決戦を前に 10
荘厳なる純白の間。
ラーヴァリエが首都エンスパリの大聖堂に烈士たちが集う。
呼ばれたるは教皇と魔法使い三人。
玉座に座るはザニエ・ブロキスである。
「やはりあの娘が巫女の器であった」
時は元日になりたての深夜。
気脈の大きな乱れを察知したブロキスが目を以て追うも気配は途中で途切れてしまう。
おそらくリオーニエは行ったのだ。
気脈の果てにあると言われる時の狭間に。
「これより俺はアシュバルに向かう」
北の自治領たる孤島には巫女の器にふさわしい血がまだ僅かに残されているという。
それらを全て平らげることが蛇神に喰われるまでの定め。
今の巫女を最後の巫女とするために不可欠な要素。
さっそく発とうとした悪魔に足元から縋る声が発せられた。
「お待ちを。偉大なる主」
教皇が恭しく跪いた。
一時は正体をなくすほど乱心したこの老体は暴君を新たな神と崇めることで心を保っていた。
従順なる下僕である。
それが主の許可なく進言する。
「島嶼ではすでに女狐一匹が抗うのみとなり調和は時間の問題。あなた様が北征なされる道理も理解いたしております。ですが、せっかく教義を解し昇華を果たせる迷い子たちが再び邪教の者どもに蹂躙されるのは偲びありません。どうか我らに力をお授けください」
島嶼の少数民族たちは殆どがラーヴァリエの傘下に加わっている。
既に神だの精霊だのの存在を信じていない彼らは内戦状態に陥っているゴドリック帝国に見切りを付けラーヴァリエの庇護を求めただけだ。
今暫くすれば内戦終結の報は島嶼にも伝播していき、日和見の者どもはまた帝国に接近しようと試みるだろう。
確かに、そうさせるわけにはいかない。
「だが使徒はまだ健在だ。先に奴らを遣わせる。奴らがしくじった時にはお前たちに器を移すようにしよう」
「ありがたき、お言葉!」
ブロキスは大聖堂の両の隅に座する巨体を横目で見る。
蛇の頭部を持った異形が四体いた。
アスカリヒトが蛇の身と化す時に落ちた手足たちだ。
それは使徒と呼ばれアスカリヒトの文字通り手足となって動く傀儡である。
「アルカラスト、使徒はお前に預ける。まずはルビク、サイラスと共に島嶼で未だ抗う邪教徒を調伏せしめよ。その後に出張る巫女たちから島嶼を守って見せるがいい。巫女は生かして連れてこい。有象無象の処置は任せる」
「御意」
ブロキスは兵を引き連れて船でアシュバルへ渡って行った。
使命を与えられたルビクたちはサイラスの空間転移を用いて自治領モサンメディシュへと急行する。
ナバフ族を滅ぼしたダルナレア・モサンメディシュの連合軍から出た裏切り者が殊の外手強いというのだ。
だが使徒の力を以てすれば鎮圧は容易いだろう。
元日より三週間後、巫女一行はダンカレム海軍と合流すべくリンドナル領ダンカレムに入った。
大勢の人々が参集し沸き立つ港に降りるリオンたち。
そこに突如として気脈の乱れが生じる。
ロブ達魔法使いが気づくよりも早く空間が割れると、異次元から異形の使徒が襲来した。