◆プロローグ
空間に亀裂が走る。そこから、何かが飛び出す。
――それは疾走する金色だった。
眼前まで伸ばされていた男の腕は瞬きの間に地面へと落ちる。あまりにも綺麗に上腕の中頃から滑り落ちた。見える切断面はとても鮮やかで、人には中身が詰まっているということをしかと思い知らせてくれる。切断面はすぐに己の取るべき姿を思い出したかのように、そこから大量の血液を放出し始めた。
つい先ほどまで存在していた腕の感覚を失くした男は、一瞬の硬直をした後に傍らへと着地したその金色へと目を向けた。
――そこには、長く美しい金色の髪をした一人の少女が立っていた。
金色の少女は男よりも早くその場で翻り、握る短刀を閃かせる。男の右腕を切断したのと同じように短刀は抵抗なく男の首へと滑り込んでいき、その刃に血を付着させることなく男の首を通過する。
自身の首が断たれたという事実に肉体と思考が至っていない男は、構うことなく金色の少女へ残された左腕を伸ばし、何かを行おうとした。何かを行おうとして、結局男は何も出来ずにこと切れることになった。
金色の少女は全ての動作に於いて男の先を取り、首を切断されてなお何かをしようとした男の頭を回し蹴りで吹き飛ばした。胴体との繋がりがなく、ただ首の上に乗っているだけだった男の頭はあっけなく吹き飛び、展示されていた絵画の内の一枚へと衝突し、絵を体液で汚しながら地面へと弾けた。電気信号の送信元を失くした胴体は地面へと崩れ落ちる。
その一連の殺人行為に俺は言葉を発することが出来なかった。目の前で人が死ぬところなんて初めて見たのに、そのあまりにも現実と乖離した死に方は――殺され方は、人の死に見えなくて、人が迎えるような終わり方には見えなくて、だから、俺はそれに対する言葉を持ち合わせてはいなかった。
呆然としていると、少女は俺へちらりと視線を向けた。全身を一瞥されると、少女は手首を縛られて動けない俺を部屋の隅へと突き飛ばした。抵抗することのできない俺はされるがままに転がり、部屋の隅へと移動する。
それと同時に、少女は部屋に残っている二人の人間へと向かっていった。
仲間の一人が数秒の内に殺されたにもかかわらず、二人はやけに冷静で、短刀を構えて肉薄しようとする少女へと向き合い、一人は不可解な言葉を唱え、もう一人は所持していた杖のようなモノを向けた。――瞬間、不可解な言葉を唱えた男の足元――影から異形の存在が這い出し、もう一人の女が持つ杖の先からは爆炎が放たれ、それらは金色の少女へと一直線に飛来した。
――先ほどとは別の意味で現実と乖離した光景を見て、その異形の存在よりも、杖から放たれた爆炎よりも、それらを見て勢いを止めることなく――むしろ加速するその金色の少女に俺は目を奪われていた。
先ほどその金色の少女に一瞥されたとき、俺もまた彼女の顔を見た。目を奪われている理由は決して彼女が綺麗だからとか美人だからというわけではなく――いや、綺麗であり美人ではあるのだが――そんなことは瑣末なことで、そんなことが瑣末なことになってしまう理由は、その金色の少女が俺のクラスメイトだったからだ。
――俺はただ、中学生の妹に付き合わされて美術館へとやってきただけだった。
芸術に対する感性なんて微塵も磨かれていない俺は飾ってある絵を眺めて、綺麗だとか凄いだとかそんな雑な感想を述べて、妹にダメだしされて、妹にそれっぽい解説を受けながら周りの迷惑にならない程度に雑談して、終わるはずだったのだ。
それがどうしてこんなことになったのだろう。