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とっとと婚約破棄してください、王子。

作者: 小さな時計

公爵令嬢のフィオーニア・アレクセイは、傲慢で自己中心的。


人を見下すくせに自身には何の能力もない、『こんな貴族令嬢になっては駄目ですよ』と教師が言い聞かせる事柄をぎゅっと濃縮して集めたような人物である。


悪魔の子かと思うほどに性格が悪く、ありとあらゆる人物を暗殺しようと画策する——貴族社会の闇。


それに比べてフィオーニアの双子の妹、フォリアはなんと素晴らしい令嬢なのだろう。


全てを完璧に優雅にこなす貴族令嬢の鑑であり、

どんな者にも分け隔てなく優しく接するその様子はさながら天使のよう。


フィオーニアはそんなフォリアを忌々しく思っており、暗殺しようと企んでいる。


フォリアをいない者扱いするのは当たり前。

教科書を切り刻み、ドレスを汚し、部屋を荒らし——



フォリアもフォリアで性格の悪い姉を苦手としており、フォリアの前でフィオーニアの話題を出すのは御法度。







——というのがアレクセイ姉妹に対する社交界での認識であるが。


それは大きく間違っている!とフォリアは声を大にして叫びたい。


「フィオーニアお姉様!もうこんな茶番劇はやめましょう!私はもう耐えられませんわ!フィオーニアお姉様は素晴らしい素晴らしい淑女で、天使で、私の大好きなお姉様なのですわあ!!!!!!」


泣き叫び、地団駄を踏んだ後、フォリアはその手に持っていたクッキーを握り潰した。

おい、完璧淑女はどこ行った、と思わず突っ込みたくなる。


ぼろぼろと涙を零すフォリアを見て困った顔をするのはフォリアの姉のフィオーニア。


「落ち着きなさい、フォリア」

と言いつつ、お茶の入ったティーカップを優雅に持ち上げる様は、完璧淑女と名の高いフォリアよりよっぽどたおやかである。


「ぐすっ。フィオーニアお姉様ぁ」


「心配しないで、可愛いフォリア。もうすぐ、もうすぐ全て終わるはずなのよ」


「フィオーニアお姉様が言うなら間違いありませんわ!」


フォリアは声を大にして叫びたい。


自分がフィオーニアを嫌うなど有り得ない。

自分は重度のシスコンである、と!


そして。フィオーニアは馬鹿でも、愚か者でも、性格悪でもない!


全て演技しているだけなのだ!


「最近はあの王子も浮気にうつつを抜かしているのよ…。だから、あと一押しで婚約破棄の打診が来るはず」


「私の方ももうそろそろ終わりそうですわ、フィオーニアお姉様。今にでも婚約破棄しそうです、あの阿呆は」


「不敬ですわ、フォリア」


「うふ、ごめんなさいフィオーニアお姉様」








フィオーニアは第一王子の婚約者である。

第一王子は真面目で誠実。

規則、秩序が服を着て歩いているというのがこの国の第一王子である。

そして、この国の第一王子は文武両道で完璧。


とてもとても、フィオーニアとは釣り合わない。


第一王子は残念すぎる婚約者に苦手を通り越して嫌悪感を抱いている、らしい。


フォリアは第二王子の婚約者である。

第二王子は社交的で紳士的。

女性には優しく献身的に、というのがこの国の第二王子のモットー。


しかし、第二王子は完璧すぎて可愛げのないフォリアに苦手意識を持っているらしい。








——と、いうのが王子達に対する社交界の認識。


だがそれは間違っている!

フィオーニアとフォリアは怒りを込めてそう叫びたい。


「あの人が真面目?そうね、そうだわ。真面目すぎんのよ、あのハゲ!(※第一王子はハゲてません)


愛想笑いぐらいしなさいよ!真顔すぎてキモいわよ!


『僕は九時に待ち合わせって言ったよね?三秒遅刻だよ、フィオーニア。』ですって!三秒遅れただけで怒るとか——


あら失礼。頭に血が上ってしまって。声を荒げるなんて、私ったら」


「社交的?紳士的?誰が!?


