ミランダさんは世界端末に関する子細な情報を持っていなかった。それにも関わらず、スノウと刀河に対しては学府の動向まで含めて委細説明した。世界端末が学府にとっての秘匿事項であるのなら、あの人が危険を冒してまでその情報を集める意味も、その集めた情報を流す理由もない、という感じですね」


 ミランダさんがスノウと刀河にリークしたタイミングも図ったようなものだ。数時間という余裕は、逃げるには足りなく、迎え撃つには十分な時間だった。


「ふむふむなるほど。――ですが、それでは根拠としては弱いようにも思えますね。推察としては面白いですが、想像の域を出ない。タイミングが良過ぎる、などという言葉は結局、本当にタイミングが良かっただけかもしれません」

「ごもっともです。でもまぁ、一応もう少し思うところがあるので、続けますね」


 南雲さんは楽しそうに手振りで先を促してくる。


「第二に、ネセルさんのスタンスです。彼はあまりにも堂々と戦っていました」


 スノウとネセルの戦闘を思い出してみると、ネセルは真正面から戦い過ぎていた。


「俺はあの人を愚かだとは思いません。そして熱血漢だとも思わない。……なんか後半はわりと楽しそうにしていましたけれど、常に状況というのを冷静に見ていたように思えます。そして、彼は最初からずっと対話をしようとしていた。降伏を促していた」


 ――彼には殺意というものがなかった。


 彼の攻撃には致死性の一撃がほとんどなく、執拗に戦闘不能を考えていたように思う。最後の最後、俺が大量殺戮の可能性を示唆するまでは。


「いや、まぁ、なんかちょいちょい洒落にならないように見える攻撃もありましたが、スノウならば避けられると、耐えられると、凌げると、そう確信しているように見えました」


 まるでスノウのスペックが予め把握されていたかのように。――というか、


「デイライト家の真実について、ネセルさんはすぐに話すこともできたはずなのに、それをしなかった理由って何でしょうね? ……まぁ、簡単ですよね。降伏勧告を無視し、実力行使に入り、戦闘が拮抗し、力づくではスノウを退けることができないと、ネセルさん自身が嘘偽りなく言い張れる確証を得る必要があった。そして、スノウが回帰転換を披露し、ネセルさんの不死鳥の刻術を発揮させた段階でそれは完了した。だからこそ、あのタイミングでネセルさんはスノウの精神を折りに行ったわけだ」


 そしてそれは成功した。スノウはあのとき確かに戦意を失った。


「あまりにも、スノウに対する理解が深過ぎるやり方だ。その力量を理解し、その在り方を理解しているからこそ組み立てられた流れだった」


 ――ここまで述べておきながらも、不可解な点はある。


 南雲さんが口を開く。


「それが私たちの筋書きで、その通りにことは進んだと、君はそう言いたいわけだ」

「そうですね。まるで釈迦の掌の上で右往左往する猿です。本人たちは必死にやっていたのに、それすらも思惑通りで、計算のうちで、台本をなぞる行為でしかなかった」


 結局、子供は大人たちに勝てない。社会という枠組みにいる以上、人の世で生きる以上、それを支配する権力には勝ちようがない。


 勝負という枠組みを作ったのは彼らで、


 勝敗の基準を認めるのも彼らで、


 俺たちはそれに従うしかない。


 でも――


「もしもそれが筋書きだとしても、実際の物語には明らかな異物がありますよね? それについて、君が言及していないように思えますが」


 この物語における異物。


 筋書きに存在しない不確定要素。


 可能性として排除されていたごく低確率の存在。


「私たちは、天木秦が世界端末である可能性を低く見積もっていた」


 ――それでも、可能性があるということ自体が、動くに足る理由でした。


 そう南雲さんは付け足す。名目のための判断であって、別にそうでなくとも構わなかった。むしろ、そうでない可能性は十分だった。何故なら世界端末を見つけ出すということは今までに前例がないことだから。


「もしも俺が世界端末であったとしても、世界端末としての能力を行使できるとは考えていなかった。――それ以上に、暴走の可能性だって考えていなかったんですよね? いや、考えていなかったんじゃない。暴走はしないと考えていた」


 前半までは相好を崩さずに聞いていた南雲さんだが、後半の一節を聞いて、固まった。


 先にも言ったように、本当に世界端末の暴走を考慮するならば、ネセルさん個人にその役割を一任させるのは荷が重すぎる。これは本当に俺の憶測だけれど――


「――学府は、世界端末の暴走が偶発的に起きるものではないことを知っている」


 南雲さんは何も言わない。


「あなたたちは、俺が世界端末としての能力を開花させることはできないと思っていた」


 筋書きが外れた。


「俺が世界端末だった」

「俺が覚醒した」

「俺が世界として顕現した」


 して、その根拠とは?


