決戦を前に 2
ロブとラグ・レは大陸北西部にあるリベルアンネに急行した。
初めて行く都市だがこの都市はゴドリック帝国の始まりの地である。
同行したのはアイザック・マーロウ大尉だ。
彼はこの都市の出身であり、そしてヘイデン大佐とも同郷である。
マーロウは捕虜の立ち位置だが抵抗する意思がないようなのでロブたちと同様にランテヴィア解放戦線の袖章を与えられた。
おかげで解放戦線の戦勝の報を聞いていたリベルアンネの人々はマーロウが戦勝者側にいると勘違いして盛大に迎え入れた。
ランテヴィア解放戦線を率いたティムリート・ブランバエシュは帝国の始祖ゴドリック家の遠縁に当たるからである。
任務中だからと逃げるマーロウの後を追い、ロブとラグ・レは官憲の庁舎に入った。
庁舎の牢獄に男は横たわっていた。
酷い尋問を受けたようで、顔は腫れあがり内出血で紫色に変色していた。
ロブに気づいた男は咳き込みながらも上体を起こす。
見張りに退出を促し牢獄内はロブ達四人だけとなった。
「手ひどくやられたな」
「……今、何日ですか?」
「1月10日だ」
「10日? 私が捕まってから八日も経ったと? 伝鳩を飛ばしてくれと言ったのに。あなた方がすぐに馬を走らせればどんなに遅くとも三日でここに着けたはずだ。なにをしていたんだ?」
「お前の目的が分からない以上は伝達を繋ぐ者たちだって慎重にならざるを得ないだろう」
「理由は言ったはずです。聞いていないんですか」
「書簡を見せて貰ったが……お前が俺に会うまで情報を吐かないと言っているとしか書いていなかった」
リベルアンネの官憲の忖度か、情報伝達に不備があったようだ。
書簡も伝鳩ではなく馬で届けられた。
辻褄の合わない残りの日数は書簡をしたためる前にどれほどの情報を帝都に送ろうか会議でもしたのだろう。
ロブは腰を下ろして囚われの男、ピーク准尉と同じ目線になった。
准尉は帝都での決戦の際に敵方の将として名を連ねていたはずだった。
しかし戦闘が終了すると彼は諜報部のショズ・ヘイデン大佐と共に行方不明になっていた。
転進は大罪であるがロブはピークが恐怖に負けて逃亡するような人間ではないことを知っている。
彼がここ、リベルアンネで捕まったということが語らずとも彼の目的を如実に表していた。
「ピーク。お前は奴を追ってここに来たんだな?」
ロブの問いにピークは頷く。
状況の読めていないラグ・レは目を細め、マーロウも困惑気味に手記を走らせた。
裁かれなければならない人間がいます。
そう言うと准尉は決戦の日に見たことを話し始めた。
サネス少佐が門兵たちと最後の鬨をあげている時、ピーク准尉は機械課のトルゴ・アシンダルの元へ向かっていた。
少佐がロブ・ハーストと開戦したらピークも敵の主力に特攻をかけるつもりでおり、もしかしたらこれが最期になるかもしれなかった。
ヘイデン大佐とサネス少佐と三人で話し合った時には持久力のあるピークがロブ・ハーストを翻弄する役目となり破壊力のあるサネス少佐が一気に敵本陣に雪崩れ込む手筈であったが役目が逆になってしまった。
おかげでピークはアシンダル博士に真意を聞く時間が出来たのだ。
ピークはアシンダルの判断が信じられなかった。
博士は自分の仕事に誇りを持っている人間だ。
従来の彼なら自分の作品である化身装甲に重傷のサネス少佐を乗せるなんてことは許さないはずだった。
例えそれが帝国の存亡をかけた戦いであろうとも頑固者の博士なら絶対に譲らないだろう。
しかもサネス少佐が乗っていたのは姉の機体である。
いくら少佐が最高の適合者とはいえ国史に記録されるであろう戦いの場においてそのような暴挙は絶対にさせないはずだ。
もしも着装に失敗して死亡しようものなら少佐だけでなくそれを敢行させた博士も永劫笑いものになるだろう。
万が一の時に救命できないかも含めてピークはアシンダルに真意を尋ねなくてはならないと思っていた。
准尉が機械課検査室に入室するとそこには誰もいなかった。
研究者や衛兵たちは既に城を脱出しているのでいるとしても博士一人だけなのだが、道中でも見かけなかったのは不思議だ。
少し席を外しているのかと思い、書き置きでもないかと博士がよく使用している机の所にいくとそこには一際古びた書物が置いてあり表題にフレイマンの設計図と書かれていた。
物を積み上げるくせのある博士が一番上にこんなものを置いているということは直前までそれを見ていたということなのだろうと准尉が何気なく表紙をめくったその時だった。
銃声が響いた。
連続で二発。遅れてまた二発。
准尉は咄嗟に義肢の火花放電を強めたがそれ以降は何も聞こえてこなかった。
発砲音が非常に近い所から聞こえたことで准尉は嫌な予感がしていた。
警戒して音の方へ向かったピークが見たものは頭から血を流して倒れるアシンダル博士とレオナール少将の姿だった。
二人とも至近距離からの凶弾に倒れておりレオナール少将の手には拳銃が握られていた。
レオナール少将はバエシュ領の領主代行でありランテヴィア解放戦線によってテルシェデントを追われた男だ。
頼みの綱だった化身装甲と装甲義肢が役に立たなかったことを酷く恨んでおり、以後精神を病んでいたのでそれを作ったアシンダル博士に憎しみの矛先を向けたのも設定としては頷けるものがある。
多くの人々ならこの光景はレオナール少将がどさくさに紛れてアシンダル博士を自殺に巻き込んだと捉えるだろう。
だが長年の叩き上げにより銃の扱いに長けていたピークには違和感のある現場だった。
少将の遺体を動かし頭部を見たピークは違和感を確信に変えた。
被弾部位が火傷していなかったのだ。
拳銃による自殺の場合は接触距離からの発砲が通例である。
そのため普通なら銃口から噴き出した炎で火傷するはずなのだが少将の顔に空いた弾痕にはそれがなかった。
大抵は頭部側面か、顎下からの脳天もしくは口内からの脳天を狙うのが定型である拳銃自殺において自身の目を狙って撃ったのも不自然すぎた。
他にも弾道が水平すぎる点や二発目の銃声など不明瞭な点があった。
これは誰かがレオナール少将にアシンダル博士殺害の罪をなすりつけたに違いない。
ピークは咄嗟にとある男の顔を思い浮かべてしまった。
装甲義肢を活用して周囲を見回ったもののあの男は見当たらなかった。
銃声からそれほど時間が経っていないのにかなり入念に段取りを組んでいたらしい。
そうこうしているうちに城門のほうで戦闘が始まってしまったようだ。
ピークは悩みに悩んだが戦闘に加わらない決断をした。
心苦しいが今は奴の足取りを迅速に掴む先決がある。
ショズ・ヘイデン、直感でしかないが奴を捕らえることが何よりも重要な気がした。