あいつが考えてることといったら、どうやってハーレムを拡大させるか。それだけよーー!!!!


あんの下半身緩みっぱなしのキモ男!


一回死ねばいいのに」


フィオーニアからは絶対零度の怨嗟混じりのオーラが、フォリアからは炎よりも熱い怒りと嫌悪感のオーラが滲み出る。


「でも、もうあの人に振り回されるのも終わりだわ」


「うふふ、地獄だった日々が終わるのよ」


そう言った二人は顔を見合わせて高笑いするのだった。









一週間後。

フィオーニアとフォリアはそれぞれの婚約者に放課後王立学園の大階段の下に来るように言われた。



放課後。

フィオーニアとフォリアはそれぞれ大階段の下に立ちながらも、己の婚約者の登場を待つ。


そして第一王子と第二王子は一緒に大階段の上から現れる。

一人の女性を伴って。


二人、いや三人は大階段をゆっくりと降り、フィオーニア達の方へ向かってくる。


(あの女性は確か平民の子だったはず。公爵令嬢の私達を見下ろしながらの登場なんて不敬だわ。下手したら死罪かもしれないのに、あの子は馬鹿なの?)


(そんなにゆっくり階段降りなくてもいいでしょう!勿体ぶった風に見せてるけど私から見たらただの運動能力が低い三人組にしか見えないわよ。というか何分待たせるつもり?とっとと降りてきなさいよ)


フィオーニアとフォリアが別々のことでイラつき、こめかみに青筋を立てている間に運動能力が低い残念な三人組はフィオーニア達の前まで降りてきていた。


「フィオーニア・アレクセイ。君との婚約を破棄する!」

「フォリア・アレクセイ!おまえとの婚約を破棄する」


ただならぬ雰囲気を感じ取った関係のない人々が大勢見物する中、第一王子と第二王子の声が重なった。


(さすが兄弟。シンクロしたわ!)

自身が婚約破棄をされそうになっているのに呑気に感心しているのはフィオーニア。


(やった!今まで長かったわね、フィオーニアお姉様…)

嬉し涙を流しながら感傷に浸っているのはフォリア。


「分かりましたわ。ではこれで」

「承りました。両親にはそちらから報告願います。皆様ご機嫌よう」


さすが姉妹。二人は同時に声を発し、一人は少し口元を吊り上げながら、もう一人は感動にむせび泣きながらも同時にドレスの裾を翻してその場を立ち去ろうとする。


そんなはずではなかったと慌てる残念ズ。


一番早く立ち直ったのは第一王子。

三秒の遅れも許せない神経質界の世界代表。


「フィオーニア。君は理由をきかないのか?」


「あら、王子が一人の女性を伴いながらの婚約破棄宣言。理由などあなたに言われなくたって分かりますわ。そこの平民はともかく、このわたくしにそんなことも分からないとお思いなのですか?」


フィオーニアは悪役モードを全開にしながら王子と女性を痛烈に皮肉った。


(私、悪役とか柄じゃないのよ〜!ごめんなさいね、そこの女の子!)

と心の中で涙ながらに謝りながら。


「なっ、違う!君の行動が目に余るからだ!王子妃教育の覚えも悪くて傲慢で我がままな君が悪いのだろう!それに…自分の思い通りにならない貴族を社交界から追放するその暴挙!王子妃として相応しくない」


(なんたる屈辱…!フィオーニアお姉様が塵に何か言われているわ!第一王子なんか小指の爪ぐらいの肉塊になるまで拷問されればいいんだわ!)

烈火の如く怒るのはフォリアである。



(王子…。王子妃教育の奴は分からないふりをしていただけです。本当は全部マスターしているにきまってるでしょう。あと、最後のは私じゃなくてフォリアがやってるのよ…。『フィオーニアお姉様の魅力が分からない屑なんて辺境の地にでも行ってしまいなさい!』って。私のせいじゃないわ、私のせいじゃないわよ…)

フィオーニアにはなんとなく罪の意識に襲われる。


そして、鬱憤を晴らすように


「あらそう。で?もう帰ってよろしいのかしら?