「私たちが、世界端末の覚醒と暴走を度外視していた理由は?」

「簡単です。これは何度も言われていたことですが、器であろうと魔術の知識なしに世界に接続することはできない。そしてなにより、世界端末は暴走しません」


 世界への接続を行った自分だからこそ断定できる。


「世界端末の暴走、器の崩壊は内的な消滅であって、外的な脅威にはなりません」


 情報の過度な引き出しは、器が崩壊するだけであり、周囲を巻き込むような類ではない。


「学府の所持する文献には、世界端末は暴走の果てに周囲を巻き込んで自己崩壊したとありますが、それ、嘘でしょ?」

「嘘の根拠は」

「誰よりも俺自身がそれを実感しています。アレはそういうのではない」


 というか、


「デイライトの係累たちが世界端末に関する情報を手に入れ、こうやって曲がりなりにも世界端末を見つけ出すことができたということは、学府が保持している世界端末に関する情報ってわりとあるはずなんですよ。それも確実性があるものが。じゃあ、その情報源がどこかといえば、決まっていますよね。世界端末自身だ」

「ほう」


 南雲さんがどこか楽しそうに頷いた。


「当時の世界端末は暴走なんかしていない、意図的に学府と敵対したんだ。そして、学府が擁する魔術師達と戦い、余波で都市一つと小惑星一つを巻き込むような能力を行使し、過剰接続によって消滅した」


 これが真実だろう。


「学府側が何かをやらかしたんだろうと、そう思っています。それを隠蔽し、学府側が世界端末の暴走を抑えたというていにするために、事実をそう捻じ曲げた」


 それを知っているのは、知ることができるのは学府の頂点に君臨した『席』に座る者だけ。


「以上が、俺の考察です。今回の騒動における、学府側の一通りの真実はこんなものかと」


 で、話を再三戻そう。


「――この大筋に間違いはありませんか?」


 返ってきたのは無言だった。



「物語の道筋が外れ、結末が想定と違ったモノになった原因は、俺ですか?」



◆◆◇◇◆◆


「違います。と、そう言って、あの人はその話をそこで終わらせた」


 すっかり冷めてしまった紅茶をマドラーで混ぜながら、南雲さんとの一連の会話を話し終えた。


「なーるほーどねぇ」


 刀河は三皿目となるケーキにフォークを差し込みながら、うむうむと頷く。


 こちらを見ずに、手元の携帯端末をたぷたぷしている。おいこら。


 頷くだけで、他に言うことはないようだ。どうやら相槌のつもりらしい。


「……え、それで?」


 俺が言葉を続けないことに対して目を見開き、こちらを見て、不思議そうに首を傾げる刀河。


「……わざとか?」


 三白眼でねめつけると、数秒してから刀河は苦笑した。


「そう怒らないでよ」

「怒ってはいないよ」


 ティーカップを手に取り、冷たい紅茶を飲む。


 冷めても美味しいもんだなと思いつつも、目で刀河に説明を促す。


「原因は私だって言いたいの?」


 世界端末のことを予め知っていた少女。


 ――秘匿事項だぞ?


 世界接続の薬を作成していた少女。


 ――本来であれば狂おしい歳月を必要とする術を、薬物投与に落とし込んでいる?


「そんなお前が、彼らの描いていた本来の物語には影一つなかった」


 冷静に考えて、おかしいだろう。


「刀河の目的ってなんだったんだ?」


 今回の騒動において、刀河だけはあまりにも損な役回りだった。


 学府側の人たちのような、組織に属するが故の敵対でもなく、スノウのような恋人を守るための戦いでもなく、俺のような自身を狙われたからの抗戦でもない。


 刀河は親友の戦いに参加しただけであり、その勝利によって得られるものも守れるものもなかった。


 だから問うたのだ。お前はなんのために戦ったのか、と。


「スノウの幸福だよ」


 即答だった。迷いのない言葉。きっと、それは心からの言葉なのだろうと思った。


「――まぁ、別にいいか。私が知りたかった答えを天木はしっかりと見せてくれたんだ。言ったところで問題ないと、信じられる」


 ケーキを食べ終わり、フォークを口元で弄びながら刀河は吐息を漏らす。


「ねぇ天木くんよ。デイライトはどうして世界端末を見つけようとしていたんだっけ?」

「完全へと至るため、最上位存在である世界を足掛かりとするため、だよな」

「じゃあ、それで世界端末を見つけたとして、どうやって足掛かりにしようとしたと思う?」

「どうやってって、それこそ実験したり研究したりとかじゃないのか?」

「今のスノウが、あんたを使って実験するぜってことになったとして、許すと思う?」

「……ならねぇだろうな」


 そもそも、最初の名目はそれだ。世界端末かもしれない俺を捕まえて、研究するのが学府の掲げたお題目だ。そして、それにスノウがキレて反抗したのが発端だ。


「はい、じゃあそこで矛盾が生じるわけですよ。デイライトが見つけ出せたとしても、見つけたデイライトがそういった手段を取る気がさらさらないわけだ」

「それは、探知機としてのスノウが世界端末である俺に無意識に引かれたのを、恋心だと勘違いしたからであって――」



「その恋心を抱くまでが、探知機としての役割だったとしたら?」



 俺の言葉を遮って、刀河はそんなことを言った。


「……は?」

「ヒント。デイライトは到達のために一度、純粋種をその血統に加えました」


 吸血鬼の原種と交わることにより、可能性を得ようとした。


 では、世界端末を見つけた場合はどうする?


「ヒント。天木の肉体は世界端末であるが、器としては不十分です。スノウは世界端末ではありませんが、器としては天木よりも格段に上です」


 だからこそ、南雲さんが取った埒外な手段である『魂の接続による情報の流入』が成立したわけだ。


「ヒント。スノウは性欲が強い」

「そのヒントいる? ていうかヒント?」

「一番重要だよ」

「マジかよ」


 とか言いつつも、なんとなくだが刀河の言いたいことがわかってしまった。


「……デイライトは、世界端末そのものになり且つ、接続しても存在消失を起こさない器を一先ずの目標としていた?」

「大正解」


 そのための異常な恋心――情欲であり。


 そのための強靭な肉体――魂である。


「世界端末を見つけ、その番となり、意図的に次の世界端末の子を産む。それこそがデイライトの考えだよ」


 そして、その子供は十分な器であるが故に、接続に耐えうる。


「世界端末は世界から無作為に選ばれるんじゃねぇのかよ」

「少なくとも、デイライトはそこまで含めて、そうなるように考えている筈だよ」


 ――成功するかは別としてね。と、刀河はそう付け足す。


「つまり、お前はデイライト家の回し者だったということか?」


 そう問うが、それも即座に否定される。


「いーや、勘違いすんなよ。何度も言っているけれど、私が望むのはあの子の幸福だ。どうでもいいよ。世界端末なんて。どうでもいんだよ。本当にどうでもいいんだ」


 刀河は吐き捨てるように、デイライトの悲願をつまらないものだと言った。


「例えあの子の感情が血の呪いによるものだとしても、それによってあの子が笑顔になれるのなら、幸福だと思えるのなら、私はそれでいい。天木は言ったよね」


 ――きっかけがなんであれさ。大事なのは最後に二人が自然に笑っているかどうかだ。


「私もそう思うよ。最後にあの子が笑えているのなら、私はそれで笑える」


 そして、


「あのタイミングでそれを言い切ったあんたなら、あんたはそれをよしとするでしょ?」


 起因がなんにせよ、スノウが俺のことを好きだという事実に変わりはない。


 俺は、俺のことを好きだと言ってくれたスノウのことが好きであることに変わりはない。


「そうだな」

「劇的な騒動で絆が深まるのなら、私は遠慮なくそれを利用し演出する」


 負けると分かっている勝負に送り出す。


 消失の危険があろうと俺に薬を渡して覚醒させる。


 それでスノウと俺の仲が進展するのならば、と。


「それは、かなり危ない橋を渡っていないか?」

「元々が割かしどうしようもないクソみたいな筋書きだったんだ。それをこういう結末にするためだと考えれば、適正な賭け金だったよ」

「なるほど、違いねぇ」


 本来の筋書きであれば、俺は拘束されてスノウは即里帰りだったのだ。


 高校卒業後、学府の手が掛かっているあちらの大学に進学させられることがほぼ決定しているとはいえ、それまでの間、俺とスノウは日本でほぼ自由に日常を過ごせるし、あちらに行く場合もそれなりの待遇で迎えられることが約束されている。


 俺の人生、マジでどこに向かっているんだろうな……。


「ま、アンタは精々幸せに生きるんだね」


 ――それが、あの子の幸福に繋がるのだから。


 そう付け足して、刀河は立ち上がり外へ出て行った。


 テーブルの上には、諭吉さんが置いてあった。


「あいつ、また格好いい振る舞いをしやがって……」


 そう漏らし、どこか既視感を覚えてふと外を見ると、窓ガラス越しにスノウがいた。


 青み掛かった白い肩出しのトップス。黒く清涼感のあるレーススカート。紺色のバケットハットから覗く金髪は後ろで纏められており、全体的に涼しげな格好だ。そんなスノウが、こちらを心持ち覗き込むかのように見ていたのだ。視線が交錯すると、スノウは顔を綻ばせた。


 何が嬉しいのか分からないが、なんだかこちらまで気分が良くなったので、笑い返した。


 手招きされるので、会計を済ませて店の外へ出る。


「スノウさんじゃないですか。どうしたんですかこんなところで」


 俺がそう言うと、くすりと笑う。


「スノウさんは秦くんと遊ぶためにここにいます」


 ですよね。端末いじっていたのはスノウを呼ぶためか。さりげない気遣いが本当にすごい。


「そっか、じゃあ遊びに行こう」


 そう言って手を差し出すと、スノウは「あれっ?」という顔をした。ていうか言った。


「君と行きたい場所があるんだ」


 君は呆けて、俺はその姿がなんだか妙に可愛く思えて、愛しく感じて。


「――うんっ!」


 少しして我を取り戻した君は弾む声でそう答え、俺の手を取った。



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