わたくし今日は読みたい本があって」


煽る。


「早く帰してくださらない?

人も集まってきているようですし。」


煽る。


「あ、それと。

一つ伝えたいおきたいことが。

その身分の低さが漂っている平民のことがお好きなのでしょう?

お幸せに。

お幸せになれるかは分かりませんが!」


煽る。


(ごめんなさい!王子はともかく女の子に多分罪はないのに!)

心の中で土下座しながらフィオーニアは嘲る。


お陰で使えなくなった第一王子に代わり、第二王子がフォリアに攻撃する。


「はっ、フォリア。どうしたのだ?そんなに泣いて。

泣いてすがったところで無駄だ。おまえにはもう、愛想が尽きた」


(あなたみたいに屑な人間と私の可愛いフォリアが結婚する未来が防げてほんっとうに良かったわ!頑張った甲斐がありましたね)

フィオーニアは心の中で毒を吐く。


(さすがに嬉し涙とは言えないわね…。だって私、一応天使キャラで通ってるし)

フォリアは心の中で溜息をついた。


「分かっておりますわ…。わたくしみたいに不束な人間が王子の婚約者など最初から無理だったのですから…」


「おいたわしいわ…。フォリア様…」

「フォリア様こそ王子妃にふさわしいと思っておりましたのに…」

野次馬から同情の声が上がる。


(フォリア、結構棒読みでしたよね…)

フィオーニアが思わず心の中で突っ込む。


「はっ、おまえのそういうところが嫌いなんだ、俺は!『わたくし、何でもできますの』みたいなオーラを出すおまえが、俺は大っ嫌いだ!」


「何もできないくせに誰彼構わず毒を吐く君が大嫌いだ、僕は!」


激昂した第二王子と、復活した第一王子の声が重なる。


((さすが兄弟!!))


双子の姉妹の心もシンクロする。


そして割り込む平民。

「ねえ、レイにサル、落ち着いてよぉ〜!

私のために怒らなくていいよ」


(れ、霊に猿!?王子になんてあだ名を…!分かってます、レイモンドでレイ、サルトリオでサルですよね。分かってますわ…。)

爆笑し始めるフィオーニア。


(あの平民、脳内御花畑なのかしら?『私のために怒らなくていいよ』って、これまでの会話聞いてて分かんないのかしら!?馬鹿なんじゃないの!?

って、フィオーニアお姉様!?

何で笑ってるの?)


「れ、霊にさ、猿なんて…。ネーミングセンス良すぎ…」

震え混じりの声で呟いて笑うフィオーニアに戸惑うフォリア。


(霊?猿?)

ひたすら戸惑うフォリア。


「霊!猿!」

先程のフィオーニアの呟きを聞いたのかそう言って笑い始めるどこぞの野次馬令嬢。


徐々にその笑いは広がっていき、野次馬の令嬢達は笑いを何とか噛み殺そうと必死だ。


「?ねえ、レイ、サル。何でみんな笑ってるのかしら?私、何かした?」


(そういうことね!第一王子のあだ名が霊で、第二王子のあだ名が猿ってこと——)

ここでようやく気づくフォリア。


フォリアまで笑い始めたのを見て、王子達と平民の女性は首を傾げる。


「煩いな!黙れ!」

猿、いや第二王子が怒り、野次馬はピタリと笑うのをやめるがツボに入ってしまったアレクセイ姉妹は笑うのをやめない。


「フィオーニア!君という奴は本当に最低だな!ラビニアを罵倒するだけでは飽き足らず、笑い者にするなんて!よって、君を国外追放とする!」

霊、いや第一王子が声高らかに言うもののフィオーニアの笑いは治らない。


むしろ酷くなる。


「あの平民の子の名前はラビニアって言うのね…!

じゃああだ名はビラかしら…」


という具合で。


それを聞いたフォリアがまた笑いに笑うものだから、猿もとうとう怒り、フォリアに国外追放を言い渡す。


猿と霊が激怒している中、アレクセイ姉妹は笑い続けるのであった。









「お腹が痛いわ…。筋肉痛になってしまったみたいなのよ」

そう言ってフィオーニアはお腹をさする。


「でも目的は達成できたわ!婚約破棄に加えて国外追放。これ以上ない成果じゃない、フィオーニアお姉様!」

フォリアは元気にそう言う。


「そうね。お父様もエリオット様も喜んでくれるでしょう」


普通の父親だったり貴族だったりする場合、娘が王子との婚約破棄、並びに国外追放となればかなり悲しむはずだろう。


この不可解な言動と、フィオーニアとフォリアが今まで芝居をしていた理由を解明するには彼女達を取り巻く環境を詳しく理解しなければならない。


まず、ここはニアサイレアン王国。

国土は小さいながらもまあまあ豊かな国で、金や銀などの鉱山資源が多く取れ、メレアン海と呼ばれる温暖な海に面する。


そして、セイラス帝国。

この大陸で最も力を持つ帝国で、国土も人口も技術も他に追随を許さない。

そんなセイラス帝国が征服しようと今狙いを定めているのがニアサイレアン国。


軍事力も大幅に差があり、セイラス帝国がニアサイレアン国を三日程度で征服できるのは明白。

ただ、真正面からの戦というものは莫大な費用がかかる。


そのため、帝国は戦を速やかに、そして小さく収めるためにニアサイレアン国の機密情報を得る必要があり、スパイを放った。


そのスパイというのが、ニアサイレアン国のアレクセイ公爵家。

外交官を多く輩出するアレクセイ公爵家はもともと帝国と深い関係があり、帝国の深い信頼を得ている。


こういった経緯で、アレクセイ公爵家はニアサイレアン国の王家と近づく必要があった。

そしてアレクセイ公爵家は自慢の娘を王家の婚約者とし、重要な情報をくすねてきた。


だが、このままではアレクセイ公爵の娘はそのまま王子妃となってしまうという問題点が発生する。


優秀で器量好しの娘を二人も失うのは、公爵家にとっても帝国にとっても多大なる損失。


どうにかして途中で婚約破棄させなければならない。


その打開策として立案されたのが、婚約者に嫌われる人材になる!ということ。


というわけで、


優しく大人しめな性格のフィオーニアは第一王子が嫌う”能力がないくせに高慢ちきな令嬢”を、


明るく強気な性格のフォリアは第二王子が嫌う”何でも完璧にこなすパーフェクトな令嬢”を


演じる必要があった。



そして結果は見事なもので、二人とも最後まで己の役を演じきった。


そう、これが不可解な言動と二人が演技をしていた理由である。








「フィオーニアお姉様、良かったわね!エリオット様に良い報告ができるわよ?」

フォリアの言葉にフィオーニアは真っ赤になる。


このフィオーニアはセイラス帝国の第一皇子のエリオットと恋仲なのである。


「そう、ですわね」


「これで晴れてエリオット様の婚約者になれるじゃない〜」


「そう、ですわね」


「この後エリオット様と久しぶりに会えるわね!」


「そう、ですわね」


「これからはアレクセイ家ごと帝国に移住するからエリオット様とずっと一緒にいられるわね!」


「もう!からかわないでよっ」

フィオーニアは赤面しながら叫んだ。









フィオーニア達アレクセイ一家が帝国に移住してからの帝国の動きは実に素早いものだった。


フィオーニアとフォリアが苦労して集めた情報をもとに第一皇子エリオットは史上最短でニアサイレアン国を潰し——ではなく征服した。ニアサイレアン国で一番被害が大きかったのは王宮。特に第一王子の宮は建物が跡形もなくなってしまったそうである。


そしてエリオットは二十五歳の若さで皇帝となり、最愛の妃フィオーニアと共に国の発展に尽くした。






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[気になる点] 婚約破棄の必要あった? フツーに国外逃亡すればいいのでは? 事が終わったら王国無くなるんだし……
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